異世界の平和を守るだけの簡単なお仕事

富樫 聖夜

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1巻

1-3

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「とにかく、このコーナーを抜けるか、人を探してヒーローショーの舞台の場所を聞かないと」

 今透湖が立っている通路は、どうやら本物らしく再現された路地のようだ。道幅は狭く、人が三人並んで通れるか通れないかくらい。人通りもまったくなく、しんと静まり返っていた。
 ――まるでゴーストタウンみたい。人気にんきがなくて人が入ってこないのかしら?
 あくまで透湖はここをイベント会場の中だと信じ、疑いもしなかった。
 ――ま、いいわ。とにかく路地をこのまま進めば大通りに出られるかもしれない。大通りに出れば、さすがに人もいるはず……
 そう思い、歩き始めようとした時だった。頭上でバタンとガラス窓が閉まる――あるいは開いたような音が聞こえた。ハッとして顔を上げるけれど、路地に面した家のガラス窓はすべて閉まっていて、どこから音がしたかは分からなかった。
 ――気のせいかな?
 首を傾げながら、透湖は顔を前に戻して歩き始める。
 石畳の道を着ぐるみ姿で進む透湖は知らなかった。二階の窓から偶然透湖の姿を見つけた住人が、慌てて反対側の出入り口から飛び出し、警備兵の屯所とんしょへ駆け込んだことを。屯所とんしょから「マゴスの幼体らしきものが街中まちなかにいる」との連絡を受けたカーナディ小隊長がセルディたちのところへ向かったことも、当然知るよしもない。

「広い通りに出たのはいいけど……」

 狭い路地を抜けて、先ほどより幅の広い通りに出た透湖は困惑していた。そこにも誰もいなかったのだ。
 通りには看板のついた店らしき建物がのきを連ねていたが、透湖に見える範囲内で営業している店は皆無かいむだ。扉は施錠され、明かり一つともっていない。

「人の姿も見えないし……」

 ――これじゃ本当にゴーストタウンみたいじゃない。本当にここ、フェスティバル会場の中なのかな? もし、違っていたら……
 不安が押し寄せてきて、思わずぶるっと背筋を震わせた時だった。透湖から十メートルほど離れた店の扉から、買い物かごを手にした人が出てくる。ちょっと古めかしい、くるぶしまである灰色のワンピースにエプロンをつけた、まだ若そうな女性だ。
 ――ここのコーナーのスタッフさんかな?
 街並みに合わせて中世ヨーロッパ風の服装をしているのだろう。そう解釈した透湖は、パタパタと走り寄りながら声をかけた。

「すみませーん、ヒーローショーの会場って、どっち――」

 その声に振り返った女性は、透湖の姿を認めたとたん、ぎょっと目をく。そして、恐怖に満ちた表情を浮かべた。

「え? あの……」
「キャアアア!」
「あっ、ちょっと!」

 女性は悲鳴をあげて、透湖が来たのとは反対方向に向かって走り始めた。それも普通の走り方ではなく、まるで逃げるかのように。
 またたく間に女性の姿は見えなくなった。後に残ったのは、地面に転がっている手提げのかごだけ。それは女性が透湖の姿に驚いて地面に落としたものだった。

「一体、なんなの……?」

 唖然とした透湖は、引き止めようと手を上げかけた姿勢のまま固まっていた。だが、視界のはしにその手が入ったことで、今の自分の姿にようやく気づく。

「あ、もしかして、着ぐるみ姿だったから、驚かせちゃった?」

 当然と言えば当然だろう。怪獣の着ぐるみに突然声をかけられれば、誰だって驚くに決まっている。
 ――でも、驚くのは分かるけど、血相を変えて逃げ出すほどかしら?
 ゆるキャラが流行はやって以来、祭典やもよおしなどに着ぐるみが登場することは多い。着ぐるみを見て人が寄ってくることはあっても、あんなふうに逃げられることなんてあるだろうか。まだ幼い子どもならともかく。
 まして今回のフェスティバルではヒーローショーがあると告知されていて、この怪獣はポスターにも登場しているのだから、スタッフの人が知らないというのも変な話だ。
 ――……本当にここはフェスティバルの会場なの?
 透湖の背筋に冷たいものが走る。
 考えてみれば、フェスティバルの会場には舞台の他に屋台なども立ち並んでいて、これほど大掛かりなセットを組む余地はなかったはずだ。そもそも中世ヨーロッパの街並みを再現したコーナーなんてあっただろうか?
 ――ポスターはチラ見しただけだから、定かじゃないけど、そんなのなかった気がする……

「……だったら、ここはどこ? 本当にヨーロッパに来ちゃったか、それとも中世ヨーロッパ風の異世界にでもまぎれ込んじゃったわけ? ライトノベルみたいに?」

 まさかね。などと思いながら独り言をつぶやく。読書に関して雑食の透湖はライトノベルにも手を出しているので、ついそんなことが頭に浮かんでしまう。
 ――異世界にトリップ、あるいは転生した主人公が、神様から授かったチートで無双する。そんな作品を何作も読んだけど、それを自分が体験するなんてありえないわよね?

「まさか、そんなこと起こりっこないか」

 自分の想像を笑い飛ばすと、透湖はまた歩き始める。ところが歩けども歩けども、人の姿は見当たらない。
 ――けっこう歩いたわよね? もしここが本当にフェスティバルの会場だったら、とっくに抜け出しているはず。つまり、ここは私のいた街じゃなくて……

「あ、もしかして私、夢を見ているのかも?」

 唐突にそんな考えが浮かんで、透湖は納得した。異世界トリップしたのだと考えるより、よっぽど現実的だったからだ。
 ――そっか、これは夢なんだ。きっと舞台で光に目がくらんで気絶しちゃったんだわ。でなければ、こんなところにいる説明がつかないもの。
 着ぐるみを着ているので頬をつねることはできないが、きっと何か衝撃があれば目を覚ますはず。
 透湖は石畳の床をじっと見下ろした。
 ――着ぐるみを着ているとはいえ、ここに倒れ込めば少なからず衝撃はあるはず。一度転ぶと起き上がるのがすごく大変なのは知っているけど、これで目を覚ますことができるなら……

「よし、やるぞ!」

 覚悟を決めて、正義の味方に討伐された怪獣のように倒れ込もうとした――その時だった。
 石畳の道の上を、何人もの人間が走っているような音が聞こえた。その足音はこちらに近づいてきている。
 ――あ、なんだ。人いるんじゃない。
 そう安心したのもつかの間、ガチャガチャと金属がぶつかるような音まで聞こえてくることに気づいて、透湖は嫌な予感を覚えた。
 ――これってドラマやアニメでよくある、甲冑かっちゅうとか着て剣を持っている人たちが立てる音じゃない?
 嫌な予感ほど当たるものだ。通りの向こうから足音の主たちが近づいてくる。その姿を目にした透湖は顔を引きつらせた。
 それは武装した兵士たちだった。甲冑かっちゅうあるいは鎖帷子くさりかたびらのようなものを身に着けて、剣ややりを手にしている。
 ――こ、これも夢かな? いや、それよりも、あの人たちの標的って私だよね?
 残念ながら、ここには透湖しかいない。彼らの目的が自分であることは明らかだ。
 ――どうしよう、逃げるべき?
 今来た道を引き返そうとして、後ろを振り返った透湖はぎょっとする。兵士は前方だけでなく、いつの間にか後ろにもいたのだ。音は前からしかしなかったので、もしかしたら悟られないよう足音を忍ばせて近づいたのかもしれない。
 焦っているうちに囲まれてしまい、透湖は逃げるに逃げられなくなった。
 ――あの兵士さんたちが持ってる剣って本物かな? これが夢ならいいけど、もし夢じゃないなら私、大ピンチ?
 兵士たちは透湖を遠巻きにしていて、なぜか手の届くところには近づいてこないが、体格がよく武装した男たちに囲まれている状況には変わりない。
 どこかに隙でもあれば、走って逃げられるかもしれない――そんなことを考えながら素早く視線を巡らせると、その先にいる兵士たちがひるむのが分かった。
 ――あれ? なんか、兵士さんたちの私を見る目が……怖がっているような……?
 気のせいだろうか。けれど、透湖に視線を向けられた兵士たちが後ろに下がる。やはりおびえていると見ていいだろう。
 ――この着ぐるみのせいかな?
 そうとしか考えられない。けれど、全員が怖がっているわけではないようで、透湖の動きを冷静に観察している者もいた。
 兵士たちをかき分けて前に出てきた青年も、そのうちの一人だ。

「おいおい、セノウの街を守る警備兵がそんな弱腰じゃ困るな。とりでにいる仲間たちはこの街を守るために命がけで戦っているというのに」
「ハイネマン副隊長」

 兵士たちが彼を見てホッとしたような表情を浮かべる。青年はまだ若く、二十代初めかなかばのように見えた。背が高く、髪は茶色だ。引き締まった身体の持ち主で、端整というよりは精悍せいかんな顔だちをしている。周囲の兵士たちの方が明らかに年上で、特に青年の斜め後ろにいる男性は中年――もしくは初老と言った方がいいような風貌ふうぼうだ。
 にもかかわらず、青年が他の兵士とは一線を画する存在だということが、一目で分かった。周りの兵士たちとは服装も装備も明らかに違っていたからだ。他の兵士たちはみな同じような武装をしているが、青年だけはもっと上等な服を着ており、武具も異なっている。
 透湖にはピンときた。
 ――この人が指揮官に違いない。
 実際は斜め後ろに控えている中年の男性が指揮官で、青年はより上級のくらいにつく将校なのだが、そんなことが透湖に分かるはずもない。分かるのは、ここにいる兵士の中で一番偉い人間であろうということだけで、その認識に間違いはなかった。

「怖がる必要はない。マゴスの幼体っぽく見えるが、たぶん違う」

 油断なく透湖の様子をうかがいながら、青年は腰に差した剣を抜く。銀色に輝く剣は、模造刀には見えなかった。
 ――アレで斬られたら私、死ぬかな。それとも衝撃で夢から覚めるか、元の世界に戻れる? その可能性も否定できないけど、それに賭ける気はないわよ!
 透湖は慌てて口を開いた。

「ま、待って! 怪しい者じゃないから! ……いや、我ながら怪しいのは確かだけど、無害、無害だから!」

 そう言った瞬間、兵士たちの間にざわめきが走る。

「しゃべった!?」
「人間の言葉を話したぞ!?」

 目の前の青年が眉を上げた。

「マゴスに似ていて、人間の言葉を話せる生き物なんて聞いたこともねぇな。言葉が話せるなら意思の疎通はできるんだろう」

 言いながらも、青年が透湖に対する警戒を解くことはなかった。
 ――マゴスってなんだろう? さっきも同じこと言ってたわよね?
 よく分からないが、とにかくその「マゴス」とやらに似ているせいで怪しまれているようだ。
 ――よし、ここは着ぐるみを脱いで、無害でか弱い女性なのだと証明しないと!
 透湖はマスクに手をかけると、よいしょと顔から引き抜いた。これで人間だということが彼らにも分かるだろう。
 着ぐるみの頭部を脱いだ透湖の姿に、再び兵士たちがざわめく。けれど、先ほどとは違い、どこか安堵あんどしたような表情になった。青年もホッとしたように力を抜き、剣をさやに収める。
 ――よし、イケる!
 こちらの話を聞いてくれそうだと思った透湖は意気込むあまり、先ほどまでで話していた兵士たちの口からこぼれる言葉が、明らかに変わっていることに気づけなかった。
 青年に一歩近づきながら、透湖は話しかける。

「あの、聞きたいことがあるんです! ここはどこですか? 日本ですか? それともヨーロッパのどこかの国ですか?」

 だが、答えは返ってこない。それどころか、さっきまでは平静だった青年が、怪訝けげんそうに眉を寄せて透湖を見ている。
 ――もしかして日本やヨーロッパという言葉に聞き覚えがない? やっぱりここは異世界なの?
 周囲の反応からそう解釈した透湖だったが、事態はもっと深刻だった。

「――、――――?」

 青年の口から出てきた言葉は、まったく知らない言葉だった。日本語でも英語でも、ましてフランス語やドイツ語でもない。今まで聞いたことのない音と響きだ。

「え? え? え?」

 透湖は困惑した。
 ――さっきまでこの人、流暢りゅうちょうな日本語を話していたのに……
 そこまで考えてハッとする。もしかしたら、さっきの怪訝けげんそうな反応は、向こうも透湖の言葉が分からなかったせいだろうか?
 ――つい今しがたまで日本語が通じていたし、向こうの言ってることも理解できていたのに、どうして急に分からなくなったの……?

「ん……?」

 唐突にひらめく。先ほどまでとは異なる点が一つだけあるではないか。

「まさか……」

 ごくりと息を呑み、透湖は両手で抱えている着ぐるみの頭部を見下ろした。
 ――もしかして、この着ぐるみを被っていないと、言葉が通じないの!?


     * * *


 一方、セルディも困惑していた。
 マゴスの幼体が街中まちなかにいると聞いて、兵士たちとともに駆けつけてみたら、それは本物ではなかった。どうやらマゴスの幼体とよく似た被り物をした人間らしい。その頭を脱いで中から出てきたのは、まだ幼さを残す黒髪の少女だった。
 ――なんて人騒がせな。
 安堵あんどしながらも、一言注意しなければと考えたセルディは、剣を収めて少女に声をかけようとした。その時、少女の口からこぼれたのは、まったく知らない言語だった。

「××、××××××××!」
「――は?」

 セルディが驚くのも無理はないだろう。先ほどまで完璧な発音のファンデロー語を話していたのに、突然おかしな言葉をしゃべったのだから。周囲の警備兵たちも面食らったように少女を見ている。

「おいお嬢ちゃん。あんた一体、何を言ってるんだ? 俺たちにも分かる言葉で話してくれ。さっきまで、ファンデロー語を話していたじゃないか」

 声をかけると、少女はぎょっとしたようにセルディを見つめた。その表情から、こちらの言葉も通じていないことが見て取れる。

「ハイネマン副隊長……あの子は何を言っているんでしょうか? さっきまではミゼル弁を話していたのに」

 後ろに控えていたカーナディ小隊長が唖然としたようにつぶやく。その声を拾ったセルディは思わず振り返った。

「ミゼル弁? いや、あの子はなまりのないファンデロー語を話していたぞ?」

 ミゼル弁とはセノウの街を含めた北方で使われている方言だ。ファンデロー語と同じ流れをむ言語なのでなんとなく意味は通じるが、語尾が違ったり、発音が多少異なったりしているので、聞けばすぐに分かる。
 だが、カーナディ小隊長は首を横に振った。

「いやいや、ミゼル弁でしたよ。私は北方出身で幼い頃からミゼル弁を話していたので間違えはしません。あの少女が話していたのは、確かにミゼル弁でした」

 つまりセルディは普通のファンデロー語だと思っていた言葉が、カーナディ小隊長にはミゼル弁に聞こえたということだ。
 二人の話を聞いていた兵士たちが、口々に言った。

「お、俺には南部なまりがあるように聞こえました!」
「私にはカーナディ小隊長と同じくミゼル弁に聞こえました!」

 どうやら少女の言葉は、各兵士たちの出身地の言葉として耳に届いていたようだ。

「どういうことだ……? 魔法? いや、こんな魔法は聞いたことがないな」

 一瞬、少女が魔法を使っているという考えが浮かんだが、セルディはすぐに否定した。いくら魔法といえど、相手の出身地に合わせて言葉の聞こえ方を変えるなど不可能だ。もっと少人数が相手で、あらかじめ出身地を調べておけば可能かもしれないが。
 だとしても、これだけの数の兵士がいる中で魔法を編むとなると、相当の手間と魔力が必要だ。セルディが知る中で、そんな芸当ができるのは、「大魔法使い」などと一部で言われている幼馴染おさななじみのリースファリドだけだった。
 ――そもそもあの少女に魔力はない。魔力がなければ魔法を使うことはできないのだから、「魔法」という線は捨てていい。
 ならば、なぜあの子の言葉は人によって異なる言葉に聞こえたのか。そこでセルディの中に一つの可能性が浮かんだ。

「もしかしたら、あの子は『来訪者』なのかもしれない。時期的に『来訪者』が現れてもおかしくないからな」

 セルディの言葉にカーナディ小隊長と警備兵たちが息を呑んだ。

「『来訪者』……! あの、言い伝えにある『来訪者』ですか? あの子が」
「『来訪者』はこの世界のどの言語も流暢りゅうちょうに話せるそうだ。……まぁ、その仕組みはなんとなく分かった気がするが」

 要するに彼らの言葉は、聞く相手の母国語に変換されていたのだろう。逆に彼らの耳にはこちらの世界の人間の言葉が、自分たちの母国語に聞こえていたに違いない。だからこそ、会話を交わすのに苦労しなかったのだ。

「じゃあ、どうして急にあの子の言葉が通じなくなって……ああ、なるほど、あの被り物ですか!」

 カーナディ小隊長が納得できたとばかりにうなずいた。

「ああ、そうだ。あの被り物を通すことで相互に会話ができたようだな」

 当の少女もセルディたちと同じ結論に達したらしい。何やら引きつった顔で、マゴスの幼体とよく似た被り物をじっと見下ろしている。
 ――マゴスの繁殖期と時を同じくして訪れると言われている「来訪者」。眉唾まゆつばだと思っていたが、まさか本当に存在するとはな……
 ため息をつきながら、セルディは少女に声をかける。

「お嬢ちゃん、その被り物を頭に戻してみてくれ」

 今の少女にはセルディの言葉は分からないはずだが、彼の仕草で理解できたのか、言う通りにしてくれた。

「俺たちの言葉が分かるか?」
「はい。分かります。……つまり、私は人と会話したければ、ずっとこれを被ってなきゃいけないってことなのね……」

 セルディの耳にはファンデロー語に聞こえる言葉で言いながら、少女はがっくりと肩を落とした。憎きマゴスの幼体とよく似ているのに、その様子が妙に可愛らしく思えてしまい、セルディはつい口元をゆるませる。
 今度の「来訪者」は素直な性格らしい。どうやら危険はなさそうだ。
 ――さて、どうするか。ひとまず総本部に連れていって話を聞いてから、総団長に相談しよう。
 もし少女が本当に「来訪者」なら、国境警備団にとって重要な存在になるかもしれない。
 ――良くも悪くもな。


 はたして「来訪者」の存在は彼らにとって吉と出るか凶と出るか。それはまだ誰にも分からなかった。


     * * *


 透湖が読む異世界トリップ小説の主人公が、言葉が通じなくて困るシーンはほとんどない。みな「チート力」を授かっていて、異世界の言葉も自動翻訳されるからだ。
 もしここが本当に異世界だったなら、透湖もまた自動翻訳機能の恩恵にあずかっていると見ていい。……ただし、その自動翻訳機能がついているのは、透湖自身ではなく着ぐるみの方らしい。

「――、――――」

 じっと着ぐるみを見下ろしていると、青年が声をかけてきた。何を言っているのか不明だが、両手で何かを被るようなジェスチャーをしているので、言いたいことは明らかだ。
 きっと彼も気づいたのだろう。先ほどまで透湖と話すことができたのは、この被り物のおかげだと。
 透湖はうなずいて、怪獣の頭をスポッと被る。すると、青年や兵士たちの言葉が日本語として耳に届いた。

「俺たちの言葉が分かるか?」
「はい。分かります」

 言葉が通じてホッとはするものの、とても複雑だ。なぜなら……

「……つまり、私は人と会話したければ、ずっとこれを被ってなきゃいけないってことなのね……」

 ――よりにもよって、怪獣の着ぐるみの頭? これがないと相手が言っていることが分からないとか、ひどすぎる……
 その事実に打ちのめされていると、青年が同情を含んだ声で話しかけてくる。

「ひとまず移動しよう、ここだと住人に迷惑になる。詳しい話は国境警備団の総本部で聞こうと思うが、いいだろうか?」
「あ、はい」

 どのみち、ここがどこかも分からない透湖には、彼の言う通りにするしかないのだ。
 ――まずは情報収集だわ。それから自分の立場をはっきりさせて、生活の基盤を確保しなければ!
 なぜなら小説の主人公たちは、みんなそうしていたからだ。

「あの、すみません。これだけ先に聞かせてください。ここはどこなんですか? それと、日本という国に聞き覚えはありませんか?」

 透湖が男性に尋ねると、彼はあっさり答えた。

「日本という国に聞き覚えはないな。あと、ここはファンデロー国の最北端の街セノウだ」

 ――はい、知らない国や街の名前出た! 異世界トリップ確定……!
 やけくそのように透湖は心の中で叫ぶ。
 どうやら身一つで――というか、着ぐるみ一つで異世界に飛ばされたようだ。原因は不明だが。
 ――小説でよくあるように、召喚されたというわけでもなさそうだし。これから私、一体どうなるのかしら?

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