4番目の許婚候補

富樫 聖夜

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フェア用SS

お土産にご用心

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2012年どこでも読書フェア用に書いたSSです。
時系列は1巻当時のもの。
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「あ、あれ?」
 ウエストのホックをとめようとして、私の手は止まった。……届かなかったのだ。
 数ヶ月ぶりに着ようと思ったそのスカートは、ウエストに遊びであるゴムの部分がない、サイズがシビアなタイプだった。
 だけど前に着たときは普通に入ってホックをとめるのにも苦労はしなかったはず。
 なのに今は届かない。……いや、届くことは届くけど、ホックをとめるとキツイ。ものすごくキツイ。
 これの示すことはただ一つ。
「ふ、太った……!?」
 私は脱衣場に直行し、体重計に恐る恐る足を乗せた。
 そして絶句した。
「さ、三キロも……」
 ここ最近体重計に乗ってなかったので、すっかり油断していた。
 思いっきり太っていた!
 胸には行かないくせに、その太った分はウエストに肉となって現れたらしい。
 ものすごいショックだ。

 太った心当たりは――もちろんあった。
 仁科係長の持ってくるお土産だ。まぁ、それだけじゃないけど。

 お土産で買収されて秘書業務を引き受けた形になって以来、係長は私にこっそり自分がもらったお土産を私によこすようになっていた。
 誰かの出張のお土産だったり、取引先が持ってきたお土産だったり。
 そして自分が出張してきた時もわざわざ私だけに買って来てくれることもある。
「取引先の人に聞いたら、ここのお菓子がおいしいらしいから」って言って。
 お菓子は好きだし、普段手に入れられないものが多いから私は喜んで受け取るけど、内緒でもらっている手前会社で食べるわけにはいかず、必然的に家で食べるということになるわけだ。
 でも考えてみて? 我が家はここから遠いのだ。
 会社が終わった後一時間半かけて帰宅後に夕食。
 それから食後のデザートとしてお土産をいただくというパターンになる。
 でもただでさえ遅めの夕食になるのにカロリーの高いデザートがそこに加われば――そりゃ太るに決まってる。
 運動したり、夕食を控えたりすればいいんだろうけど、会社帰りで疲れている&お腹が減っている時に運動できる?
 夕飯を我慢できる?
 できるわけない。
 それに甘いものは別腹だ!
 おまけにお土産で貰ったチーズケーキのあまりのおいしさについお取り寄せしちゃったり、どらやきにハマって有名どころのを買いあさって食べ比べたりしてました……!
 ……こうしてすっかり体重増加の道を歩んでしまった私。
 もちろん係長に悪気はない。
 係長にしてみたらほぼ無理やり秘書業務に据えてしまったという負い目があるから、お土産を渡してくれるんだと思うし、実際私はもらって喜んでいるのだから。
 それに私にお菓子を渡すのは係長的には都合がいいのだと思う。
 うちの部は人数が多い。
 グループに分かれてそれぞれ別の事業を担当しているから、取引先の人はわからないだろうけど、部署としては大所帯だ。
 だから会議に赴いた取引先に手土産を渡されても、みんなに配るということは難しいのだ。
 もちろんその取引先と実際仕事をしているグループの人に渡すという手もあるけど、時々数が足りない時もあるわけで。
 そういう時に私という存在は都合がよかった。
 そんなこともあって私はお菓子を遠慮なく受け取っていたのだけど……。
 まさか、がっつり太るとは!
 いやいや、意思の弱い私がいけないんだけどさ。でもこのままだと入らなくなる洋服続出だ。
 ダイエットしないと!
 私は体重計にのったまま握りこぶしをつくり、決心した。

 とりあえず考えたのは歩くこと。
 夕食の時間が遅くなると本末顛倒なので、朝早めに家を出て一駅手前で降りて会社まで歩くのを実践した。
 週末は家の最寄り駅前にあるスポーツセンターに通った。
 あと三条邸に小さいながらもプールがあるので、そこで泳がせてもらったり。
「まなみちゃん、そんなに太ってないのに……」
 と言いつつ、週末に三条邸に帰ってきている従姉妹の舞ちゃんもつきあってくれた。
 その際、水着ごしに見える舞ちゃんの立派な膨らみを羨ましく見たりなんかしてない、してないったら!
 私だってウエストじゃなくて胸に肉がつくならダイエットなんてしないものを……!
 微量の精神的ダメージを受けながら、私は涙ぐましいダイエットを実践していた。
 そんな私のダイエットの最大の敵は――

「上条さん、これお土産」
 目の前にはメガネの奥で微笑む麗しの上司。
 人気のない給湯室でスーツ姿もやたらと決まった仁科係長が、手にしている紙袋を私に渡そうとしていた。
「京都のお土産で、抹茶のバームクーヘンなんだって」
 ま、抹茶のバームクーヘン! 食べてみたい!
 京都だから当然宇治の抹茶とか使われてるんだろう。
 一瞬浮かれた私は、けれどハッと気を引き締めた。
 ……だめだ。ただでさえ、通勤に時間がかかるのに、いつもより三十分早く家を出ているこの毎朝の苦労は!
 お昼と夜のご飯の量を減らして食後のデザートも控えているこの毎日の努力は!
 ここでもらって食べたら今までの苦労が水の泡になる。
「あの……その……」
 冷や汗をかきながらどうやって断ろうかと思案する私に、係長は首をかしげた。
「上条さん、どこか具合でも悪いのかい?」
 いつもは喜んで受け取る私が挙動不審なので、係長はそう解釈したらしかった。
 心配そうな声音に、私はぶんぶん顔を横に振って、こうなったら正直に言うしかないと覚悟を決めた。
「ち、違います。具合は悪くないんです。ただ、ちょっとダイエット中なので甘い物は控えようと思ってまして!」
「ダイエット?」
「……その、太りまして……」
「太った?」
 係長は目を丸くする。
「そんな風には全然見えないよ。ダイエットなんてする必要ないのに」
「みんなそう言うんですよね……」
 私はちょっと遠い目をして言った。
 そう、みんな口を揃えて言うのだ。その必要はないって。
 だけど入らなくなったスカートが必要性を訴えているではないか!
 ウエストは脱がない限り周囲の人にはわからないかと思うけど、肉のついた本人には如実にわかる場所なのだ。
 ……大切だから二度言う。私だって胸に肉がつくなら多少は目をつぶるものを……!
「目立たないところにしっかり肉もついているし、体重も増えてしまったんです。だから、お土産は……すみませんが、その……しばらくは……」
 ごにょごにょと視線を外して言うと、係長はふぅっと息をつきながら言った。
「そうか……。仕方ないね」
 そのすごく残念そうな声に視線を戻すと、係長は微苦笑のようなものを浮かべていた。
 それはとても寂しそうな表情に見えて、私はちくちくと罪悪感に襲われたのだった。
「これ、わりと有名な京都の老舗の銘菓らしいんだけどね……」
「あ、あうう……」
「でもダイエットの邪魔をしてはいけないし……仕方ないね。でも他の女子社員に渡してもいらぬ騒動になりそうだし、これは残念だけど、こっそり廃棄するしか……」
「だ、駄目です! 貰います、貰いますから廃棄は駄目です!」
 気がついたら私はそう口走っていた。
 そしたら係長ってば、今しがたの寂しそうな笑顔が嘘みたいに急ににっこり笑ったのだ!
「そう、ありがとう。じゃ、はい、これ」
 そう言って私の手に紙袋を押し付ける。
 私は呆然としながら反射的にその紙袋を手にとってしまってから、してやられたことに気づいた。
 いや……してやれらたというより……
「騙すなんてひどいです!」
 私は係長をにらみ付けて言った。
 寂しそうに笑ったり仕方ないから廃棄するとか言ってみたりして、私が思わず受け取るように仕向けるなんて!
 そんな私に係長はくすくす笑って言う。
「だましてなんかいないよ。本当にこっそり廃棄処分にするしかないかなと思っていたよ?」
「その笑顔、説得力ないですよ! もう!」
 思わずふくれると、係長は私の頭に手を乗せて軽く撫でた。
「ごめん、ごめん。お詫びにそのバームクーヘン、おそらく四つは入っているだろうから、女史たちと一緒に食べるといいよ」
「え? 係長からのお土産だって言っていいんですか?」
 そもそも私一人が係長からのお土産をこっそり貰っていたのは、係長から個人的に貰うと争奪戦になったり、他の部署にいる係長ファンに知られたらいろいろ面倒なことになるから。
 だから貰ったこと自体、仲のいい水沢さんたちにも言わずにこっそり持ち帰って食べていたのだ。
 それを分けるということは、お土産をこっそり貰ったことをみんなに告げるということなんだけど……
「ああ、かまわないよ。大っぴらにしないように口止めしてくれたらそれでいい」
「ありがとうございます!」
 そうしてくれるととても助かる。
 だってそもそもの太った主な原因は夜遅い時間に甘いものを食べるからで、昼間、食後のデザート代わりに少量食べるくらいなら、それほど体重増加にはならないはずなのだ。
 もちろん、独り占めできなくなるけど、こういうのはどっちかというとみんなであれこれ言いながら食べるほうが楽しい。
「それから、ダイエットだけど、あまり無理をしないこと。いろいろ我慢してストレス溜めるよりは、時々息抜きもした方が長く続くらしいよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます!」
 そうだよね、無理はしないで、細く長く続く方がいいんだよね、こういうのは!
 私は『今日のお昼のデザートは抹茶バームクーヘン』と心に決めると、満面の笑みを浮かべながら係長から貰った紙袋を抱えて部署に戻っていった。
 
 ――だから浮かれていた私は、その時廊下ですれ違った田中主任が、給湯室から出てきた仁科係長とこんな会話を交わしていたのを知る由もなかった。


「甘いもの好きじゃないくせに出張するたびにお菓子を買ったり、同期のやつにも土産を頼んだりしていたのはこういうことか。お前何やってんだ?」
「餌付け、かな?」
 くすくすと係長は笑う。楽しくて仕方ないような声だ。
「嬉しそうにお菓子を受け取るから、ついね」
「それで太らせたら逆効果だろうが。猫と違って太って喜ぶ女はいないぞ? だいたいあいつ一人にじゃなくなったら餌付けの効果も半減だろうが」
「周囲を固めるのもありかなと思ってね。少なくとも損じゃないだろう? 一石二鳥だ」
 その言葉に飽きられたような感心したような口調で田中主任はつぶやいた。
「……さすが、抜け目ねぇな……」

 ――私はそんなこととはつゆ知らず、もらったお土産に舌鼓を打ったり、そしてこれがきっかけでみんなしてバームクーヘンにハマって取り寄せしまくり本末転倒になったりした。
 そんなことがありながらもダイエットを始めて三ヶ月後、私はなんとか、なんとか体重を元に戻すことに成功したのだった。

 そして現在も、餌付けという名のお土産攻勢は続いているのである。
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