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第三幕 伝言ふたつ
23.本の中身
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◇◇
フクが語り終えたところで今度は美憂さんがかすれ気味の声をあげた。
「そして先週、おじいちゃんから私のママに電話があったの。『フクが死んじまった』ってね。死因は老衰だって」
「ばあちゃんが天国で寂しくないように、俺がついていってやることにしたんだよ」
何でもないようにさらりと言ったフクに、美憂さんが語気を強める。
「おじいちゃんをたった一人残して? 本当にそうなの? 私、このままだとおじいちゃんが可哀そうだったから、せめて最後にフクとおしゃべりしてほしい、って思って連れてきたのよ。おじいちゃんだって『フクと話せるのか?』って聞いてたじゃない! でも二人は全然話そうとしない。本当にそれでいいの?」
フクは美憂さんの問いかけに何も答えず、手で自分の顔をかくような素振りをした後、再び丸まってしまった。
これ以上は何も話すことがない、と言わんばかりだ。
一方のおじいさんもこちらの様子などまったく興味がないかのように本から目を離そうとしない。
残りはあと10分。
マンガを読む手を止めたソラがじっとこちらの様子をうかがっている。
そろそろ時間だぞ、とでも言いたいのだろう。
私が「ちょっと待って!」と声には出さず口だけを動かすと、ソラは「いやだ!」と大きく口を動かした後、「べえっ!」と舌を出した。
んなっ! 何よ! ケチ!
そう声に出して文句をつけたいところだが、今は彼の相手をしている場合ではない。
どこかに突破口があるはずよ。
私はもう一度、おじいさん、美憂さん、フクの順に視線を移す。
しかし何も思い浮かばない。
……と、その時だった。
「お客様。コーヒーのおかわりはいかがでしょうか?」
コーヒーポットを手にした八尋さんがおじいさんに声をかけたのだ。
「いや、いい。もう出るから」
ぱたんと本を閉じたおじいさんは首を横に振った。
その様子は取り付く島もない。
しかし八尋さんはいつも通りの温かな口調で続けたのだった。
「そちらの本。私も読みました。著者が先立たれた妻との出会いから別れまでをつづった手記ですよね」
「ああ、そうだがそれがどうかしたか?」と、おじいさんはなぜか苛ついた声で八尋さんに問いかけた。
「いえ、その本を書かれた方の奥様に対する深い愛に感動したのを思い出しまして」
「ふん。まだ途中なのに感想をいわれると読む気が失せる」
「これは差し出がましいことを申まして失礼しました」
八尋さんは小さく頭を下げると、カウンターの方へ戻ってきた。
そして私と顔を合わせるなり、ニコリと微笑んだのだ。
まるで「あとは頼んだよ」といった風に――。
ドクンと胸が脈打つと同時に、これまでの会話が流れ星のように脳裏をよぎっていく。さらにおじいさんの読んでいた本の内容……。
それらから導きだされた一つの答えが、ふっと浮き上がってきたのだ。
確信はない。でも何もしないよりましだ。
そこで私は……。
「美憂さん。おじいさまがお話ししたいのはフクじゃないのよ――」
賭けに出たのだった。
フクが語り終えたところで今度は美憂さんがかすれ気味の声をあげた。
「そして先週、おじいちゃんから私のママに電話があったの。『フクが死んじまった』ってね。死因は老衰だって」
「ばあちゃんが天国で寂しくないように、俺がついていってやることにしたんだよ」
何でもないようにさらりと言ったフクに、美憂さんが語気を強める。
「おじいちゃんをたった一人残して? 本当にそうなの? 私、このままだとおじいちゃんが可哀そうだったから、せめて最後にフクとおしゃべりしてほしい、って思って連れてきたのよ。おじいちゃんだって『フクと話せるのか?』って聞いてたじゃない! でも二人は全然話そうとしない。本当にそれでいいの?」
フクは美憂さんの問いかけに何も答えず、手で自分の顔をかくような素振りをした後、再び丸まってしまった。
これ以上は何も話すことがない、と言わんばかりだ。
一方のおじいさんもこちらの様子などまったく興味がないかのように本から目を離そうとしない。
残りはあと10分。
マンガを読む手を止めたソラがじっとこちらの様子をうかがっている。
そろそろ時間だぞ、とでも言いたいのだろう。
私が「ちょっと待って!」と声には出さず口だけを動かすと、ソラは「いやだ!」と大きく口を動かした後、「べえっ!」と舌を出した。
んなっ! 何よ! ケチ!
そう声に出して文句をつけたいところだが、今は彼の相手をしている場合ではない。
どこかに突破口があるはずよ。
私はもう一度、おじいさん、美憂さん、フクの順に視線を移す。
しかし何も思い浮かばない。
……と、その時だった。
「お客様。コーヒーのおかわりはいかがでしょうか?」
コーヒーポットを手にした八尋さんがおじいさんに声をかけたのだ。
「いや、いい。もう出るから」
ぱたんと本を閉じたおじいさんは首を横に振った。
その様子は取り付く島もない。
しかし八尋さんはいつも通りの温かな口調で続けたのだった。
「そちらの本。私も読みました。著者が先立たれた妻との出会いから別れまでをつづった手記ですよね」
「ああ、そうだがそれがどうかしたか?」と、おじいさんはなぜか苛ついた声で八尋さんに問いかけた。
「いえ、その本を書かれた方の奥様に対する深い愛に感動したのを思い出しまして」
「ふん。まだ途中なのに感想をいわれると読む気が失せる」
「これは差し出がましいことを申まして失礼しました」
八尋さんは小さく頭を下げると、カウンターの方へ戻ってきた。
そして私と顔を合わせるなり、ニコリと微笑んだのだ。
まるで「あとは頼んだよ」といった風に――。
ドクンと胸が脈打つと同時に、これまでの会話が流れ星のように脳裏をよぎっていく。さらにおじいさんの読んでいた本の内容……。
それらから導きだされた一つの答えが、ふっと浮き上がってきたのだ。
確信はない。でも何もしないよりましだ。
そこで私は……。
「美憂さん。おじいさまがお話ししたいのはフクじゃないのよ――」
賭けに出たのだった。
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