血と束縛と

北川とも

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第30話

(11)

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 鷹津の声が低く凄みを帯びる。その迫力に、和彦が目を見開くと、鷹津はニヤリと笑った。
「性質のよくない男たちは、お前がそうやって苦しむ姿を見て、喜ぶかもな。苦しむたびに、お前は裏の世界にとってますます都合のいい医者になっていく。オンナとしてはすでに申し分ないが、医者としても――」
 不意に鷹津が言葉を切り、再びグラスのワインを飲み干して立ち上がった。驚く和彦に対して、お前も立てと言わんばかりに、あごをしゃくられた。
「お前の辛気臭い顔を見ながら飲み食いしても、少しも美味くない。さっさと部屋に行くぞ」
「……そんなに辛気臭いなら、さっさと帰ってしまえと言ったらどうだ」
「俺相手に、とことん嫌な奴だと罵倒し続けていたほうが、気が紛れると思わないか?」
 意外な発言に和彦が目を丸くすると、鷹津がもう一度あごをしゃくる。見えない糸に操られるように、ぎこちない動きで和彦も立ち上がると、先を歩く鷹津について行く。
 長嶺組によって予約された部屋は、やはり立派なダブルルームだった。当然、ワインも準備されている。
 部屋をぐるりと見回した和彦は、今のような心理状態のときは、こんな部屋に一人で閉じこもり、広すぎるベッドの上で何度も寝返りをうって、自己満足の自己嫌悪に思うさま浸りたかった。
 傍らに鷹津の気配を感じてハッとする。和彦は反射的に距離を取ろうとしたが、それより早く鷹津に腕を掴まれて、乱暴に引っ張られた。
「おいっ――」
 鷹津の両腕の中に閉じ込められた和彦は、本気で嫌がって身を捩り、逃れようとしたが、力任せの抱擁を振り解くことはできない。
「離せっ。そういう気分じゃない。帰りたいんだっ……」
 和彦は声を上げ、全身を使って拒絶の意思を示す。しかしそれでも鷹津は動じないどころか、腕の力がますます強くなる。
 抵抗は無駄だと、不意に悟った。暴れるのをやめ、抑えた声で鷹津を罵る。するとなぜか、鷹津の腕からも力が抜けた。暴力的だった抱擁が、ようやく普通の抱擁になったようだった。
 この男は、自分を抱き締めてくれているのだと、唐突に和彦は理解できた。
 数分ほど、二人とも身じろぎもせずにいたが、耳元で鷹津の息遣いを感じているうちに、和彦の体から強張りが解けていた。それを機に、鷹津の背におずおずと両腕を回す。鷹津は何も言わず、まるで子供でもあやすように和彦の背をさすり、髪を撫で始めた。その感触が、驚くほど心地いい。
 昼間、患者を目の前で看取ってから、クリニックに戻って仕事をこなしながら、表面上は平静を装っていた和彦だが、ずっと動揺していた。
 心のままに取り乱したいのにそれができず、手足を動かしながら、どこか自分のものではないような気がしていた。それが、鷹津の腕の中にいて、体温を感じて、ようやく自分を取り戻せたようだった。
 自覚もないまま、鷹津の背に回した腕に力を込める。すると、応じるように鷹津の腕にも力が込められた。和彦が伏せたままだった視線を上げると、鷹津と目が合った。今の鷹津の目にあるのは、狂おしい熱っぽさだけだ。
 急に、猛烈な羞恥を覚えた和彦は、うろたえながら慌てて鷹津から体を離そうする。しかしそれは許されず、後頭部を押さえつけられて強引に唇を塞がれた。
 痛いほどきつく唇を吸われて、それだけで和彦の足元は乱れる。咄嗟に鷹津のシャツを握り締め、そこでもう離れられなくなった。
 一度唇を離した鷹津と、間近で視線を交わす。互いの目を見つめ合ったまま、唇を触れ合わせ、熱い吐息を溶け合わせていた。唇を吸い合い、舌先を擦りつけ合ってから、余裕なく舌を絡ませ合う。そのままもつれ合うようにベッドに移動し、和彦は押し倒された。
 覆い被さってきた鷹津に靴を脱がされて、乱暴な手つきで下肢を剥かれる。片足を抱え上げられ、いきなり内奥の入り口に唾液を擦りつけられた。ほとんど肉を解されないまま、すでに高ぶった欲望を押し当てられる。和彦は鷹津の腕に手をかけていた。
「……痛いのは、嫌だ……」
「あとで、嫌というほどよがらせてやる。――俺のほうは、興奮しすぎて頭がクラクラしているんだ。とにかくさっさと突っ込ませろ」
 下品な言い方をするなと怒鳴りつけてやりたかったが、和彦の口を突いて出たのは、呻き声だった。
 ふてぶてしい逞しさを持つ熱の塊に、内奥の入り口をこじ開けられる。ここのところ、男たちに念入りに愛されることに慣れきった部分が悲鳴を上げるが、鷹津は動きを止めない。
 太い部分を強引に呑み込まされたとき、和彦の目尻から涙が伝い落ちる。誘われたように鷹津が前屈みとなり、和彦の涙を吸い取った。このとき、内奥をさらに欲望で押し広げられ、声を洩らす。
「痛いか?」

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