小江戸・川越 神様のいるドッグカフェ 楓庵

友理潤

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第三幕 伝言ふたつ

19.瞳の奥にあるのは……

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『楓庵』の定休日は木曜日。私、関川美乃里は、はじめ土日のみ出勤していた。
 けど12月からは金曜日も『楓庵』で働かせてもらうようにしている。
 ちなみに『本業』である広告代理店には月曜から水曜までの週3日出勤している。だからお休みは実質週1日だけだ。

 ――ええっ!? 週1しか休みないのきつくない!? 私には無理。
 ――美乃里。そんなにお金困ってるの? 大丈夫?
 ――どうでもいいけど働きすぎだから!

 広告代理店の同僚たちはそう言うけれど、別にきつくないし、お金にも困ってないし、働きすぎとも思ってない。
 まあ、お金に関しては、正直言ってもっと欲しい。けど近頃は苦手だった自炊に挑戦するようになったし、『金曜の夜』を家で過ごすようになったから、経済的にはだいぶ余裕ができてきた。プチ贅沢と言えば日曜の夜に買って帰る川越の銘菓くらい。
 芋羊羹、スイートポテト、お芋シュークリーム、お芋チーズケーキ――これらを週替わりでローテーションを組んでいる。どれも絶品で、ネット配信の海外ドラマを観ながら食べるのが至福の時なのだ。
 そして金曜も働くようになったのは、お金のことではなくて、単純に『楓庵』での仕事が好きだから。
 近頃、キッチンにも入らせてもらえるようになったのは嬉しかったな。
 さらに私が色々と仕事をこなせるようになってきたから、予約も同時に3組まで受けることになった。ますます忙しくなったけど、すごく充実した日々を送っている。
 それからもう一つ、ちょっとした変化があった。

「おまたせしましたぁ! 美乃里特製チャーハンでございます!」
「おお! やっとできたかぁ! 待ちくたびれたぜ!」

 仕事終わりのまかないを私が作ることになったのだ。……と言っても、余った食材を炒めたり、煮込んだりするくらい。だからレパートリーはほとんどない。
 今日はハムサンドに使ったポークハムとレタスが少しだけ余ったから、ご飯と卵、それにネギを加えてチャーハンにしたというわけだ。
 カウンターに三人で横に並んでいただくのが日課になっており、この日もまた同じだった。

「おお! うめー! 美乃里もちょっとは役に立つようになってきたじゃねえか! ははは!!」

 ソラは相変わらず口が悪いけど、もはや慣れっこだ。それにご飯粒をほっぺにつけたままケラケラ笑っているのを見れば、かわいらしさすら感じる。
 そして……。

「うん、美味しい。いつもありがとう、美乃里さん」
 
 八尋さんがいつも目を細めて喜んでくれるのが嬉しい。
 ちょっと前にソラから聞きだしたのだけど、八尋さんは独り身で夕食をいつもコンビニ弁当ですませているようだ。
 暗い部屋の中でひとり寂しくご飯を食べる八尋さん――想像しただけでも胸がチクりと痛む。
 別にコンビニのお弁当が悪いってわけじゃないけど、こうしてみんなで囲む食卓はきっと身も心も温かくしてくれるはず。だから私はまかないを作ることにしたのだ。
 
「どういたしまして! じゃあ、私もいただきます!」

 レンゲいっぱいにチャーハンをのせて口元に持ってくると、焦がしたニンニクのいい匂いが鼻をつく。口の中に放り込んだとたんに、ハムの塩気とコショウの刺激が口に広がり、追ってネギや卵のほのかな甘みがやってくる。

「うーん、我ながら美味しい!」

 やっぱり食事は人を幸せにしてくれるわ!
 食後のコーヒーを飲み終えるまで、楽しい時間はしばらく続く。
 外は寒いけど、店の中は秋の陽だまりの中にいるかのようにポカポカしていた。そんな中でソラはもちろんのこと、八尋さんも穏やかな笑みを浮かべている。
 でも私はこの頃から気づいていた。
 八尋さんの瞳に宿る、深い哀しみに……。
 その正体はまだ分からないし、知る必要すらないかもしれない。
 そうだとしても、いつか心の底から笑えるようになってほしい。
 私の中でそんな思いが芽生え始めていたのだった。
 
 
 
 
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