遠くて近い 近くて遠い

神崎

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社長 と 面会

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 会社自体は、十二月は三十日まで仕事をする。そして三十一日から一月三日までが休み。なので出張は新年早々からという話になった。それまでに休みをもらいたいのであれば、その分だけ働けということだろう。
 連日私たちは大量のデータや、デザインを見比べていた。夏に発売されるコーヒーメーカーは、おおよそのデザインが決まってきたから、それに向けて突っ走っているのだ。
 だがそんな日々に水を差す出来事があった。
 部長が私に声をかけてきたのだ。
「桜井さん。悪いが、社長室まで行ってくれないか。」
「社長?」
 周りの人たちがざわめく。なぜ一介の社員である私を指名して、社長室に呼ばれたのだろうと。
「……はい。」
 何で私?と言いたいけれど、言えない。言えるわけがない。だいたい部長自体も、私に声をかけることはあまりなかったのだから。
 オフィスを出て行って、エレベーターに向かう。
「桜井さん。」
 声をかけられて、私は振り返ると、そこには山口さんの姿があった。
「社長と知り合い?」
「……少し前に、お酒をご一緒しました。」
「だったら知っているんだね。社長がどんな人か。」
「えぇ。」
「気をつけて。彼の一族も、製造に関わっている人だから。」
 そうだ。社長は興味がないといっていたのだが、そのお父さん、つまり会長は人工の魔物を作ろうとしていたのだ。
 そして私のデーターを盗み、作成したけれど失敗したと言っていた。
 彼は私を魔物だと知っている。それもただの魔物ではないことも。彼は興味がないと言っていたが、いつその興味が向くのかわからない。興味がわいたとき、彼の手で私を監禁してデータを取ることなどたやすいことかもしれない。
 いざとなれば「力」を使わなければいけないだろう。
 エレベーターに乗り、最上階まで向かう。そして降り立ったその空間はワンフロアの部屋になっていて、特別綺麗な女性たちがいる。おそらく秘書課の人たちだろう。その一人に私は声をかけた。
「すいません。制作課の桜井といいますが。」
「あら。あなたが桜井さん?」
 じろじろと値踏みするような目で私を見る。確かに場違いかもしれない。綺麗に化粧をし、着ているものにも余念のないフェロモン画幅を着てあるいているような女性に比べて、私はあまりにも地味だ。
 すると奥のドアから一人の女性がやってきた。
「幹さん。桜井さんは来たかしら。」
「あ、はい。」
 その女性は数いる女の人の中でもひときわ綺麗な人だった。
 秘書課の女性はみんな着飾っているが、その人はほとんど着飾っていない。グレーのスカートのスーツから延びるすらりとした足。顎のラインで切りそろえられた黒髪は艶やかだった。
「桜井さん?」
「はい。」
「社長がお呼びです。奥へどうぞ。」
 背が高いのにヒールまで高くて、ますます大柄に見える。私もそんなに背は低くない方だけど、この人の後をついてくと子供みたいに見えるだろうな。
「社長。入ります。」
 奥のドアを開けると、そこにはさらに広い空間が広がっていた。その部屋の奥に、社長がいすに座って何か電話をしている。
「桜井さん。少し待っていただけるかしら。」
「はい。」
 しばらくすると社長は電話を切り、私を見た。こうしてみると本当に出会った頃の桐彦さんに似ている。オールバックの髪に、スーツ。一見やくざのようだ。
「急に呼び出して悪かった。忙しかっただろう。」
「いいえ。大丈夫です。」
「呼び出したのはほかでもないことだ。愛。この娘に何か感じるだろうか。」
 愛というのは私の後に立っているその女性のことだろうか。
 その後ろを振り返ると彼女は、私をじっと見ていた。なんだか蛇ににらまれた蛙、そんな気分になる。
「力は巨大。だけど、力の使い方がまだわかっていない感じですね。」
「え?」
 この人も?
「桜井。この女性は秘書課の課長をしている、渡辺愛。ワタシの妹だ。」
「……しかし、私の力がわかるとなると……。」
「桐彦兄さんと一緒です。」
「え?」
「我が一族は、魔物を人工的に作るのではなく、人間から魔物に転生させる方法を研究しましたから。」
「こうすれば私にボディガードもつけることはないし、スケジュールの管理もしてくれる。一石二鳥だ。」
 社長の話を聞いている間、愛さんは、私の後に立っていた。それが気配を完全に消していて、思わず身構える。
「……そんなに警戒しなくても結構ですよ。とって喰おうとは思っていません。」
「……。」
「あなたのデータは今更欲しいとは思ってませんし。」
「そうだな。人間を転生させるだけでも、我が社は業績がいい方向へ向かっている。ほかの会社ではない技術だ。」
「もしかして……桐彦さんを元に?」
「そうだ。奴は自ら「そうしろ」と言ってきたからな。その代わりに「人工魔」を作る事業から撤退しろといってきた。」
 おそらくそれが桐彦さんの愛情なのかもしれない。会社を虱潰しに探り、人工魔を作っている企業を探っていたが、自分を生んでくれた会社にはその探りを入れられたくはなかったからかもしれない。
「あなたをここへ呼んだのはほかでもありません。」
 愛さんはこのとき初めて表情を変えた。
「兄を……ここへ呼んでくれませんか。」
「桐彦さんを?」
 彼女は悔しそうに拳を握った。そして瞳に涙をためている。
「……何があったのですか。」
「父が、死にそうだ。」
「会長が?」
「あぁ。会長職はこれからだって時に、肺にガンが見つかった。ステージ四。もう助からないそうだ。」
「肺ということはほかにも転移している可能性がありますね。」
「その通りだ。リンパにも脊髄にも転移している。」
「ベッドから起きれませんね。」
「あぁ。」
「後どれくらいで?」
「医者はいつ死んでもおかしくはないといっている。その前に桐彦を連れてこれないだろうか。」
 必死に頼んでいる。本来なら私をここに連れてくること自体が異例だ。ほかの社員の示しがつかないといわれかねない行動を、彼らはやっている。
 そうでもしないと桐彦さんを連れてこれないと思ったのだろう。
「わかりました。連絡をしてみます。」
「頼んだぞ。」
「わかりましたら、ワタシの携帯に連絡を入れてもらえませんか。後で社内メールで、あなた個人に送っておきますから。」
「わかりました。」
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