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番外編・小話集
閑話 秘する花を知ること 2
しおりを挟む田中雅史主任視点の閑話。
「携帯番号」の直後の話。
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「――で、夕飯食って駅まで送っていったわけか」
雅史は自宅マンションのソファに座ってビール片手に携帯電話に向かってそう締めくくった。
『ああ』
電話の向こうの主は、上司であり親友である仁科彰人だ。
彼は今その日の夜の顛末を電話で確認しているところだった。
報告してもらう義務はある、と思う。
何しろ、部下の上条愛美から会社に置きっ放しにした携帯に電話があった時、自分も傍にいたのだから。
そして、飲みに行く約束を反故にされた。
……まぁ、それはどうでもいいことだが。
金曜日の夜に男二人で寂しく飲むよりは、天然相手に彰人が四苦八苦する様子を思い浮かべていた方がはるかに興味深い事柄なのだから。
あの彰人が女に言い寄り、しかも口説くのに苦労する――――。
大学時代も会社に入ってからも、黙っていれば女が寄ってきてその手のことで苦労したことがない彰人が、だ。
そんなの一生に一度見られるかどうかの珍事だ。
これを堪能せずしてどうする?
『全部かわされた。意外と手強いな』
電話の向こうで彰人の苦笑する気配がした。
だが、そう言いつつどこか楽しげなのを雅史は聞き逃さなかった。
くどき文句を全てスルーされたというのに、どこか満足げだ。
根っからの肉食系だものな、こいつは。
獲物が逃げれば逃げるほど、相手が抵抗すればするほど燃えるタイプだ。
だが、その割にはどこかストイックというかクールな部分もあって、複雑な佐伯彰人という人格を形成していた。
どっちかというと普段表に出ているのは、そのクールな部分だ。
だから深い付き合いがない人間は彰人を冷静で温和なタイプと見る。本人もあえてそう演じている。
だが、本来の彼は猛獣という名の肉食動物だ。
これと決めた獲物は逃がさない。諦めることはないし、追い求めることに貪欲だ。
だが、同時に冷静さも持ち合わせていて、獲物を緻密に計算して追い詰めていくこともやってのける。
こんな根っからの狩人気質な男が、自分から寄ってきてあっさり身を投げ出すような女に満足できるわけがない。
雅史はそれを知っていたし、実際に本人にも言ったことがある。
だが、彰人はこと付き合う女性のこととなると無頓着だ。……いや、無頓着というより無感情という感じだ。
性欲と感情を完ぺきに切り離して考える。
好意はあるから付き合うが、そこに感情が伴わない。冷淡ですらある。
女性から見れば最悪な男といった感じだが、彰人に言い寄る女性がほぼステレオタイプであることを考えると、情状の余地はあると思う。
彰人に擦り寄るタイプは基本的に自分に自信があるタイプだ。でないと彰人のような高スペックでライバルがたくさんいそうな男に言い寄ることはないだろう。
蹴落とす自信があるから近づく。
そして得てしてそういう女は計算高い。
女としての自分を武器に使うことを知っているからだ。
つまり――彰人同様に感情と性欲を切り離して付き合うことの出来る女ばかりなのだ。
だからこそ彰人も簡単に切り捨てることができる。自分と別れても、まるで花から花へと蜜を求めて移って行く蝶のように、新たな次の男を見つけることが分かっているから。
そしてそんな女ばかりと付き合うからますます彰人は冷淡になっていく。
まるで無限ループのような状況だ。
三条家との婚約話が出てから、更にそれが顕著になったと思う。
だから、雅史は自分から追い求めるような女性を見つけろと再三に渡って忠告してきた。
にもかかわらず彰人が態度を改めなかったのは、好きな女を見つけられなかったこともあるが――感情を伴わない付き合い方ばかりしてそれに慣れてしまっていたからだろうと思う。
感情が揺れることのない付き合い方は、まともに恋愛をしてきたことのある人間にとっては味気のない――何かが足りないと思わないではいられない関係だが、それしか知らない彰人にとっては楽な付き合い方なのだ。
むしろ、雅史が言ったような関係を誰かと築くことは彰人にとってはどの難題より遥かに難しいことなのかもしれない。
だが、一時の付き合いならそれでもいいが、三条家との婚約話が出ている今は好ましくない。
雅史が恐れているのは、彰人が三条家との婚約話を厭うあまり、そういう女性を妥協で伴侶に選んでしまうことだった。あるいはその冷淡な部分で三条家の選んだ許婚で手を打ってしまうことを。
だが、そんな関係はすぐに破綻する。断言できる。
だからこそ雅史は好きな女性を見つけろと口をすっぱく言ってきたのだ。
もともと自分から言い寄ってくる女性は彰人のタイプではないことは分かっていた。本人はそういうタイプが好みだと思っていたようだが。
だが雅史に言わせれば、そいういうタイプしか近づいてこないのでは選びようがなくて、そしてそれがそもそもの間違いの元なのだ。
あんな肉食系の男が、求められたから付き合うなんて、不自然も甚だしい。
自分から求めて追いかけてこそ、価値を見出せる人間のくせに。
どんなに良好に見えたって、感情の伴わない付き合いをしている以上、それ以上になるわけないのだ。
――――でも。
ようやく彰人は自分の追い求めるものを見つけたようだ。
本当に、ようやく、だ。
半年近く前から気になっていたくせに、あまりに長く自分の気持を認めないものだから、さすがの雅史もイラッときていたのだ。
だから川西女史を味方に引き入れて、上条愛美の方面から揺さぶりを掛けようと画策していたのだが。
例の騒動が勃発してその手間が省けた。
雅史としては三条透課長と元早坂商事の勘違い令嬢に感謝したいくらいだ。
「手強かろうが、諦めるつもりはないんだろう?」
揶揄するように言ってやれば、電話の向こうの彰人は即答した。
『当然だ。むしろ捕まえる楽しみが増える』
あー。完全に肉食系の台詞だな、こりゃ。
雅史の脳裏に舌なめずりをしたオオカミの姿が浮んだ。だがこれこそ、彰人の本来の姿だ。
貪欲に欲しいものを求める姿こそが。
「まぁ、頑張れよ。協力してやるから」
ついこぼれる笑いを押し殺して雅史は言った。
『笑いたいなら笑った方が楽だぞ』
打てば響くように切り返しの言葉がやってくる。
相手のことが分かるのはお互い様で、彰人には雅史が面白がっているのが見なくても分かるのだ。
雅史はそんな彰人との関係も気に入っていた。
馬も合う、話も合う。同僚として、上司としても尊敬できる。
だが一番彰人を気に入っている理由は、いつでもなんでも雅史が楽しめることを提供してくれるという点だった。
もちろん、本人はそのつもりはないだろう。
だが、彰人を取り巻く環境が彼を飽きさせることがないのだ。
思えば最初に会ったときからそうだった。
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