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夏
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じめじめした季節はそうそう長く続かない。厚い雲が無くなれば、そこには夏の日差しが差し込んでくる。
蝉の声とともに、私たちの家、兼、仕事場の前にある砂浜にはにぎやかな声が響きわたっていた。
「窓閉めても聞こえてきますね。」
その声に事務員の阿川さんが一番いらいらしているようだった。みんなが脳天気にはしゃいでいるのに、私たちはひたすらパソコンや仮に刷った原稿とにらめっこしているが、彼女は数字とにらめっこしている。
私たちはいい。相談できる人がいるから。でも阿川さんはそうはいかない。唯一相談できる社長も、いつもここにいるわけではないし。
「音楽でも付けようか。」
隣で原稿の修正をしている田宮さんが気を使って、片隅にあるコンポのラジオをつけた。そこでもやはり流れてくるのは、夏の音楽ばかりだった。
夏の原稿はもうすでに入稿しているので、今しているのは秋のランチや紅葉スポットの特集。季節は先取りしなければいけない。
「去年の紅葉の写真はあるかしら。」
「それは北川さんが帰ってこないとわかりませんね。」
そう言って向こうの机を見る。その机は律の席だった。
律は最近ここの仕事の他の仕事が忙しくなっているらしく、オフィスに帰ってくるのは朝と夕方くらいしかない。ここの仕事はまとめて撮っているので仕事に支障はないけれど、取材から帰ってきた光が律がいないことにいつも落胆した表情になっているのが、可哀想だと思う。
「ただいま帰りました。」
オフィスに帰ってきたのは、律ではなく楓だった。
「お帰りなさい。社長。」
楓は鞄を置くこともなく、阿川さんに呼ばれその数字をチェックしていた。
「社長も大変なのよね。」
「え?」
「このタウン誌、三百円っていう破格の値段設定していることを、この間本社に突っ込まれたらしいわ。」
「まぁ…確かに安いですよね。ほとんどカラーページで厚さもあるのに、三百円っていうのは。」
「値段を上げるか、特集のページを減らせっていわれてるみたいね。」
「それは、結局三百円で売るのだったらページ数を減らせってことですか。」
「そう言うこと。でも何も減らせないのよね…。企業さんとの繋がりもあるし。今年は載せれたけど、来年は載せられないって言いづらいわよね。」
それをいうのは光か、もっと大きな企業であれば楓が直々にいくのかもしれない。「載せてください」というのは結構簡単かもしれないが、「辞めます」というのは案外パワーがいるものなのだ。
それで楓は最近頭を悩ませているらしい。
やがて夕方近くになり、浜にいた人たちもぞろぞろと帰っていくのが見えた。光も営業の江口君も帰ってきて、阿川さんと社長に報告をしていた。
足りないのは律だけだった。
「…大丈夫?南沢さん。」
もうそろそろ退社の時間だというのに、私は仕事が終わりそうになかった。
「大丈夫ですよ。」
「言われたのさっきだったものね。でも今日中に仕上げないと、明日はもう少し大きな仕事をしようと思っていたから。」
確かに文句はある。光に言われて「今日中にまとめて置いて欲しい」といわれた資料は、明らかに今日中に終わりそうにない。
「五時か。みんな退社の時間だな。南沢さんは、どうする?」
楓の言葉に、私はため息をついた。
「食事の用意だけして、また仕事をしますから。」
「え?いいよ。食事は何とかするから。」
「今朝のうちに仕込んでおいたものがありますし、それを焼くだけですから。」
「…わかった。じゃあ、お願いするよ。」
田宮さんが帰ったあと、パソコンをスリープ状態にしてキッチンの方へ向かった。
ご飯は今朝炊いたものがある。作るのはピーマンと塩昆布の和え物。人参とひじきの白和え。味噌汁はなすとオクラ。そして仕込んでおいた豚肉を取り出す。
「いい匂い。」
光がキッチンに戻ってきた。
「ね、あたしなんか手伝おうか?」
「じゃあ、お皿を出して、その上にキャベツの千切りをのせて。」
「ハーイ。」
手を洗って仕込んでおいたキャベツの千切りをお皿に盛る。
「周。今日悪かったわね。」
「何を?」
「だってあたしが資料をまとめてくれって、あなたに指示するの忘れてたからいらない残業をさせてしまったわ。」
「別にいいわよ。量にはちょっとびっくりしたけれど、終わらないこともないわ。」
「手伝いたいけど何もできないから。」
「気にしないで。」
そう言って私は豚肉の生姜焼きをその皿に盛りつけた。
「じゃあ、あとは各自で好きなだけ盛りつけて。私仕事終わらせてくるわ。」
エプロンをはずし、キッチンをあとにした。
薄暗くなっているオフィスに電気を灯す。むわっとした空気が体中を包み込んだ。
「やっぱ暑い。」
クーラーを一人で入れるわけにはいかない。窓を開けて、網戸にした。すると海風が少しはいるのだ。それで少しは涼しくなるだろう。
暑いからと思ってタンクトップを着ていたけれど、ちょっとあんまりかなと思ったので薄い上着を着ていた。それも脱ぐと、さらに涼しくなる。
「よし。やるか。」
私はスリープ状態にしたそのパソコンを再び起動させると、仕事に取りかかった。
蝉の声とともに、私たちの家、兼、仕事場の前にある砂浜にはにぎやかな声が響きわたっていた。
「窓閉めても聞こえてきますね。」
その声に事務員の阿川さんが一番いらいらしているようだった。みんなが脳天気にはしゃいでいるのに、私たちはひたすらパソコンや仮に刷った原稿とにらめっこしているが、彼女は数字とにらめっこしている。
私たちはいい。相談できる人がいるから。でも阿川さんはそうはいかない。唯一相談できる社長も、いつもここにいるわけではないし。
「音楽でも付けようか。」
隣で原稿の修正をしている田宮さんが気を使って、片隅にあるコンポのラジオをつけた。そこでもやはり流れてくるのは、夏の音楽ばかりだった。
夏の原稿はもうすでに入稿しているので、今しているのは秋のランチや紅葉スポットの特集。季節は先取りしなければいけない。
「去年の紅葉の写真はあるかしら。」
「それは北川さんが帰ってこないとわかりませんね。」
そう言って向こうの机を見る。その机は律の席だった。
律は最近ここの仕事の他の仕事が忙しくなっているらしく、オフィスに帰ってくるのは朝と夕方くらいしかない。ここの仕事はまとめて撮っているので仕事に支障はないけれど、取材から帰ってきた光が律がいないことにいつも落胆した表情になっているのが、可哀想だと思う。
「ただいま帰りました。」
オフィスに帰ってきたのは、律ではなく楓だった。
「お帰りなさい。社長。」
楓は鞄を置くこともなく、阿川さんに呼ばれその数字をチェックしていた。
「社長も大変なのよね。」
「え?」
「このタウン誌、三百円っていう破格の値段設定していることを、この間本社に突っ込まれたらしいわ。」
「まぁ…確かに安いですよね。ほとんどカラーページで厚さもあるのに、三百円っていうのは。」
「値段を上げるか、特集のページを減らせっていわれてるみたいね。」
「それは、結局三百円で売るのだったらページ数を減らせってことですか。」
「そう言うこと。でも何も減らせないのよね…。企業さんとの繋がりもあるし。今年は載せれたけど、来年は載せられないって言いづらいわよね。」
それをいうのは光か、もっと大きな企業であれば楓が直々にいくのかもしれない。「載せてください」というのは結構簡単かもしれないが、「辞めます」というのは案外パワーがいるものなのだ。
それで楓は最近頭を悩ませているらしい。
やがて夕方近くになり、浜にいた人たちもぞろぞろと帰っていくのが見えた。光も営業の江口君も帰ってきて、阿川さんと社長に報告をしていた。
足りないのは律だけだった。
「…大丈夫?南沢さん。」
もうそろそろ退社の時間だというのに、私は仕事が終わりそうになかった。
「大丈夫ですよ。」
「言われたのさっきだったものね。でも今日中に仕上げないと、明日はもう少し大きな仕事をしようと思っていたから。」
確かに文句はある。光に言われて「今日中にまとめて置いて欲しい」といわれた資料は、明らかに今日中に終わりそうにない。
「五時か。みんな退社の時間だな。南沢さんは、どうする?」
楓の言葉に、私はため息をついた。
「食事の用意だけして、また仕事をしますから。」
「え?いいよ。食事は何とかするから。」
「今朝のうちに仕込んでおいたものがありますし、それを焼くだけですから。」
「…わかった。じゃあ、お願いするよ。」
田宮さんが帰ったあと、パソコンをスリープ状態にしてキッチンの方へ向かった。
ご飯は今朝炊いたものがある。作るのはピーマンと塩昆布の和え物。人参とひじきの白和え。味噌汁はなすとオクラ。そして仕込んでおいた豚肉を取り出す。
「いい匂い。」
光がキッチンに戻ってきた。
「ね、あたしなんか手伝おうか?」
「じゃあ、お皿を出して、その上にキャベツの千切りをのせて。」
「ハーイ。」
手を洗って仕込んでおいたキャベツの千切りをお皿に盛る。
「周。今日悪かったわね。」
「何を?」
「だってあたしが資料をまとめてくれって、あなたに指示するの忘れてたからいらない残業をさせてしまったわ。」
「別にいいわよ。量にはちょっとびっくりしたけれど、終わらないこともないわ。」
「手伝いたいけど何もできないから。」
「気にしないで。」
そう言って私は豚肉の生姜焼きをその皿に盛りつけた。
「じゃあ、あとは各自で好きなだけ盛りつけて。私仕事終わらせてくるわ。」
エプロンをはずし、キッチンをあとにした。
薄暗くなっているオフィスに電気を灯す。むわっとした空気が体中を包み込んだ。
「やっぱ暑い。」
クーラーを一人で入れるわけにはいかない。窓を開けて、網戸にした。すると海風が少しはいるのだ。それで少しは涼しくなるだろう。
暑いからと思ってタンクトップを着ていたけれど、ちょっとあんまりかなと思ったので薄い上着を着ていた。それも脱ぐと、さらに涼しくなる。
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