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第三十六話「いきなりレイドボス……しかもソロ(前編)」
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「だいぶ時間使っちまったなぁ……」
あれから俺はさらに色んな冒険者パーティを助け、結局普通に戦って過ごしてしまった。
最前線は当然の如く激戦区で一進一退の攻防だった。
正直死人が出て当たり前なレベル。こんなんボス探索とかする暇無いわ。
だが、俺が全身全霊で飛びまくってピンチなパーティを救助し続けた結果、なんとか見た感じ死者はゼロっぽい状況に前線を維持し、最大限のサポートをすることに成功したのだった。
犠牲者が出るとか寝覚め悪いからね。今はどちらかというとこちらが圧勝ムード。掃討戦に近い感じになってきている。
「さて、そろそろボスも退治できた感じかな?」
俺が飛行で森に近づき、その奥を見やった次の瞬間だった。
――寒気がした。
背筋が凍るほどの恐怖。
恐怖も状態異常に含まれるのだろうか?
含まれるのだろう。そうでなければ俺はきっとその場で震えて動けなくなっていただろうから。
最悪、意識を喪失して落下していたかもしれない。それほどの威圧感。殺意。そして――。
空気を振るわせる衝撃。それが音であると気付くのに時間を要するほど。
――それは、咆哮だった。
状態異常無効が無ければやられていた。
音のした方向。森の奥。そこには巨大な怪物の影があった。
そして、その前に立つ五人の男女の姿。
彼らの内、一人が震える声で必死に呪文を唱え始める。
膝から崩れ落ちた者、その場にへたり込む者、なんとか耐えて立ち続けている者、様々いたがさすが獣魔大乱を終わらせるために選ばれた精鋭パーティ。失神している者はいないようだった。
しばらくして、なんとか戦線を整えるべく陣形を組み始める冒険者達。
恐怖にギリギリ耐えたのであろう魔術師が、かろうじて平静の呪文詠唱に成功したのだ。
平静を取り戻したであろう彼らだが――。
「嘘でしょ……王種……?」
「どころじゃねぇぞ……」
「こいつぁ……」
「古老種……」
「勝てねぇ……こんなの勝てるわけねぇ……」
だが、冒険者達はそれでも震えているようだった。
魔法により恐慌状態を解除されてもなお、目の前の現実が彼らを絶望の底へと叩き落す。
そこにいたのは竜種。あの時に俺が見たものよりもはるかに巨大な翼竜の姿だった。
「どうするよ……」
「無理無理無理ぃ……」
「しくじったな……」
「だからみんなそろうの待とうって言ったのにぃぃ」
「そろった所で勝てるのか……これ」
影のように見えたそれは漆黒の巨体。
――古翼竜。
ルティエラから習得した魔物知識Aが脳内に情報を伝えてくる。
翼竜が長い年月を得て成長した果てに至る存在。
その戦闘力は若成竜を遥かに凌駕すると言う。
通常の魔物とは異なり、選ばれし英雄のみが討伐可能な、災害級の魔物である。
そいつは巨大な首をもたげ、目の前の脆弱な人間達へと灼熱の息吹を吹きかけた。
一瞬の油断さえ無く、そのモーションから攻撃を予測したのだろう。余裕で回避する冒険者達。
さすがと言った所か。だが、こいつを相手するには分が悪すぎるんじゃないか?
俺は即座に加速し、空から急速接近しつつ剣を振るう。
なりふりかまっていられない。岩斬剣からの剣閃だ!
剣先から放たれたエネルギーの刃が古翼竜へと向かう。
――だがしかし。
次の瞬間、その姿が消失した。
巨体がフッと消え去ったのだ。
いや、移動したのだ。
そのことに気付くのに一瞬だけ時間を必要とした。
そして、その一瞬が命取りだった。
高速で横に移動したのであろう古翼竜の眼が、俺を見つめていた。
内臓が震えるような不快感。まるで臓腑を握られるような……。嘔吐をもたらす程の恐怖ってのは多分こんな感じなんだろうな。
状態異常無効が無ければ、痛覚無効が無ければきっと吐いてた。そして震えて動けなくなっていたことだろう。
古翼竜はゆらりと翼をはためかせると、一瞬で俺の目の前に現れた。
速い――!
なんだこれ。まるで瞬間移動――!
こいつはヤバイ!
「逃げろ!!」
俺は冒険者達へと声をかけた。
あの様子だと、アイツラじゃこの怪物には勝てないんだろうな。なら、増援を連れて来てもらうしかない! もしくは俺がこいつを――!
――甘かった。
次の瞬間。
激しい衝撃が俺を襲った。
――何が起きた!?
景色が高速で移動していく。
攻撃された!?
しばらくしてから自分がグルグルときりもみ状態で宙を舞っていることに気付く。
飛行能力で緊急停止!
身構えて周囲を探る。
後ろ!? いつの間に!?
古翼竜が背後にいた。
死を想起させる気配を纏い、その死神を思わせる眼差しで俺を睨んでいる。
危――!?
本能的に上へ飛んだ。
真下を何かが通り過ぎた。
ブオンという何か恐るべき音が直後に聞こえたような気がする。
それは巨大な尾であった。
人の身を遥かに上回る太さをもった巨大な尾。その質量が、目にも見えない速さで虚空を薙いだのだ。
――死。
直感した。
死ぬ。
あれを喰らえば死ぬ。
そう理解した。
急いで剣を正面に身構える。
いや、正確には身構えようとしたんだ。
無かった。
前方へと出したはずの俺の右腕。肩から伸びているはずの、その先が。
見れば古翼竜が何かを咀嚼していた。
ペッと吐き出されたのは……え? もしかして、それって俺の長剣ですか?
嘘だろ。喰われたのか? あの一瞬で?
腕を噛み千切られた上に放り投げられたのか? あの一瞬で? 全然見えなかったぞ?
痛覚無効のおかげで痛みはない。けど――。
――やばい。これ、勝てない。
「時間を稼ぎます! 三組いるんでしたよね!? 全員そろえて助けに来てください! 早く!」
なんとか冒険者達に伝えると、意識を回避に専念して身構える。
「――でも!」
俺の身を案じてくれたのだろう。
魔術師姿の女性が立ち止まる。
隣の騎士鎧の男がその肩に手をかけ首を振る。
「……そんな、無茶でしょ!」
「ここで言い合う暇があるのか!」
「だけど……!」
「すまない、任せた」
「必ず助けに戻る!」
そう言って、半ば力ずくで女性を引き連れる形で冒険者達は去っていった。
さて、これでいいかな?
俺は目の前には相変わらず巨大な怪物の姿。
恐らくわずかにでも隙を見せた瞬間に殺されるだろう。
まぁ不死身だからなんとかなるとは思うんだけど。
ってかさ。でかい。でかすぎるだろ。まるで建物だ。
首を伸ばしたその姿。二階建て……いや三階建て建造物くらいかな。
それが超高速で動くんだぜ?
オイオイオイ、死ぬわ俺。
まぁ不死身だから死にはしないんだろうけどさ。
いや、てかさ、マジでさ。
これ勝てなくね?
精鋭とは聞かされているものの、三組程度で本当に倒せるのかよ。
いや、倒せるかどうかじゃないな。倒してもらわないと困るんだよ。
こいつを放置したら間違いなくあの街は滅ぶ。確実に滅ぶ。
街を放置して逃げてもアイツは暴れまわるんだろ? 他の街も滅ぶよな?
ってことはだ。つまりこの戦いの敗北イコールバッドエンドってことだろ?
そもそも前線崩壊して後方に雪崩れ込んだら俺の嫁が死ぬじゃん!?
やだー! そんなんやだー!! 勘弁してくれよー!!
なんかよくわかんない展開で異世界に転生してさ? だけど夢叶ってやっとハーレムまっしぐらなんだよ?
こんな所で欝展開とか勘弁してくれよ! ってか欝展開とか今さら流行んないんだよ! ゆるふわ日常系無双チートなくらいで充分なんだよ! この令和の時代にヒロイン死亡とか、欝展開とか、ストレスマッハなバッドエンドなんてもんはよぉ! 誰一人として望んでなんかねぇんだよぉぉぉぉ!!
なんて駄々こねた所でこれは現実なんだよな。わがまま言った所で叶えてくれる神様なんている訳ねぇしな。ってかあいつはたしか神様じゃなくて魂司る精霊とか言ってた気がするしな。うろ覚えだけど。
……あぁ、くっそ、これはもう俺がなんとかするしかないんじゃね?
うん、例え一人じゃ無理だったとしても、精鋭とやら達全員と組んででも倒すしかねぇ!
そうだよ。俺だけでも多分ダメ。あいつらだけでもダメ。なら、全員で力を合わしてなんとかするしかないじゃん!
それならなんとかなるかもしれないじゃん!
ぐぬぬ……くっそ不安しか無い。だけど賭けるしかねぇ! 信じるしかねぇ!
漆黒の巨大な首がもたげ、その口から赤い炎があふれ出す。
その首がこちらに向けられる。開いた口から吐き出されるのは紅蓮の業火。
急速旋回、回避だちくしょう!
くっそ! 炎に触れてねぇのにその周囲の空気にかするだけで皮膚が焼け爛れるぅぅ!!
続けざまに、移動した先。まるで待ってましたとばかりに一瞬で目の前へと現れる巨躯。
急接近する巨大な顔! 迫り来る牙!
紙一重で回避!
避けた先。狙いすましたかのように、追い討ちとばかりに迫り来る巨大な尾をかろうじて回避ィィィ!!
全てが致死の一撃だ。こんなんどうしろってんだ!?
「お?」
見れば、なんかいつの間にか千切れたはずの腕が生えていた。
そうか、再生能力。
急降下してさっき吐き出された剣を探す。
あった!
落ちた剣を拾い飛行! 急上昇! 岩斬剣、剣閃!
ぐぁぁぁ! やっぱ当たらねぇぇぇ!
一瞬で巨体が横にスライド移動したかと思うと、気付いたらもう目の前にいやがる。
炎! 回避! 噛み付き! 回避! 尻尾! 紙一重で回避!
すれ違いざまにせめて一太刀とばかりに剣閃!
うぉ!? 当たった!?
攻撃直後の一瞬の隙。尻尾の根元へとついに俺の一撃が叩き込まれる!
「って、嘘だろ……」
無傷だと……?
岩斬剣で強化した一撃だぞ?
岩さえも切り裂くはずの一撃だぞ? マジか……。
あ、しまった魔力切れを恐れて斬鋼剣使って無かった。しくじったぁぁぁ……!
そして迫り来る炎! 回避!
噛み付き! 緊急回避!
尻尾ォォォ! 回避回避ィィィ!!
うおおおお!! 死ぬ! 死ぬ! 殺される!
なんだよこいつ! デカイ、速い、硬い、強い!
ヤバイ! こんなん無理!
運よくさっきは当たったけど、今度はまたかわされるだろうし、こんな奴相手に一体どうすりゃいいんだ!?
「そうだ、魔力矢!」
魔力の矢ならホーミングして確実に敵に当てられる。
その隙に今度こそ斬鋼剣使って剣閃で首を刎ねれば!
思い立ったがなんとやら! 俺は呪文の詠唱を開始した。
――だが、それが命取りとなった。
できる限り回避に専念していた集中力を魔法の行使に割り当てたのだ。
物理的な攻撃よりも集中力を必要とする魔法の行使に割り当ててしまったのだ。
狡猾な竜種がその隙を見逃すはずもなく――。
実戦経験の無さが仇となった。
ギリギリの実戦を経験していなかったことが仇となった。
炎を回避する所までは上手くいった。
だが、そこまでだった。
巨大な顔が目の前にあった。
鋭い牙が列を成していた。
ぬらりと紫色の巨大な舌が見えた。
その口が閉ざされる。
紙一重でそれを回避した次の瞬間だった。
目の前を巨大な頭が通り過ぎテゐ――
――俺の意識はそこで闇に溶けた。
あれから俺はさらに色んな冒険者パーティを助け、結局普通に戦って過ごしてしまった。
最前線は当然の如く激戦区で一進一退の攻防だった。
正直死人が出て当たり前なレベル。こんなんボス探索とかする暇無いわ。
だが、俺が全身全霊で飛びまくってピンチなパーティを救助し続けた結果、なんとか見た感じ死者はゼロっぽい状況に前線を維持し、最大限のサポートをすることに成功したのだった。
犠牲者が出るとか寝覚め悪いからね。今はどちらかというとこちらが圧勝ムード。掃討戦に近い感じになってきている。
「さて、そろそろボスも退治できた感じかな?」
俺が飛行で森に近づき、その奥を見やった次の瞬間だった。
――寒気がした。
背筋が凍るほどの恐怖。
恐怖も状態異常に含まれるのだろうか?
含まれるのだろう。そうでなければ俺はきっとその場で震えて動けなくなっていただろうから。
最悪、意識を喪失して落下していたかもしれない。それほどの威圧感。殺意。そして――。
空気を振るわせる衝撃。それが音であると気付くのに時間を要するほど。
――それは、咆哮だった。
状態異常無効が無ければやられていた。
音のした方向。森の奥。そこには巨大な怪物の影があった。
そして、その前に立つ五人の男女の姿。
彼らの内、一人が震える声で必死に呪文を唱え始める。
膝から崩れ落ちた者、その場にへたり込む者、なんとか耐えて立ち続けている者、様々いたがさすが獣魔大乱を終わらせるために選ばれた精鋭パーティ。失神している者はいないようだった。
しばらくして、なんとか戦線を整えるべく陣形を組み始める冒険者達。
恐怖にギリギリ耐えたのであろう魔術師が、かろうじて平静の呪文詠唱に成功したのだ。
平静を取り戻したであろう彼らだが――。
「嘘でしょ……王種……?」
「どころじゃねぇぞ……」
「こいつぁ……」
「古老種……」
「勝てねぇ……こんなの勝てるわけねぇ……」
だが、冒険者達はそれでも震えているようだった。
魔法により恐慌状態を解除されてもなお、目の前の現実が彼らを絶望の底へと叩き落す。
そこにいたのは竜種。あの時に俺が見たものよりもはるかに巨大な翼竜の姿だった。
「どうするよ……」
「無理無理無理ぃ……」
「しくじったな……」
「だからみんなそろうの待とうって言ったのにぃぃ」
「そろった所で勝てるのか……これ」
影のように見えたそれは漆黒の巨体。
――古翼竜。
ルティエラから習得した魔物知識Aが脳内に情報を伝えてくる。
翼竜が長い年月を得て成長した果てに至る存在。
その戦闘力は若成竜を遥かに凌駕すると言う。
通常の魔物とは異なり、選ばれし英雄のみが討伐可能な、災害級の魔物である。
そいつは巨大な首をもたげ、目の前の脆弱な人間達へと灼熱の息吹を吹きかけた。
一瞬の油断さえ無く、そのモーションから攻撃を予測したのだろう。余裕で回避する冒険者達。
さすがと言った所か。だが、こいつを相手するには分が悪すぎるんじゃないか?
俺は即座に加速し、空から急速接近しつつ剣を振るう。
なりふりかまっていられない。岩斬剣からの剣閃だ!
剣先から放たれたエネルギーの刃が古翼竜へと向かう。
――だがしかし。
次の瞬間、その姿が消失した。
巨体がフッと消え去ったのだ。
いや、移動したのだ。
そのことに気付くのに一瞬だけ時間を必要とした。
そして、その一瞬が命取りだった。
高速で横に移動したのであろう古翼竜の眼が、俺を見つめていた。
内臓が震えるような不快感。まるで臓腑を握られるような……。嘔吐をもたらす程の恐怖ってのは多分こんな感じなんだろうな。
状態異常無効が無ければ、痛覚無効が無ければきっと吐いてた。そして震えて動けなくなっていたことだろう。
古翼竜はゆらりと翼をはためかせると、一瞬で俺の目の前に現れた。
速い――!
なんだこれ。まるで瞬間移動――!
こいつはヤバイ!
「逃げろ!!」
俺は冒険者達へと声をかけた。
あの様子だと、アイツラじゃこの怪物には勝てないんだろうな。なら、増援を連れて来てもらうしかない! もしくは俺がこいつを――!
――甘かった。
次の瞬間。
激しい衝撃が俺を襲った。
――何が起きた!?
景色が高速で移動していく。
攻撃された!?
しばらくしてから自分がグルグルときりもみ状態で宙を舞っていることに気付く。
飛行能力で緊急停止!
身構えて周囲を探る。
後ろ!? いつの間に!?
古翼竜が背後にいた。
死を想起させる気配を纏い、その死神を思わせる眼差しで俺を睨んでいる。
危――!?
本能的に上へ飛んだ。
真下を何かが通り過ぎた。
ブオンという何か恐るべき音が直後に聞こえたような気がする。
それは巨大な尾であった。
人の身を遥かに上回る太さをもった巨大な尾。その質量が、目にも見えない速さで虚空を薙いだのだ。
――死。
直感した。
死ぬ。
あれを喰らえば死ぬ。
そう理解した。
急いで剣を正面に身構える。
いや、正確には身構えようとしたんだ。
無かった。
前方へと出したはずの俺の右腕。肩から伸びているはずの、その先が。
見れば古翼竜が何かを咀嚼していた。
ペッと吐き出されたのは……え? もしかして、それって俺の長剣ですか?
嘘だろ。喰われたのか? あの一瞬で?
腕を噛み千切られた上に放り投げられたのか? あの一瞬で? 全然見えなかったぞ?
痛覚無効のおかげで痛みはない。けど――。
――やばい。これ、勝てない。
「時間を稼ぎます! 三組いるんでしたよね!? 全員そろえて助けに来てください! 早く!」
なんとか冒険者達に伝えると、意識を回避に専念して身構える。
「――でも!」
俺の身を案じてくれたのだろう。
魔術師姿の女性が立ち止まる。
隣の騎士鎧の男がその肩に手をかけ首を振る。
「……そんな、無茶でしょ!」
「ここで言い合う暇があるのか!」
「だけど……!」
「すまない、任せた」
「必ず助けに戻る!」
そう言って、半ば力ずくで女性を引き連れる形で冒険者達は去っていった。
さて、これでいいかな?
俺は目の前には相変わらず巨大な怪物の姿。
恐らくわずかにでも隙を見せた瞬間に殺されるだろう。
まぁ不死身だからなんとかなるとは思うんだけど。
ってかさ。でかい。でかすぎるだろ。まるで建物だ。
首を伸ばしたその姿。二階建て……いや三階建て建造物くらいかな。
それが超高速で動くんだぜ?
オイオイオイ、死ぬわ俺。
まぁ不死身だから死にはしないんだろうけどさ。
いや、てかさ、マジでさ。
これ勝てなくね?
精鋭とは聞かされているものの、三組程度で本当に倒せるのかよ。
いや、倒せるかどうかじゃないな。倒してもらわないと困るんだよ。
こいつを放置したら間違いなくあの街は滅ぶ。確実に滅ぶ。
街を放置して逃げてもアイツは暴れまわるんだろ? 他の街も滅ぶよな?
ってことはだ。つまりこの戦いの敗北イコールバッドエンドってことだろ?
そもそも前線崩壊して後方に雪崩れ込んだら俺の嫁が死ぬじゃん!?
やだー! そんなんやだー!! 勘弁してくれよー!!
なんかよくわかんない展開で異世界に転生してさ? だけど夢叶ってやっとハーレムまっしぐらなんだよ?
こんな所で欝展開とか勘弁してくれよ! ってか欝展開とか今さら流行んないんだよ! ゆるふわ日常系無双チートなくらいで充分なんだよ! この令和の時代にヒロイン死亡とか、欝展開とか、ストレスマッハなバッドエンドなんてもんはよぉ! 誰一人として望んでなんかねぇんだよぉぉぉぉ!!
なんて駄々こねた所でこれは現実なんだよな。わがまま言った所で叶えてくれる神様なんている訳ねぇしな。ってかあいつはたしか神様じゃなくて魂司る精霊とか言ってた気がするしな。うろ覚えだけど。
……あぁ、くっそ、これはもう俺がなんとかするしかないんじゃね?
うん、例え一人じゃ無理だったとしても、精鋭とやら達全員と組んででも倒すしかねぇ!
そうだよ。俺だけでも多分ダメ。あいつらだけでもダメ。なら、全員で力を合わしてなんとかするしかないじゃん!
それならなんとかなるかもしれないじゃん!
ぐぬぬ……くっそ不安しか無い。だけど賭けるしかねぇ! 信じるしかねぇ!
漆黒の巨大な首がもたげ、その口から赤い炎があふれ出す。
その首がこちらに向けられる。開いた口から吐き出されるのは紅蓮の業火。
急速旋回、回避だちくしょう!
くっそ! 炎に触れてねぇのにその周囲の空気にかするだけで皮膚が焼け爛れるぅぅ!!
続けざまに、移動した先。まるで待ってましたとばかりに一瞬で目の前へと現れる巨躯。
急接近する巨大な顔! 迫り来る牙!
紙一重で回避!
避けた先。狙いすましたかのように、追い討ちとばかりに迫り来る巨大な尾をかろうじて回避ィィィ!!
全てが致死の一撃だ。こんなんどうしろってんだ!?
「お?」
見れば、なんかいつの間にか千切れたはずの腕が生えていた。
そうか、再生能力。
急降下してさっき吐き出された剣を探す。
あった!
落ちた剣を拾い飛行! 急上昇! 岩斬剣、剣閃!
ぐぁぁぁ! やっぱ当たらねぇぇぇ!
一瞬で巨体が横にスライド移動したかと思うと、気付いたらもう目の前にいやがる。
炎! 回避! 噛み付き! 回避! 尻尾! 紙一重で回避!
すれ違いざまにせめて一太刀とばかりに剣閃!
うぉ!? 当たった!?
攻撃直後の一瞬の隙。尻尾の根元へとついに俺の一撃が叩き込まれる!
「って、嘘だろ……」
無傷だと……?
岩斬剣で強化した一撃だぞ?
岩さえも切り裂くはずの一撃だぞ? マジか……。
あ、しまった魔力切れを恐れて斬鋼剣使って無かった。しくじったぁぁぁ……!
そして迫り来る炎! 回避!
噛み付き! 緊急回避!
尻尾ォォォ! 回避回避ィィィ!!
うおおおお!! 死ぬ! 死ぬ! 殺される!
なんだよこいつ! デカイ、速い、硬い、強い!
ヤバイ! こんなん無理!
運よくさっきは当たったけど、今度はまたかわされるだろうし、こんな奴相手に一体どうすりゃいいんだ!?
「そうだ、魔力矢!」
魔力の矢ならホーミングして確実に敵に当てられる。
その隙に今度こそ斬鋼剣使って剣閃で首を刎ねれば!
思い立ったがなんとやら! 俺は呪文の詠唱を開始した。
――だが、それが命取りとなった。
できる限り回避に専念していた集中力を魔法の行使に割り当てたのだ。
物理的な攻撃よりも集中力を必要とする魔法の行使に割り当ててしまったのだ。
狡猾な竜種がその隙を見逃すはずもなく――。
実戦経験の無さが仇となった。
ギリギリの実戦を経験していなかったことが仇となった。
炎を回避する所までは上手くいった。
だが、そこまでだった。
巨大な顔が目の前にあった。
鋭い牙が列を成していた。
ぬらりと紫色の巨大な舌が見えた。
その口が閉ざされる。
紙一重でそれを回避した次の瞬間だった。
目の前を巨大な頭が通り過ぎテゐ――
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