乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、公式カプ(ヒロイン×王子)を全力で推しますわ!

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17「大人の恋」

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 想像以上に壮絶な人生を歩んでいたポルナレフ先生。
 すべてを聞いた私は、しばらく言葉を失っていた。
 魔法の通信石からは、セレスティンとエリナの嗚咽が、ところどころ途切れながら聞こえてくる。
 シュルは相変わらず静かなままだったが、それでも不思議と、通信石越しに確かな感情の揺れを感じ取れる気がした。

「……つまり……今でも亡き妻のダニエルさんを忘れられなくて……恋人を作っていない、ということですか?」
「……いや」

 ポルナレフ先生は、少し間を置いてから、ゆっくりと首を横に振った。

「私はそこまで格好いいおじさんではない。確かに、三年ほどは引きずったが……やがて、その悲しみも時が経てば立ち直れるもの」

 そう言いながら、ポルナレフ先生は、どこか遠い場所を見つめているようだった。

「亡き妻の最期の言葉通り、素敵な人と出会えたなら、その人と新たな人生を歩んでもいいと思っていた時期もありました……」
「……“ありました”、ですか?」
「うむ。結局、亡き妻のときのように、“この人と一緒にいたい”と思える女性には出会えなかった。……まあ、この歳にもなった。今さら独り身も悪くない、と考えていたのですが……」

 そして、照れたような態度を見せながら。

「……まさか、ミレーヌ先生のような方から告白されるとはな。まだ私も、捨てたものではない、ということでしょうか……」
「は……はは」

 ポルナレフ先生なりに重たい空気を和らげようとしたのだろう。
 けれど、今の私はお世辞でも笑えなかった。
 というより、自分自身がひどく恥ずかしくなった。

(私は……セレスティンやシュル、エリナと、生徒たちまで巻き込みながら、自分の恋が実ることばかり考えていた。
 ポルナレフ先生の気持ちや、亡き妻のダニエルさんのように、他者を思いやる心なんて……まるで考えていなかった……)
(ポルナレフ先生が、今どんな気持ちで、どんな日々を過ごしているのかも……)

 思い出すのは、シュルからもらった香水ルール・ブルーを纏い、ポルナレフ先生と話した、あの日のこと。

 ――「……それに、その香りはどこか懐かしい……」

 意味深な表情でそう呟き、立ち去っていったポルナレフ先生。
 あのときの私は、会話がうまくできたことに舞い上がっていて、何より大切なことを見落としていた。
 どうして、あの時、気づいてあげられなかったのだろう。
 あの、ひどく寂しそうな表情に。
 それから私は、恥ずかしげもなくルール・ブルーを使い続けていた。
 すべては、ポルナレフ先生に喜んでもらうため――そう、思い込んで。
 けれど実際には、それは彼の過去の傷を、無意識に抉る残酷な行為だったのかもしれない。
 私は、

(……今ならわかります。ポルナレフ先生が、なぜ、あんな表情をしていたのか……)

 彼の過去を知ったことで、私は今まで以上に、アムール・ポルナレフという一人の男性を、深く、魅力的に感じてしまった。
 そして同時に、思い知らされる。

(……私は、亡き妻ダニエル・ポルナレフさんには、決して敵わない)
(……こんなふうに他者を思いやれず、自分のことばかり考える女に、ポルナレフ先生と結ばれる資格なんて……あるのでしょうか……)

「……ポルナレフ先生……」

 私は小さく尋ねた。

「……ポルナレフ先生のお気持ちは、よくわかりました……先生には、きっとダニエルさんのような……素敵な方が、お似合いだと……思います」
「……ミレーヌ先生?」

 ポルナレフ先生が怪訝そうな表情を見せる。

「少なくとも、私なんかじゃ……先生の隣に立つ資格なんて……ありません!」

 私は踵を返した。

「……さようなら。迷惑な告白をしてしまい、申し訳ございません……」

 そのまま、彼から逃げるように、走った。

「ミレーヌ先生!?」
「どうしましたの! ミレーヌ先生!?」
「……ミレーヌ先生?」

 通信石からセレスティン、エリナ、シュルの声が響く。
 けれど私は、それを振り切るように魔力を消し、通信を切った。
 そして――帰った。

 次の日。
 自宅のベッドに潜り込んだまま、一睡もできなかった。
 衝動的に動き、先生にも、セレスティンたちにも迷惑をかけてしまった。
 合わせる顔もなく、その日は学校を休んだ。

 さらに、その次の日。
 いつまでも、逃げてはいられない。
 私は、登校することにした。
 ぼさぼさの髪、不格好な白衣、そして大きな丸眼鏡。
 セレスティンの指導で身につけた“おしゃれ”をやめ、以前の自分に戻った姿。
 まるで――ポルナレフ先生に惹かれる前の、自分に戻るかのように。

「……あれ? ミレーヌ先生じゃない? なんか前の冴えない彼女に戻ってない?」
「えっ? 困ったな……俺、前の先生の方がセクシーで好きだったんだけど」
「急におしゃれするようになったと思ったら、また急にやめるし……どうしたんだろう?」
「そりゃお前、アレだろ。好きな人にフラれたとかに決まってんだろ」

 生徒や教員たちが、私を見てひそひそと話している。
 けれど、別に気にならなかった。
 物心ついた頃から、私は他の人と違って“変わった子”だった。
 こういう視線にも、もう慣れている。

(そう――やっぱり変わった私に……普通の恋なんて、できるはずがなかった……。どうして、夢なんて見てしまったんだろう)

 私は、一刻も早く錬金棟へ向かおうとした。
 そのとき――。

「……ミレーヌ先生」

 聞き覚えのある声が、背後から響いた。

(この落ち着いた渋い低音ボイスは――)
「……ポルナレフ先生」

 振り返ると、そこに彼が立っていた。
 二日前かこの私なら、いつでも会いたい人だった。けれど、今日いまの私にとっては、一番会いたくない人。

「……な、何か御用でしょうか?」

 私は、あえてよそよそしい態度を取る。

「……ミレーヌ先生……」

 ポルナレフ先生は、どこか寂しそうな目をしていた。
 何か言いたそうにしているのに、言葉を選んでいるようにも見える。

「……用がないのでしたら、失礼します」

 背を向け、立ち去ろうとした、そのとき。

「……ミレーヌ先生!」
「……あまり、女性の私に話しかけない方がよろしいですよ……。妙な噂が立てば……先生にご迷惑をおかけしますし……」

 あえて、突き放すような言い方。
 私は、ポルナレフ先生を嫌いになったわけじゃない。
 むしろ――今でも、変わらず大好きすぎるくらいだ。
 でも――私じゃ、彼に釣り合わない。
 少なくとも、自分のことしか考えられなかった私なんかじゃ、ダニエルさんの代わりになんて、なれない。

「……今日の放課後……お話しできませんか。二人で」

 思いがけない誘いだった。

「……っ! な、何の用なのですか?」

 平静を装ったつもりだったが、動揺は隠しきれなかった。
 一瞬でも期待してしまった自分が、恥ずかしい。

「……あいにく、本日は予定がありまして……」

 嘘だ。本当は、予定なんて何もない。
 これは、あなたと一緒になりたくないからつく嘘。

「……では、次の日の放課後はいかがでしょうか?」

 それでも、ポルナレフ先生は引き下がらない。

「次の日も――」
「次の日も駄目でしたら、いつでもお待ちしております」

 私が言い終える前に、そう告げられた。
 ……やめてよ。
 わかっている。
 ポルナレフ先生が、私を恋愛対象オンナとして見ていないことくらい。
 これは、私の一方的な片思い。
 だから、忘れるために――これ以上、心を惑わせないで。
 これ以上、惨めになるくらいなら、初めから恋なんてしなければよかった。

「本日の放課後……お待ちしております。場所はで」

 そう言い残し、ポルナレフ先生は去っていった。

「……あ」

 了承していないのに、彼は、振り返ることなく歩き去ってしまった。
 私は悶々としたまま、その日一日を過ごした。
 そして放課後。
 散々悩んだ末、結局、あの場所へ向かっていた。
 そう。私が、ポルナレフ先生に告白した、あの場所へ。
 あの時は、私が彼を呼び出した。今度は、彼が私を呼ぶ。
 その逆転した立場に、胸の奥が、ざわつく。
 そこへ行くと――すでに、ポルナレフ先生は立っていた。

「……ポルナレフ先生……」
「……よく来てくださいました……」

 そう告げたあと、静かに続ける。

「ミレーヌ先生、私はあなたに話して起きたいことがあります……」

 ***

 ――思えば、私は、ずっと逃げてきたのかもしれない。
 ダニエルを失ったあの日から、「もう誰も深く想わない」と決めていたわけではなかった。
 ただ、同じだけの重さで、誰かと向き合う覚悟を持てずにいただけだ。
 あの懐かしい香りを彼女から感じたとき。
 胸の奥が、確かに痛んだ。
 それでも――その痛みは、もはや“過去に縛られている傷”ではなかった。

 ――「少なくとも、私なんかじゃ……先生の隣に立つ資格なんて……ありません!」
 ――「……さようなら。迷惑な告白をしてしまい、申し訳ございません……」

 去っていく彼女の背中を見て、私は初めてわかった。

 ――失うのが怖いと思える相手が、また現れたのだと。

 それは妻を亡くしてなお、まだ握り続けていたあの日のように。
 だからこそ、逃げてはいけない。この気持ちからだけは。

 ***

「ミレーヌ先生、私はあなたに話して起きたいことがあります……」

 ポルナレフ先生は、そう言ってから、一拍置いた。
 いつもの落ち着いた声。
 けれど、どこか覚悟を含んでいるような響きだった。

「私は……亡き妻を、忘れてはいません」
「……はい」

 胸が、きゅっと締めつけられる。
 やはり――この流れは、フラれる流れなのだろうか。
 けれど、不思議と、もう逃げたいとは思わなかった。
 私は、黙ってその先の言葉を待つ。

「ですが……その想いに、縛られて生きるつもりも、もうありません」
「っ!」

 思わず、息を呑んだ。

「あなたの気持ちを、軽く受け取ることはできません。それは、あなたに対して失礼になる。
 だからといって……無かったことにするつもりもありません」

 それは、愛の告白ではなかった。
 けれど――拒絶でもなかった。

「……もし、わがままを許していただけるなら……時間をください。
 あなたと、きちんと向き合うための時間を」
「……」

 しばらく言葉を失っていた。
 けれどしばらくして――。

「……はい」

 そう答えた自分の声は、驚くほど落ち着いていた。
 これは恋人関係なのか、それとも恋人未満なのか。
 はっきりしない、曖昧な距離。
 けれど、それでもいい。
 今はそれで、十分だった。

(いつか……あなたを、一人の女性として振り向かせてみせます)

 胸の奥で、そう誓いながら、私は彼の隣に立っていた。
 すると、ポルナレフ先生は恥ずかしそうに頬をかき、少し間を置いてから、こう続けた。

「……もう一つ、わがままを許していただけるなら……この香水を、つけてもらえないでしょうか?」

 すると、ポルナレフ先生は小さな青い瓶を私に差し出した。

「……これは?」
「あなたのためにこの“香水”を調合しました」

 ポルナレフ先生は、意味深にそう告げた。

(……まさか!?)

 思い当たる節があり、私は瓶の蓋を開け、さっそく香りを確かめる。

(――やはり、そうだわ……!)

 それは、私がよく知る、大好きな香り。
 そしてポルナレフ先生にとっては、深い思い出を宿した、魔法の香水だった。

「私が知る限り、その香りが似合うのは……亡き妻と、そして――ミレーヌ先生、あなただけです」
「……ポルナレフ先生……」
「ですから……いつも、つけていてくれると嬉しい」

 そう告げる彼の穏やかな横顔は、私が遠くから、いつも密かに眺めていた――あの、大好きな横顔そのものだった。

 …………
 ……
 …

 あれから。数日後。
 セレスティン、シュル、エリナが、揃って私のもとを訪ねてきた。
 ポルナレフ先生に告白した翌日、仮病を使って私が学校を休んだことで、随分と心配をかけてしまったらしい。
 けれど、もう大丈夫だと告げた。
 ポルナレフ先生との関係についても――。

「……ミレーヌ先生? それで……結局ポルナレフ先生とはお付き合いできたのでしょうか?」

 エリナが、気遣いながらも、どこかワクワクに満ちた表情で尋ねてくる。
 私は、少しだけ意味ありげに微笑んで、こう答えた。

「うふふ……それはひ・み・つ♡」
「ええっ!? それはないでしょう! 私たちも手伝ったのに!!」

 セレスティンが、見るからにがっかりした様子を見せる。
 けれど私は、くすりと笑いながら、さらに続けた。

「……付き合っているのか、付き合っていないのか、愛があるのか、愛がないのか……どうなったのかハッキリさせない――これこそが大人の恋よ」

 そう言って、私はルンルンしながら、今日も魔法の香水をつけて、一日を過ごす。
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