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第四十二話「いきなり凱旋(前編)」

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 煌めく宝石にも似た数多の星達が散りばめられた綺麗な夜空。
 うっすらと紫がかったその星の海には赤と青、二つの月が浮かんでいる。
 しかも時折、淡いピンクに瞬くというのだから……その光景は、排気ガスに汚染された、俺の見知ったあの空とはまったくの別物だと言えた。

――そう、別物。

 この空は間違いなく、俺が知っていたものとは完全に異なるものなのだ。
 その現実こそが、俺に「異世界へと転生したのだ」という事実を改めて思い知らせてくれた。

 何より……。

「うおおおおおお!!」
「待ってたぜぇぇ!!」
「英雄達のご帰還だぁっ!!」

 夢のような光景がそこにあった。
 大歓声で俺達を迎え入れる人の群れ。
 各々、勝利の余韻に浸りつつ、この戦に参加した無数の名も知らぬ戦士達がこちらを見つめていた。

「よくやってくれた……っ!!」
「貴方のおかげで助かりました……ありがとうございます!」
「おがぁぢゃぁぁぁん! 俺、生き残れたよぉぉぉぉっ!!」

 何人かは途中で助けた顔ぶれのような気もする。無事で何よりだ。

「ひゃっほぉぉう!! 剥ぎ取りだぁぁぁぁ!!」
「ひゃっはははぁぁぁぁ!」
「一匹残らず解体しつくしてやるぜぇぇぇ!!!」

 まぁ、中にはそっちのけでお宝漁りとばかりに獣の死体に群がってる輩もいるようだが。
 ……って、なんかどっかで見た顔だな。モヒカンとか箒頭とか、でかいハゲとか。
 おいおいおい、あれ、棘付きケルベロスの連中じゃねぇ? まったくアイツらときたら……。

 それはそれとして、城門までの道のりはまだ長いというのに大人数が俺達を囲んでいた。
 特に列を成すでもなく、その場に座り込んでいたりとてんでバラバラだが。魔物が散り散りに逃げていった直後にそのまま帰還せずに一休みしていたって連中なのだろう。まぁ、魔物を剥ぎ取るために残ってるような奴らもいるようだが……各々楽な姿勢で自由にやっているようだった。

 その無数の視線の先にはもちろん、俺と――あの討伐に参加した精鋭パーティ達。

 そして――。

「すっげぇぇぇぇぇ!!」
「あれ、竜種ドラゴンだよな……?」
翼竜ワイバーンなんて俺、始めて見たぜ!!」
「でっけぇなぁ~」
「ってか嘘……これ、古老種エルダークラスじゃない!?」

 その目に浮かぶのは羨望と、畏怖。
 当然だ。俺達は今、古翼竜エルダーワイバーンを囲んで歩いているのだから。

 だがその体にはちゃんと魔法により、ド派手に輝く蛍光色の文字でデカデカと『従属契約テイム済みです。安心してご鑑賞いただけます』とあらゆる方面から見れるよう前後と左右両側面の4箇所に描かれていたりする。
 ちなみにこの文字はちゃんと消せるタイプの奴だ。一生こんな姿なんてのはいくらなんでも可哀想過ぎるからな。

「ちゃんと従属契約テイムできてるんだろうな……」
「……いきなり暴れ出したりしない? 本当に大丈夫?」
「あの魔紋が本物なら従属契約テイムに成功しているはずだが……」
「え、古老種エルダーの竜種って、従属契約テイムできたの……?」
「まぁ、大人しく刻印魔法エングレイブで落書きさせてるってことは、ちゃんと従属契約テイムに成功しているってことなんだろうけど……」

 識字率はそれほど悪くないらしい。少なくとも白魔法や黒魔法、使役魔法なんかが使えるレベルであれば当然の如く字は読めるようだ。というか読めないと勉強とかできないだろうからな。

「お、兄貴! さすがっすね、獣魔大乱スタンピードぬしっすかそれ? 舎弟にしちまったんですかい?」
「兄貴ならやるって信じてやしたぜ!」
「ってか、その舎弟の刺青タトゥー、いかしてやすねぇっ!」

 刺青タトゥーってお前……まさか古翼竜エルダーワイバーンの体に書いた説明文のことじゃないよな?
 従属契約テイムの時に刻まれた魔紋のことだよな……? お前らちゃんと文字読めてるよな?

「おら、お前ら、手止めんな。速やかに処理して丁重に埋めてやらねぇと……こんな数がいっぺんに邪屍アンデッドにでもなっちったらたまったもんじゃねぇ」

 ほう、金儲けのためだけだと思ってたら、案外まともな理由でがんばってたんだな。感心感心。
 文字さえ読めないようなお馬鹿達なんじゃないかと心配しちまったけど、まぁこいつらはこいつらなりの知識でがんばってるようだ。
 こうして、俺は街へと帰ってきた。
 といってもまだ門は閉ざされたままだ。
 内側では情報が錯綜でもしているのだろうか。
 戦闘の終了報告がまだ行き渡っていないのかもしれない。

 まぁ、そんなことはともかくとして。
 俺は最愛の嫁達の姿を探す。

 重い疲労感の残る足を引きずりながら城門前の後方支援戦線兼、緊急用休息地をさすらう。
 そこには、立ち尽くす二人の少女の姿。

 少女の瞳がこちらへと向けられる。
 ルティエラとセルフィだ。

 二人は俺を見るやいなや駆け寄って来て俺の胸へと飛び込んでくる。
 再開をわかちあう瞬間だ。

 けれど、その瞳は涙に塗れていて……。
 まぁ、それだけ俺のことを心配してくれていたのだろう。

 で、フィルナは……?

 口にしようとして、二人の立っていた場所を目にして気付く。

 そこには一人の少女がいた。
 小柄で華奢な体。肩まで伸ばされたやや短めに切りそろえられた金の髪。陶器のように透き通った白い肌。
 桜の蕾のように鮮やかで可憐だった唇は乾ききり、少し色が陰っているように見える。それは激しい戦いの後を思わせて――。

 ベッドも布団も無い固い地面の上。寝息一つたてず、身じろぎさえせずに、彼女はただ静かに横たわっていた。

 セルフィとルティエラが強く俺を抱きしめる。心なしか、その肩が震えているように見えた。

 ……おい、まさか。

 そんな、嘘だろ?

 駆け寄ろうと一歩を踏み出しかけた俺の体を、二人は引き止めるかのように力強く抱きしめた。

「今は、ゆっくりと休ませてあげてほしいの……」
「私たちを守るために無理をして、とてもがんばってくださったんです……だから」

 柔らかに微笑むような顔を作る二人。けれど、その瞳は確かに塗れていて……。

 ……嘘だ。そんなこと、あっていいはずがない!!

 俺は二人を振りほどいて横たわる少女の下へと駆け寄る。
 そこに横たわっていたのは確かにフィルナだった。

 彼女は目を閉じまま。微動だにしない。

「帰ってきたぞ。おい……フィルナ」

 声をかけても、返事は無い。

「おいおいおい……いくらなんでもダイナミックすぎるだろ。毛布もかけないでさ。寒いだろ? これじゃあ風邪引いちまうよ……」

 毛布を探すも、そんなもの、この戦場にはどこにも無くて。
 二人を見ると、声もかけずらいといった佇まいで俺を見ているようだった。

 そんな……そんなのってあるかよ。

 体中の力が抜け、俺はその場で膝から崩れ落ちる。

 体には傷なんて一つも見当たらないのに。
 本当に、ただ眠っているようにしか見えないのに!!

 傷は魔法で治したけど、間に合わなかったとか、そういった奴なのか……。
 なんだよちくしょう!! こうなるってわかってたら俺は!!

 くそ! どうして俺はこいつのそばにいてやらなかったんだ!!
 こうなる可能性もあるって、わかっていたはずなのに!!

 こんなの、英雄になっても全然嬉しくねぇよ……!!

「フィルナ……」

 歪む視界。零れる涙。
 激しく襲い掛かる強い後悔と絶望。
 フィルナの体を強く抱きしめる。
 それくらいしか、今の俺にはできない。

 その体はまだ冷たくなってなどおらず、まだ温かみを帯びていて、まるでさっきまで生きていたかのようで……いや、まるで今でも生きているかのような――。

 そんな中、俺は確かに聞いたのだ。その音を。

「zzz……」

 ……ん?

「あ、あの、その……ぷっ、ごめん」

 セルフィが顔をそむけながら肩を震わせている。

「ええと、その。なんと言ったらよろしいのか……」

 ルティエラがあわあわと挙動不審な謎のムーブを見せている。

 ……え?

「ふにゅぅ~……?」

 フィルナが目を覚ます。

「あ、アルクだ~。おはよ~」

 ふにゃあっと力の抜けるような笑みを見せる。

「おかえりー」

 ぎゅっと優しく抱きしめられる。

「……えっと?」

 俺はなんとか絞り出すように声を出す。

「そんな風に受け取るとは思わなかったの」
「ちょっとまぎらわしかったかもしれないです。言い方が悪かったかも、です。ごめんなさい……」

 その、涙は?

「あ、これは無事に帰って来てくださったのが嬉しくて感極まってしまって……」
「私たちだって心配だったの。もしアルクが死んじゃってたら、私たちがそうなってた」

 なるほどね。そうだよね。最前線で一番危険だったの俺だもんね。そうなるよね。

「んにゅぅ~? ど~したの~?」

 小首を傾げながら俺を見つめるフィルナ。
 のんきにむにゃむにゃと目をこしこししている。
 超可愛い。超愛してる。無事生きててくれて本当によかった。

 ってか、本当にただ寝てただけだったんかーい!!
 紛らわしいっての~!!

「んぅ? アルク、泣いてる?」

 よしよしと頭を撫でられる。

「ちょっと色々あってな」

 微笑みかけると。

「ボクが死んじゃったとでも思った?」

 勘が鋭いな。ってか、思いっきり顔に出てたか。
 頷くと、再び頭を撫でられる。

「よしよし。大丈夫だよ。アルクを悲しませたくないから。ボク、これからもがんばって生きるよ」

 ぎゅっと強く抱きしめられる。
 その温もりに、今を生きる幸せを感じた。
 彼女の浮かべる微笑みに、このために生きようと強く決意した。
 心の奥底から浮かぶ強い幸福と安堵感に、この幸せを失わないために、精一杯生きようと思えた。

「でもね……」

 限界が来たのか眠そうな瞳でむにゃむにゃとしながら彼女は続ける。

「アルクと違って、ボクは不死身なんかじゃないから……いつかは死んじゃうと思うけど。それまではずっと一緒にいるからね。ポイしないで、そばに置いてね?」

 健気なことを口にする。

「当たり前だろ。馬鹿」

 返答とばかりに強く抱きしめた。

「えへへ~」

 嬉しそうにすりすりと甘えてくるフィルナ。

「ただいま」

 少し遅れたその言葉を口にする。

「おかえり」

 彼女が優しく微笑んだ。

 その柔らかな髪を優しく撫でると、安心したのか、コテリと彼女の手が地に落ちた。
 限界が来たようだ。すやすやと静かな寝息をたてる彼女を抱きかかえる。

 街の門が音を立てて開き始める。

「帰るか」

 問いかけると。

「うん」
「はい」

 二人が頷いた。
 そして門へと向かう俺達に向け。

「リア充め、末永く幸せでいろ!」

 冒険者達の声が木霊するのだった。

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