婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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54 進むべき道とは①

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 あれから一年が経った。
 ご期待を裏切って申し訳ないけれど、私とラウル様の関係に進展はない。あえてあげるとすれば、彼と話す時、多少は砕けた感じになったくらいだろう。

「アリス様は、卒業と同時に結婚するのでしょう?」

 友だちは私の進路が気になるようで、事あるごとに尋ねてくる。教室ではラウル様に遠慮してか、そんな話題にはならないけれど、体育の授業は別だ。授業の前後に入る更衣室は、私への尋問部屋となる。

(昨日も言ったのになあ)

 一日で状況は変わらないだろうに、女子クラスの友人たちは、話題に飢えているのかもしれない。

「あなたがた、他人のことばかり気にしていないで、自分のことも考えたらどうですの?」

 いつも助け舟を出してくれるのは、親友だ。嗜められながらも、彼女たちは食い下がるのも、いつものこと。

「ローズ様! だって、アリス様は私たちの憧れなのですよ!」

「見目麗しい騎士様に守られている、美しい御令嬢なんて、物語の主人公のようですもの!」

「ぜひとも、お手本にしたいのです!」

 彼女たちが慕ってくれるのは嬉しいけれど、私なんぞを手本にしたら、貴族令嬢として道を外れることになるからお勧めはしない。せめて、あなたたちには、清く正しく育ってほしいのだ。

「でも、もう一年も同居なさっているのですから、結婚しているのと同じともいえますね」

「あら、結婚式は特別ですよ!」

 クラスメイトたちも、卒業後は結婚する者が多い。親の決めた相手に不満はないようだが、自分では叶わなかったロマンスを私に求めるのだ。

 そんな友人たちの夢を壊してはならないと心がけている私は、にっこり笑って答える。

「ええ、特別な意味を持ちますね」

 敗者復活戦の終わり、という意味が。
 夢や希望に彩られたものでなくて申し訳ないと心の中で謝るが、彼女たちは嬉しそうに笑い、はしゃいでくれるのだ。

「アリス様! やはりそうですのね!」

「ステキです!」

「何か、お考えがありますの!?」

 はい、結論を先延ばしにする方法をいつも考えております、とは言えない。代わりに、微笑みを返す。

「きゃああああ♡」

 最近学んだが、彼女たちの妄想力は、曖昧な情報を与えた方が爆発するようだ。こちらは楽だし、向こうは幸せになれる。素晴らしいではないか。

「はいはい、おしゃべりはそこまで! 次の授業が始まりますわ!」

 ローズの一声で、友人たちは慌てて教室へ向かって行く。その背中を見送ってから、ため息をついた。

「いつもありがとう」

「どういたしまして。彼女たちに悪気がないのはわかりますけれど、こうも連日、追及されたらたまりませんわね」

「仕方ないよ。ラウル様を毎日見ていたら、気にならない方がおかしいわ」

「正確には、『アリスを見つめるラウル様』ですわ。乙女の理想をそのまま見せつけられて、浮かれるなというほうが無理ですもの。あ、私は例外でしてよ」

「そういえば、ローズの婚約者はどんな方なの?」

 この国の王族は、結婚するまでお相手の名が伏せられている。理由については諸説あるが、暗殺を防ぐためとか、権力者の接触を避けるためとか言われている。

 気になってローズに聞いたことがあるが、特に深い意味はないらしい。強いて言えば、国民の驚く顔が見たいそうだ。

「それは、見てからのお楽しみですわ」

「あら、残念」

 ローズは、お茶目な顔をしてはぐらかす。彼女のことだから、立派な人を迎えるのだろう。その証拠に、素敵な婚約指輪が指に煌めいている。

「そういえば、アリスは進学しますの? そろそろ希望調査の締め切りですわ」

 その言葉で、現実に引き戻された。
 もう決めなくてはならない時期にきているのだ。

「……それなんだけど」

 誰にも言っていないが、ラウル様と結婚するのは、自分の中では受け入れている。むしろ相手が自分でいいのかと思うくらい、彼は素晴らしい人だ。

 ただ、社会に出ないまま家庭に入るのは、少し怖い。

 そう思うようになったのは、ユルの仕事を手伝うようになってからだ。彼は、ミラーウ国とタエキ国において、過去の自分が犯した罪の償いをしている。私は、その補佐を頼まれた。

 手広く商売をしていた分、被害に遭われた方の状況も多岐にわたる。被害者救済のためには、幅広い分野の専門家や協力者が必要だった。

 彼は、持てる能力を遺憾なく発揮し、関係各所と連携して、問題の解決に導いている。

 己の罪と向き合うのは勇気がいるだろうが、目を背けることなく毅然と対応していた。ユルを見ていると、いかに自分が未熟かを思い知らされる。

 このままじゃいけないという、強い焦りが私に生まれたのだ。

 ラウル様と結婚しても、それなりに成長はできるだろう。領地経営や家を取り仕切る方法を両親から学べるし、子どもを授かれば、親として新たな世界が見られるはずだ。それも悪くはない。

 けれど、今後もユルの事業に携わるなら、専門的な知識が不可欠になる。法律や国の支援体制を知らなければ、それを必要な人に教えることができないからだ。

 これまでに何度も知識の壁にぶつかって、己の不甲斐なさを痛感した。今の私では、役に立てない。

 自分のレベルを上げるのは自分しかいないと思い立ち、進学を意識するようになった。

 おそらく、家族は自分がそんなことを考えているなんて、思いもしないだろう。それよりも、ラウル様との距離が縮まってきたからと、婚礼衣装の発注をかけるに違いない。

 進学を許してくれるに越したことはないけれど、それはそれで、ラウル様に申し訳ない。

 結婚すれば、ラウル様は敗者復活戦から解き放たれ、騎士として存分に剣を振るえるからだ。私の護衛をすることで、彼の力を埋もれさせてしまっているのは、とても心苦しい。

 考えれば考えるほど、どの道を選べばベストなのか、分からなくなってしまった。こんなの、私らしくないのに、恵まれた環境にいるはずなのに、とても息苦しい。

 親友になら、気持ちを打ち明けても許されるだろう。

「ねえ、ローズ。私が進学したいというのは、わがままなのかな?」

「「えっ」」

 ローズだけでなく、背後からも声がした。振り返ると、ラウル様が驚いた表情のまま硬直している。

「え? ここ、廊下!?」

 ボーっとしている間に、更衣室から出て、教室に向かっていたらしい。一番聞かれたくない人に聞かれてしまって、私は青ざめる。

「もしかしなくても、廊下ですわ。
 アリスが何を考えているか、私には、よくわかりましてよ。人のことばかり気にして、堂々巡りをしているのでしょう?
 大事なのは、一人で悩むのではなく、ご家族やラウル様と話し合うことなのではなくて? 私は、アリスの意志を尊重し、応援していますわ」

「……ありがとう、ローズ」

 そうこうしている間に教室に着いてしまい、ラウル様に弁解する機会もないまま、授業が始まってしまった。



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