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第一章「初等部編」

第六話「白露花女学院(後)」

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 それにしても、3歳スタートとか、一時はどうなることかと思ったけど、逆に上手くいったのかもしれない。

 この世界の常識に順応するにしても、違和感無く自分を演じる練習にせよ。何より、出遅れないよう努力するにも、丁度いい時期だったと言える。

 赤ん坊から2歳までとか、逆に暇すぎるもんな。

 まぁ、幼児性健忘ってのもあるらしいし。

 そもそも前の世界でも自意識というか、いきなり世界を認識した感覚というか、最初の一瞬の違和感は3歳くらいだった気もする。

 案外魂が宿るのって3歳くらいなのかもしれない。宿ると言うか、定着するのが、かな。

 なので、これはこれで都合が良かったのだろう。


 特に、神様って奴の実在……というより、この世界における宗教観を学ぶ分には……。




 2時間目の授業は宗教だ。


 校舎の近くに併設されている大礼拝堂に集まり、そこの一室を使って授業を行う。
 そして最後に礼拝堂の中央で神様に祈って終わる。


 この時間は大切だ。何たって……。



「いいですか、諸君。無宗教は罪です。ましてや邪教を崇拝するなんて悪です!」

 眼鏡の似合う若い羊族、小柄な身長のフィオナ先生がピョコピョコと熱弁を振るう。
 ふわふわの緑髪に童顔の可愛い系フェイス。しかもロリボイスという実にいい感じの美人さんである。
 そして何より……先生が腕を振るう度に、形のいいお胸様がプルンと震えるのである。もうね。実に眼福の極みである。

「いいですか、邪教徒を見たら!?」
『市警に連絡します!』

「はい、そうですね。では市警に捕まった邪教徒共の末路は?」

 指されたララちゃんがスラスラと一切の淀みなく答える。

「罪暦ありは即死罪。罪暦なしでも無期限拘束の上、即座に改宗プログラムが行われ修正されます。そして一定期間経っても改宗に応じない者は死罪となります」

「はいよろしい。そうですね。邪教徒どもは人ではありません。人の姿をしていても、人として生まれていても、邪教徒は国家の敵なのです。いいですね?」

『は~い』

「それでは今日は久々に、五大神様と邪悪なる五大邪神について、神々の大いなる素晴らしい物語から読み解いていきましょう」

『え~? また~?』

「忘れた者は邪教徒認定ですよ~? ちゃんと覚えていますか~? 確実に覚えるまで、何度もやる。これが大事なんです。という事で、教科書の第12ページから」



 こうして語られていく神話のストーリー。

 それは、以下のような内容として語られている。



 伝承『五つの輝きと五つの穢れ』。


 始めに、神々達の世界があった。
 そこはとても平和で、戦争のない楽園のはずだった。

 だがある日、神々達は突如としてこのエルデフィアの地を捨てていづこかへ去ってしまった。

 その後、残された数少ない人々と獣達は、至高神デュオカルナスと、残りし四柱の名も語られていない神々と共に暮らしていた。
 そこへ、暗黒神オルゲンティアがどこからともなく湧き現れたのだ。

 暗黒神の力は強大で、人も獣達も絶望の底へと追い詰められた。
 だが、デュオカルナスと四人の神々たちだけが唯一、暗黒神に立ち向かった。

 デュオカルナスは四人の名も無き神たちと共にオルゲンティアと戦った。
 その戦いは九千九百八十七年の歳月を持って行われ、ついに神々は、デュオカルナスの命と引き換えにオルゲンティアを打ち倒した。
 名も無き四人の神たちは傷を癒すために世界の片すみへと移り、そこへ篭り世界を見捨てた。
 だがデュオカルナスは世界を見捨てなかった。

 『闇』と『泥』と『死』と『病』と『欲』と、五つの穢れにまみれた終わりゆく世界へ。
 デュオカルナスは五つの破片に分かれて、この世界へと散らばった
 すなわち『銀』『鏡』『虹』『星』『光』である。

 至高神の娘である五つの輝きたちはやがて世界を包み込み、五つの穢れを永い眠りにつかせた。
 こうして、五つの輝きから生まれた美しき女神たちは、今もこの世界を見守り続けている。

 だが忘れてはいけない。
 この世のあらゆる生きとし生ける者達には、五つの輝きを宿すと共に、等しく五つの穢れが眠っているのだ。
 その穢れが地上を満たしたとき、再び世界は闇に包まれるであろう。


 と言うのがこの国に伝わる神話とやららしい。


 ぶっちゃけよくわからん。


 だが、神聖魔法と言う概念が事実として存在し、神の奇跡を操る術者が少なからず存在するらしい以上、いるのだろう。神は。少なくともこの世界においては。

 ゆえに、神の奇跡を行使できずとも、五大神のどれかをあがめているのが普通で当たり前なのだ。

 前世の世界の島国のように、神なんて、とか宗教胡散臭い、なんて言った瞬間、修正プログラム送りである。


 恐ろしい……!


 ましてや無宗教イコール邪教徒と疑われてしまった日には……!



 そんな訳で、このレムリアースに生まれた身であれば、上記の内容を暗記してそらんじられなければ不敬もいいとこ。


 この世界のおける神の教えとは、生活と切っても切れないとても大事な教えなのである。



「はい、大変良く出来ましたね。ではミリアちゃん」

「は、はいっ」

 物思いにふけっていた所を指されてしまった。

「五大神様の名前と教えについて答えましょう」


 いきなり全部答えろとか……。


 ここは失敗したら怖そうだ。


 とにかくがんばらなければ。


 おれは記憶を辿り、言葉を紡いだ。


「え、えっと。まず銀狼神デュミナリア様は戦いの神様で、気高き白銀の髪を持つ銀狼族の美しい女神様だと言われています。強さと勇気、気高さを美徳とし、強き力を持ちて弱者を救う事を最大の美徳としています。そのためにも、ひたすらに己を鍛えよとの名言がおありで、力無き正義は無力、などの至言もあります」

「はい、大変よろしい。では補完を……ティエラさん」

「はーい。教義は主に、勇気を持って善を成せ。怠るな、気高くあれ。と、真っ直ぐ正しくというより格好つけぇな感じのイメージやな。で、えぇと……せや、軍人はんやら傭兵はん、兵士のおっちゃんらから貴族なんかにも強く信仰しとるモンが多いな。基本的に五大神全員信仰なのは当たり前なんやけど、さっき言った連中みたいんは、一番の推し神にしとるみたいや」

「はい結構。無駄な雑学も大切な知識です。面白おかしく覚えていきましょう。お次はララさん、デュミナリア様の聖印の形と現す輝きとは」

「はい、デュミナリア様の聖印は地に突き立てられた剣であらせられます。輝きはその名の通り銀。これは白銀の意思を意味し、高潔なる魂を隠喩したものです」

「はい結構。それでは他の神様については――」

 こんな感じで授業は進んで行き、五大神の基本おさらいで授業は終わることとなった。


 ちなみに他の神とは――。


 鏡魚神オレイユ。

 これは運命の神らしい。

 半裸に近い薄いヴェールを身に纏った神秘的な人魚の女神様だそうで、下半身は魚説、二股に分かれて足先だけヒレになった人型説など諸説ある。芸術・前衛的・革命的・努力・神秘・奇跡を美徳とし「運命とは自らの意思で切り開くもの」「怠惰を恐れて、ただ前へ」「運命という名の楔を引きちぎり望む未来へ」など、グダグダ言ってないで前向きに未来へと進め、見たいな感じの神だ。

 常識に縛られない柔軟な思考で新たな世界へ。運命を諦めずに、運命に抗え。と言った、運命と言ったワードや望む未来の実現、といった教義からか、縁起を込めて、作家や音楽家など芸術家など、あとは運命を司るという点からか、占い師やお年頃の少女達にも推しが多い。

 鏡の由来は水鏡の夢。これはまだ見ぬ未来を暗示しているらしい。

 聖印の形は運命の始まり。命を司るハート型。オレイユ神の鱗の形だと言われている。


 で、お次は星翼神カルティーネ。

 法の神様だそうだ。

 神聖な純白の白い鎧を身に纏った金髪の、十二枚の翼を生やした女神様だそうで、真実・誠実・正義を美徳としていらっしゃる。

 金言は「汝、正しくありなさい」「何が正しく、何が正しくないかは自らの意思で考えなさい」「思考を停止させてはなりません、自らの正義を貫き通すのです」で、教義は清く正しく美しくあれ。

 驕る事なかれ、邪悪を許すな、の精神で生きることを尊ぶ事から、裁判官や国の警兵、法や正義に携わる方々が推し神にしている事が多いのだそうな。

 星の由来は輝星の心。悪に乱されない純潔なる清き心を暗示しているんだとか。

 聖印は五芒星。星のイメージでもあるし、清き魂は星型の輝きをする、と信じられている。


「では、次はシアさん」

「うむ、虹蛇神ナスティどのは知識の神じゃな。虹色の美しいロングドレスに身を包んだ虹色の髪を持つ美しい女神であるとされておる。美徳は知恵、知識、勤勉、探究心。『まずは学べ、そして考えよ。答え無き哲学にこそ真理は隠され、真理にこそ答えが隠されてるのだから』といった小難しい至言が有名じゃのぅ。教義は『勉学に励み、知識を蓄えよ』『まずは知ろうとすべし、探求者たれ』このような教義から、学者から魔術師、学生など勉学に励む者などから強く推し神にされ、学校の受験や免許のテスト辺りじゃと、神の恩恵を受けようと信者共が殺到すると言われておるのう。聖印はこれ、眼鏡のシンボルじゃ。由来は虹環の叡智。円環の虹の如く、何色にも染まりすぎること無く、いかなる知識であろうとも固定概念に惑わされぬ深き知恵を意味しておる。どうじゃ? わらわの答え。パーフェクトであろう?」


 指されたシアが満面のドヤ顔で答えていた。


「はい。まさにその通り。テストなら100点満点ですね」

「わーい、毎日の勉強の成果なのじゃー。知恵の神ナスティ様にも感謝なのじゃ」

「はい、その心意気です。実に信心深いですね。みなさんも見習いましょう」


 ちなみに、眼鏡のシンボルとされてはいるようだけど。アレ、どうみても無限マークなんだよなぁ。
 この世界において、無限は別のシンボルで現されているみたいだけど。これ、偶然……なのか? 似てるだけ……だよな?


 まぁそれはさておき。


 最後が、光兎神ルミナリオ様。
 我が家が一家そろって拝んでいる推し神だ。

 なんたって、幸運の神様。運は大事だからな。

 運が無いと夢も追いかけれないし、仕事も立ち行かなくなって、自殺する羽目になっちまう。
 愚かなる前任者である前世たる俺はダメダメだったけど、今回の体は完全に幸福で完璧だぜ。
 なんせ、一家そろって幸運の神の加護にあるからな。

 で、ルミナリオ様の神像だけど……めっちゃ袖の長い金色の衣服に身を包んだ活発そうな少女の女神。つまり、ぶかぶかの服を着たロリ少女で、めちゃくちゃ可愛いんだよな。うちにもミニチュアサイズの御本尊様があるけど。見ててなんか、ほっこりする。

 で、美徳は笑顔。日々の何気ない幸福な生活を満喫する事。他には純心、幸運、商売、金。

 俗世っぽい神様だから、商人から農民まで、一般市民に幅広く推し神信仰されてたりする。

 ちなみにさっきから頻繁に出てくる推し神信仰というのは、常にどの神様の聖印を身に着けているか、つまり五大神の内、一番強く信仰してる神様はどれ? という事である。

 もちろんおれはルミナリオ様派だな。

 なので今日も聖印を象ったペンダントを身に着けていたりする。

 なんというか、蓮の花? みたいなマーク。

 そしてお言葉がなんとも尊い。

『生きる事はつらいけど、くじけちゃだめだよ』

『そのうち良いことあるから、明るく笑って前を向こうよ』

 なんかね。もう、貴方の人生に何があった!? ロリ神様!! って感じ。


 明るく元気に日々を活発に生きるべし。
 困っているときはお互い様、助け合いましょう。
 人を困らせてはいけません、むしろ笑わせましょう。


 そんな教義ですよ。


 実に尊い。


 まぁ、最近では、兎は多産というイメージから、豊穣と子宝の神とも繋がり、そこまではいいんだけど、多く広めていく事こそが古より伝えられしこの宗派の根本である、として他者に推し神改宗を勧める方も増え始めちゃってるらしくて、一部から苦情が来ていたりする。


 ……やだね。


 邪神で無い限り、どの神を推しにするのも自由なはずなのに。


 まぁそれはさておき。


「はい、みなさんよくできました。それではそろそろ時間なのでお祈りに向かいましょう」

『はーい』

 大礼拝堂の中心にて、みんなで各神ごとの祝詞を唱えて解散となった。



 邪神についてはまた次の授業で、って事らしい。



 さて、そうこうしてみんなが帰り、次の授業へと向かう中。



「こんなにも罪深き私めが、このように幸せな環境で今暮らせていることに、感謝を……」



 一人熱心にお祈りを捧げている少女がいた。
 もっとも、当然同じクラスメイトな訳だから同年代のはずなんだけどね。

「何してるのー。レイアちゃん。次の授業に遅れちゃうよ~」

 声をかけてみる。

 振り返ると――。

 銀の長い髪がサラリと流れる。
 百合の花のように白い肌。艶やかな花の蕾のような淡いピンクの血色のいい唇。
 だが、その目は常に閉ざされており、瞳の色は謎のままだ。

 彼女はレイティシア・ダークソーン。

 愛称はさっき呼びかけたようにレイア。

 背はおれと同じくらい。スレンダーな小顔美人さんだ。

「あらあら、ちょっと集中しすぎていたみたいですわね」

 立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

 彼女は目を閉じている。それなのに――。

 その足取りに不安な様子は一切無い。

 生来のものであるのか、修行のためなのかはわからない。

 蝙蝠族である彼女にとって、目とは周囲を知るための第二の器官に過ぎないからだ。
 けど、本を読むときは専用の目が見えない人用の特殊文字が書かれたものを使用しているらしいから――。

「ありがとう、ミリアさん。あのまま放置されていたら、きっと三時間目は遅刻している所でしたわ」

 にっこりと微笑むレイア。

「い、いえ。それほどでも」

 その笑顔に、ちょっとドギマギしてしまう俺はさっさと私ちゃんに魂を明け渡すべきなんだろう。

「本当に、感謝してもしたりないくらい」
「ほぇ?」

 ただ声をかけただけでそこまで感謝されるようなものだろうか。

「デスクリムゾンの門」
「ぐぬぇ…!? なじぇその名をぉ……」

 それは忌まわしき、初等部初期に手にしてしまった唾棄すべきあだ名であった。

「それはもう、有名ですもの」
「……わしゅれてくだしゃい」

 涙目でお願いする私がいた。

――デスクリムゾンの門。

 そのあだ名が私に命名された事件を説明するには、あの時期まで記憶を遡らねばならなかった。
 あれは忌まわしき、初等部一年の春の出来事だった。



 初等部に登りたての私は正直浮かれていた。
 幼等部の頃はとても楽しくって沢山のお友達を作った。
 けど、次のステップに進むためにはサヨナラしなければならない子達もいた。

 だから私は前を向いて、今度はどんなお友達が沢山出来るのだろう。
 という事ばかり考えることにしていたのだ。

 けど――。

「あぁら、貴方はどちらの雑種様ですかしら」

 クラスメイトにいたのは、別の幼等部から三人の付き人を引き連れた自称大御所の娘。
 付き人の効果もあってか、すでに派閥として他にも数名をはべらかしているような子だった。

「あら、貴方……どこの子? サングレイス? 聞いたことありませんわね」
「え? メイドの娘? ただの?」
「名家の娘が修行のために、とかではなく?」
「マジで? なんで下層民の娘がここにいるのぉ? 超ウケるぅ~」
「ここは富裕層のための学校なんですけどぉ。学校間違えてないぃ?」
「マジ場違いなんですけどぉ」
『あっははははは』

 そう。私とシアはともかくとして、ララちゃんは富裕層とは言えない家の出。
 ここに入れたのは、幼馴染である三人を引き離したくないと言う両親の、サングレイス家への寄付による物が大きかった。
 貸すのではなく与える。帰さなくてもよいから、いつまでも娘の良き隣人であって欲しい、と我が家が他の学校よりも値段がオーバーする費用を支払って一緒に登校させてくれていたのだ。

――でも、それはある意味向こうだって同じはず。

 彼女の周りにいる三人の付き人。それは、身分の高い学徒が自身の身分を誇示するためにはべらかすもので、メイドとして雇われている同年代の子に変わりはないはずだ。
 もっとも、メイドとはいえ、落ちぶれた名家の娘や修行中の名家の娘が主であり、実際に名の無い下層民や一般市民な訳ではない。

 だからといって……!

 彼女たちは、そういったルールを知らずにただ純粋に親友とも呼べるララちゃんと一緒の学校に行ける事を喜んでいた私の心を踏みにじったのだ。

――何より。

「下賎な雑種の飼い主様の名は……スターフィールドぉ? パパのお知り合いにそんな方いらしたかしらぁ?」
「聞いたこともない~」
『あーっはっはっはっは』

 まだ初等部ゆえ、知識の乏しい時期。
 政治も歴史の授業さえもまったくといって行われていない、がゆえの無知。

 私の家の事を彼女達は理解できていなかった。

 それだけならまだよかった。

 無知なる彼女達は、まさに獣の如く、弱き者に牙を剥いた。

 最初に被害を受けたのはララちゃんだった。



 机は汚され、教科書は切り裂かれ、体育の服さえ切り裂かれた。



「なんでこんなことするの?」


 私が問い詰めた。

「はぁ? 何のことですかしらぁ? 何か証拠でもあってぇ?」
「惚けないで……!」
「惚けてなんかいませんわ? 貴方こそ言いがかりはやめてくださらないですかしら? あんまりしつこいと出るとこ出ますわよ?」

 親友を乏しめられ傷つけられたことに激高したのは、私だけではなく、私の中にいるもう一人の私もだった。

「ふざけんじゃねぇ! お前ら以外にいねぇんだよ! 他の子は幼等部時代からの友達ダチなんだ。こんな事するはずがねぇんだよ!」
「あらあら、本性をお出しになられたようねぇ。下品極まりない。それに? 幼等部からの友達だからそんな事をするはずがないぃ? 愚か極まりませんわね。それは貴方の本性である下劣さに気づいたからとか……もしくはあの子が汚らわしい雑種である事に気づいた結果、吐き気でももよおして気が変わったとかなのではありませんこと?」
「てめぇ!!」

 流暢に、まくしたてるような早口で煽る言葉の羅列。
 今にも殴りかからんとするもう一人の私を、私は全力で止めた。

「おぉ怖い。雑種の主は雑種。という事ですかしら」

 けれど、その怒りは収まるはずもなく。

「謝れよ……!」
「はぁ? 何に?」
「ララちゃんに謝れっつってんだよ!!」
「はぁ……何を謝る必要があると? 私はただ、場違いな雑種に教育をしてあげているだけですけど? 褒められこそすれど、私のどこに否があると?」



 ……おれは即座に理解した。こいつは根っからのクズだと。
 どこの世界にもいる、遺伝子的にねじくるった精神を持つ、生まれ持っての捕食者なのだと。
 弱者の気持ちなど理解もせず、一方的に搾取するだけの存在。
 与えるのは、自らにこびへつらう者だけ。少しでも抗えば、いや、抗わなくとも必ず勝てる敵を作り、潰しにかかる。
 奴らにとってこれは、楽しい楽しいただの遊びなのだから。

「教育が必要なのはあの子じゃなくて」
「あんただったりするぅ~?」

 ヤンキー特有のわかりやすい下からねぶるような見方でガン付けして来る手下ども。

「そうですわ。私、良いこと思いつきました」
「なになに?」
「さすがヴェラディクサス様! 御妙案を拝聴させてくださいませぇ~」

 生来のいじめ主犯者こと、ヴェラなんちゃらだかデラ臭すだかいうブスは、にやにやと吐き気をもたらす醜い笑みを浮かべておれに囁いた。

「ミリアラ……なんちゃらさん。あなた、そこの場違いな雑種を……私と一緒に教育する側にまわりません事?」

 それはつまり、友達ダチを見捨てて、いじめる側にまわれ、という事以外の何ものでもなかった。

「貴方まで辛い目には、あいたくないでしょう?」

 息も吹きかからんとする距離で臭い息と共に糞ふざけた提案を嬉々としてほざきやがる糞ブスの水月に――。

――無言の正拳突きが突き刺さった。

「ぶごぉ!?」

「ふざけんじゃねぇ! 誰が友達ダチ売って取り入るもんかよ! てめぇの家の力だけで付け上がりやがって。人様の力でなんでもできるなんて錯覚してんじゃねぇぞこの糞ブスがぁ!!」


 俺君が激怒しちゃったんだよね。


 いや、君も止めなかったでしょう。


 てへ☆


 でも、格好良かったですよ。



 ただ、私ちゃんとララちゃんやシアには好評だったけど、あの後が酷かった。

 今度は当然のようにおれの机や椅子、教科書や体操着、制服に至るまでが切り裂かれまくったからな。

 まさか本当に机が切り裂かれてるとは驚いたぜ。

 しかも、こっちがいきなり暴力を振るった扱いにされてたし。


 まぁ、そこは私がきちんとフォローしたけどね。


 私さんバージョンの冷静な証言と、ララちゃんにシアによる説得で事実は伝えられ、事なきを得た。

 けど、先生も身分が奴の家よりも相当下だったらしく、どうしたら……って事になっちまったんだよな。


 で、どうなったかというと。


「ほぅ……我が家に喧嘩を売るとは良い度胸をしているじゃないか」


 パパさんに相談したら、にこやかな笑みを浮かべながら大激怒。


「パパの大事なミリアと、娘の大事なララちゃんを、そんな目に……挙句……ほォォ……ッ!?」


 パパだけじゃなく、ママも笑顔で超激怒。殺気、漏れてるけど大丈夫? ってくらいに。


「さて。どうしましょうパパ。デスクリムゾンの暗殺ギルドにでも相談なさいます?」
「そうだねママ。彼らは実に良い仕事をしてくれる。ちょっとお金はかかるけど足跡一つ残さんだろう」

 恐ろしい会話がなされていた。

「よかったなぁミリア。来年はきっと、この領土のどこかで良い花が咲くぞ?」
「あらあら、美味しいお魚が沢山釣れるかもしれませんわ」

『はっはっはっは』
『おっほっほっほ』


 これにはさすがのドン引きである。


 確かにね。前世で過去に色んな目にあってるからさ、力強い方が味方なさってくれる、とあれば喜んでお願いしよう、と思ってご相談した訳ですよ。
 過去ではそこで「いや、自分の力でなんとかしてみせるっす」って言って、あらゆる全てを台無しにされた過去もあったからな。
 話し合いで自力でなんとかしようとしたけど力及ばず、徒党を組まれて何もかもを台無しにされたりしたんだ。
 そのトラウマのせいで、以降その後の人生も全部大失敗続きだった。
 あの時「俺が力づくで話つけてやろっか?」って誘いに耳を傾けてさえいれば……って経験があったんだよ……! だから今回は権力者を頼る、もとい「困ったときは相談する」という金属バットもって発狂してそうなボーイの戯言を鵜呑みにしてみたんだけどさぁ!


 ……だけどさぁ。


 殺すのはやりすぎやん?


 そう、ここは中世ヨーロッパ並みの感じで風味な世界。
 そして我が家は大貴族級の特権階級に等しい地位に上り詰めた一族。
 だからまぁ、危ない存在は排除。
 間違ってはいないんだろうけど……ねぇ?


「え、えっと。さすがに……それは可哀想かな、って」


 ガクガク震えながら父親をなだめる子供の図がそこにあった。


 まぁ、そんなこんながあったので。


 スターフィールド家の名の下に、あらゆる方面から緩やかな圧力をかけて、家ごと左遷させてあげた訳です。


 デスクリムゾンという、地獄の僻地へと。



 ちなみに、その地域は暗殺ギルドと盗賊ギルドが仕切っている、街の半分がスラムといういわく付きの領。

 あまりの貧しさゆえ、食べ物欲しさにスラムでは夜毎、人が狩られているという話も聞く。

 五大邪神を崇拝している輩も少なくないとか。

 国家はこの領土をどうしようか、と現在まともに審議中だという。

 そんなこの世の地獄に……ヴェラなんちゃら? だか、屁がクサスさんだか言う子とその家族、その屋敷を切り盛りしているメイド達、および名家のご学友たちは任意同行で、左遷されたのだそうな。

 もちろん、メイドさんたちもご学友たちも全員辞退したらしい。

 結果、彼女だけが送られることとなり、お供のご学友たちは連帯責任で立場に見合った別の学校へと転校になった。


 以来、おれを目の仇にする輩が出るたびに「やめろ、デスクリムゾンに送られるぞ!」だの「お前も転校させられたいのか?」なんて、まるで蝋人形でもさせられんばかりに囁かれる声がチラホラ聞こえるようになった訳で――。



「デスクリムゾンの門。実に素敵な采配だったと私は思いますわ」

「は、はぁ」

「だって、貴方のお父上の力を持ってすれば我が……じゃない。デスクリムゾンの精鋭が一晩でその家ごと無かったことに出来たのでしょうから」

「う、うん。あの時から、パパがどれだけ凄いのかより理解する事になりました……」

「あぁ、攻めてるわけじゃないのよ? これは本当、おかげでうちにも実にセンスのいい……じゃなかった。デスクリムゾンにも実に話のわかる御仁が来てくれて……向かう事になったようで、実に幸福なお話だったのではないですかしら」

「そ、そうなんですかねぇ?」

「そうですわ。おかげで、私もここへ来られましたし」

 確かに、彼女はデスクリムゾンへと転校するはめになった……どえらいクサス? さんだか言うブスの代わりに補充留学と言う形でどこからともなく転入してきたのだ。

「知ってまして? あの後、スターフィールド様はあの件を機関に報告し、いじめを行うものを排除すればいじめはなくなる。という当たり前と思えば当たり前かもしれないかもしれませんけれど、実験を行いましたの」

「ほぇ?」

 ……その話は聞いてない。

「結果、この学校からはいじめがなくなった。他の学年、他のクラスからもいじめの元凶を同じやり方で取り除いたから」

「……ふぁ?」

「スターフィールド様。いえ、理事長先生とお呼びした方がよいですかしら? かの御仁は以来、その実験結果を元にしたプロジェクトを他校にも進めるよう促した」

「……はいぃ?」

「おかげで、他の学校でもいじめは激減。今ではどの学校でも『いじめを行う悪い子はデスクリムゾンに転校させられるぞ』と言わしめられるほどの新制度をお敷きになられたのですわ」

「……マジ?」

「知りませんでしたの?」

「いや、初耳なんですけど……」

「おかげでお父様の……じゃなかった。デスクリムゾンにはそれはそれは仕込みがいのある、とても鬱屈したスペシャリストたる精神の持ち主が集って……実にウィンウィンの結果になったそうですわ」

「……は、はぁ」

「そんな点もふまえて、貴方には感謝を」


 恐ろしい事実を知ってしまった。


「殺さずに許す。そんな罰し方もあるのですわね」


 そして静かに、音の一切も鳴らさずに、彼女――。


――レイアは大礼拝堂を後にするのだった。


「っと、私も遅れないようにしないと」


 確かに蝙蝠族はかつて、妖魔の側についたという伝承が残されていて、かつては敵国民、蛮族と忌み嫌われていた時期がある。
 とすれば、彼女は普通であればいじめられていてもおかしくない立場にあったという事。


 だからだろうか――。


 ……いやいや、現実から目をそらすのは止めよう。

 余り親しく話した事は無かったけどあの子、さっき時々、我が、とかお父様の、って言いかけたりしてたよな……。
 もしかして、まさか……デスクリムゾンのギルド関係の娘さんなのだろうか。

 いやいや、そんな守秘義務がありそうなこと、うっかり漏らしたりなんかしない……よな?



 ……おれはもしかして、知るべきでない何かを知りかけてしまったのだろうか。



――なんというか、色々と複雑な気持ちを胸に抱えながら、急いでおれも教室へと向かうのだった。
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