あなたの前だけに見せる顔

神崎

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食堂の手伝い

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 食堂は二十一時に閉まる。それから春は店の掃除、皿洗い、金の計算、明日の仕込みまでを一人でするのだ。二階が自室とは言え、すべてを終えて彼がベッドにはいるのは、日が変わってからがほとんどだ。
 今日もとりあえず皿を洗うことから始める。すると二階から音がした。見上げると秋がこちらを見ている。
「仕事終わった?」
「うん。何?手伝うのか?」
「それくらいしか出来ねぇから。」
 春は少し笑うと、隅にある箒とちりとりを指さした。
「床掃いて、それからモップで床を拭く。それから布巾でテーブルを拭いたあと、つまようじと割り箸、それから紙ナプキンの補充をしてくれるか。」
「わかった。」
 掃除だけでもしてくれれば助かる。彼はそう思いながら、秋の動きを見ていた。ずいぶん丁寧にする人だ。飲食業をしていたのだろうか。
「秋君、仕事は?」
「あ、一応昼間は……バイトで鳶。」
「ふーん。っぽいね。がたい良いもん。俺ももう少し背があったらなぁ。」
「もっとちゃっちゃっと動けって言われるけど。」
「でも力はあるんだろ?」
「まぁ。他の人よりは。」
「いいじゃん。それで。それよりほかに何が必要なんだよ。他の人より優れたことがあるってことは、それだけで取り柄になるんだしさ。」
 秋は手を止めて春をみる。そんなことを言う人は初めてだった。

 結局仕事を終えて、二人で二階に上がってきたのは二十二時過ぎのことだった。いつもよりは早い。
「風呂沸いてんじゃん。ラッキー。秋君。入った?」
「イヤ。手伝おうと思ったから。」
「じゃあ先入りなよ。布団用意しておくからさ。」
 風呂に入りながら、秋はため息をついた。そして体の傷をみる。もうとれない傷だった。
 目を瞑れば、思い出すのは小さい頃の思い出。二度と思い出したくない暗闇の出来事。
「大丈夫か?秋君?寝てない?」
 風呂の向こうから、春の声が聞こえる。
「すいません。起きてます。」
「だったら良かった。」
 もう考えまい。そう思って彼は風呂から出る。

 食卓のテーブルにはおにぎりが二つおいてあった。それを風呂上がりの秋はめざとく見つける。
「あぁ。腹減ってんなら食って良いよ。」
「いいのか。」
「どうせ飯余ったし。」
「あんた食わなくていいのか。」
「俺はいいの。」
 そういって春は冷蔵庫からビールを見せる。
「なるほどな。」
「じゃあ、俺も入るから。」
 そういって春は髪をほどく。長い髪だ。背中あたりまである髪は、秋も長いと思っていたが、彼の方が長そうに見える。
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