【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり

文字の大きさ
2 / 23

ニ、わたくしの旦那さま

しおりを挟む
 聖女をレティシアナは見たことがない。
 龍王ではなく、神を崇める神殿とは関わるなと、父親に言われていたからだ。
 もともとは海の向こうにある信仰を龍治大陸に持ち込んだのが、神殿だ。
 時の龍王が許したから、存在できた神殿。
 他の大陸では信者を得られるのは容易かったかもしれないが、龍治大陸では何百年経とうが、遅々として信者は増えなかった。
 龍王に支援を願い出て、ようやく成り立つ状況に焦ったのか、彼らは異世界へと手を伸ばし、年若い少女を招いたのである。
 少女を聖女として触れ回ることにより、人々の関心を得ることに成功したのだ。
 爆発的にではないにしろ、信者を増やすこととなった神殿は勢いづくこととなり。
 唯一神殿を建てることを許されていた神域と称する場所から飛び出し、各国に新たに神殿を建てるようになったのである。
 当然、龍王を蔑ろにする行為に王たちは抗議したが、神殿は統治が届きにくい辺境の民を味方に付けたのだ。
 元々不満の溜まっていた民は、神殿を守り、聖女を至高の存在とした。
 そうして、国の端とはいえ、神殿の存在を許してしまう事態が起きた。
 聖女が現れてから、たった一年のことである。
 だから、レティシアナは王の娘として、会うことはできなかった。
 王は、神殿と聖女を受け入れていないからだ。
 聖女について知っているのは、まだ十四歳だということ。
 病や傷を癒せることぐらいだ。
 当時、十六歳であったレティシアナは、ただ漠然と大変なことが起きたのだな、としかわからなかった。
 王宮の奥に住むレティシアナにとって、聖女とはとても遠い存在でしかない。
 ときおり、母親と共に慰問で訪れる孤児院の方が、まだ身近であった。

 そんな時だ。
 各国が話し合い、辺境の民に安寧を与えた聖女に感謝を捧げるという名目で騎士を神殿に派遣することが決まったのは。
 真の目的は、神殿の実態調査だ。
 神殿への牽制とすべく腕が立ち、国に忠実な者たちが選ばれた。
 その騎士たちのなかには、レティシアナの婚約者であるカイトも居た。
 とても名誉あることなのだと、皆が口々に言う。
 レティシアナも、カイトが騎士として忠誠心が高いことを知っていた。
 父親である王の信が篤い、素晴らしい騎士なのだと誇らしく感じた。
 だが、同時に危険に飛び込む彼の身を案じてもいた。
 だから、彼の目と同じ色のトパーズに願いを込めて魔除けとして贈った。
 カイトは目を細めて、トパーズと一緒に神殿に赴き。
 そして一年後、聖女と共に姿を消したのだ。

 ひらり、ひらり。
 薄桃色の花びらが視界の隅で舞う。
 窓辺に座るレティシアナは、刺繍の手を止めた。

「……旦那さま、何をしていらっしゃるの?」

 レティシアナの不思議そうな問いかけに応えるのは、窓の近くにある木に登っている龍王だ。
 金糸で彩られた白いシャツとズボンは、泥だらけである。漆黒のマントも、何故かよれていた。
 龍王はへらへらと笑うと、腰にさげた篭から花びらを掴み、レティシアナの方へと向けて放つ。
 無数の花びらが舞いながら、落ちていく。

「いや、執務に区切りついたのでな。そうしたら、庭にある桜の木が満開じゃないか! 桜と言えば可憐。可憐ときたら、レティシアナだ!」
「えっと、ありがとうございます?」

 褒められたのだと受け取り、お礼を言うレティシアナ。

「どういたしまして!」

 龍王は嬉しそうに笑うと、木から窓枠に飛び移る。

「まあ! 旦那さま、危ないです!」
「だーいじょうぶ! 子供の頃は、もっと無茶したからな!」

 そして、ひらりと部屋に入る龍王。
 篭を近くのテーブルに置くと、中から桜を模した髪飾りを取り出した。

「これは、俺が桜の花びらを拾っている間に、部下に買いに行かせた髪飾りだ。レティシアナへの贈り物だ!」
「まあ!」

 二十九歳の美の化身がせっせと桜の花びらを拾う姿を想像し、レティシアナは目を瞬かせた。
 見た目だけなら似つかわしくない行為だが、何故か簡単に思い浮かんでしまう。
 そして、部下とは龍王が一番信頼している宰相ではないだろうか。違っていてほしい。宰相とは気軽に使える存在ではない。
 しかし、龍王が簡単にお使いを頼むのは、彼しかいないのだ。
 他の臣下たちに頼むと凄く反発してくるから頼めない、と言っていたのを覚えている。

「旦那さま、嬉しいです。でも、お召し物が汚れてしまっていますよ」

 色々考えた末、レティシアナは無難なことを指摘した。

「あー、地べたに座ったからな。よし、レティシアナ。一緒に湯殿に行こう!」
「え、あの」

 無難を選んだら、とんでもない言葉が返ってきた。

「湯殿は遠いよな。そうだな、レティシアナ。俺が連れて行く!」
「は、あの。湯殿でしたら、夜に……」
「時間なんか、関係ない。俺が背中流すよ」
「そ、そんな、悪いですし、その」
「先触れを出す! 早く湯を沸かしてもらわないと!」

 慌てるレティシアナをよそに、龍王は軽々と彼女を抱き上げた。お姫様抱っこである。
 ちなみに、部屋には数名の侍女が控えていたが、龍王が部屋に飛び込んだ時点で皆お仕着せの裾を持ち、無表情で顔を伏せている。
 無我の境地に達しているようだ。
 龍王は尊敬すべき、統治者である。
 しかし、妻の前では無邪気な少年になるのは、ここでは常識だ。
 賢く従順で有能な彼女たちは、湯殿の単語が出た時点で既に連絡を出していた。もはや、言葉はいらないのだ。

「レティシアナ! 今日はもう寝室に……」
「だ、旦那さま!」

 直球過ぎる龍王の行動に、いつまでも慣れないのはレティシアナだけである。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

処理中です...