遠くて近い 近くて遠い

神崎

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求婚 は 罠

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 魔物を呼びだしてはいけない。野村の息子はそう肝に銘じ、美術品の数々を美術館として陳列することは許可をしたが、その香炉だけは陳列することを許さず、今でも金庫に眠っているのだという。
「でもそれも本物かどうかわかりませんよね。」
「本物かもしれないよ。」
「……どうしてですか。」
 山口さんはその香炉を目の前にして、薄く笑う。
「僕はその魔物のことを知っているから。」
「……山口さんの知っている魔物?」
「うん。その魔物は、桐彦を魔物にした奴だから。」
 彼はそういってその場から離れた。
 何をいいたいのだろう。そして何故ここに連れてきたのだろう。私は彼の背中を見ながら、そう思っていた。

 夕方、日が沈むのを見て私たちは帰路につく前に、港に立っていた。正直ここに立つのは苦しい。それに日が無くなってきて寒くなってきた。
「寒くない?」
「えぇ。寒いですね。」
 風が出てきて、下ろしている髪が風に靡いた。
「何でここに連れてきたのか、わかる?」
「……山口さん。あなたはすべて知っているのではないですか。」
「何を?」
 少し離れたところで、私は彼をみる。
「私がここにきたのは初めてではないことを。」
「……そうだね。一応僕にもね、テレポートの力はあるんだ。君よりも正確にね。」
「……。」
「あの日、君に電話をした。一晩たって毒気が消えて、真っ先に電話をした。桐彦は君が息吹とともにいるといっていたから、イヤな予感がしてね。」
「……。」
「でも君は僕に迎えにこなくてもいいといった。それは何故か。息吹に惚れていることなんか僕にもわかる。そして息吹も君に惚れている。」
「私はあのとき彼の気持ちを初めて知りました。」
「そうだね。そして君も息吹に伝えていた。」
「それを見ていたんですね。」
「あぁ。嫉妬で狂いそうだった。そのまま君を連れて、僕のものにしたかった。」
「……。」
「でも君らはすぐに別れた。そう長くはなかったはずだ。」
「……彼は仕事でここに来ていただけ。そしてあなたももうすぐこの土地を去る。同じではないですか。」
 土地が違えば惹かれる人も違う。きっとそういうことだ。
「違うね。僕は君と一緒になりたいと思っている。」
「私と?」
 彼は私に近づくと、私の手を握った。
「一緒に来てくれないかな。」
 その言葉を待っていた。
「……山口さん。」
「もう栄介って呼んでくれないか。」
「……今すぐに返事は出来ません。栄介さん。少し考えさせてもらえませんか。」
「急にいわれても迷うよね。わかった。」
 私たちは手をつなぎながら、車に戻っていった。

 日も沈み、私たちが住む町に戻ってきた。
 食事をしてから、山口さんは私を家に送ってくれた。私は少しうつむきながら、車を降りる。すると山口さんも降りてきた。
「返事は早い方がいいな。」
「わかってます。」
「じゃあ、また月曜日に。」
 帰ろうとする山口さんに、私は声をかけた。
「お茶でも……飲みませんか。」
 その誘いは意外だったのだろう。彼の手が少し止まった。
「そうだね。じゃあ、車を返してからお邪魔しようかな。」
「わかりました。用意をしておきます。」
 彼はそういってまた車に乗り込んでいった。そして私はアパートの部屋に戻っていった。
 電気をつけるとそこには息吹の姿があった。
「息吹……。」
「……。」
 彼はベッドに腰掛けてじっと黙ったまま、私を見上げていた。
「……うまくいったわ。」
「……こんな手を使うなんて、お前は……。」
「魔物でしょう?頭でも腕っ節でもかなわないものには、情で騙すしかないわ。」
「六花。」
「あなたたちもしていたこと。」
 惚れさせて、騙して、売る。それをずっとしていたのだろう。
「信じられなくなるかと思った。」
「……私は……最初からあなたしか見てないわよ。」
 すると彼は少し微笑んだ。そして立ち上がると、私の唇にキスをした。
「甘い匂いがする。」
「化粧品の匂いかしら。」
「六花。これが終わったら……。」
「わかっているわ。」
「また、来るから。」
 そういって彼はベランダに出て行った。そこから外へ出て行くのだろう。
 しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。そこをあけると、山口さんの姿がある。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
 部屋の中は暖かい。そしてお湯も沸かしていた。
「誰かいた?」
 なのに彼はすべてを見抜いたように私に声をかける。
「誰もいませんけど。」
「そう……。」
 不振な顔をしながら、彼は着ていたジャケットを脱いだ。
 お茶を入れて、私は床に座る。山口さんはその向かいに座った。
「桜井さん……イヤ。六花って呼んでいいかな。」
「はい。」
「……人工魔の製造の話。桐彦は信じていた?」
「あとは人間に任せるといっていましたね。でもおそらく今日港を見ていた限りだと、確かに警戒はしているみたいです。」
「……そっか。」
 お茶の入ったカップを手に持って、彼は薄く笑っていた。
「桐彦たちは本当に魔界に?」
「えぇ。栄介さんはもう彼らと手を切っているのですか。」
「そうだね。」
「……そうですか。」
「君も手を切っている。」
「えぇ。」
「新たな仕事に着手しているよ。奴らは。」
「……栄介さん。それも計画通りですか。」
「え?」
 手を素早く合わせる。そして結界を張った。そして立ち上がり、彼を見下ろした。
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