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番外編・小話集
閑話 ごめんね(舞視点) 後編
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舞視点による三条家の事情の後編です。
主人公を差し置いて少々ラブシーンあり。
R15くらいでしょうか……。
********************************************
「店の前で別れるときだって、係長の前で私の手を取って、思わせぶりに誘ってきたんだよ。言い寄られてたなんて変な誤解受けちゃって、大迷惑だよ、もうっ」
「大変だったわね」
「イヤガラセにも程があるよ」
電話の向こうで愛美ちゃんがぷりぷり怒っている姿が容易に想像できて、私はふふっと笑った。
愛美ちゃんはすぐ感情が顔に出る。
多分、本人は気付いてないのだろうけど。
だからよく自分の考えを兄様や涼に言い当てられて「あんたエスパーだったりする?」ってビックリしているのだけど、本当は思ったことが顔に出てるだけなのよね。
おかげで二人にからかわれてばっかり。
言い当てられてワタワタする愛美ちゃんが可愛くて、指摘しない私達も私達だけど。
そう。愛美ちゃんは可愛いのだ。
本人は美人じゃない、平凡だって言ってるけど、単に私達とは顔の系統が違うだけで他人から見たら十分に可愛いはずだ。
それに、顔の作りもだけど、雰囲気というか全体が妙に庇護欲を誘うのが愛美ちゃんの最大の魅力だと私は思う。
自立心旺盛な割にはどこか頼りなくて、恋愛には興味ありませんって態度だけど男性に慣れてなくてどこかビクビクしている風で。
あの素直に感情が顔に出るところとあいまって、妙に心をくすぐるのだ。かまいたくなるというか。
真綾ちゃんは密かに愛美ちゃんを小動物系だって言ってるけど、本当にその通りだと思う。
だからね。
多分、透兄様と涼は一番愛美ちゃんを心配している。
私には兄様がいて、真綾ちゃんたちには涼がいるけど、愛美ちゃんは一人っ子で守る人がいない。
おまけに私達は曲りなりにも家族以外の男性と交流があって、それなりに自己防衛もできるけど、愛美ちゃんは中学高校と女子高育ちで純粋培養されてたから自分を守る術を知らない。
なのに、こっちには手の出しようのない場所にいて、庶民だから平気って言ってひとりで突っ走ろうとしているんだから。
これが心配にならないわけがない。
幸い、まだ愛美ちゃんに言い寄る男はいないみたいだけど、透兄様としては心配だからきっと佐伯さんの会社に行けば愛美ちゃんにちょっかいを出さずにいられないだろう。
おそらく牽制の意味もあって。
自分の魅力も、力も十分に承知している兄様らしいやり方だ。
そのことで反対に愛美ちゃんに注目を集めてしまう可能性はあるけど、そうなったらそうなったで、愛美ちゃんが一番嫌がる方法――三条との関係を暴露する――という手段を取ってでも害虫を追い払うだろう。
むしろそれを狙っているのかもしれない。
愛美ちゃんを佐伯から離すために。
だけどそれを真っ先にやらないのは、あそこには佐伯彰人さんがいるから……なんだと思う。
―――突然降って湧いたような婚約話。
お祖父様とお祖母様には元々その腹づもりがあったのかもしれない。
四人の孫娘のうち二人を身内に娶らせて、あと一人は親友である佐伯さんの孫息子に嫁がせようと。
縁もゆかりもない人間ではなく、ほとんど身内同然の人のところへ嫁に出すなら、孫娘を取られた気にならないですむから。
お祖父さまがそう考えたのも、元々は愛美ちゃんのお母さんの沙耶子叔母さんが学生のうちに縁もゆかりもない隆俊叔父さんに嫁いでしまったからに違いない。
隆俊叔父さんは三条家とか出世とか、そういったものには全く興味を示さない人で、いくらお祖父様やお父様が三条系列の会社に入るように言っても、それを退けて関係のない会社に就職してしまったのだ。
柔和だけど意思の強い人で、三条家のトップの二人を目の前にしても平然としている、そんな心臓の持ち主。
仕方のないやつだ、と苦笑しつつ、お祖父さまもお父さまも隆俊叔父さんを認めていて、透兄様なんて密かに尊敬していたりする。
ところが人格者の隆俊叔父さんは多分ほとんど気にしてないと思うのだけど、沙耶子叔母さんは自分は実業界とは無縁な家庭に入ったのだからと、三条家に一線を引いてしまうようになった。
身内の集まりにしか出ないし、自分からは三条家には足を運ぶことはない。
そんな叔母さんを見て、お祖父様もお祖母様も娘が遠くに離れていってしまったように感じたのだろう。
もっとも、お父様に言わせると叔母さんは“窮屈なお嬢様生活が嫌で嫌で仕方ない庶民派な性格”で、結婚してコレ幸いとばかりに三条家の看板を捨てたらしいのだけど。
だけどお祖父様達にしてみたら寂しいに決ってる。
だから、孫娘たちは自分の手の届くところに居て欲しいと思っているのだろう。
ある意味、身勝手なわがまま。
私達の気持ちなんて全然考えてくれてない。
兄様にだって、涼にだって、誰か好きな人ができたかもしれないのに。
私達だけでなく、彼らの心までお祖父様たちは縛ってしまった。
異性と出会うたびに、いつかは私たちと結婚しなければならないと思って親しくならないようにしていたかもしれない。
……佐伯彰人さんだって、同じこと。
お付き合いしている人がいるって涼が言ってた。
付き合っている顔ぶれはよく替わるそうだから、本気ではないのかもしれないけど。
でも、その中で誰か結婚したいと思った人がいたのかもしれない―――。
「ね、ねぇ、愛美ちゃん」
私は思わず透兄様についてブツブツ言っている愛美ちゃんに声を掛けた。
佐伯彰人さんに真剣な恋人はいないのか、とか、同じ会社にいる愛美ちゃんなら噂とか聞いているんじゃないかと思ったのだ。
「なあに?」
「佐伯さんって……」
言いかけて、私は口をつぐんだ。
よくよく考えてみれば、そんな結婚を考えるほど真剣な人がいるという噂になっているなら、とっくに愛美ちゃんは言っているだろう。
この婚約話をナシにしたいのは愛美ちゃんも同じなのだから。
「……え?、係長が何?」
怪訝そうな声が聞こえた。
婚約を嫌がっている私が、佐伯彰人さんのことを尋ねるのはおかしいと思っているのかもしれない。
実際、佐伯彰人さんに関しては何も耳にしたくないくらいなのだから。
私はとっさに別のことを口にした。
「……愛美ちゃんって、佐伯彰人さんと仲良いの?」
口に出してから、これも本当は愛美ちゃんに尋ねたいことの一つだったのに、今さら気付いた。
「は? 私と仁科係長が?」
「ええ。……だって、お昼一緒に食べに行くくらいだし、愛美ちゃんの分、自分で払うって主張してたんでしょう?」
尋ねながら、少しドキドキした。
認めたくない感情が頭をよぎる―――ほんの少しの期待感。
でもその後にくるのは罪悪感。
愛美ちゃんは電話の向こうで仰天したようだった。
「まさか。違うよ、普通にただの上司と部下の関係だよ!」
「……そうなんだ」
「お昼一緒に食べたのだって、お茶出し係だった私とたまたまかち合って、透兄さんに無理やり誘われたからだもん」
驚いたものの、その愛美ちゃんの口調には嘘も特別な感情も現われてなかった。
「そう」
落胆している自分がいる。
……私は嫌な子だ。
愛美ちゃんが佐伯彰人さんと仲良くなってくれれば。
そうすれば婚約話から逃れるのではないかと思ってしまった。
ごめんね、愛美ちゃん。
私、あなたに佐伯彰人さんのことを尋ねながら、酷いことを考えていたの。
こっちの思惑なんてすべて無くして、ただ単に佐伯彰人さんに四人の中から許婚を選ばせれば。
間違いなく、彼は愛美ちゃんを選ぶに違いないと―――。
ごめんね。
身勝手でごめんね。
だけど、今の私には譲れないものがあるから―――。
彼の顔が脳裏に浮かんで、私はきゅっと唇をかみしめた。
その後、また今度一緒にお茶を飲みに行く約束をして、私は電話を切った。
子機を充電器に戻し、大きくため息をつく。
その時、会話が終わるタイミングを見計らったようにガチャと寝室の扉が開いて、彼が我が物顔で入ってきた。
姿を見た途端、私の心臓は倍以上の速さで鼓動を打ち始める。
「電話は終わった?」
「ええ。愛美ちゃんからだったわ」
とうに把握しているだろうけど、私はあえて電話相手を告げた。
「そのようだね。きっと掛けてくると思ってたけど」
言いながら彼はベッドを回り込んで私の背後に立つ。
「透兄さんが散々かき回したみたいだからね。愚痴を言わずにはいられないんだろう」
腕が前に回り、背後からやんわり抱きしめられた。
「……っ…」
「髪、乾いた?」
耳元でささやかれて、私の足先から頭のてっぺんまで一気に甘いシビレが走った。
「……あっ……」
すっかりなじみになった背中を走るゾクゾクっとした感触に、私は背中を反らして彼にもたれかかった。
彼はそんな私の耳朶を、軽く咬んではその部分をねっとりと舐めあげる。
「……っつ、涼!」
耳への愛撫だけでお腹の奥にツキンっとした痛みが走り、私はそんな自分が恐くなって助けを求めるかのように彼の名前を口にした。
「まだ、慣れないんだ?」
クスクス笑う涼。耳元で笑われて、その吐息にすら私の体はビクッと反応する。
「……ふぁ…っ」
私の顔は多分、今真っ赤になっているに違いない。
涼は更に笑って、顔を真っ赤にした私の頬に右手で触れて、その手をそのままゆっくりと、唇、首筋、胸元へと這わせていく。
その間、私の耳を口で愛撫するのを忘れない。
自分の息が荒くなっていくのがわかる。
こんなに耳が敏感だなんて、全く想像もしてなかった。
こんなに自分が乱れるなんて、思ってもみなかった。
「……あ……?」
胸にひんやりとした空気を感じて、いつの間にかパジャマの前が外されているのに気付いた。
何も纏ってない胸のふくらみが晒されている。
涼はパジャマのボタンを外したその手で、下からそのふくらみを掬うように掴んだ。
「……ふっ、くっ……」
ずくんとお腹の奥に快感の疼きが走った。
無意識に腰が揺れてる。
そのことに気付いた私は羞恥心をかきたてられ、そのことが更に疼きを生んだ。
この先に待っているものを知っているからこその疼き。
ついさっきまで愛美ちゃんと話をしていてその罪悪感に心は揺れ続けているのに、身体は確実に彼に慣らされていくのが分かる。
もうじき何も考えられなくなるだろう。
羞恥心も、罪悪感も―――。
荒い息の中で、快感に揺さぶられつつも頭の中でしつこく残るしこりみたいなものに気付いたのか、両手で私の胸をなぶりながら、涼は耳朶に歯を立ててつぶやく。
「……絶対に渡さないから」
熱い吐息と共にささやかれた言葉に、涙が出そうになった。
今さらどうしてこんなに好きになってしまったんだろう。
もっと前から気付いていればよかったのに。
いや。
いっそのこと、何も気付かずにいればよかったのに。
ベッドに押し倒されながら、私は涼の背中に手を回して力いっぱい抱きしめた。
だけど気付いてしまった。
もう後へは引けないところに。
―――だから。
ごめんね。愛美ちゃん。
私はこの手を離したくないの。
私を選んでくれたこの腕を、失いたくないの。
ごめんね―――。
覆いかぶさってくる涼の体重と温かさを全身に感じながら、私はそっと目を閉じた。
主人公を差し置いて少々ラブシーンあり。
R15くらいでしょうか……。
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「店の前で別れるときだって、係長の前で私の手を取って、思わせぶりに誘ってきたんだよ。言い寄られてたなんて変な誤解受けちゃって、大迷惑だよ、もうっ」
「大変だったわね」
「イヤガラセにも程があるよ」
電話の向こうで愛美ちゃんがぷりぷり怒っている姿が容易に想像できて、私はふふっと笑った。
愛美ちゃんはすぐ感情が顔に出る。
多分、本人は気付いてないのだろうけど。
だからよく自分の考えを兄様や涼に言い当てられて「あんたエスパーだったりする?」ってビックリしているのだけど、本当は思ったことが顔に出てるだけなのよね。
おかげで二人にからかわれてばっかり。
言い当てられてワタワタする愛美ちゃんが可愛くて、指摘しない私達も私達だけど。
そう。愛美ちゃんは可愛いのだ。
本人は美人じゃない、平凡だって言ってるけど、単に私達とは顔の系統が違うだけで他人から見たら十分に可愛いはずだ。
それに、顔の作りもだけど、雰囲気というか全体が妙に庇護欲を誘うのが愛美ちゃんの最大の魅力だと私は思う。
自立心旺盛な割にはどこか頼りなくて、恋愛には興味ありませんって態度だけど男性に慣れてなくてどこかビクビクしている風で。
あの素直に感情が顔に出るところとあいまって、妙に心をくすぐるのだ。かまいたくなるというか。
真綾ちゃんは密かに愛美ちゃんを小動物系だって言ってるけど、本当にその通りだと思う。
だからね。
多分、透兄様と涼は一番愛美ちゃんを心配している。
私には兄様がいて、真綾ちゃんたちには涼がいるけど、愛美ちゃんは一人っ子で守る人がいない。
おまけに私達は曲りなりにも家族以外の男性と交流があって、それなりに自己防衛もできるけど、愛美ちゃんは中学高校と女子高育ちで純粋培養されてたから自分を守る術を知らない。
なのに、こっちには手の出しようのない場所にいて、庶民だから平気って言ってひとりで突っ走ろうとしているんだから。
これが心配にならないわけがない。
幸い、まだ愛美ちゃんに言い寄る男はいないみたいだけど、透兄様としては心配だからきっと佐伯さんの会社に行けば愛美ちゃんにちょっかいを出さずにいられないだろう。
おそらく牽制の意味もあって。
自分の魅力も、力も十分に承知している兄様らしいやり方だ。
そのことで反対に愛美ちゃんに注目を集めてしまう可能性はあるけど、そうなったらそうなったで、愛美ちゃんが一番嫌がる方法――三条との関係を暴露する――という手段を取ってでも害虫を追い払うだろう。
むしろそれを狙っているのかもしれない。
愛美ちゃんを佐伯から離すために。
だけどそれを真っ先にやらないのは、あそこには佐伯彰人さんがいるから……なんだと思う。
―――突然降って湧いたような婚約話。
お祖父様とお祖母様には元々その腹づもりがあったのかもしれない。
四人の孫娘のうち二人を身内に娶らせて、あと一人は親友である佐伯さんの孫息子に嫁がせようと。
縁もゆかりもない人間ではなく、ほとんど身内同然の人のところへ嫁に出すなら、孫娘を取られた気にならないですむから。
お祖父さまがそう考えたのも、元々は愛美ちゃんのお母さんの沙耶子叔母さんが学生のうちに縁もゆかりもない隆俊叔父さんに嫁いでしまったからに違いない。
隆俊叔父さんは三条家とか出世とか、そういったものには全く興味を示さない人で、いくらお祖父様やお父様が三条系列の会社に入るように言っても、それを退けて関係のない会社に就職してしまったのだ。
柔和だけど意思の強い人で、三条家のトップの二人を目の前にしても平然としている、そんな心臓の持ち主。
仕方のないやつだ、と苦笑しつつ、お祖父さまもお父さまも隆俊叔父さんを認めていて、透兄様なんて密かに尊敬していたりする。
ところが人格者の隆俊叔父さんは多分ほとんど気にしてないと思うのだけど、沙耶子叔母さんは自分は実業界とは無縁な家庭に入ったのだからと、三条家に一線を引いてしまうようになった。
身内の集まりにしか出ないし、自分からは三条家には足を運ぶことはない。
そんな叔母さんを見て、お祖父様もお祖母様も娘が遠くに離れていってしまったように感じたのだろう。
もっとも、お父様に言わせると叔母さんは“窮屈なお嬢様生活が嫌で嫌で仕方ない庶民派な性格”で、結婚してコレ幸いとばかりに三条家の看板を捨てたらしいのだけど。
だけどお祖父様達にしてみたら寂しいに決ってる。
だから、孫娘たちは自分の手の届くところに居て欲しいと思っているのだろう。
ある意味、身勝手なわがまま。
私達の気持ちなんて全然考えてくれてない。
兄様にだって、涼にだって、誰か好きな人ができたかもしれないのに。
私達だけでなく、彼らの心までお祖父様たちは縛ってしまった。
異性と出会うたびに、いつかは私たちと結婚しなければならないと思って親しくならないようにしていたかもしれない。
……佐伯彰人さんだって、同じこと。
お付き合いしている人がいるって涼が言ってた。
付き合っている顔ぶれはよく替わるそうだから、本気ではないのかもしれないけど。
でも、その中で誰か結婚したいと思った人がいたのかもしれない―――。
「ね、ねぇ、愛美ちゃん」
私は思わず透兄様についてブツブツ言っている愛美ちゃんに声を掛けた。
佐伯彰人さんに真剣な恋人はいないのか、とか、同じ会社にいる愛美ちゃんなら噂とか聞いているんじゃないかと思ったのだ。
「なあに?」
「佐伯さんって……」
言いかけて、私は口をつぐんだ。
よくよく考えてみれば、そんな結婚を考えるほど真剣な人がいるという噂になっているなら、とっくに愛美ちゃんは言っているだろう。
この婚約話をナシにしたいのは愛美ちゃんも同じなのだから。
「……え?、係長が何?」
怪訝そうな声が聞こえた。
婚約を嫌がっている私が、佐伯彰人さんのことを尋ねるのはおかしいと思っているのかもしれない。
実際、佐伯彰人さんに関しては何も耳にしたくないくらいなのだから。
私はとっさに別のことを口にした。
「……愛美ちゃんって、佐伯彰人さんと仲良いの?」
口に出してから、これも本当は愛美ちゃんに尋ねたいことの一つだったのに、今さら気付いた。
「は? 私と仁科係長が?」
「ええ。……だって、お昼一緒に食べに行くくらいだし、愛美ちゃんの分、自分で払うって主張してたんでしょう?」
尋ねながら、少しドキドキした。
認めたくない感情が頭をよぎる―――ほんの少しの期待感。
でもその後にくるのは罪悪感。
愛美ちゃんは電話の向こうで仰天したようだった。
「まさか。違うよ、普通にただの上司と部下の関係だよ!」
「……そうなんだ」
「お昼一緒に食べたのだって、お茶出し係だった私とたまたまかち合って、透兄さんに無理やり誘われたからだもん」
驚いたものの、その愛美ちゃんの口調には嘘も特別な感情も現われてなかった。
「そう」
落胆している自分がいる。
……私は嫌な子だ。
愛美ちゃんが佐伯彰人さんと仲良くなってくれれば。
そうすれば婚約話から逃れるのではないかと思ってしまった。
ごめんね、愛美ちゃん。
私、あなたに佐伯彰人さんのことを尋ねながら、酷いことを考えていたの。
こっちの思惑なんてすべて無くして、ただ単に佐伯彰人さんに四人の中から許婚を選ばせれば。
間違いなく、彼は愛美ちゃんを選ぶに違いないと―――。
ごめんね。
身勝手でごめんね。
だけど、今の私には譲れないものがあるから―――。
彼の顔が脳裏に浮かんで、私はきゅっと唇をかみしめた。
その後、また今度一緒にお茶を飲みに行く約束をして、私は電話を切った。
子機を充電器に戻し、大きくため息をつく。
その時、会話が終わるタイミングを見計らったようにガチャと寝室の扉が開いて、彼が我が物顔で入ってきた。
姿を見た途端、私の心臓は倍以上の速さで鼓動を打ち始める。
「電話は終わった?」
「ええ。愛美ちゃんからだったわ」
とうに把握しているだろうけど、私はあえて電話相手を告げた。
「そのようだね。きっと掛けてくると思ってたけど」
言いながら彼はベッドを回り込んで私の背後に立つ。
「透兄さんが散々かき回したみたいだからね。愚痴を言わずにはいられないんだろう」
腕が前に回り、背後からやんわり抱きしめられた。
「……っ…」
「髪、乾いた?」
耳元でささやかれて、私の足先から頭のてっぺんまで一気に甘いシビレが走った。
「……あっ……」
すっかりなじみになった背中を走るゾクゾクっとした感触に、私は背中を反らして彼にもたれかかった。
彼はそんな私の耳朶を、軽く咬んではその部分をねっとりと舐めあげる。
「……っつ、涼!」
耳への愛撫だけでお腹の奥にツキンっとした痛みが走り、私はそんな自分が恐くなって助けを求めるかのように彼の名前を口にした。
「まだ、慣れないんだ?」
クスクス笑う涼。耳元で笑われて、その吐息にすら私の体はビクッと反応する。
「……ふぁ…っ」
私の顔は多分、今真っ赤になっているに違いない。
涼は更に笑って、顔を真っ赤にした私の頬に右手で触れて、その手をそのままゆっくりと、唇、首筋、胸元へと這わせていく。
その間、私の耳を口で愛撫するのを忘れない。
自分の息が荒くなっていくのがわかる。
こんなに耳が敏感だなんて、全く想像もしてなかった。
こんなに自分が乱れるなんて、思ってもみなかった。
「……あ……?」
胸にひんやりとした空気を感じて、いつの間にかパジャマの前が外されているのに気付いた。
何も纏ってない胸のふくらみが晒されている。
涼はパジャマのボタンを外したその手で、下からそのふくらみを掬うように掴んだ。
「……ふっ、くっ……」
ずくんとお腹の奥に快感の疼きが走った。
無意識に腰が揺れてる。
そのことに気付いた私は羞恥心をかきたてられ、そのことが更に疼きを生んだ。
この先に待っているものを知っているからこその疼き。
ついさっきまで愛美ちゃんと話をしていてその罪悪感に心は揺れ続けているのに、身体は確実に彼に慣らされていくのが分かる。
もうじき何も考えられなくなるだろう。
羞恥心も、罪悪感も―――。
荒い息の中で、快感に揺さぶられつつも頭の中でしつこく残るしこりみたいなものに気付いたのか、両手で私の胸をなぶりながら、涼は耳朶に歯を立ててつぶやく。
「……絶対に渡さないから」
熱い吐息と共にささやかれた言葉に、涙が出そうになった。
今さらどうしてこんなに好きになってしまったんだろう。
もっと前から気付いていればよかったのに。
いや。
いっそのこと、何も気付かずにいればよかったのに。
ベッドに押し倒されながら、私は涼の背中に手を回して力いっぱい抱きしめた。
だけど気付いてしまった。
もう後へは引けないところに。
―――だから。
ごめんね。愛美ちゃん。
私はこの手を離したくないの。
私を選んでくれたこの腕を、失いたくないの。
ごめんね―――。
覆いかぶさってくる涼の体重と温かさを全身に感じながら、私はそっと目を閉じた。
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