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第六十話「いきなりインポッシブル(後編)」
しおりを挟む「あ、浴槽に漬かるのは体洗ってからなー」
「うーい」
「それと、あんまはしゃぎすぎて転ぶなよ~」
「うーい」
まったく、聞いてんだか聞いてないんだか。
まるで子供を相手にするようなやり取りだ。
白と青のコントラストで彩られた浴場内に俺とセルフィの声が木霊する。
彼女の声はあいも変わらずに綺麗で、透き通っていて良く聞こえる。けれどささやくように静かだ。
そしてまるで感情が感じられない程に抑揚が乏しく、ゆえにその心の機微もとても読みづらい。
だが、そこはかとなくではあるが、その声は嬉しさに弾んでいるように感じ取れた。
しかし、セルフィは子供と言うよりは見た目的にもお姉さんの立ち位置のはずなんだがなぁ。
性格的に見ると、しっかりものの長女がルティエラさん。不思議ちゃんの次女にセルフィ、甘えん坊の末っ子三女はフィルナって感じだよな。
年齢的にはフィルナが一番年上のはずなんですがねぇ……。
振り返り、そんなフィルナさんをば見てみれば。上着を脱がんとその裾に手をかけた姿勢のまま、俺の視線に気付くと、こてりと小首を傾げていらっしゃる。
まぁ、こんなにも小柄で可愛らしい姿をしていらっしゃるフィルナさんですが、彼女は立派な成人なんです。背丈の関係で子供のように見えてしまうというだけで幼女では断じてないのです。種族的特長ゆえ仕方ないんです。それなのにもし児童扱いなんてしようものなら、最悪の場合、差別問題で訴えられて奴隷落ちですからね? 異世界って怖いわぁ。
けど、セルフィの場合はなんだろうね。なんというか、別の意味で幼いよね。というか危うい? 稀に垣間見せるその奇行は、精神的な部分で、どこか幼いままに時を止めてしまっているような、体だけ大人になってしまったような、そんな印象さえ受ける。
再度浴場を振り返れば、そこには詠唱短縮の魔法陣を展開し、複数の魔法を組み合わせてシャワーもどきを生成するセルフィの姿が。器用やなぁ。
まぁ、変な所もあるけれど、そんな所も含めて可愛い嫁なのでね。
ほっこりとした気分で、俺はセルフィを眺め続けるのだった。
ちなみに、浴槽内での転倒事故は割と多いらしく、頭部を強打すればガチで命に関わる案件だ。
……こんなくだらないことで嫁を失いでもしたら俺は全力で世界を滅ぼす魔王と化す自身があるからな? 世界のためにも己の命は大切にしてくれよ? 嫁達よ。
……まぁ、即死でさえなければ、全身全霊のS+ランク白魔法『復元』をぶちかましてでも救うつもりだけどな。
それはさておき。
目の前には、しゃぱしゃぱと身を清め始めたセルフィの姿。
体を動かすたびに揺れるその二つの恵まれた果実の震える様はまさに、圧巻の一言に尽きる。いや、むしろ永久に尽きないほどにおっ○いプル~ンプルン。
しかも、揺れ動き我が身を誘う魔性の果実は二つだけにあらず。彼女がその身をひるがえし、体を背後に向けたれば、そこにはなんと、股間が即座に不老長寿にでもなりそうな程実りに実った美仙桃様がお震えあそばれていらっしゃるというのだからもうね……。
――天晴れ成、肉の宮ッッ!!
叫びたいほどの気持ちを押し殺し、俺はしばし極上の光景を目に焼き付けるだけの作業に従事するのだった。
……ほんと、こうして見る分には天使なんだけどなぁ。
どうしてこうなった?
呼びかけども、股間の真我は何も答えてはくれない。
目の前にはうら若き乙女。しかも全裸で湯を浴びている訳だ。
ドタプン様が振るえ、潤った肌は艶かしく俺を悩殺する……はずだった。それなのに、あぁそれなのに。
ほんと、どうしてこうなった?
俺の前世の行いが悪かったからか?
我が視界にはなんと、おもむろに立ったまま、がに股で脚をおっぴろげ、無表情に股間をわしわしと洗うセルフィの姿が。
その姿、まるで米でも研いでいるかの如く。
ごわしごわしと手でこする。
無表情に、ただただ事務的、作業的にそれを行い続けるその姿、もはや乙女ならず。
それはもはや、言うなれば、中年熟女の領域……。
魔法で生み出された白き石鹸の泡。隠れる乙女の秘されし桃色桜の花弁大回転。
男のロマン、穢れなき乙女の聖域をだぞ……?
そんな雑な洗い方、あるぅ……?
いや、男の聖剣だって雑に適当に洗いますよ? そりゃ。
でも、だって。乙女の聖少女な領域ですよ?
それを……マジで?
適当に、雑に、ごわしごわしの、さっとでパッの、ジャーで、終わり?
……マジで?
なぜだ。俺が間違っていたとでも言うのか?
まさか、これが……女湯の現実だとでもいうのか?
お互いの肌色果実を揉みあいながら、きゃっきゃうふふな百合百合しい花びら舞うこの世の楽園にして果てしなき理想郷。あの漫画やアニメでよく見られる女湯のお姿。さすがにあんなものはいくらなんでもフィクションの産物なのだということは涙ながらにいつしか現実を知って大人になるものですよ。けどね?
弓が香りそうな某女優ばりのお色気たっぷりな濡れ場的えっちっちい湯浴みのシーンは?
さっきまでは割といい感じだったのに。
目の前には、大口を開けて水を口の中に流し込み、ぐわらぐわらとうがいをはじめ、おっさんみたいにペッと吐き出すセルフィさん。
おいおいおい、一瞬でエロスの欠片も感じなくなってしまったんだが?
え? セルフィが雑なだけだよね?
それとも異世界だから?
俺の思い描いていた女湯の光景って、実は理想的妄想で願望だったのか……?
え? おにゃのこの入浴シーンって、実際こんなものなの?
……マジで?
などと、ありうべからざる宇宙的狂気の深淵を垣間見た貴方は成功で1D10、失敗で1D100のSANチェックです。とKPに言われ、判定に失敗した上にこんな時に限って上ぶれたダイス値を叩き出しSAN値直葬レベルの精神的ダメージで廃人になるが如き心への致命的衝撃が直撃したものの、状態異常無効によりSAN値が0でも俺、全然平気だったわ、と気付かされた自分に驚いたんだよね。
「いつまでもそんなとこでつっ立ってないで、みんなもさっさと入るの。つもる話は湯船に入ってからする。おーけー?」
セルフィの良く通る声が浴場に木霊する。
彼女は頭を泡まみれにしたままという出で立ちで、無表情のままにこちらをぬぼ~っと眺めていらっしゃる。
お、おぅ……。
というか、セルフィは頭より先に股間を洗う派だったんだなぁ。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことではない。
確かにごもっともな話ではある。
思い返せば、さっきからせっかくの風呂を前にしてダラダラと無駄にくっちゃべり続けてた訳だもんなぁ……。
勝手に自動発生する俺の脳内加速時間のせいか個人的にもかなりの長い時間、風呂に入る直前の状態のままでい続けているような錯覚さえ感じられるし。
そもそも、こんなにも立派な風呂を目の前にして、入らない奴いる?
いねえよなぁ!
しかも、それがどんな魔法で作られただの、不遇魔法がどうだのと、さっきからどーのこーのと、んなもん知ったこっちゃねぇわなぁ?
せっかくの風呂を前にしてあーだのこーだのごちゃごちゃと。んなことどうでもいいわのうっせぇわ、ってなもんだろうがよ。
風呂場でのおしゃべりなんてものはさぁ、もっとこう、肩まで湯船に浸かりながら、温まりながらするもんだろうが。古事記にもそう書いてある。知らんけど。
そうやって心地よさに身を委ねながらさぁ。徐々に心も開かれていってさぁ。
そう、体は正直って奴でさ。
やがては心のみならず、体までもが開かれていって……。
おっと、そのままどこまで開いちまうっていうんだい?
といったような流れで、ぜひともおしゃべりタイムの後はおしゃぶりタイムの方を期待したい訳でございましてねぇ!
……な~んてな。
そもそも、お楽しみを満喫するためにも、まずはこの眠れる獅子をなんとかする方法を考えなければならん訳で。
どうしたもんかね? 某ゲームみたいにバニッシュからのデスとかでなんとかできないもんかね?
いや、そもそもバニッシュからのデスってなんだよ。眠れる獅子違いだよ。リマスター版では修正されとるわ。
そもそも消して……? え? 殺すの?
俺の可愛い小獅子ちゃんを?
いやいやいやいや、それはダメでしょ。
消すって……ようするに、TS?
確かに魔法のある世界だ。性転換はあるかもしれない。
それにTSしたら股間のわんぱく刀が卍開しない問題も解決する必要はなくなるかもしれない。
だって乙女の洞穴ならば、全てを受け入れてくれるはずなのだから。
……けどそれってもはや、本末転倒ですよね?
そして殺すとは何を? まさか、男としての自我……?
その果てにある未来とは一体……うごごごご。
無駄に超高速で駆け巡る思考にて、俺はその行き着く先を予測する。その結末にあった世界とは。
……結局のところ、全部ホモでは?
メス墜ちする未来しか浮かばんかったっ!
いやいやいや、俺にそんな性癖、無ぇから~!
そもそもTSなんてニッチなジャンル、人を選びすぎるんだからな?
というか、想像もしてみろよ。あんなにも大声出してよがり狂うとかさ、どんな感覚なんだよ。怖ぇよ。
男なんてクライマックスの一瞬だけ、ちみっと声が出るかどうかだぞ?
演技だのなんだと言ってる奴は現実見ろ。演技ってことはその元となる原型たるリアルがあったってことなんだよ。
つまり、演技してる奴もいる。だが演技抜きで気持ち良さで声を出しまくってしまう者も実際にいたってことなんだよ。
嫁の姿を思い出して身震いする。末恐ろしいにも程がある。あんなもん、一度でも味わってみろ。それを知ってしまった日にはもう、きっと、二度とは戻れなくなってしまう。ってことなんじゃねぇの?
……という訳でその方法は無しだな。
となると、まずは原因の究明からってことになりそうな訳なのだが。
そもそもだな。さっきから何度も気にしてるけど、今日はマジで真面目な用事があるんだよ。例え俺の黒光りする絶倫刀様が両イク展開可能となろうともだ、今は我慢我慢の我慢知る。
魔力と共に体力とかもガッツリ使う可能性が極めて高い。状態異常無効で体力疲労の苦痛は無視できるといっても、万全の状態で挑んだ方がいいだろう。そもそも、それが礼儀ってもんだろうからな。
という訳で、目の前に広がるエロスだったはずの光景にも反応しなくなってしまった愚息に逆に感謝の正拳突きでもしながら、エロスタイムは夜までお預けにする覚悟で、今はゆったりまったりのんびりと、健全に湯船に浸かるんだよぉぉ!
――そんな風に考えていた時期が俺にもありました。
応援ありがとうございます!
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