婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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53 カトリーヌ②

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 それにしても、後継を残さないためとはいえ、ひどい呪いをかけられたものだ。これでは、男性側によほどの覚悟がない限り、呪いに打ち勝つことはできない。

(もしも、ラウル様が諦めて、婚約者をやめていたら、どうなっていたのかな)

 その後も新しい婚約者があてがわれるだろうが、ラウル様でも敵わない呪いを、打ち砕く人が現れるのだろうか。

(まあ、無理よね)

 お互いの顔を覚える前に、次々と降板していくのだろう。そして私は、婚約者が定着しない令嬢として、好奇の目に晒されるのだ。

 事情を知る人は、ごく一部に限られるから、世間に誤解されたまま、私は一生を過ごすことになる。

 そう考えると、自分の存在は奇跡そのものだ。ご先祖様たちが呪いに抗い、ここまで命を繋いでくれたのだから。祖先のうち誰か一人でも結婚を諦めたら、私は存在しない。

 彼らの切実な想いの結晶であるこの命を、次世代へ繋ぐことは、この家に生まれた者に課せられた使命の一つなのかもしれない。

 となると、今ある平和な日常は、ラウル様のおかげとも言える。

(……感謝しなきゃ)

 ぼんやりと考え事をしている間にも、母の話は続いていた。

「最悪の状態から始まる二人ではありますが、心を通わせることで、少しずつ二人にかけられた呪いが昇華してまいります。つまり、愛の力で呪いを退けるのです」

「僕でもできたのに」

 レオンが呟く。

「そうかもしれませんね。レオン様のように、他の参加者の皆さまも勝負を申し込んでみえますから、男性が強いに越したことはありません」

「だから、はじめは武術大会にしたのですわね」

「脳筋の集まりかあ。昔の敗者復活戦は大変だったろうなあ」

「しかし、真の武人とは、人柄も良く、知性を兼ね備えているものだ。娘の側にも、見抜くための目が必要だったろう」

 いつの間にか、ユルも会話に食いついているが、暗に私の資質を問われているようで背筋が伸びる。

「国をあげて大会を開催する理由ですが、参加者同士が競い合うことで、優秀な人材の育成と人脈ができます。また、敗者復活戦で炙り出される悪人にしても、国家の安寧のために欠かせないため、多額の税金を使用することが許されているのでございます」

「……敗者復活戦ありきの、婚約なのか」

 ユルが同情するが、ある程度ローズとレオンから教わっていたので、すんなりと受け入れたようだ。それでも、ギルツ家の試練に付き合わされる人々の苦労を思うと、申し訳なくなる。

「質問してもよいだろうか」

 ユルが母に声をかけ、「何なりと」と返す。

「ご先祖様たちに、想い人はいなかったのだろうか。恋人を婚約者にすれば、ここまで大事にしなくてもよいのではないか」

 確かに、呪いのせいで暴言を吐かれたとしても、元の姿を知っているし、愛情があるから乗り越えられるかもしれない。

「恋人だろうと例外はありません。ただし、大会には招待いたします」

(スパルタだね!)

「恋人が婚約者になる保証はないが、チャンスは与えるのか」

 ユルが苦笑いする。
 正々堂々と、他の参加者と競う必要があるようだ。これも人脈作りと教育の提供のためだろうか。清廉潔白を好む、我が家らしい考え方だ。

「厳しいようですが、惹かれ合う運命なら試験結果に反映されますので、問題ございません」

「確か、大会参加者でないと敗者復活戦とやらに参加できないのだろう。俺には参加資格はないのか」

「規則ではそうなっておりますが、他国の王族ということで、特別にご参加いただくことも可能です」

 心配そうな顔をしていたが、ユルの表情が和らいだ。

「うむ。アリスと親睦を深めれば、チャンスがあるのだな」

「いえいえ、政に勤しむ身となっては、そんなお時間はないでしょう。ここは潔く諦めて、次席の僕にお任せください」

 レオンの慇懃無礼な物言いにヒヤリとするが、ユルはニヤリと笑って余裕を見せる。

「いや、両国の交流を活発にするための政策がいくつもある。それを俺が担当すれば、いくらでも会えるだろう。
 もしくは、アリスが特別大使に任命されれば、公費で迎えることができる。早速、提案させてもらおう」

(いやいやいや、私の人生を何だと思っているのかな!?)

 いつの間にか、家の事情から私の身柄をどうするかの話に移行している。これは、意見しなければ絶対に後悔するやつだ。拳を握りしめて、お腹に力を入れる。

「お言葉ですが、私はまだ学生の身でございますので、勉学に励むべきかと存じます」

 私なりに気を遣って、差し支えないようにお返事した。それに、『お勉強』を理由にしておけば、たいていの問題は解決するものだ。

 けれど、ユルは笑みを深める。

「そうだな、俺の国へ留学すればいい」

(簡単に言ってくれるね!)

 貴族令嬢の仮面を付けた私は、動揺を見せることなく答える。

「私などには、もったいないお話でございます」

「そうだよ! もっとマシな人を留学させるべきだ! アリスは留学するほど、学問を愛してはいないじゃないか!」

「……レオン、本当のことを申し上げたら、身も蓋もありませんわ」

 親友は本当に私の味方だろうかと疑問を抱いたとき、母が真剣な顔をして私を見た。

「アリス、覚悟を決めなさい」

「かくご?」

「そうです。あなたが結婚するまで、どなたにも婚約するチャンスがあります。つまり、たくさんの人を振り回してしまうということです。
 彼らの努力と、それに費やした時間に見合う価値が、あなたにありますか」

「そ、それは」

 情けないことに、全く自信がない。
 返事に窮していると、肩に温かいものが触れた。顔を上げると、ラウル様が微笑んでいる。彼は、視線を母に向けた。

「発言してもよろしいでしょうか?」

「許可いたします」

 とても嬉しそうに母が答えた。ラウル様は、深くお辞儀してから膝をつき、私を見つめる。

「大会の参加者を代表して申し上げます。我々はアリス殿に感謝し、心よりお慕いしております。その気持ちは永遠に変わることなく、この胸に生き続けるでしょう。
 我々の努力や費やした時間は、己の能力を伸ばすために使ったものです。結果的には自分のため、国のためになっておりますゆえ、これもアリス殿のおかげであると思っております。
 アリス殿がいてくださったから、我々は仲間と出会い、教養を身につけ、望む未来を手に入れることができました。アリス殿は、存在そのものが尊く、そのままで十分なのです。
 我々は、何があろうとあなたを愛し、これからも全力で守ります」

 そう宣言すると、私の手を取り、口づけを落とす。その瞬間、私は顔から火を吹いた。

「そ、そんなの、僕だって同じだよ!」

「無論、俺もだ」

 レオンとユルが先を越されたと言わんばかりに慌てて同調するが、ふわふわしていて耳に入ってこない。

「ふふふ。アリスが羨ましいですわ」

 ローズがニマニマ笑いながらこちらを見てくるが、完全に面白がっているのはわかる。

「アリス、ラウル様にお返事なさい」

 母が優しく促すが、どう言うのが正解なのだろうか。戸惑いながら席を立ち、ラウル様と向かい合う。

「……ラウル様のお言葉を、心より嬉しく思います。参加された皆さまのお気持ちにお応えできるか不安ではありましたが、そのままの私でいてよいと肯定していただき、気持ちが軽くなりました。ありがとうございます。皆さまにいただいた愛を、国の発展に尽力する形でお返しして参ります」

「アリス、僕には愛で返してくれればいいから!」

「国に尽くすのなら、俺の妃になるのが近道だぞ」

 ラウル様は感極まった様子で一歩下がり、騎士の礼をとる。

「この命かけて、アリス殿の望みをかなえることを誓います」

 ローズは満足そうに微笑んだ。

「さて、お時間ですわ。名残惜しいですが、陛下は私と一緒に城へ参りましょう」

「そうか。では、アリスも共に……」

「王族同士の会食ですの。アリスとは、また別の機会にいたしましょう。それでは、皆さまご機嫌よう」

「殿下、心よりお礼申し上げます」

「おばさま、アリスのためですもの当然ですわ。そうそう、レオンもおいでくださいな。あなたは案内役ですのよ!」
 
「え、そんなの、聞いてないよ! 僕はアリスと話を……」

「ええい! 抜け駆けは許さぬ! お前も道連れだ!」

「そんなあ! アリスー!」

 こうして、レオンはユルに引きづられて行った。

 作り笑いで見送ってから、どっと疲れが押し寄せる。それは母も同じようで、お茶をしましょうと促された。
 
 エントランスから談話室へ向かう間も、頭の中をぐるぐると考えが巡って落ち着かない。
 
 ラウル様の優しさに甘えて、のほほんとしていたが、ユルの襲来により気付かされた。

 敗者復活戦が続く限り、日常は簡単にひっくり返るのだ。先の見えない未来に、思わずため息をついた。

「安心していい。君は俺が守る」

 すぐ後ろにいたラウル様は、そっと声をかけてくれた。しかし、この世には身分や階級があり、それを越えることは許されていない。それでも守ってくれると言うのだろうか。

 足を止めて振り返り、ラウル様と向き合う。

「相手が王様でも?」

「王様でも」

 微笑みながらも、迷いなく彼は答えた。意地悪な私は、質問を重ねる。

「魔物でも?」

 おやっと目を丸くした後、彼はにっこり笑って口を開いた。

「魔物でも」

 周りを見回して誰もいないことを確認すると、彼は私を抱きしめた。耳元に彼の唇を感じる。

「アリス殿を思うと力が湧いてくるんだ。どんな敵が相手だろうと、負ける気がしない。そのくらい、君が好きなんだ」

(いかん、気絶できるっ)

 あまりの衝撃に、私は固まってしまった。変な顔をしているに違いないのに、ラウル様は愛おしげに私を見つめ、頬にそっと口づけをする。

 それから、名残惜しそうにゆっくり離れると、照れ臭そうに笑った。

「仕事中でなければ、彼らを投げ飛ばしていたかもしれない。君のことになると、俺は誰よりも心が狭くなるからな。さあ、行こう」

 彼のエスコートにより、呆然としたままの私は、母の待つ部屋へ向かった。
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