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第76話 本物のテイムを見せてやるよ
しおりを挟むニックが外堀の淵までやってきた。
あらかじめ橋げたは上げてあるからすぐに襲われる心配はないだろう。
さて、ここからは時間稼ぎだ。
逆転の秘策を繰り出すまでにはまだかかるからな。
俺はソフィとともに彼と向き合うように対岸の端に立った。
「おや? 相棒のサンはどうしたんだい? まさかその下品そうな巨乳女に乗り換えたとでも言うつもりかい? だったら僕にサンをくれたっていいじゃないか。ケチだなぁ」
「まあ!」と何か言い返したそうに身を乗り出したソフィの肩に、俺は優しく手を添えた。
「ソフィ。賢い君なら下手な挑発くらい見破れるよな?」
「え?」
目を丸くした彼女と目を合わせてニコリと微笑む。
俺の真意を正しくくみ取ってくれたようで、ソフィは一歩後ろへ下がった。
その様子をじっと見つめていたニックは冷たい口調で言った。
「君も言うようになったねぇ。以前の君といったら、自分の意見もまともに言えないような臆病者だったくせに」
「人は変わるもんなんだよ。おまえもよく分かってるだろ?」
一瞬だけニックは黙り、顔をひきつらせる。
そりゃそうだよな。
未来の英雄候補から魔王の手先に成り下がったのは、何を隠そうニック自身なんだから。
「ふん。まあ、いいさ。君がサンを僕にくれないなら奪うまでだからね」
「奪う……ね。ガルーのことも誰かから奪ったのか?」
ちらりとイライザを見る。
彼女はびくりと肩を震わせた後、顔をそむけた。
「あはは。奪ったのではない。あの御方から頂いたのさ。僕が無双の力を手に入れるためにね」
「まるで道具みたいに言うんだな」
「当たり前だろ。さて……。今回も橋げたを下げないつもりかい?」
ニタリと口角をあげたニックが、トンと軽く地面を蹴ると、大人の背丈ほどに浮き上がる。
――僕は『飛翔』のスキルを持ってるのさ。
というポーズなのは分かってる。
……どうやら時間稼ぎもここまでのようだな。
ニックならもう少しダラダラしてくれるとふんでいたが、自分の力を試したくてうずうずしているみたいだ。
俺は横にいるソフィに目配せをした。
ソフィが門のあたりまで下がり、橋げたを下ろす。
「あはは! ついに観念したんだね! 賢明な判断だよ。褒美に二人とも僕の『犬』にしてあげてもいい。けどピート、君には借りがあるからね。ちょっとは楽しませてくれよ。あははは!」
ニック、イライザ、ガルー、それから2体の鎧に覆われたゾンビの一行が、何の疑いもなく橋をゆっくりと歩いて渡ってくる。
「いよいよか――」
ニックと決着をつける時が迫っているのを感じ、ひとりでに大きなため息が漏れる。
――僕はね。剣も魔法も極めた『勇者』になってみせるつもりさ。
出会った頃、そう語っていたニック。
今となっては遠い昔のようだ。
あの時のニックの目は希望に輝いていたな。
一緒にいれば何でも達成できるような、そんな夢を抱かせるような魅力で溢れていた男だったよ。
でも今はどうか……。
相手の希望を絶望に変えるネクロマンサー。
他人のことなんて、自分の野望をかなえる道具くらいにしか考えていない。
これが彼の本性なのか、それとも魔王アルゼオンと出会ったことで変わってしまったのかは分からない。
分からないが、それでも一つだけ気づかせてやらなければ気が済まないことがある。
「使役しているモンスターたちは道具なんかじゃない。大切な仲間であり家族だ」
わざとニックにも聞こえるように口に出したが、彼は聞こえているのかいないのか、まったく反応する素振りすら見せようとしない。
いいさ。
だったらその身を持って刻み込め。
「俺が本物のテイムを見せてやる――」
ニックたちがちょうど橋の真ん中までやってきた。
俺は背後にいるソフィに大声で命じた。
「ソフィ! 今だ!」
「裁きの神よ! 邪悪なる者を聖なる檻に閉じ込めよ! ホーリー・プリズン!!」
ニックたちが立っている場所に描かれた魔法陣が白い光を放つ。
ほぼ同時に光の檻が「ガシャン」と音を立てて空から落ちた。
「なんだい? これは」
「モンスターの動きを封じる魔法だ」
「ふーん。だったら人間はどうなのかな?」
ニックは既に答えが分かっているかのように何のためらいもなく光の格子に手をかざす。
「あはは。答えは出たようだね」
その手が格子をすり抜けたと見るや早足で檻を抜けた。
あわよくばそのまま大人しくしてくれることを願っていたが……。
それでも想定内だ。
これで相手をしなくてはいけないのはニックだけになったということだからな。
俺はソフィのそばに駆け寄った。
「ホーリー・プリズンはどれくらい持ちそう?」
「思ったよりガルーの能力が上がってますわ。おそらく半日も持たないかと……」
「そうか。分かった。後は俺に任せて、君は作戦本部へ避難するんだ」
ソフィの顔が曇る。
俺を一人にするのが不安なのだろう。
だが彼女を危険にさらすわけにはいかない。
ニックのことだ。
ソフィに狙いをつけて、俺の動きを封じてくるに決まってる。
有無を言わさぬ目をした俺に、ソフィは小さくうなずいた。
「はい。分かりましたわ。ご主人様。一つだけよろしいでしょか?」
「なんだ?」
ぐいっと身を乗り出したソフィの唇がひたいに軽く触れる。
生暖かく、柔らかな感触が俺の体温を上げた。
どんな言葉よりも力強い激励のように感じられた。
全身から気合いがみなぎってくる。
俺のそばから離れたソフィは、
「どうかご無事で」
そう言い残し、頬をわずかに紅潮させたまま、その場を立ち去っていった。
心の中で「ありがとう」と頭を下げ、視線を目の前までやってきたニックに注ぐ。
「さあ、始めようか」
ニックがすらりと剣を抜いた。
ドワーフたちに作ってもらった短剣を右手に持つ。
いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる時だ。
圧倒的に不利なのは分かってるよ。
でもね。
俺は信じてるんだ。
サン。
君のことを――。
「はっ!!」
俺は力強く地面を蹴った。
――ドンッ!!
大きな音とともに高く舞い上がる。
「あはは! いきなり逃げる気かい? なんて臆病なんだ! あははは!!」
今のニックに勝てるのは『スピード』のみ。
だからとことん逃げるしか手がないんだ。
「面白い。どこまで逃げきれるかな?」
どこまでも逃げてやるさ。
サンが『究極進化』するまでは――!
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