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第28話
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「そうだったな。俺は先生から堅気の生活を奪った。挙げ句が、長嶺の男三人の〈オンナ〉という立場……いや、役目を押し付けている。とっくに腹を刺されていても、不思議じゃない。なのに、こうして俺がピンピンしているのは――どうしてだ?」
賢吾に顔を覗き込まれ、和彦はスッと視線を逸らす。長嶺の男は、いつも和彦から欲しい答えをもぎ取ろうとするのだ。
低く喉を鳴らして笑った賢吾の指に、あごの下をくすぐられる。
「先生は俺にとって、大事で可愛い、特別なオンナだ。逃がさないために、何重にも鎖を巻きつけて、この世界に留めておきたくなる。先生にどれだけつらい思いをさせようがな」
「まだ……、そこまで、つらい思いはしていない。それどころか、ひどく甘やかされているようだ」
「甘い地獄だ。品がよくて優しい一方で、したたかで多淫な先生は、繊細だ。壊さないように大事にしながら、抜け出せないよう深い場所にまで引きずり込む」
「……ぼくがそこまで堕ちたら、本性を見せるんだろ」
「もう見せているとは、考えないのか?」
返事に詰まった和彦の反応をおもしろがるように、賢吾は目元を和らげ、そして、額に唇を押し当ててきた。
暴発寸前だった怒りが消えてなくなっていくようで、そんな自分の現金さに和彦はうろたえ、視線をさまよわせる。
「――ぼくの機嫌を取っているつもりなのか?」
こめかみに唇を這わせる賢吾の息遣いが笑った。
「取ってほしいか?」
カッとした和彦は賢吾の肩を押し上げようとしたが、簡単にあしらわれ、強引に唇を塞がれる。喉の奥から呻き声を洩らした和彦は、なんとか賢吾の顔を押しのけようとするが、反対にがっちりと頭を押さえ込まれていた。
食らいつくような勢いで唇を吸われたかと思うと、熱い舌を口腔深くまでねじ込まれ、犯される。あまりの口づけの激しさに息苦しくなり、必死に身を捩ろうとするが、覆い被さっている体はびくともしない。
このまま窒息させられるのではないかと、本気で怯え、動揺した和彦の抵抗をすべて受け止めながら、賢吾は口づけを続ける。
ようやく一度唇が離されたとき、意識が朦朧とした和彦はぐったりとしていた。傲慢で憎たらしい男を睨みつける気力もなく、とにかく空気を体内に取り込むことを優先する。
「……死ぬかと、思った……」
ようやく恨みがましい一言を洩らすと、賢吾はバリトンの魅力を最大限に発揮して、耳元でこう囁いてきた。
「口づけで殺す、か」
声による鼓膜への愛撫に、和彦の全身に甘い震えが走る。この一言で、賢吾のすべてを受け入れてしまいそうな危惧を覚え、必死に強がる。
「何、キザなことを言ってるんだっ……」
「一瞬本気で、実行しようかと考えた。……が、俺は先生の憎まれ口が、たまらなく好きなんでな。それが聞けなくなるのは、死ぬほどつらい」
冗談とも本気とも取れる賢吾の言葉は、非常に甘美だ。そのうえで唇の端を優しく吸われ、悔しいが和彦は、降参するしかなかった。
「ぼくの機嫌を取るのは簡単だと、心の中で笑ってるだろ」
「まさか。傷つけないよう、神経を逆撫でしないよう、細心の注意を払っている。俺にここまで気をつかわせるのは、お前だけだ。――その分、しっかりと見返りはもらうがな」
舌先でちろりと唇を舐められて、和彦は小さく喘ぐ。おずおずと自ら舌を差し出し、賢吾の口腔に招き入れられる。きつく舌を吸われたあと、味わうように何度も歯を立てられ、甘噛みされる。そのたびに狂おしい肉欲が沸き起こり、和彦は熱い吐息をこぼしていたが、それすら、賢吾に貪られていた。
「――ありえないとわかってはいるが、先生が俺のもとに帰ってこないんじゃないかと、少しだけ考えた」
甘やかすような口づけの合間に賢吾に囁かれる。和彦は間近にある男の顔をまじまじと凝視してから、憎まれ口で応じた。
「いつ、あんたのもとが、ぼくの帰る場所になるんだ」
「おう、いつもの調子が出てきたな、先生」
からかわれ、ついきつい眼差しを向けた和彦だが、思いがけず優しい表情で見つめ返され、毒気を抜かれた。急に照れくさくなり、ふいっと視線を逸らす。すると、賢吾の唇が目元に押し当てられた。
「俺から、欲しい返事を聞き出そうとしているだろ?」
そう囁かれた瞬間、全身が燃え上がりそうなほど熱くなる。いつも長嶺の男たちに対して、和彦が心の中で思っていることを、よりによって賢吾にズバリと言われたからだ。そして、賢吾の言う通りだったからだ。
「可愛いな、先生。それに、性質の悪いオンナだ。そうやって、まだ俺を骨抜きにしようとする」
「違っ――」
賢吾に顔を覗き込まれ、和彦はスッと視線を逸らす。長嶺の男は、いつも和彦から欲しい答えをもぎ取ろうとするのだ。
低く喉を鳴らして笑った賢吾の指に、あごの下をくすぐられる。
「先生は俺にとって、大事で可愛い、特別なオンナだ。逃がさないために、何重にも鎖を巻きつけて、この世界に留めておきたくなる。先生にどれだけつらい思いをさせようがな」
「まだ……、そこまで、つらい思いはしていない。それどころか、ひどく甘やかされているようだ」
「甘い地獄だ。品がよくて優しい一方で、したたかで多淫な先生は、繊細だ。壊さないように大事にしながら、抜け出せないよう深い場所にまで引きずり込む」
「……ぼくがそこまで堕ちたら、本性を見せるんだろ」
「もう見せているとは、考えないのか?」
返事に詰まった和彦の反応をおもしろがるように、賢吾は目元を和らげ、そして、額に唇を押し当ててきた。
暴発寸前だった怒りが消えてなくなっていくようで、そんな自分の現金さに和彦はうろたえ、視線をさまよわせる。
「――ぼくの機嫌を取っているつもりなのか?」
こめかみに唇を這わせる賢吾の息遣いが笑った。
「取ってほしいか?」
カッとした和彦は賢吾の肩を押し上げようとしたが、簡単にあしらわれ、強引に唇を塞がれる。喉の奥から呻き声を洩らした和彦は、なんとか賢吾の顔を押しのけようとするが、反対にがっちりと頭を押さえ込まれていた。
食らいつくような勢いで唇を吸われたかと思うと、熱い舌を口腔深くまでねじ込まれ、犯される。あまりの口づけの激しさに息苦しくなり、必死に身を捩ろうとするが、覆い被さっている体はびくともしない。
このまま窒息させられるのではないかと、本気で怯え、動揺した和彦の抵抗をすべて受け止めながら、賢吾は口づけを続ける。
ようやく一度唇が離されたとき、意識が朦朧とした和彦はぐったりとしていた。傲慢で憎たらしい男を睨みつける気力もなく、とにかく空気を体内に取り込むことを優先する。
「……死ぬかと、思った……」
ようやく恨みがましい一言を洩らすと、賢吾はバリトンの魅力を最大限に発揮して、耳元でこう囁いてきた。
「口づけで殺す、か」
声による鼓膜への愛撫に、和彦の全身に甘い震えが走る。この一言で、賢吾のすべてを受け入れてしまいそうな危惧を覚え、必死に強がる。
「何、キザなことを言ってるんだっ……」
「一瞬本気で、実行しようかと考えた。……が、俺は先生の憎まれ口が、たまらなく好きなんでな。それが聞けなくなるのは、死ぬほどつらい」
冗談とも本気とも取れる賢吾の言葉は、非常に甘美だ。そのうえで唇の端を優しく吸われ、悔しいが和彦は、降参するしかなかった。
「ぼくの機嫌を取るのは簡単だと、心の中で笑ってるだろ」
「まさか。傷つけないよう、神経を逆撫でしないよう、細心の注意を払っている。俺にここまで気をつかわせるのは、お前だけだ。――その分、しっかりと見返りはもらうがな」
舌先でちろりと唇を舐められて、和彦は小さく喘ぐ。おずおずと自ら舌を差し出し、賢吾の口腔に招き入れられる。きつく舌を吸われたあと、味わうように何度も歯を立てられ、甘噛みされる。そのたびに狂おしい肉欲が沸き起こり、和彦は熱い吐息をこぼしていたが、それすら、賢吾に貪られていた。
「――ありえないとわかってはいるが、先生が俺のもとに帰ってこないんじゃないかと、少しだけ考えた」
甘やかすような口づけの合間に賢吾に囁かれる。和彦は間近にある男の顔をまじまじと凝視してから、憎まれ口で応じた。
「いつ、あんたのもとが、ぼくの帰る場所になるんだ」
「おう、いつもの調子が出てきたな、先生」
からかわれ、ついきつい眼差しを向けた和彦だが、思いがけず優しい表情で見つめ返され、毒気を抜かれた。急に照れくさくなり、ふいっと視線を逸らす。すると、賢吾の唇が目元に押し当てられた。
「俺から、欲しい返事を聞き出そうとしているだろ?」
そう囁かれた瞬間、全身が燃え上がりそうなほど熱くなる。いつも長嶺の男たちに対して、和彦が心の中で思っていることを、よりによって賢吾にズバリと言われたからだ。そして、賢吾の言う通りだったからだ。
「可愛いな、先生。それに、性質の悪いオンナだ。そうやって、まだ俺を骨抜きにしようとする」
「違っ――」
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