婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

文字の大きさ
3 / 65

03 思わぬ反応

しおりを挟む
 待ちに待った朝が来た。
 ノックの音が聞こえたら、居ても立っても居られない。開くドアに向かって駆け寄った。

「おはよう! ナタリー、聞いて! 私の天才的な作戦を!」

「おはようございます。お嬢様、今更ですが、はしたのうございます」

 乳姉妹の彼女は、何があっても私の味方をしてくれるので信頼している。素の私を知る、数少ない心の友だ。

「本当に今更よね! 諦めて頂戴ちょうだい!」

「自室ですから大目に見ましょう。さて、今度はどんな悪巧わるだくみでございますか」

 なぜそう思う。
 今までの悪戯いたずらとは違うから、話を聞いて欲しい。

「みんなが幸せになれる、いい方法を思い付いたの」

 嬉々ききとして計画を話すと、ナタリーは徐々に表情を曇らせ、最後には、残念な物を見るような目をして、頭を抱えてしまった。

「どうしたの? てっきり同意してくれると思ったのに」 

 期待した反応がもらえなかったので、拍子抜けする。

「お嬢様。お嬢様の良いところは、素直な性格でございます。そして、お嬢様の直すべきところは、心の機微きびうといことと存じます」

 小言が始まったので、学校に行く支度したくをする。ナタリーの苦言は聞き慣れているので、適当に受け流す技術は身に付いているのだ。

「もう一度、曇りなきまなこでラウル様をご覧くださいませ。その計画は、白紙に戻すべきです。皆様の心の平穏のためにも、他言無用でお願いいたします」

「えー、もう遅いよ」

 顔を洗いながら、会話をする。

「は?」

「昨夜のうちに手紙を送ったの。次の婚約者を早く見つけなくちゃいかないし」

「ど、どちらへ?」

「ローズと、レオン。彼らは交友関係が豊富だから、いい相手を見繕みつくろってくれると思うの」

「な、なんてこと! 旦那様と奥様にお知らせしなくては! お二人へも、使者を送らねばなりません!」

「やだなあ、大袈裟おおげさだよ。それより、学園に行く準備をしましょ」

 タオルで顔を拭きながら振り向くと、彼女の姿はなかった。

「え?」

 その代わりに、階下では大騒ぎとなり、複数の馬が駆けて行く。

「わお」

 廊下も騒がしくなった。あの荒々しい足音は、怒り狂ったお父様に違いない。

(お友だちに手紙を書くことが、そんなにいけないことかしら)

 念のため部屋に鍵をかけ、大型家具で出入口をふさぐ。これでも心許こころもとないが、時間稼ぎにはなるだろう。
 すると、ドアを叩く音がした。

「アリス! ここを開けろ! 何を考えているのだ! 自分のしたことが分かっているのか!」

 お説教からの監禁コースが、脳裏をよぎる。

(こりゃだめだ。すぐに逃げよう)

 今は何を言っても無駄なので、お父様とは冷却期間をおこう。
 私は、学園に避難することにした。制服は自分で着られるけれど、髪は下ろしていくしかないな。

「そーれ」

 テラスからカバンを放り投げると、近くの木に飛び移り、いつものようにスルスルと降りる。

「見よ! 熟練の脱走術を!」

 と言ったところで誰もいない。私には魔力がほとんどないけれど、運動神経には自信がある。
 周囲を見渡し、誰もいないのを確認してから、スキップで馬屋に向かう。

「ソレイユ、おはよう。今日は、あなたにお願いするわ」

 いつも通学には馬車を利用するのだが、御者は父の味方なので頼むことはできない。歩くには距離があるから馬で向かう。

(まあ、夕方になれば落ち着くでしょ)

「行くわよ!」

 愛馬ソレイユに乗り、学園へ向かって駆け出した。

*~*~*~*~

「ごきげんよう」

「ごきげんよう、アリス様。今日はお一人ですか?」

「ええ。所用がありまして、いつもより早く登校しましたの」

 学友と挨拶を交わし、用事があるからと中庭へ向かう。そこにある東屋の椅子に座ると、カバンの中からパンを取り出した。

「ここのパン、久しぶりだわ」

 たまに街を散策しているから、美味しいパン屋さんも知っている。帰りには、お菓子屋さんにも寄ろうかな。

(大人しくなんて、していられないもんね)

 私の貴族令嬢らしからぬたくましさは、ご先祖さま譲りだ。ギルツ家の初代当主は、超人的な強さで国を救った英雄として、教科書にも記載されている。
 そのおかげで、小さい頃からお母様に、戦いのスキルを叩き込まれた。お父様はそれが気に入らないようで、淑女教育を押し付けてきたが、血には逆らえない。

「アリス?」

 我が家が『建国の剣』と言われるように、『建国の盾』と呼ばれる家がある。守りの戦術で人々を救った、もう一人の英雄がいた。
 朝日を背に現れた彼が、その末裔まつえい

「やっぱり、ここにいた」

「レオン、よく分かったわね」

「君のことなら大抵たいていのことは分かるよ。でも、昨夜の手紙には驚いたな」

「お騒がせして、ごめんなさい」

「いや、それはいい」

 彼は向かいの椅子に座ると、じっと私を見た。いつになく真剣な眼差しに、心を見透かされるようで落ち着かない。
 呑気のんきにパンを食べている場合ではないのだろうか。

「本気なの?」

「手紙のことなら本気よ。ラウル様は、私よりもソフィをお望みだわ」

「それは、本当? 君の思い違いではない?」

「やけに食い下がるわね。間違いないわ」

「では、その指輪は何?」

「ああ、婚約のあかしとか」

「ものすごい魔力を感じるよ。複数の魔法を重ねているみたいだ。どんな魔法かは分からないけれど、君に強く執着していることだけは分かる」

(げげっ! なんて物をくれるのよ)

 ラウル様には、そこまでの魔力はなかったはずだから、外注したはずだ。かかった金額を想像すると、婿になりたいという意思の強さを感じる。

「私というより、ギルツ家への熱意なのでは……」

 用意するのは大変かもしれないが、ソフィにも同じ物をくれるだろうか。私のお下がりでは、かわいそうだ。

「君の認識は関係ない。事実を見るんだ。本気で婚約を解消したいのなら、友として協力しよう。ただし、その前に、もう一度ラウル様と向き合うべきだよ」

「……レオン」

 正論で諭されてしまった。
 確かに、体調が悪いと言った(仮病の)私を気遣ってくれたのだから、ラウル様は悪い人ではないとは思う。私限定で冷たいだけで、ソフィには優しく紳士的だ。

「そうね」

 今更、ラウル様と腹を割って話す気はないが、いきなり婚約者が代わったら妹が戸惑うだろう。
 私からバトンタッチすると言えば、心の準備もできるし、罪悪感にさいなまれることはない。ラウル様に願い出るより先に、妹と話をつけなくては。

「ありがとう、レオン。禍根かこんなくソフィに引き継ぐために、最大限の努力をするわ」

 思い立ったら、すぐ行動。
 私は、ソフィの教室に向かうことにした。

「えっ、ちょ、違っ、待って!」

 後ろでレオンの声がするけれど、話はもう終わったので問題ない。
 令嬢モードと素の振り幅が、私ほど大きくない妹なら、きっと彼と上手くやるはずだ。
 せめてものお詫びとして、家督は妹に譲り、私はお嫁に行こう。

(今度こそ、優しい人と婚約できるかもしれない)

 夢は膨らむばかりだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ! ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

処理中です...