ヤバい!魔王が息してない!~英雄になれない最強忍者と白い犬の異世界忍法帖~

友理潤

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第1章 天然勇者の依頼事

千里善走之法の巻

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◇◇
「ところでクリフ、一つ質問があるのだけど…」

勇者クリフのパーティーの一人で、しっかり者の魔法使いであるマリセラは熱いブラックコーヒーをすすりながら、横にいるクリフにたずねている。

彼らがいる場所はギルド。

一文なしになった彼らは、同じくパーティーの一人である戦士のベルナルドの妹のクララの計らいで、彼女が働くこの場所で一夜を過ごし、朝食とコーヒーをご馳走になっていたのだ。
もちろんその朝食を用意したのもクララである。

「なんだい?マリセラ。僕が答えられる真理であれば何でも聞いてくれ!そもそも真理というのは…」
「なんで仕事の期限が2週間なの?」

マリセラは長くなりそうな勇者の話を遮って、コウガ・サイゾーという男に依頼した「魔王城の見取り図を作る」という仕事に、2週間という厳しい期限を設けた理由を聞いた。

するとクリフは得意満面な顔を向けて答えた。ギルド中に響き渡る大きな声で…

「僕の見立てでは、ここから魔王城までは約1,500kmだ!」
「それは地図を見れば誰でも分かるわ」

当たり前の事をドヤ顔で言われても困る…と口に出さなかっただけマリセラは優しいと言えるかもしれない。

「馬の足で1日100kmと考えて、おおよそ2週間だろ?だから2週間にしたんだ!」

誇らしげに答えたクリフはドヤ顔のまま、腰に手を当てている。
どうやら何やら意図がありそうだが、マリセラにはその真意を図りかねていた。
そんな中、その発言にマッチョなベルナルドが反応した。

「おお!流石は勇者!あえてギリギリの期限を設定する事で、相手の尻に火をつけよう!という作戦だな!?」

「そうさ!よく理解してくれた!ベルナルドよ!これが人心掌握の術というやつさ!ハハハ!」

クリフはベルナルドの大きな肩をバンバンと叩きながら、大きな声で笑った。
むさ苦しい男たちの抱擁は、爽やかなギルドの朝には全く似合わない。

するとサンドイッチを口いっぱいに頬張っていたパーティーの一人の聖職者であるミレーヌが、ゴクリとそれを飲み込むと、不思議そうにクリフに問いかけた。

「ほへ?帰ってきて報告するまでが仕事じゃないの?」

「当たり前じゃないか?ミレーヌ。君はいつも少し抜けているね」

クリフは「やれやれ」といったポーズで、ため息をつくように答えた。

「少し抜けている」と揶喩されたミレーヌは、ぷくぅと頬をふくらませて反論するように続けた。

「でも魔王城につくまでに2週間の道のりなら、戻ってくるまでに、もう2週間かかるじゃない!?そしたら4週間は必要だと思うのだけど?」

と、当たり前すぎる計算を披露したのだ。

「え…!?」

その当たり前の理論に固まるクリフ…肩を抱かれたベルナルドの目も丸くなっている。

「あんた…やっぱりバカだわ…」

マリセラは「かなり抜けている」勇者に呆れるとともに、割に合わない無茶な仕事を押し付けられた、まだ見ぬコウガ・サイゾーという男に同情していた。

◇◇
千里善走之法――厳しい修行によって身につける事ができる、忍術の一つだ。
この忍術を極めると、1日に200kmは走り続ける事が可能となる。
独特の呼吸法と、足の運び方、そして視線の向け方…様々なコツがあるのだが、それらの全てを完璧に習得しないと、そんな長距離を休まずに走るなんて事は出来ない。

そしてこの世界最強の忍者と自負する俺であれば、1日で300kmは移動出来るだろう。
つまり平坦であれば、新月までの6日で1,800kmもの距離を進む事が出来るのだ。

俺の見立てでは、セントポリスから魔王城までの直線距離は、およそ1,500km。
途中に障害や山々があることを考えると、本当にギリギリの期限であると思われた。

「あの天然勇者の野郎…この仕事、世界中見渡しても俺しか達成出来ないぞ…本当に運が良いやつだ」

しかし、もちろん俺だって人間だ。
その体力には限界だってある。滋養強壮の秘薬は昨晩中に調合して持ってきてはいるが、しっかりと計画的に距離と時間を測って進んでいかないと、たどり着く前に体の方が言うことを聞かなくなってしまったら終わりである。

「忍たるもの任務を遂行する為には計画的であること」

俺はじいちゃんの教えを忠実に守ろうと心に決めて、焦ることなく先を急いだ。

◇◇
「おい!おい!おい!こんなの地図に載っていないだろ…」

里を出発して5日目――俺はそびえ立つ壁を目の前にして、茫然としていた。
太陽の動きや自分の歩幅と進んだ時間を計算に入れると、魔王城まであと数kmという場所まで来ていた。魔王城の目の前に広がる「迷宮」と呼ばれた森の攻略の為に、早めにここまでやってきたのだが、想定外の壁の出現に驚きおののいていたのである。

その壁を触って材質を確認すると、それはどうやら岩のようだ。

「いわゆる岩山というやつか・・・」

俺はその壁を見上げると、降り出した雨が目に入って少ししみる。
そして残念な事に、頂上付近は霧がかっているようで確認が出来ない。

「どんだけ高いんだよ…これ…」

しかも「登山」というには過酷すぎるほどの斜面の角度だ。
どうにかこの壁を登らないで魔王城にたどり着けないものかと、周囲を見渡すが、この壁が横いっぱいに広がっているのだから、その光景は絶望的とも言える。

こんな状況だと、地図なんて作っても意味ないんじゃないか…
と、至極当たり前の感想が浮かんでくるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
どうにかして魔王城にたどり着かねば、俺は借金を抱えてしまう…
そんな事になったら、姉ちゃんに何をされるか分かったものではない。
「やっぱりあんたは口だけね」
という姉ちゃんの軽蔑に満ちた冷たい視線が俺の頭をよぎる。
くそ!あの鬼姉きを「ぎゃふん」と言わせるには、この仕事を絶対に成功させなくてはならない!

壁の迂回を目論んでいたの俺だが、一つの直感が頭をよぎる。

「この絶壁は魔王城を守るようにぐるりと取り囲んでいるのではないか…?」

もしその直感が正しいなら、俺のすべきことは一つだ。

「登るしかないか…」

俺は滑り止めの工夫が施されている黒い手袋をはめると、グッと気合いを入れて目の前の壁を睨みつけた。

幸いにして一枚岩ではなさそうだ。忍者の武器の一つである「くない」の持ち手には小さな輪があり、そこに鎖をくくりつける。それを4本用意した。

そして岩と岩の隙間にくないを深く突き刺すと、そこを足場にして岩壁を登り始めた。足場として利用した「くない」は、その役目を終えた時に鎖をたどって、手元に戻す。それを繰り返しながらひたすら登っていくしかない。
もちろん命綱などはなく、足場が崩れたりして落ちたら一巻の終わりだ。

「この仕事…割に合わなすぎだろ…」

と、女々しく愚痴を言いながら、しとしと落ちる雨の中、手元も足元も滑らないように、細心の注意を払いながら上へ上へと進んでいったのだった。


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