【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり

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一、朝の時間

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 ふと、目が覚めた。
 かすかにカーテンから漏れる光から、今が朝なのだとわかり、そっと身動ぎをする。
 広い寝台なのにすぐそばに感じる温もりから、今日も自分は抱きしめられて起きたのだと理解した。
 そろりそろりとゆっくりした動きで身を捩り、なんとか逞しい腕のなかで寝返りに成功した。
 そして、薄暗い闇に慣れた目に飛び込むのは、この世の美を集めたかのような端正な顔立ちの男性。
 さらさらの長い黒髪に、今は閉じられた瞼の向こうにある色は、ルビーを思わせる真紅だ。
 静かな寝息。良く眠っているようだ。
 褥を共にするようになり半年過ぎたが、彼の美しさにはいつも見惚れてしまう。
 でも、自分が好きなのは、彼が目覚める瞬間だ。

「ん……」

 低く、良く通る声が薄い唇からもれた。
 うっすらと長いまつげの向こうから、煌めくルビーが現れる。そのなかに、微笑む自分の顔が映る。

「旦那さま」
「ああ、レティシアナ」

 整い過ぎて冷たさを感じる顔が、途端に柔和な印象に変わる。
 へらりと笑う口。
 優しく自分を見つめる目は、笑み崩れている。
 妻である自分だけに向けられる、唯一無二の笑顔を持つレティシアナの旦那さま。

「良く眠れましたか?」

 尋ねると、ぎゅうっと抱きしめられた。

「眠れた! 良い夢を、見たぞ。レティシアナが出てきた!」

 無邪気な声。十九歳であるレティシアナより、十歳年上とは思えないほど、少年みたいな声。
 彼は婚姻を結んだ日から、レティシアナを大切にしてくれていた。
 いや、顔合わせした時から、何かと気遣ってくれた。
 なんて、優しいひとだろう。

「わたくしは、笑っていました?」
「わからん! すぐに抱きしめたから、顔は見えなかった。うん、もったいないことをしたなあ」
「でしたら、今のわたくしを見てくださいね」

 ふと腕の力が抜けた。
 そして、真紅の目がレティシアナを覗き込む。
 そのまま、引き寄せられ、唇に口づけが落とされた。

「へへ、レティシアナは可愛いなあ」

 無邪気に笑う旦那さまに、レティシアナもつられて笑ってしまう。
 人前では威厳ある態度を崩さないという、旦那さまだけど。
 レティシアナの前では、ただただ愛しいほど子供になる。
 即位した時より人としての名前を捨て大陸の頂点に立つ、龍王。
 レティシアナの旦那さま。
 龍王の至宝となり、半年。
 二人の朝は、とても穏やかに訪れる。
 二年前の自分は、こんなにも幸せになれるとは想像もしていなかった。


 十七歳のレティシアナは、龍王の加護を受ける国のひとつで暮らしていた。
 龍王が住まう神国を中心に、北国、東国、南国、西国と呼ばれる四つの国がある龍治大陸。
 国名のとおり、龍治大陸の東に位置する東国の王が、レティシアナの父親だ。
 レティシアナの母親は、身分の低い出であったが、父親である王に真に愛された存在であった。
 その母親に良く似たレティシアナも、父親から一心に愛された。
 それ故に、他の妃たちからは陰湿な陰口を囁かれるのは避けられぬことだった。
 実害はない。
 王の寵姫や愛娘に手を出せば、身の破滅は免れないのだと賢い妃たちはよく分かっていたのである。
 シアナスが王である父親の名前だ。
 その名を一部として与えられたレティシアナは、王の深い愛情に守られていた。
 しかし、心まではどうにもならない。
 陰口のみとはいえ、幼い姫にとって、大人からの嘲笑は耐えられるものではない。
 レティシアナの表情が翳るのを見た母親である寵姫は、王に懇願した。娘に盾を、と。
 陰口すらできぬほどの、守りを、と。
 そして、レティシアナが五歳の時に婚約が結ばれた。
 相手は、二歳年上の侯爵子息。
 王の剣として名を馳せている騎士の息子であった。

 五歳と七歳の、若い婚約者たちは、兄妹のように仲が良かった。
 騎士の息子は年上らしく、レティシアナに優しくしてくれた。
 レティシアナも、よく懐いた。
 彼が婚約者になってから陰口が無くなったのだ。
 レティシアナにとって、彼はまるで英雄だ。

「カイトさま」

 名を呼べば、手を差し伸べてくれる。
 笑顔を見せてくれた。
 今思えば、王の愛を得て、王の至宝とまで呼ばれていたレティシアナを大切にするのは、彼にとって家の為にすべき義務だったのかもしれない。
 その考えに至らないほど、レティシアナは初恋に盲目で、そして、愛されていると信じる傲慢さがあった。
 何もわかっていなかった。
 国の姫として生まれるということの意味も、王に仕える彼の気持ちも。
 何も分かっていなかったのだ。
 ただ寵姫に似ただけの、綺麗な人形。
 気持ちを慮れなかったレティシアナ。そんな彼女を人形と揶揄した妃たちの言葉は正しい。
 だから、なのだろう。
 十七歳の春。
 神殿が招いたという異世界の聖女の手を、彼が取ったのは。
 婚約者が聖女と姿を消して、二年。
 十九歳になったレティシアナは、自分が彼らを追い詰めたのだろうと信じていた。

 龍王の至宝として見出されるまで、己を恥じていたのだ。
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