ヤバい!魔王が息してない!~英雄になれない最強忍者と白い犬の異世界忍法帖~

友理潤

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第1章 天然勇者の依頼事

羽衣の術の巻

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ガツ…
ガツ…

俺の耳に入ってくる音と言えば、「くない」が岩と岩の合間に突き刺さる音だけであった。既に雨は上がり、山頂を厚く覆っていた雲は、いつの間にかその姿を消し、代わりに太陽がさんさんと俺の顔を照らす。
滲んだ汗が額に水の粒となって、俺の熱くなった頭を冷やそうと努力しているように思えた。

「もう少しだ…頑張れ!俺!」

もうどれほど登っただろうか…断崖絶壁をひたすら登り続けていくと、ようやく「くない」を足場にしなくても、何とか歩けるほどの斜面に降り立った。

「ふぅ…やっとここまで来た」

俺は一息つくと、喉の渇きをうるおす為「水渇丸(すいかつがん)」という飴玉ほどの大きさのものを口に含む。水分を含んだものに、梅と砂糖を練り込ませてあるので、ちょっとした体力回復にも役立つ。携帯している水は貴重なものなので、喉をうるおすだけであれば、この忍者特有の携帯食で十分なのだ。
俺は体の中が満たされていく感覚に浸りながら、少しだけ目をつむった。
正直言って、この登山は大きな時間のロスだ。明日は夜通し動かねばならない為、今日の早いうちに魔王城近くで安全を確保し、ここまでの疲れをじっくりと取ろうと計画していた。
しかし既に日は高い。
この後、山頂から山を下って、森の迷宮を攻略するのを半日で終わらせるのは非常に困難だ。最悪、ほぼ休まずに魔王城へと乗り込まねばならぬ…そう思うと気が重くなるとともに、今回の任務の達成が困難であると、弱気の虫が彼の心の中で騒ぎだしていた。

基本的に忍者は見立てに対して楽観視しない。悲観的な物の考えをする癖が、綿密な計画な繋がるのだ。なので弱気の虫は、彼があえて腹の中で飼いならしていると言っても、強がりではない。

それでも今はとにかく山頂にたどり着くのが先決だと気合いを入れ直して、歩く足に力を込めた。

そして––

「おお!絶景かな!」

と、山頂に立った俺は思わず感嘆の大きな声が漏れてしまった。

眼下に広がるのは、巨大な「迷宮」とされている黒い森。光さえ漏らさない程に、高い木々に覆われている。
さらにその森のちょうど真ん中に、魔王城がそびえ立っていた。
いかにも禍々しいいでたちのその城は、麓が先ほど登ってきた岩壁と同じように、断崖絶壁となっている。
さらにやっかいな事に、その地面からは煙が上がっており、所々でマグマが吹き出している。
どうやら火山を切り出して、その上に城を建てたようだ。

「なんでもありだな…」

というのが率直な感想であった。
ここからではその構造までははっきりとは分からないが、どうやら5階層のようだ。
地下部分に何かあるのかは分からない。
しかし今見えている地上5階部分までの見取り図を作るだけでも、おそらく明日の夜を費やしてしまうだろう。
地下はなかったということにしておこうと、静かに心に決めた。

もちろんこの時の俺は、この地下が近い未来に「奇跡」の始まりとなることなんて、知るよしもない。


さて…そろそろ観察を終えて、動き出さねば…

山の下りも登りと同じように、絶壁だ。一歩間違えれば、まっ逆さまに落下して、ペシャンコだ。
そしてその先には広大な黒い森…
すでにこの山頂でも磁石が乱れている。日の光が入らなければ、磁石も使えない…それだけでも自然の迷宮である。その上木やキノコの魔物による惑わしがあったとしたら…
普通に考えたらその風景を見ただけで、絶望のあまり吐き気をもよおすだろう。

しかし俺は違った。

むしろこの風景を見た瞬間に喜びを感じていたのだ。

「最強の忍者をなめるなよ!」

誰にともなくつぶやくと、素早く俺は山を下りる準備を始めた。

大きな布地をバサリと広げる。その布地の四隅には輪があり、それらを手と足の指を入れれば、準備完了だ。

羽衣(はごろも)の術――
俺は山頂から勢いよく飛び出した。
厚手の布地が山麓からの上昇気流を受けて、大きく膨らむと、俺の体はフワリと浮き上がった。
そして勢いをつけた方向…すなわち魔王城の方へと滑空を開始した。


魔王城までの行き方を記録しても、他に誰も真似できないだろ…
そんな事を考えながら俺は鳥のように空を舞っていくのだった。

◇◇
忍者の一口メモ①

「くない」
忍者の道具の一つ。形状には様々な種類があるが、大別すれば「大くない」「小くない」の二種に分かれる。
武器としてだけではなく、壁に登る為や穴を掘る為にも使われていたらしい。

「水渇丸(すいかつがん)」
梅肉、氷砂糖、イネ科の植物の実に寄生する菌である麦角(ばっかく)の塊りを細かく砕き丸めたものである。のどの乾きを一時的に癒すのに使われた携帯食。

「羽衣(はごろも)の術」
高いところから滑空する術。しかし現実的には実在はしてないのではないかと思われる。
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