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第四十一話「いきなり英雄(後編)」

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 落雷のような轟音が鳴り響き、眩い光と共に魔力矢が盛大に爆発四散する。
 熱によるものかそれとも血飛沫によるものなのか、漆黒の煙が撒き散らされ、夜空の月と共に古翼竜エルダーワイバーンの姿が覆い隠されていく。

「やったか……!?」

 ベテランのおっちゃんが声を漏らす。
 あかんて。それフラグやって……。

 やがて煙が散っていき、その中から現れたのは。
 なんと……五体満足なシルエットを残して虚空に立つ古翼竜エルダーワイバーンの姿であった。
 マジかよ……アレでやれないとなるとちょっと手の打ちようがないぞ。

 と思うのもつかの間。

 グラリ、と体勢を崩したかと思うと、その頭部をダラリと下げ、そのまま巨竜は大地めがけて落ちていく。
 そして、ズダァンと、どでかい音を鳴り響かせながら、その身を大地に投げ出すように倒れ伏すのであった。

 お、やったか?
 自分でも心の中でフラグを立ててしまう。
 まぁ、さすがにもう起きないだろ。起きないよな?
 うん。ピクリとも動かない。
 やったぜ! 勝った! 第三部完!

「……は?」

 そんな中、遠方であの小柄なロリ魔術師がまたもや目を見開くようにしてなんか驚愕の声をあげていた。

「……はぁ!? 何アレ!?」

 デジャブかな?
 まいどおなじみの驚愕担当と化したロリロリ精鋭魔術師ちゃんである。感情表現豊かで可愛いね。

「何って、まぁあの特徴は……魔力矢マナ・ボルト、だと思うんだけどねぇ」

 珍しくその冷静ぶった知的面を崩し、若干の驚きを見せつつも言葉を返すのは例の赤髪爆乳魔術師さんだ。

「はぁ……!? はぁぁぁ!? あんなSランク超級の大魔法みたいなのが……魔力矢マナ・ボルトぉぉ!?」

 お嬢様系ツンデレ美少女のよく似合う某声優のような可愛らしいお声でなんかわめいているロリ魔術師ちゃん。可愛いねぇ。

「嘘でしょ!? 魔力矢マナ・ボルトって、アレ、Bランクの初歩魔術じゃない!? 黒魔法覚えたての学生なんかが初めて覚えた攻撃魔術ってことで浮かれる程度の超初級の攻撃魔法でしょ!? ちょっと、待って……アレ、私の魔法の矢エネルギーボルトより強くね……?」
「そうだねぇ。しかも、物理に強そうな相手ってことで、あえて防御性能を考慮して火炎付与エンチャントファイアで熱系の自然攻撃にしたアンタの火炎の矢ファイアーボルトよりも一撃での傷は深そうだ」

 防御性能を考慮? ふ~ん、そんな戦術もあるのか。

「ちょっと待ってちょっと待って……魔力Sランクの私でアレなのに、しかもA級の魔法の矢エネルギーボルトでアレなのに……あいつの魔力どんだけなのよ」
「まぁSプラス……どころじゃないってことだろうね」
「SS以上!? はぁ? どんだけ人間やめてるのよ……」
「見たところ魔族みたいだからねぇ。魔王候補級のやべー奴が現れたってことだね」

 あらやだ。なんか赤髪さんと黒ロリちゃんが俺のこと噂してる。
 いやいや、魔王とか名乗るつもり無いですよ? どこぞのスライム転生者ゆうめいなしゅじんこう様じゃあるまいし。

「ってか、そんな魔法使えるなら最初からそれでスパッとやっつけちゃってよねっ」

 両手を腰にあて、平たい胸を張りいかにもツンデレお嬢様系キャラみたいな口ぶりでロリ魔術師ちゃんがプリプリ怒っていらっしゃる。

「いやぁ、魔法はまだ使いなれて無くて」
「なれて無いのにあの威力とか、謙遜通り越して嫌味レベルなんですけどっ!?」
「しかしまぁ、素手であの破壊力。おそらく斬鋼剣レイディアントエッジなんてレアスキルでも使ってなきゃ出せないはずなんだけどねぇ。なのにまぁ、その上でさらに魔力矢マナ・ボルトを五十発近くぶちこむってんだから……」

 いつの間にか一人で近くに転移してきた赤髪の魔術師さんが俺の肩に手を置きつつ気安い感じで話しかけてくる。うん、むちゃくちゃ良い匂いする。あと、背中におっぱい当たってる。
 ってか。ん? 五十発? 六十発のつもりだったけどそんくらいしか出てなかったのか。さすがに魔力が足りなかったのかな。
 まぁでも、これで魔力切れでも死なないってわかったし、いいか。
 いやでも俺が死ななかったのは不死身だからなのか、それとも魔力切れは気絶とかなのか、それを状態異常無効化で防いだとかなのか。それとも何のペナルティも無いのか。今度詳しく調べるなり聞いておくなりする必要がありそうだ。

「しかもその発動体。適当にそこら辺で拾った小枝に発動体作成クリエイト・デバイスかけた奴だろう? そんな粗悪品で、一切の道具による補助も無く……なんて魔力してんだい」

 興奮したオタク特有の早口で、バンバン俺の背中を叩きつつなんか色々語りかけてくる赤髪おっぱいさん。
 道具の補助? そういえば店で発動体買う時、説明欄に魔力消費軽減だの威力上昇だの書いてあった気もするな。値段見て、どうせ買えないならいいやってあんま詳しく読まなかったけど。

「あんたなんで前衛なんてやってんのさ? ってか冒険者なんてやめてうちのギルドこない? 破格で雇うよ? なんなら名誉顧問として重役職にだって――」

 などと謎の勧誘をし始めたその時だった。

 グラリと、巨竜の頭が動いた。
 そのままゆっくりと、のそのそとだが起き上がろうとしている。

「嘘だろ……」

 赤髪姉さんとその他精鋭陣がほぼ同じ内容の言葉を口にした。

 そう、古翼竜エルダーワイバーンはまだ死んでなどいなかったのだ。

 立つだけでも限界と言わんばかりに、その巨体がヨロヨロと不安定に揺れる。
 相当足にきているようで、時折膝をつくように再度転倒しつつも、立ち上がるそぶりさえ見せている。
 もはや飛翔する余力さえ残していないようで、一言で言うなら瀕死の重傷とも言える。

「く、とどめを!!」
「喰らえ!!」

 精鋭陣の戦士系数人が容赦なく渾身の剣閃エアリアルスラッシュを叩き込む。

 悲鳴のような雄たけびをあげる古翼竜エルダーワイバーン。だが、その体に傷が付く様子は無い。
 負傷は与えられない。だがすでに回避する余力さえ残っていないようだ。

「魔力ポーションさえあればなぁ……私がエネボでボバーンって華麗にとどめ刺しちゃうのに……っ。ねぇねぇ。本当にもう無いの?」
「無いね」

 ロリ魔術師ちゃんの問いに、赤髪魔術師さんもだるそうに両手を肩の位置まであげお手上げのポーズをしめす。

「マジでぇ……? そこの君も、もう魔力無いのよねぇ?」

 俺も無言でうなづいて答える。正直疲労感もパない。声を出すのもだるい。

「うぇぇ~? 誰かなんかいい方法無いぃ? ここまできてこれってマジありえなくない?」

 同じ魔力切れのはずなのにやたら元気なちっぱい魔術師ちゃんがブーブーと文句を垂れながら唸りはじめる。

 ここまできて倒しきれないのか……くそ。
 このままではこいつを逃がすことになるだろう。
 俺たちでこの有様なのだ。助けを求めようにも、今近場にいるであろう他の冒険者程度の攻撃では傷一つつけられるはずもなく……。
 いや、今はふらついているが、この怪我であってもあの速度で再び動かれたら一般冒険者などひとたまりも無い。犠牲者を増やすだけだ。
 嫁達の攻撃でも倒せるかどうか。いや、無理だろうな。正直、この精鋭の戦い方を見る限り、俺の嫁達はまだ新米冒険者に毛が生えた程度の実力だ。とてもじゃないが危険にさらすなんてリスクが大きすぎる。嫁の命は最優先。

 剣を借りた所で斬鋼剣レイディアントエッジが使えなければとどめはさせない。
 魔力を全身に張り巡らせて気を練って、いつものように発動を試みるも、上手く魔力が体に満たされない。途中で薄れて霧散していく。やはり魔力が足りないようだ。
 魔力ポーション持ちを探す? その間に逃げられる可能性……ぐぬぬ。

 巨体をよろけさせながら再度立ち上がった古翼竜エルダーワイバーンが森の方へと顔を向ける。
 逃げて体を休めるつもりか。ここは逃がして、こちらも回復してから再度立て直すか?
 いや、その場合住みかを変えて別の場所を襲う可能性もある。そんな風に遠方に逃げられでもしたら、誰が対応できる?
 今、なんとかしなければ。俺がなんとかしなければ。使命感が心の奥底から湧き上がってくる。

 自業自得とはいえ、欲望に身を任せてドジった結果、望まずに来てしまったこの世界。
 最初は色々あった。正直、最悪のスタートだった。だが、色んな人に出会った。
 フィルナと出会い、ルティエラと出会い、セルフィと出会い、三人の嫁を得て。
 棘付きケルベロスの連中が実はただのチンピラじゃないと知り仲良くなって、今回の戦いで精鋭陣とこうして知り合って共闘した。
 もはや、俺にとってこの世界は無関係じゃない。
 なら、その世界の住民を危険に晒したくないと願うのは俺のくだらないエゴだろうか?

 それでも――。

「一つだけ、方法があるかもしれません」

 あーでもないこーでもないと議論をし尽くし、やがて沈黙が場を支配していた。
 そんな中、俺が放った言葉。

 あいつならできるかもしれない、とでも思ったのだろう。期待に満ちた視線が俺へと注がれる。
 正直、上手くいくかどうかは賭けになる。だが、魔力の無い今、できることは多分、これしか無い。他には思い浮かばない。

「どのような結果になろうとも、俺に任せてもらえますか? その結果を、受け入れてもらえますか?」

 静かに問う。
 一瞬の沈黙。交互に見合わせる視線。しばしの間。そして――。

「正直、全部あんたのお手柄さ。こいつをここまで追い込めたのはお前さんなんだからな。その末に、どんな結果が待ってたところで、あんたを攻めるような奴はここにゃぁいねぇよ。好きにしな」

 バンダナを巻いたベテランのおっちゃんが口端をあげ、答える。

「アタシも文句は無いね。正直、このまま逃げられたとしても誰にも責任なんて問わせやしないさ」

 赤髪の魔術師さんもニヒルな笑みを浮かべつつ答える。

「ま、好きにすればいいんじゃない。今生きてるのも、あんたのおかげかもしれないし」

 不機嫌そうな口ぶりで返すのはツンデレ属性強めな件のロリ魔術師ちゃんだ。

 他の面々も無言で頷いたり、任せたと一言で返したり、否定の意見は無い。

 ならば、と俺は一歩づつ、古翼竜エルダーワイバーンへと歩みを進める。

 顔を歪めながら、来るなと、拒絶するような怯えた瞳で、古竜が俺を見つめていた。
 歩み、近寄りながら、俺はその言葉を口にする。

「ステータスオープン」

 目の前にステータスプレートが浮かび上がる。
 そう、思いついた案とはこれだ。

 先ほどもそうしたように、今出来る術で解決策が無いのであれば、新しく出来ることを増やせば良いだけだ。
 他の人間にはできなくても俺にはそれができるのだから。溢れるほどにスキルポイントが余っている俺だからこそできる芸当。これがきっと唯一の解決策。

 じゃあ何を習得する? 魔法か。武器スキルか? それとも戦技アビリティか?

――違う。

 まずはクラスチェンジを選択。上級職の魔法騎士マジックナイトから別のクラスへの変更を行う。
 習得できるスキルはクラスに依存する。そしてチェンジ可能なクラスは現在習得済みのスキルに依存する。
 果たして、クラスチェンジに必要なスキルは、条件は満たされているだろうか。そして、そのクラスに求めているスキルはあるだろうか。

 該当クラスを確認。前提条件が……なるほど、そうきたか。

 魔物知識スキルが自動的に教えてくれる。というか脳内に必要な際に自然と浮かび上がる知識から、古翼竜エルダーワイバーン猛獣従属ビーストテイムでは従属契約テイムできないということがわかる。
 だが、必要なスキルはわかった。そしてその効果も確認できた。スキルの使用に魔力の消費などはないらしい。

――ならば、いける!

 俺はまず、必要スキル動植物知識により前提条件をクリアして獣使いビーストテイマーにクラスチェンジする。
 前提となる動物使役アニマルコントロール動物従属アニマルテイムを習得。
 そして猛獣使役ビーストコントロール猛獣従属ビーストテイムも習得。

 だいぶきつめなルールになっているみたいだな。
 そりゃあ獣や魔物とはいえ他者を魔力の消費も無しに味方につけて支配するんだ、仕方の無いことか。

 テイマー系の主たるスキルは二種類。使役コントロール従属テイムだ。

 使役コントロールは、主に家畜の制御などに使用する。一緒に育つ、長い間を共に暮らす、餌を与えて飼いならす、上下関係をわからせるなど、ある程度の信頼関係を結んだ対象に言うことを聞いてもらうためのスキルだ。命令やお願いを効くかどうかは対象の気分や感情に委ねられる。魔法的な支配などは一切無い。関係をよくし、仲良くするための技能とも言える。当然、家畜以外の気性の荒い者に対してはうまくいかないことも多い。

 従属テイムは、従属契約を魔力的に結び、対象からの悪感情や敵意などを消し去り、従順にして決して逆らわないようにするスキルだ。ある程度の魔法的な支配を行うもので、契約には対象に納得してもらう必要がある。すでに使役が成功している仲の良い対象や、弱っている相手、打ち負かした相手などに対して使用するのがセオリーらしい。行える支配はあくまで仲間としてのものであり、あまりに理不尽な扱いをする場合は契約が解除される場合もある。だが、よほど悪質なものでもない限り強制解除は行われないため、決して裏切ることの無い、危険度の少ない存在として、魔物などでも街への出入りが許されるようになる。契約可能な戦力は魔力ランクに依存するらしい。そう、戦力。総合的な戦力で計算するので、弱い者を多数従えるか、強い者を小数従えるか、使用者は選択を余儀なくされる。

 これらに、動物アニマル猛獣ビースト魔獣モンスタードラゴンと、使用可能な対象種族が分類されて成り立っている。

 そして、従属テイムのスキル上限は習得している使役コントロールのスキルランクまでと制限がされている。
 使役コントロールのスキルも、該当する知識スキルに依存し、成長可能な上限が定められているらしい。
 動物アニマル猛獣ビーストは動植物知識。魔獣モンスタードラゴンは魔物知識スキルだ。
 猛獣ビーストのスキル上限は習得している動物アニマルのスキルランクまで。
 当然、魔獣モンスターは猛獣《ビースト》の、ドラゴン魔獣モンスターの、といった感じで下位スキルが前提、成長制限の上限となっている。

 だいぶ厳しい条件と言った意味がおわかりいただけたであろうか。
 まぁ、それでも俺なら問題なんて無いんだけどね。

 どうせありあまっているんだし。ケチケチせずに全部つぎ込んでしまいましょうかね。
 いざ必要となった時にランクが低くて足りていないって方が危険であることを、今さっき学んだばかりだからな。

 という訳で、まずは魔物知識をS+ランクにし、動植物知識もS+ランクにする。
 続いて、動物使役アニマルテイムをS+ランクまで習得する。次に動物従属アニマルテイムを、猛獣使役ビーストコントロール猛獣従属ビーストテイムを、とS+ランクまで習得する。

 さらに猛獣従属ビーストテイムと魔物知識で必要スキルをクリアして魔物使いモンスターテイマーにクラスチェンジ。
 魔獣使役《モンスターコントロール》と魔獣従属モンスターテイムのスキルをS+まで習得する。

 そして魔獣隷属モンスターテイム、使役魔法を前提条件とした竜操師ドラゴンマスターのクラスが解放される。
 即座にクラスチェンジ。そして竜使役ドラゴンコントロール竜従属ドラゴンテイムをS+で習得。

 魔物知識AからS+までで80ポイント。動植物知識BからS+までで90ポイント。
 通常スキルの動物使役アニマルコントロールで96ポイント、上級スキルの動物従属アニマルテイムで195ポイント。
 猛獣使役ビーストコントロールで96ポイント。猛獣従属ビーストテイムで195ポイント。
 魔獣使役モンスターコントロールで96ポイント。魔獣隷属モンスターテイムで195ポイント。
 竜使役ドラゴンコントロールで96ポイント。そして竜支配ドラゴンテイムで195ポイントと、合計1334のスキルポイントを消費。

 こうして6268ポイントあった俺のスキルポイントは4934となる。
 まだまだ全然余裕だな。

 そうこうしている内に、俺はついに古翼竜エルダーワイバーンの巨大な足元へと近づいた。
 ふらふらとよろめいていた巨竜だが、再度、膝をつくようにして俺の前に倒れ伏す。
 そして首だけを上げて気丈にも俺を睨みすえる。

「ごめんな」

 俺は、竜にだけ聞こえるように小声で謝罪を口にする。

 そう、これらの事件は全部俺のせいなのだ。
 まだ確証では無い。けど十中八九この予感は間違いでは無いはずだ。
 なら、俺に出来ることってなんだろうか。

 この世界とは無関係ではないというならば、この世界にただ生きていただけのこいつだって、この世界の一部。この世界の住人である一個体なんだ。

 こんなのは、ただの偽善かもしれない。

――けど。

 魔物知識のレベルを上げた時、気付いてしまった。
 新たに取得したS+ランクの魔物知識により脳内に流れ込んできた情報。それが伝える真実。

 本来、翼竜ワイバーン竜種ドラゴンってのは賢い種族で、比較的温厚な魔物なのだそうな。
 だって、こんなにも強力な存在なんだぜ? そうでなきゃさ、とっくに人類なんて滅亡しててもおかしくないはずだろ?
 たまに若い個体なんかが人間を珍しがって遊んだ結果、殺してしまうなんてことがあったとしても、基本的には支配領域テリトリーから出てきたりはしないし、よほどのことが無い限り他領を侵略したりなんてしない。
 もし例外があるとすれば、その領土を脅かされた時だけだ。

 そう、だからこうなったのはやっぱり……。

 気丈に睨みつけてはくるものの、どこか怯えた瞳。
 もう動くことも辛いのだろう。無抵抗だ。
 よく見れば怪我だらけ。そりゃそうだよな。俺がやったんだ。

 なんていうか……こんなの可哀想だよな。

 狙ってやったつもりはない。俺だって必死だった。あんな威力が出るとは思わなかった。山を貫くだなんて想像さえできなかったんだ。
 色々と理由はある。言いたいこともある。けど、そんなん全部言い訳だよな。

 俺がやったんだ。
 結果的に、俺がこいつを暴走させちまうくらい追い詰めてしまった。

 その結果、こいつは殺されようとしている。
 そんなのってあるか?

 だとすれば、俺にできることはただ一つだ。

 俺は古翼竜エルダーワイバーンの、力なく寝そべった頭部、その額へと手を伸ばす。

 怯えたような瞳で目を瞑るその姿に、

「大丈夫だ」

 と声をかける。

 言葉が通じてるかなんてわからない。
 恐らく意味は理解してないだろう。
 けど、声音だけでも、安心させてやろうと思った。

 俺の手がその冷たい鱗に覆われた巨大な額に触れる。

 すると、自身の体内から魔力が流れ出すのがわかった。
 相手の魔力と交じり合って循環するような、周囲の空気に溶け込んでいる魔素もサポートしているような、全てが混ざり合うような不思議な感覚。

 そんな浮遊感さえ感じさせるような心地よい感覚の後、相手と心が、魂が? 繋がるような、なんていうか魔力的な結合のようなものを感じるのだった。

 正直、これによりどこまで伝わるのかなんてわからない。けど、スキルが教えてくれるやり方にそって、脳内会話的に意識を向けて念じてみる。
 何を念じるかって?

 俺が出来ることなんて一つしか無いだろう?

『住みかを吹き飛ばしちまってごめんな』

 謝罪くらいしか思い浮かばなかった。
 その意思が、言葉が、意味が伝わったかなんてわからない。
 ただピクリと、怯えるように巨竜の体が揺れた。

『ごめんな。辛かったな』

 ひたすらに、思ったことを相手に伝える。

『ある村で、一匹だけど、家族だったかもしれない奴を狩ってしまった。すまない』

 ただただ、謝罪する。

『許してくれとは言わない。けど――』

 そして念じる。

『全部俺が悪いんだ。だから……』

 伝える。俺の意思を、願いを、思いを。

『お前は死ななくても良い』

 伝われ。

『憎いかもしれない。許せないかもしれない』

――伝われ。

『それでも――俺と一緒に、生きてくれないか』

 伝われ!

 自分でも、なんて身勝手なお願いだろうとは思う。
 元凶が何言ってんだ、って感じだよな。
 そんなん無視して逃げちまえばいい。普通ならそうする。
 けど、これは俺のエゴだ。

――こいつは俺が保護する。

 もうどこでも暴れさせたりしない。
 もしもここで逃げられたら、新しい領土を得るためにまた獣魔大乱スタンピードを起こしちまうかもしれない。
 暴れれば、人が沢山死ぬ。俺のせいで。けど、それはこいつのせいになる。そうなっちまえば、やがて討伐隊が組まれる。
 今度はその場に居た寄せ集めの精鋭じゃない。本当に、この世界における最上位の、強者の集団が……。
 そうなれば、いかにこいつの力が優れていたとしても、今度こそは危ういかもしれない。
 ……それは確かに人類から見れば平和な結果かもしれない。けど、こいつはどうなる?
 “誰か”に領土を荒らされた結果、暴れて、その結果恨まれて、殺される。本当の元凶は別にいて、本当はこいつが悪いって訳じゃあないのに。そんな結末ってあるか?

 ……でも、暴れなければ討伐されることは無い。

 その瞬間、目の前にイメージが思い浮かんできた。

 激しい光が唐突に飛び込んできて、自分の姿を焼き払う映像。
 命からがら家族や仲間と飛び出して、抉れて消えた住処を見下ろす。
 それは、この古翼竜エルダーワイバーンの……記憶?

 そうか。ならばやっぱり。
 この出来事は全部、間違いなく、俺の責任だ。

 だったらなおのこと、俺にこいつを殺す資格なんて無いじゃないか!

「正気かい!? Sランクのテイマーだって竜種ドラゴンの、しかも古老種エルダー従属契約テイムするなんて不可能だ!」

 赤髪の魔術師が叫ぶ。
 足元に展開する魔法陣とかでやってるのが従属契約テイムだってわかったってことか。
 さすがの知識量だな。

 けど、あんたはまだわかっちゃいねぇ。

 普通ならそうなんだろう。
 Aランクだの、Sランクだの、常人が到達する程度の頂じゃあ、不可能なんだろうよ。

 だがな――俺は、最高位のSランク+なんだ!!

 俺の強い意思に呼応して、激しく光が明滅する。
 全身の魔力が流れ込んで、溶け込んでいく。

「王種《グレーター》までならまだしも、古老種エルダーを従魔にした例なんて、御伽噺に伝わる程度、幻想つくりばなしだ……!」

 うるせぇよ。

「いくら瀕死状態まで追い詰めてたって、さすがにこいつは無理――」

 うるせぇって言ってんだよ!!

 さっきからなんだよ……このイメージ。
 俺が放った奴なのか?
 そうなんだろうな。
 光に飲み込まれて。
 あぁ……家族が。

 そうか、俺、あの時にもう、こいつの家族を殺して――。

 悪い。ごめん。謝ったって許されないよな。

 くそ、なんだよ俺。
 本当に人でなしじゃねぇか。

 そりゃあ幽閉もされるよな。
 あのまま閉じ込められていればよかったのかな。

 殺すつもりなんて無かったんだ。お前たちの住処を壊すつもりなんて無かったんだよ。
 いや、そんなのは言い訳だな。

 俺はこいつの家族を斬った。俺の意思で狩った。
 たまたま出会って、村を襲っていたからって、でもそうしなきゃルティエラの仲間が、俺の嫁が……。

 あぁ、でも――。

「……」

 だからこそ、身勝手でも、俺が責任を取らなければならない。
 てめぇのケツくらい、てめぇで拭けないでどうする!

 だから……!

 お前を殺させない。
 お前は生きろ。
 お前は悪くない。
 俺が全部悪いんだ。

 だから――。


――通れっ!!


『この戦いが終わったらさ。お前の家族を探す旅に出よう。だから――俺の家族になってくれ』

 強く、光が瞬いた。

 眩い光の渦が霧散した次の瞬間、うっすらと輝くような光を放つ美しい刻印が古翼竜エルダーワイバーンの額と顔に刺青のように刻まれていく。

 同時に、俺の右手の甲から腕、肩にまでかけて、同じような系統の刻印が刻まれる。

「嘘だろ」
「マジかよ……」
「……あいつ」
古老種エルダー翼竜ワイバーンを」
従属契約テイムしちまいやがった……」

 ざわめく精鋭陣の見守る中、俺は群れの王を従属契約テイムした。
 群れの王が敵意を失えば、自然と支配されていた魔物や獣達も我に返る。そして、恐れおののいて森へと帰っていく。
 喜悦の声が鳴り響く中、こうして獣魔大乱スタンピードは終わりを告げる。

 そして……。


――この日、俺は英雄になった。


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