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第三幕 伝言ふたつ
20.冷たい間柄
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◇◇
12月も中頃になるとめっきり冬らしくなってきた。
欠かせないのはリップクリーム。冬の空っ風に吹かれようものなら、一発で唇がパリパリなっちゃうからだ。
今日は金曜日。午前11時オープンの楓庵で働くため、ショルダーバッグの中にリップクリームを忍ばせて家を出た私は、午前10時6分に川越駅に到着した。
うむ、ここまで予定通り。だったら昨晩から決めていた通りに、ちょっと寄り道していこう。
そこでメインストリートと並行している大正浪漫夢通《たいしょうろまんゆめどお》りに入る。その名の通りに、大正浪漫を感じるレトロな街並みが続く商店街だ。
お目当ては『つぼやき』。と言ってもサザエじゃない。壺で焼いたお芋だ。
「3つください!」
「はいよっ! 今日も元気だねぇ」
「ありがとうございます!」
小気味よいテンポの会話が、雲一つない冬空に響く。
店を出た私は、紙袋の中から焼き芋を1本取り出して、口いっぱいに頬張った。
「ほふっほふっ」
ほくほくのお芋の甘みが口の中で溶けたとたんに、体温がぐっと上がる。同時に幸せな気分がぱぁっと花開いた。
残り2本は八尋さんとソラの分だ。きっと彼らも私と同じような気分になってもらえるに違いない。彼らの笑顔を想像しただけで顔がほころぶ。
今日もいい1日になりそうだ――。
私は弾むような足取りで楓庵に向かっていったのだった。
◇◇
この日も相変わらず忙しく時間は過ぎていった。
途中、遅めのお昼休憩をいただいてからカウンターに戻ると、壁掛け時計の針は2時を少し過ぎたところを指していた。
「八尋さんもお昼にしてください」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
八尋さんがキッチンの方へ消えていったのを確認してから、私は予約を記したノートに目を通す。
「次の予約は……。相沢美憂さんかぁ。2名ね」
「もうすぐやってきそうだぜ。その客。けど、あんな様子で大丈夫なんかなぁ……」
私の独り言を拾ったのはソラだ。
立て続けに3組の黄泉送りを終えた彼は、苦い顔をしながら、いつものカウンターの隅に腰をかけた。
「へっ? どんな様子だったの?」
「まあ、見れば分かるぜ」
ソラが投げやりに言った直後、来客をしらせる鈴の音が鳴った。入ってきたのは若い女性と、白髪のおじいさん。
女性の方は大学生くらいかしら? 明るめの色に髪を染め、可愛らしい丸顔で、今どきの女子の間で流行しているシンプルな色合いの装いをしている。
一方のおじいさんの方はやせ型でいかにも神経質そう。ギョロリと猛獣のように目を光らせる仕草からして、長年武道をやっていそうな印象を受けた。
そして白いペット用のキャリーバッグを持った女性の方は、初めてのカフェに入る時に見せる特有の緊張した面持ちだが、おじいさんの方は「不機嫌です!」と顔に書いてあるくらいにぶすっとしている。
私は「いらっしゃいませ!」と、できる限り明るい声で迎え入れた。
「あの……。予約していた相沢です」
女性の方が恐る恐る声をあげる。この人が美憂さんだろう。
私はテーブル席に手を差し出しながら、
「はい! お待ちしておりました! こちらへどうぞ」と彼女たちを誘導した。
だが美憂さんはおじいさんが席についたのを見計らって、「あ、私はこっちでもいいですか?」とカウンターの空いている席を指さしたのである。
「え? あ、はい。かまいませんけど……」
戸惑う私に対して、美憂さんはニコリと微笑みかけた後、キャリーバッグのファスナーに手をかけた。
「おじいちゃん。今、フクを出すね」
白髪のおじいさんは美憂さんの祖父ってことなのね。
それにしても孫と一緒にカフェにやってきたのに、ずっと仏頂面というのはいかがなものか。しかも席は別々というのも解せない。
ソラがちらりと私の横顔に視線を突き刺してきたのは「余計な口出しするなよ」ってことなのは分かってる。それに私も今はまだ口を挟むつもりはない。
「みゃあ」
キャリーバッグからキジトラ模様の猫が飛び出してきて、おじいさんの向かいの席に降り立った。しかしおじいさんは猫から視線をそらしたまま、メニューと睨めっこしている。
いったいどういうことだろう……。
そう不思議に思っていると、美憂さんがおじいさんに話しかけた。
「おじいちゃん。フクとお話ししたいことがあるんでしょ? 遠慮なくしゃべって」
しかしおじいさんは孫の提案をにべもなく一蹴した。
「そんなものない。おまえがせがむから来てやっただけだ」
すると猫のフクの方も彼に同調したのだった。
「俺もこんなヤツとしゃべることはない。とっとと俺を黄泉に送ってくれよ」
フクとおじいさんの間に流れる風は、冬の関東平野に吹きすさぶ寒風よりも冷え切っていた。
12月も中頃になるとめっきり冬らしくなってきた。
欠かせないのはリップクリーム。冬の空っ風に吹かれようものなら、一発で唇がパリパリなっちゃうからだ。
今日は金曜日。午前11時オープンの楓庵で働くため、ショルダーバッグの中にリップクリームを忍ばせて家を出た私は、午前10時6分に川越駅に到着した。
うむ、ここまで予定通り。だったら昨晩から決めていた通りに、ちょっと寄り道していこう。
そこでメインストリートと並行している大正浪漫夢通《たいしょうろまんゆめどお》りに入る。その名の通りに、大正浪漫を感じるレトロな街並みが続く商店街だ。
お目当ては『つぼやき』。と言ってもサザエじゃない。壺で焼いたお芋だ。
「3つください!」
「はいよっ! 今日も元気だねぇ」
「ありがとうございます!」
小気味よいテンポの会話が、雲一つない冬空に響く。
店を出た私は、紙袋の中から焼き芋を1本取り出して、口いっぱいに頬張った。
「ほふっほふっ」
ほくほくのお芋の甘みが口の中で溶けたとたんに、体温がぐっと上がる。同時に幸せな気分がぱぁっと花開いた。
残り2本は八尋さんとソラの分だ。きっと彼らも私と同じような気分になってもらえるに違いない。彼らの笑顔を想像しただけで顔がほころぶ。
今日もいい1日になりそうだ――。
私は弾むような足取りで楓庵に向かっていったのだった。
◇◇
この日も相変わらず忙しく時間は過ぎていった。
途中、遅めのお昼休憩をいただいてからカウンターに戻ると、壁掛け時計の針は2時を少し過ぎたところを指していた。
「八尋さんもお昼にしてください」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
八尋さんがキッチンの方へ消えていったのを確認してから、私は予約を記したノートに目を通す。
「次の予約は……。相沢美憂さんかぁ。2名ね」
「もうすぐやってきそうだぜ。その客。けど、あんな様子で大丈夫なんかなぁ……」
私の独り言を拾ったのはソラだ。
立て続けに3組の黄泉送りを終えた彼は、苦い顔をしながら、いつものカウンターの隅に腰をかけた。
「へっ? どんな様子だったの?」
「まあ、見れば分かるぜ」
ソラが投げやりに言った直後、来客をしらせる鈴の音が鳴った。入ってきたのは若い女性と、白髪のおじいさん。
女性の方は大学生くらいかしら? 明るめの色に髪を染め、可愛らしい丸顔で、今どきの女子の間で流行しているシンプルな色合いの装いをしている。
一方のおじいさんの方はやせ型でいかにも神経質そう。ギョロリと猛獣のように目を光らせる仕草からして、長年武道をやっていそうな印象を受けた。
そして白いペット用のキャリーバッグを持った女性の方は、初めてのカフェに入る時に見せる特有の緊張した面持ちだが、おじいさんの方は「不機嫌です!」と顔に書いてあるくらいにぶすっとしている。
私は「いらっしゃいませ!」と、できる限り明るい声で迎え入れた。
「あの……。予約していた相沢です」
女性の方が恐る恐る声をあげる。この人が美憂さんだろう。
私はテーブル席に手を差し出しながら、
「はい! お待ちしておりました! こちらへどうぞ」と彼女たちを誘導した。
だが美憂さんはおじいさんが席についたのを見計らって、「あ、私はこっちでもいいですか?」とカウンターの空いている席を指さしたのである。
「え? あ、はい。かまいませんけど……」
戸惑う私に対して、美憂さんはニコリと微笑みかけた後、キャリーバッグのファスナーに手をかけた。
「おじいちゃん。今、フクを出すね」
白髪のおじいさんは美憂さんの祖父ってことなのね。
それにしても孫と一緒にカフェにやってきたのに、ずっと仏頂面というのはいかがなものか。しかも席は別々というのも解せない。
ソラがちらりと私の横顔に視線を突き刺してきたのは「余計な口出しするなよ」ってことなのは分かってる。それに私も今はまだ口を挟むつもりはない。
「みゃあ」
キャリーバッグからキジトラ模様の猫が飛び出してきて、おじいさんの向かいの席に降り立った。しかしおじいさんは猫から視線をそらしたまま、メニューと睨めっこしている。
いったいどういうことだろう……。
そう不思議に思っていると、美憂さんがおじいさんに話しかけた。
「おじいちゃん。フクとお話ししたいことがあるんでしょ? 遠慮なくしゃべって」
しかしおじいさんは孫の提案をにべもなく一蹴した。
「そんなものない。おまえがせがむから来てやっただけだ」
すると猫のフクの方も彼に同調したのだった。
「俺もこんなヤツとしゃべることはない。とっとと俺を黄泉に送ってくれよ」
フクとおじいさんの間に流れる風は、冬の関東平野に吹きすさぶ寒風よりも冷え切っていた。
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