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春
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この街は工業の街だった。元々山から何かの鉱物が出ることがわかり、それを取るのに一気に街が活性化し人が一気に増えた。
しかしいい時期はそうそう続かない。
鉱物が枯渇し、人は一人、一人と減っていく。今のこの街の生産は漁業と果実の生産だった。
「まだ崩してない。」
少し山に登っていったところに、律は車を停める。そして私に降りるように促した。
「…。」
エンジンが止まると、夜の静けさが襲ってくる。出もそれ以上に、私はその風景に目を逸らさずにはいられなかった。
廃墟となった工場。パイプやタンクがライトアップされている。その風景は息を飲むようだった。
「どうしてライトなんか…。」
「新しい観光名所にしたいらしい。廃墟を巡る人も今は多いし、俺にもそういうのを撮ってきて欲しいという依頼も増えた。」
しんと静まり返ったその光景。触れてみたいとも思える。
「危ない。」
急に腰に手が回り、後ろに引き寄せられた。はっと我に返ると、狭い道の端ぎりぎりのところまで進んでいたらしい。枠も何もない所だったため、そこから落ちればノンストップで工場まで転がり落ちるところだった。
「ありがとう。」
「ぼんやりするな。」
腕が離れない。それどころかその腕の力が強まっていく気がする。
「律?」
「…。」
後ろにいたから彼の表情はわからない。だけどその腕を離されず、首に吐息がかかる。思ったよりも近くにいたらしい。
一瞬、ピアスをしている右耳に柔らかくて温かいモノが触れ、そしてゆっくりとその手の力が抜けていく。
「お前みたいなヤツを、取り憑かれやすいというんだろう。」
「憑かれる?」
「あぁ。外国でも「神隠し」の伝説はあって、子供がふらふらと山の中に入っていってそのまま行方不明。なんてこともあるらしい。」
「へぇ…って子供?」
「そう。子供。お前も似たようなものだ。」
「私もう二十四だけど。」
「そうだったっけ。小さい頃のイメージしかなかったな。」
改めてその工場を見る。遙かに続く工場は、ライトの当たらないところがあってそれがまた幻想的だった。
「夜は、モノクロだと思ってたけど、モノクロの中にも神秘的なモノがあるのね。」
「…あぁ。」
「ありがとう。律。連れてきてくれて。」
「お礼はいい。俺も下見に来たかっただけだから。」
「え?」
「「サンライズ」の再来月のお出かけスポット特集で、ここを取り上げてくれっていわれてたから。」
すると私はその工場を見上げていう。
「寂しくなるわね。」
「え?」
「だって、雑誌を見て人が多く集まるかもしれないわ。こんなに静かな風景は、もう見られないかもしれないじゃない。」
「そうかもしれない。また静かなうちにお前を連れてきたい。」
「…そうね。そのときはお願いするわ。」
後ろを振り向いて、律を見る。彼も口元だけで微笑んでいた。
「帰るか。生物もあるんだろう。」
「あぁ。そうだった。」
早く帰って、仕込みをしなきゃ。一気に現実に引き戻された気がした。
家に帰ってくると、もうダイニングには誰もいなかった。楓も光も食事を終わらせたのかもしれない。
「ここでいいか?」
律はそういって荷物を下ろした。
「ありがとう。カレーすぐ温めるわ。」
「あぁ。」
ガスレンジのスイッチを入れて、鍋の中を見る。二人分くらいはありそうだ。その間に、買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
冷蔵庫を開けると、そこにはビニール袋に入ったコアジと、鯖があった。
「やった。田宮さんが魚を持ってきてくれたのね。」
アジは南蛮漬けに、鯖は竜田揚げにでもすればいいか。そう思ったときだった。
「遅かったね。」
二階から、楓が降りてきた。もうラフな格好になっていた。
「うん。ちょっと寄り道をしてて。」
「そう。あぁ、律も帰ってたんだ。」
「悪かったな。仕事をあけて。」
「かまわないよ。その分三日分の仕事をしてもらっていたわけだし。」
カレーがしゅっという音を立てる。まずいまずい。一度混ぜなきゃ。
ふたを開けてカレーを混ぜている間、律と楓は何かを話しているようだった。何の話かはわからないけれど、明らかに楓も律も不機嫌になっている。
「無理だな。」
律がついに立ち上がり、その場から離れようとした。
「律。」
「自分の気持ちに嘘をついてまで、「友情」を優先させたくない。」
友情?何のこと?
不機嫌そうに律は外へ出て行った。
「律。」
私はそれを追いかけようとして、ガスレンジのスイッチを切った。
「周。追いかけなくていい。」
「でも…。」
「自業自得なんだから。」
「自業自得?」
楓のいうことはわからない。だけど律は怒っていた。先ほどまでの上機嫌が嘘のように。
「何を言ったの?」
「今は言えない。」
秘密ってわけだ。
「何それ?そんな言い方したらもやもやするわ。」
「そう?そんなに知りたい?」
「できるならね。」
冷蔵庫の野菜室を開けて、野菜を入れていく。耳だけは楓の言葉を聞き入れる状態だ。そう思っていたときだった。
「…!」
いつの間にか楓が後ろに立っていた。正面を向いた私は思ったよりも距離が近くてびっくり。
「何?」
後ろ手で冷蔵庫の野菜室を閉めて、私はどんどんと近づいてくる楓をかわすことができなかった。
「これ。」
彼の手が私に右耳に触れた。
「え?」
「ピアス。いつから?」
「…少し前よ。」
「男の子が付けるようなデザインだ。それに…律が付けているものと似ている。」
「それは…。」
「偶然?それともそういう関係になったの?」
「偶然ね。」
「ふーん。そうなんだ。」
心臓がバクバクする。だけどそれを悟られてはいけない。嘘だとばれてしまうから。
「嘘は下手だ。」
「…。」
「周。僕は、君が…。」
そのとき外からダイニングに入るドアが開いた。そこには律がいた。
「あれ?帰ってきたの?」
「…洗濯物を取りに行っただけだ。」
やっていることはまともだが、明らかに不機嫌そうだ。キッチンの脇にあるドアを開いて入っていく。
「続きはまた今度にするよ。」
「あるかどうかわからないわ。」
「あるよ。覚悟しておいて。」
それだけをいうと楓は上機嫌に、その場を去っていった。
しかしいい時期はそうそう続かない。
鉱物が枯渇し、人は一人、一人と減っていく。今のこの街の生産は漁業と果実の生産だった。
「まだ崩してない。」
少し山に登っていったところに、律は車を停める。そして私に降りるように促した。
「…。」
エンジンが止まると、夜の静けさが襲ってくる。出もそれ以上に、私はその風景に目を逸らさずにはいられなかった。
廃墟となった工場。パイプやタンクがライトアップされている。その風景は息を飲むようだった。
「どうしてライトなんか…。」
「新しい観光名所にしたいらしい。廃墟を巡る人も今は多いし、俺にもそういうのを撮ってきて欲しいという依頼も増えた。」
しんと静まり返ったその光景。触れてみたいとも思える。
「危ない。」
急に腰に手が回り、後ろに引き寄せられた。はっと我に返ると、狭い道の端ぎりぎりのところまで進んでいたらしい。枠も何もない所だったため、そこから落ちればノンストップで工場まで転がり落ちるところだった。
「ありがとう。」
「ぼんやりするな。」
腕が離れない。それどころかその腕の力が強まっていく気がする。
「律?」
「…。」
後ろにいたから彼の表情はわからない。だけどその腕を離されず、首に吐息がかかる。思ったよりも近くにいたらしい。
一瞬、ピアスをしている右耳に柔らかくて温かいモノが触れ、そしてゆっくりとその手の力が抜けていく。
「お前みたいなヤツを、取り憑かれやすいというんだろう。」
「憑かれる?」
「あぁ。外国でも「神隠し」の伝説はあって、子供がふらふらと山の中に入っていってそのまま行方不明。なんてこともあるらしい。」
「へぇ…って子供?」
「そう。子供。お前も似たようなものだ。」
「私もう二十四だけど。」
「そうだったっけ。小さい頃のイメージしかなかったな。」
改めてその工場を見る。遙かに続く工場は、ライトの当たらないところがあってそれがまた幻想的だった。
「夜は、モノクロだと思ってたけど、モノクロの中にも神秘的なモノがあるのね。」
「…あぁ。」
「ありがとう。律。連れてきてくれて。」
「お礼はいい。俺も下見に来たかっただけだから。」
「え?」
「「サンライズ」の再来月のお出かけスポット特集で、ここを取り上げてくれっていわれてたから。」
すると私はその工場を見上げていう。
「寂しくなるわね。」
「え?」
「だって、雑誌を見て人が多く集まるかもしれないわ。こんなに静かな風景は、もう見られないかもしれないじゃない。」
「そうかもしれない。また静かなうちにお前を連れてきたい。」
「…そうね。そのときはお願いするわ。」
後ろを振り向いて、律を見る。彼も口元だけで微笑んでいた。
「帰るか。生物もあるんだろう。」
「あぁ。そうだった。」
早く帰って、仕込みをしなきゃ。一気に現実に引き戻された気がした。
家に帰ってくると、もうダイニングには誰もいなかった。楓も光も食事を終わらせたのかもしれない。
「ここでいいか?」
律はそういって荷物を下ろした。
「ありがとう。カレーすぐ温めるわ。」
「あぁ。」
ガスレンジのスイッチを入れて、鍋の中を見る。二人分くらいはありそうだ。その間に、買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
冷蔵庫を開けると、そこにはビニール袋に入ったコアジと、鯖があった。
「やった。田宮さんが魚を持ってきてくれたのね。」
アジは南蛮漬けに、鯖は竜田揚げにでもすればいいか。そう思ったときだった。
「遅かったね。」
二階から、楓が降りてきた。もうラフな格好になっていた。
「うん。ちょっと寄り道をしてて。」
「そう。あぁ、律も帰ってたんだ。」
「悪かったな。仕事をあけて。」
「かまわないよ。その分三日分の仕事をしてもらっていたわけだし。」
カレーがしゅっという音を立てる。まずいまずい。一度混ぜなきゃ。
ふたを開けてカレーを混ぜている間、律と楓は何かを話しているようだった。何の話かはわからないけれど、明らかに楓も律も不機嫌になっている。
「無理だな。」
律がついに立ち上がり、その場から離れようとした。
「律。」
「自分の気持ちに嘘をついてまで、「友情」を優先させたくない。」
友情?何のこと?
不機嫌そうに律は外へ出て行った。
「律。」
私はそれを追いかけようとして、ガスレンジのスイッチを切った。
「周。追いかけなくていい。」
「でも…。」
「自業自得なんだから。」
「自業自得?」
楓のいうことはわからない。だけど律は怒っていた。先ほどまでの上機嫌が嘘のように。
「何を言ったの?」
「今は言えない。」
秘密ってわけだ。
「何それ?そんな言い方したらもやもやするわ。」
「そう?そんなに知りたい?」
「できるならね。」
冷蔵庫の野菜室を開けて、野菜を入れていく。耳だけは楓の言葉を聞き入れる状態だ。そう思っていたときだった。
「…!」
いつの間にか楓が後ろに立っていた。正面を向いた私は思ったよりも距離が近くてびっくり。
「何?」
後ろ手で冷蔵庫の野菜室を閉めて、私はどんどんと近づいてくる楓をかわすことができなかった。
「これ。」
彼の手が私に右耳に触れた。
「え?」
「ピアス。いつから?」
「…少し前よ。」
「男の子が付けるようなデザインだ。それに…律が付けているものと似ている。」
「それは…。」
「偶然?それともそういう関係になったの?」
「偶然ね。」
「ふーん。そうなんだ。」
心臓がバクバクする。だけどそれを悟られてはいけない。嘘だとばれてしまうから。
「嘘は下手だ。」
「…。」
「周。僕は、君が…。」
そのとき外からダイニングに入るドアが開いた。そこには律がいた。
「あれ?帰ってきたの?」
「…洗濯物を取りに行っただけだ。」
やっていることはまともだが、明らかに不機嫌そうだ。キッチンの脇にあるドアを開いて入っていく。
「続きはまた今度にするよ。」
「あるかどうかわからないわ。」
「あるよ。覚悟しておいて。」
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