ヤバい!魔王が息してない!~英雄になれない最強忍者と白い犬の異世界忍法帖~

友理潤

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第1章 天然勇者の依頼事

忍び足の巻

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◇◇
俺と姉ちゃんがシノビの里に戻った頃には、すっかり暗くなり、あたりはフクロウの鳴く声と虫の音しかしない程に夜が更けていた。

姉ちゃんは余程上機嫌だったようで、
「たまには一緒にお風呂入って、背中の流しっことかしちゃう?」
と、たいそう気持ち悪いことまでぬかしている。
もっとも姉ちゃんの正体を知らない男たちからしたら、俺のこの感想を聞いたら「お前はアッチか?」と疑われても仕方がないだろう。

この際だから、声を大にして言っておきたい。
俺は姉ちゃんが一人で風呂の方へと行った足音を確認すると、パンツ一丁のまま腰に手を当てて、拳を握りしめた。そして瞳に炎を宿して、口に出して力説した。
自分自身に言い聞かせるように。

「俺は可愛い女の子が好きだ。
従順で、少しだけおバカでもいいから、控えめな性格がいい。絶対に俺に暴力などふるわないし、俺が思わず守ってあげたくなる感じ。そして、棘のある綺麗系ではなく、可愛い系の女の子がベストだ。
これすなわち、姉ちゃんとは正反対の女性しか俺には愛せないのだ!!」

う~ん、やはり口にすると、すっきりする。
たまにこうして心の中のモヤモヤを言葉にすると、ストレス解消とともに自分の決意が新たになるので不思議なものである。
大切な部分だけは、もう一度復唱しておこう。

「俺は姉ちゃんとは正反対の女性しか愛せ…!!げっ!!」

その時…時が止まった…

ノックもなしに勢いよく開いた俺の部屋のドア…
その人物を見て、俺のあらゆる穴という穴から汗が噴き出してきた。

なぜ?why?

姉ちゃんが…

俺の部屋のドアを開いている…!!?
風呂に行ったんじゃないのか~!!?
これは幻影だ!幻影だ!幻影だっと言ってくれ!

「忘れたことがあるから、『忍び足』で戻ってきちゃった!」

ぐぉぉぉぉぉぉ!!!
殺される、殺される、殺される!!

俺はとっさに周囲を確認した。出口は姉ちゃんの立っているドア。
そして大きな窓。姉ちゃんとの距離を考えて…
と、俺が「逃走計画」に頭をフル回転させている間に、姉ちゃんはにっこりと笑って俺にお金を差し出した。

「サイゾーちゃん!これがサイゾーちゃんが人生で初めて自分で稼いだお金よ!大事に使うのよ」

「お…おう…ありがとう…」

そう言われれば、ギルドで勇者から差し出されたお金を横どりされたのを思い出した。
1万ゴールド…
俺にとっては夢のような大金だ。何に使おうかなぁ、むふふ…思わず顔がニヤけてしまう。
俺はつい先ほどまでの窮地など忘れて、今手にした大金の使い道に想いを馳せていた。
取りあえずちゃんと1万ゴールドあるか、数えてみるか。

「ひぃ、ふぅ、みぃ…ん??」

5000ゴールドしかないぞ…どういうことだ??
そんな俺の疑問に、姉ちゃんが輝く笑顔で先手をうって答えた。

「私のエージェント料が2000ゴールド、そして今まで私があんたを養う為にこの家に払ってきた養育費が2000ゴールド。それにその利子が1000ゴールド。
全て差っぴいて残り5000ゴールドがサイゾーちゃんのものよ!よかったわね!」

「おい!おい!おい!『よかったわね!』じゃないだろ!!?半分も持って行きやがって!なんだよ!?利子って!!早く返せ!!」

そんな俺の抗議に姉ちゃんは笑顔を浮かべたままで、その視線に殺気を込めてくる。
俺は完全にその視線に飲まれていた。そして俺の目が泳いでいるのを十分に確認した姉ちゃんが、静かに問いかけた。

「なんか文句ある?」
「ありません」

と、即答するより他なかった…
そして本当に用事はそれだけだったようで、
「じゃあ、久々のショッピングで疲れちゃったから、ゆっくりお風呂に入ってくるわね」
と、クルリと振返って俺の部屋を出ていこうとした。

お金をかすめ取られた悔しさ半分に、窮地を脱した安堵感が半分…とにかく疲れた…
俺は姉ちゃんの背中を見送りながら、ベッドに膝から崩れるように座り込んでしまった。

「これで終わったと思うなよ」

ん…何か聞こえたような…空耳か?

すると姉ちゃんが振り向きもせずに俺に非情な宣告したんだ…

「そうそう、言い忘れてたけど、仮に魔王城までたどり着けなかったら、あんたは逆に5000ゴールドの借金を背負うことになるんだからね」

「え…?その時は、俺からかすめた5000ゴールドは返してくれるんだよな?」

「あら?愛されることがない男に私が恩を売ると思うの?サイゾーちゃん。もっと女心を学ばなきゃ」

「うそ…だろ…」

「言葉にするという事は、責任をともなうものなのよ。サイゾーちゃん」

やっぱり全部聞かれていたんだ…その背中から蛇が蛙を飲み込むような殺気を放ちながら、姉ちゃんは俺に「言葉にすること」のリスクをご丁寧に教えてくれた。
しかし彼女の報復はそれだけで終わらなかった。

スッ…

姉ちゃんが右手を静かに上げる。
そこには…

「相変わらず『小さい』のね。可愛い。ふふふ」

俺の下半身に履かれていたものが、旗のように振られていた…

ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!

静かな里の夜に、「小さい」「可愛い」と揶揄された哀れな少年の心が、無慈悲にも砕かれる悲鳴がこだましていたのだった。

◇◇
翌朝――

ひんやりした朝の空気が俺の頬も気持ちも引き締めてくれている。
いよいよ俺の初仕事にして、大仕事の出立の時だ。
まだ太陽が昇りきらないうちに俺は里を出ると決めていた。なぜなら魔王城に乗り込む日を6日後の「新月の夜」と計画し、一刻も早く旅立たないと、間に合わないと思っていたからだ。

「俺ならやれる!」

小さく言葉にする。たとえそれには責任がともなっていようとも、俺はその言葉に偽りなく自分に言い聞かせた。

パン!

軽く両手で頬を叩くと、「よし!」と気合を入れてその足を里から一歩踏み出そうとした。
その時…

背後から優しく抱きしめられた。
この感触…姉ちゃんだ。
しかしその腕からは昨日までの怒りや揶揄など感じられない。弟を心配する姉の優しさだけが、俺に伝わってきた。

そしていつになく真剣な声で、俺にささやいた。

「絶対に生きて帰ってきなさいね。何があっても、サイゾーちゃんの命が一番なんだから」

「ああ」

俺の短い返事に姉ちゃんは不満そうにつぶやく。しかしその口調には昨日のような殺気は感じられない。

「ちゃんと言って。必ず生きて帰ってくるって」

「分かってるよ。絶対に生きて帰ってくるから。もう離しておくれよ」

「ふふ、言葉には責任をともなうのよ。無事に帰ってこなかったら、お姉ちゃん許さないんだから」

俺は静かにその腕をほどき、振返ることなく風のように里を後にした。
もしあの時振返っていたら姉ちゃんはどんな顔をしていたのだろう…
でもあの時の姉ちゃんの言葉
「サイゾーちゃんの命が一番なんだから」
というのが本心なら、彼女は俺が見た事がないくらい優しい慈愛に満ちた表情を浮かべていたことだろう。
俺はなぜか「そんな姉ちゃんの顔なんか見なくてよかった」と思っていた。
その理由は自分でもよく分からなかった。

そして、疾風となった俺は計画通りの道を進んでいったのだった。



そんなに心配するなら、自分で行けばいいのに。
そう思った瞬間に、背後から殺気を感じたのはなぜなのだろう…






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