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第三十八話「いきなりレイドボス……しかもソロ(後編)」
しおりを挟む見えたのは戦場だった。
森を抜けてすぐの所に古翼竜の姿があった。
そしてその眼前には、総勢……十五名の大パーティ。
宙を舞う相手にどう戦うのかと思っていたら……なんか飛んでる奴おるし。
それは使い古された皮鎧を身に纏った茶色い短髪にバンダナを巻いた無精髭という、いかにもベテランといった感じのおっちゃんだった。
あぁ、うん。現状凄く遠くにいるはずなんだけどめっちゃよく見えるんだわ。
なんかこの体になってから視力がマサイ族並み? になってるみたい。
それはさておき、翼も無いのにどうやって飛んでるんだろうあのおっちゃん。
なるほど。生活魔法Sランクに飛行ってのがあるんだ。
さっきスキルをランクアップさせた事で追加された知識が教えてくれた。
って事は戦士なのに生活魔法Sランクもあるのかあのおっちゃん。凄ぇな。
しかしそれだけじゃない。
そのおっちゃん。あの化け物の攻撃を避ける避ける。
噛み付きを避けつつ一撃入れ、その攻撃直後の隙を狙った尾撃をアクロバティックな姿勢になりつつも紙一重で回避。
って、いやいやいや。今何も無い空間を蹴りませんでした?
飛行の技術? いや、あきらかに違う。虚空を蹴った反動で動いてたぞアレ。
空中二段ジャンプ? どうやって?
へぇ、生活魔法のBランクに圧空跳躍ってのがあるんだ。
凄ぇな。さすがベテランの貫禄。もうあのおっちゃん一人でいいんじゃないか?
だがそう簡単に倒せる相手なはずもなく。
不安定な姿勢で舞うおっちゃんへ無慈悲な追撃が迫る。
致死の豪炎。火炎の吐息だ。
だが、おっちゃんは空中で硬直した姿勢そのままに謎の高速移動を行い吐息をなんなく回避。着地する。
……何やったんだ今?
よく見ると、おっさんは何か呟いて腰に巻いたロープの先端を地面からはずしている。そして再び宙に舞う。
ロープの先端には杭のような物が付いていて……。
なるほど。
俺の中の生活魔法知識が答えを教えてくれた。
縄操という縄をコントロールする魔法があるらしい。
本来は登攀を補佐するための魔法なのだが、魔力で杭を作成する創杭という魔法と接着という作成した杭の先端を接着させ短い暗号でオンオフができる魔法を駆使して擬似的な立体起動を行ったのか。
最後は着地の際に衝撃緩和を使って落下の衝撃を抑えた、と。
……なんだアレ。凄ぇな。さすがベテランの貫禄。
これが精鋭冒険者の戦いって奴なのか。
どんだけ鍛錬積めばあんな動きできんだ?
しかし、生活魔法なのに駆使するだけであんな動きができるとか……今度ちょっとマジで何が出来るのかしっかり調べとかんとアカンな。
そうこうしている内に古翼竜の背中めがけて無数の攻撃魔法と二閃の剣閃が迫り来る。
ギリギリ紙一重で回避されてしまうものの、今のは実に惜しかった。
なるほど、あのおっちゃんが囮って事か……凄いな精鋭チーム。連携の技術がパねぇっすわ。
ぶっちゃけ舐めてた。なんだよ。俺がいなくても全然やれそうじゃん。
まぁそれでも一応急いで向かうんだけどさ。
今の攻防だけで時間的にはほぼ一瞬。まだまだ先は長い。
濃縮された時間の中、俺は急いで戦場へと向かう。
今の攻撃で戦術がバレてしまったのだろう。
ギロリと攻撃の発生源を睨む古翼竜。
その先にあったのは一箇所に固まった魔術師をメインとした十一人の姿だった。
いかにも魔法使いといったいでたちの男女が七名に、護衛の戦士らしき男が四人付き添っている。
煌びやかな鎧を身に纏った聖騎士然とした金髪のイケメンが一人。使い古された騎士鎧を着込んだ髭面のおっちゃん。このおっちゃんはさっき会った精鋭冒険者の一人だな。
そして派手な黒ローブを着た長い赤髪のお姉さんに、民族的な衣装を身に纏った短めの銀髪をした褐色肌の少女、いかにも神官といった感じの衣装に身を包んだ長い金髪の女性に、白いローブを羽織ったいかにも裏切りそうな細目の金髪男、黒いローブを羽織った小柄で華奢な長い黒髪のロリロリガール、灰色ローブの地味な茶髪男、金縁の白ローブを身に纏った長い金髪のお姉さん。最後の二人はさっき会った精鋭チームにいた人だな。
で、軽装の戦士らしき男が二名。片目を隠した黒髪のスカした新品黒鎧野郎と、使い古された鎧の赤い長髪。これも赤髪の方はさっき会ったチームの奴だな。
そんな集団の下へ、まるで瞬間移動とも思える速度で一瞬の内に飛来する古翼竜。
この大所帯だ。まとめて薙ぎ払えば勝敗は決する。
七人は明らかに後衛だ。雑魚相手ならいざ知らず、この怪物相手に身を守る術があるとは到底思えない。
守りきれるのか? 四人だけで……。
焦る気持ちに身を任せ、強く翼をはためかすも、届かない。守りに行こうにも、まだ遠い!
――間に合わない。
それは俺の妄想だったのかもしれない。
ニヤリと、奴が笑った気がした。
当然位置的にも背中しか見えてない。なのにそう思ったのは何故なのか。
――勝った。
そんな古翼竜の声無き声が聞こえた気がした。
体をよじらせ、空気の振動により空間が歪むような高速の動きで――致死の尾撃が叩き込まれた。
轟音と共に地面の一部が砕け散る。
クレーターとまではいかないものの、土煙が舞って飛礫が四散した。
何人生き残れただろうか。
直撃さえ受けなければ即死は無いかもしれない。
だがあの威力――。
「――え?」
――いなかった。
そこには誰もいなかった。
死体すら残さず消し飛んだ、という訳ではないはずだ。
なぜなら血の一滴すらその場には見当たらなかったのだから。
そう、土煙が晴れた先にはもはや誰もおらず、集団はこつぜんと姿を消していたのだ。
一体何が……?
嘘だろ。
マジかよ?
いつの間にか、森の入り口付近に十一人の姿があった。
なんだよアレ。
マジやばくない?
どうやってやったんだ?
その答を教えてくれる者はいなかった。
そう、少なくとも今、俺の中にある知識には無い技ということだ。
今覚えてる魔法の中でわからないってことはだ。俺の知らない系統の魔法かあるいはスキルということ。
それともまさか……Sランク以上の使役魔法とか? いやいや、さすがにそれは無いだろ。
魔法騎士じゃ白魔法と黒魔法、あと生活魔法しか上げられなかったからなぁ……。
もっとじっくりどんな魔法と系統とスキルがあるのかじっくり調べる必要がありそうだ。
うっはぁ! 本当、この世界……まだまだ謎が多すぎるぜ!
オラわくわくしてきたゾ☆
それはともかくとして。
いつの間にか別の場所へと移動した敵対集団を追わんとその身をひるがえす古翼竜。
だが、その眼前に立ちはだかるは重武装の戦士が一人。
転移後の足止めにいつの間にか位置取っていたらしい。
なんて連携。本当、チームプレイ能力パねぇな。
ん? ってか、よく見たらあのおっちゃん、あの時の!
この戦いに出向く直前に城壁の前で気にかけてくれたおっちゃんやん。
おっちゃんは飛べないのだろう。ゆえに剣閃で遠距離からの攻撃を行う。
誰だってそうする。俺だってそうする。最適解だ。
だがその一撃は余裕で回避され、一瞬で接敵した古翼竜は無慈悲にもあの超重量級の尾撃を叩き込む。
いやいやいや、嘘だろおい……アレは死ぬだろ……。
だが、突如現れたのは光の障壁が二枚。魔術師組の支援かな?
障壁はその威力に当然の如く無残に砕け散るも、おっちゃんは原型をとどめたまま吹き飛んでいく。
三回ほどバウンドしてから地に倒れ伏すおっちゃん。動いてる。健気にも起き上がろうとしてるけど確実に足に来てる。槍斧を杖に膝を付いて立ち上がる。
いや、凄いね。アレで砕けないんだ。あの一撃で即死しないとかどんだけ硬いんだよ……。
支援魔法の効果って奴なのか? 凄ぇな。
今度何かと戦う時はルティエラさんに支援魔法でもかけてもらおうかな。
何はともあれ、集団にいたいかにも司祭って服を着た聖女でございって感じの金髪姉ちゃんがなにやら魔法を発動させると、おっちゃんは身構えて再度突撃を開始するのだった。
凄いね。異世界の人体。
ちなみにこの攻撃直後の隙にいつの間にか接近していた茶色い長髪の武術家姿をした獣耳姉ちゃんが跳躍して蹴りを放ったりもしています。
まぁ余裕で回避されたんですけどね。
ちなみに反撃の噛み付きもなんなく避ける獣耳姉ちゃんなのでした。
この姉ちゃんも空中二段ジャンプしてるんよね……。はぇ~。すっご。
さらにその隙にさっき会った冒険者グループの一人、バンダナを巻いた赤髪の盗賊スタイルをした娘が背後から短刀二刀流で切りかかるも紙一重で避けられる。
だがこれも囮。回避直後の古翼竜の背中へと集団にいた軽戦士二人が剣閃を放つ。
無理矢理避けたせいで不自然な姿勢になった所へ無慈悲なる追撃の魔法の矢が飛来する。対象拡大で全身にくまなく散布された数十連撃。しかも火炎の付与が追加されてるなこれ。
避けようと上空に逃げるも当然の如く追尾誘導式。これは避けられない。
背部に炸裂し魔法の矢が爆散!
衝撃で体勢をさらに崩したそこへ無数の炎の矢が飛来する。
完璧なタイミング!
直撃! 爆散!
最後の一撃は民族的な衣装の褐色少女のものだ。
一見、魔法の矢のようにも見えるが何か違う気がする。
違和感。そうだ。どうして追尾誘導を狙わずに無数の囮の後に狙ったのか。
魔法の矢や魔力矢であれば追尾誘導を付与できるはず。
むしろそれが黒魔法の強みなはずだ。ってことは高火力なSランクの黒魔法?
だがそれにしては俺の中の知識が反応しない。ってことは、もしかして精霊魔法とかなのだろうか?
何はともあれ、策にはめて決めた大魔法攻撃。
――やったか!?
……ごめん。
心の中でとはいえ、やっぱりフラグ立てるのはよくなかったね。
爆炎後の黒煙。その中から現れたのは――。
紅蓮の炎に包まれながらも致命傷一つ負わず、むしろ傷一つ見当たらない姿で悠然と空に立つ古翼竜の姿だった。
咆哮と共に体を震わせ、その身を包む炎を一瞬でかき消す。
――今、何かしたか?
と、まるで問うかのように、その巨体が冒険者達を静かに見下ろしていた。
「そんな……」
「あれで倒せねぇのかよ……」
「嘘……翼竜だって消し炭に変える……私の最大火力なのに……」
いや、違うな。
事態はさらに深刻だ。
どうやら完全に無傷という訳ではなかったらしい。
致命傷とまではいかなかった。重傷とも軽傷とさえ言えない、ほんのわずかなかすり傷。
だが、恐らく山の主だったであろうその身に、数百か、数千か、どれ程の時かは図りかねるが、久方ぶりに負った傷なのだろう。
それは俺の妄想に過ぎない。だって奴のことなんて俺は何も知らんのだから。
だが、それはきっと正解だったのだろうと俺は確信する。
その表情が見る見る変わっていく。
今までは「矮小な雑種を相手にせいぜい遊んでやろう」程度の余裕を見せていたその表情が……基本的に無表情以外の表情の変化など見せない爬虫類特有のその顔が、見るからにそうだとわかる激しい憤怒に彩られていく。
この瞬間、あの巨体の怪物にとって、人類は初めて敵とみなされてしまったのだ。
このシリアスなシーンを無視してもしアテレコするのであればこうだ。
「この私に傷を付けたのは貴方が初めてですよ」
って感じ。
まさに――。
「今のは痛かった、痛かったぞー!」
と叫びながら今にも全力で突撃ぶちかましてきそうな、マジヤバな殺気が辺りを包み込んでいた。
オイオイオイ、死ぬわアイツら。
「ま、魔力ポーションを……!」
「もうありません……」
「どうすんの!? 魔力切れなんだけど!?」
「どうするっつったってなぁ……」
「戦士組の攻撃はまるで効いてないみたいだし、通るの私たちの魔法攻撃だけじゃん! どうすんの!?」
「ひとまず退いて在庫を持ってくるというのはどうでしょう」
「はぁん? こいつを放っておくって?」
「時間稼ぎだけでもしないと、かな」
「ですよねぇ……」
「そもそも在庫なんざもう無いんだよ。この戦いのためにどっかの馬鹿がポーンと勝手に回しちまったからねぇ」
「そんな……」
「だからアタシは言ったんだよ。有象無象の雑魚共になんざ回さないでこっちに渡しとけってね……」
「終わりだ……」
絶望に呻く彼らを見て、ある程度気持ちが治まったのだろうか。
憤怒の形相を爬虫類特有の冷酷な無表情へと塗り替えて、古翼竜は翼をはためかせた。
――断末魔の叫びは充分か?
――では死ね。
奴の想いが言葉として聞こえた気がした。
巨体を覆う周囲の空間が歪み、その身がブレ、一瞬の後に十一名の前へと奴がその身を現した次の瞬間――。
――俺の蹴りが叩き込まれた。
斬鋼剣により強烈な魔力を纏った俺の足が凄まじい勢いで古翼竜のこめかみ辺りに直撃した。
顔を激しく歪めながら吹き飛ばされる古翼竜の巨大な頭部。
そして慣性の法則とかなんかそんな感じのものが働いたのであろう。
吹き飛ばされた頭部に引き寄せられ首が限界まで伸び、その勢いに体が引っ張られ、まぁ端的に言うとだ。
――俺の蹴り一発で古翼竜の巨体が吹っ飛んだ。
三バウンド程して地面をスライドし、その巨体が大地に寝そべる結果となった。
何が起きた? とばかりに首をもたげ周囲をキョロキョロと見回す古翼竜。
終わりだって?
そうですか終わりですか。
なら遠慮なくいただいちゃいましょうかね。
別に俺一人で倒しちまってもいいんだろ?
こいつが終わったらステーキにパイナップルサラダも食ってやる。
もう何も怖くねぇ!
さぁ、こっからが俺のターンだ!
応援ありがとうございます!
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