血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
448 / 1,289
第21話

(10)

しおりを挟む
 守光と顔を合わせてから、和彦と総和会の関係は一気に近くなった。それは、知りたくない事情を知る機会が増えたということで、下手をすれば足元を掬われかねない。
 それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。
 それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。
 和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「――先生、携帯鳴ってませんか?」
 中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。
 和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。
「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」
「食事が終わってからかけ直す」
 中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。
 食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。
 鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。
「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」
 気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。


 インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。
 一体何が、ヤクザの青年の目を惹いたのかと思って、つい和彦は店の外から見守る。中嶋が手に取ったのはバスローブだった。秦の部屋に置くのだろうかと、つい生々しい想像をしてしまう。
 だがすぐに、中嶋があえて和彦から離れた理由に思い至り、慌てて携帯電話を取り出す。さっそく鷹津に連絡を取った。
『――男とお楽しみの最中だったか』
 開口一番の言葉が、いかにも鷹津らしい。和彦は腹を立てる気にもなれず、素っ気なく応じた。
「そうだと言ったらどうなんだ」
『人に仕事をさせておいて、いい気なもんだな』
「……餌は食べさせただろ」
『そうだったか』
 電話の向こうで鷹津が下卑た笑い声を洩らす。和彦が嫌がると思い、わざとやっているのだ。
「さっさと本題に入れ。話す気がないなら切るぞ」
『里見という男について調べた』
 この瞬間、和彦の心臓の言葉は大きく跳ねる。ギリギリのところで表情に出すことはなかったが、それでも少し動揺していた。
「何が、わかった……?」
『なんだ、冷てーな。電話で済ませろっていうのか。面と向かって、俺の労をねぎらうぐらいしても、バチは当たらないだろ』
 ここで和彦が嫌だと言ったところで、鷹津は引かないだろう。なんといっても、情報を持っているのは鷹津だ。そして和彦は、その情報が知りたい。
「……明日も仕事があるから、遅くまでつき合う気はないからな」
 和彦の考えすぎかもしれないが、なんとなく鷹津がニヤリと笑った気配を感じた。
 鷹津が告げた場所を声に出して反芻してから、電話を切る。不機嫌に唇を曲げた和彦が視線を上げると、店内から中嶋がこちらを見ていた。そして、何も買わずに店を出る。
「バスローブは買わないのか?」
 傍らに立った中嶋にそう声をかけると、澄ました顔で頷かれる。
「ああいうのは、秦さんに任せたほうがいいですね。秦さんと俺の分はあるので、あとは、先生の分を揃えるだけなんです」
 どうしてこう、反応を試すようなことばかり言う人間が、自分の周囲には多いのか。思わず心の中でぼやいた和彦は、口ではまったく別の用件を切り出した。
「護衛の人間を帰してしまったから、君にちょっと連れて行ってもらいたいところがあるんた。……多分、すぐに済む」
「先生の気の済むまで、いくらでもつき合いますよ」
 よかった、と洩らした和彦は、中嶋と肩を並べて歩き出す。駐車場に向かいながら、当然のことを中嶋が尋ねてきた。
「それで、どこに?」

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...