幸せな脇役

文月ゆうり

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最終話 幸せな脇役

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 運命の日は、やってきた。

「こーら、動かないの」
「で、でも……」
「いいから、じっとしてて」
 わ、私は今、お嬢様の部屋に居るのだけど。
「ほら、真っ直ぐ鏡を見て」
「は、はい……」
 何故か、お嬢様に髪を結っていただいている。
 お嬢様は、お昼からのパーティーに合わせてドレスアップしている。髪にお花とか編み込まれていて、とても綺麗です。
 私はというと、お嬢様に頂いたワンピースを着ています。フリルが、ちょっと落ち着かない。
 ワンピースをお嬢様に見ていただこうと、お部屋に寄ったら今の状況になりました。何故。
「せっかくのパーティーなんだから、うんと可愛くなりましょう? ね、お願い」
 と、お嬢様に言われてしまえば、私が逆らえる筈もなく。こうして、髪を結われ、お、お化粧までされているのです。
 は、恥ずかしい!
「よしっ、と。出来上がり! うん、とっても可愛いわ」
 お嬢様はそう言ってくださるけど、私は恥ずかしくてまともに鏡を見られないでいた。可愛いなんて、私には無縁の言葉だ。うう、顔上げられない。
「もうっ、もっと自信を持っても良いのに」
「うー……」
 そんなやり取りをしていると、扉がノックされる。
「お前達、もう時間だよ」
 旦那様だ。扉越しに、パーティーの開始を伝えられる。
「はーい、今行きます」
「ううー……」
 お嬢様、私恥ずかしいです。

 村の広場では、大勢の人が集まっていた。
「あっ、お嬢様! ご成人おめでとうございます!」
「お誕生日、おめでとう!」
「女神様のご加護を!」
 主役の登場に、わっと広場に歓声が上がる。
「ありがとう、皆!」
 お嬢様、凄く嬉しそう。良かった。
 パーティーが始まると、皆はご馳走を食べたり、男の人は葡萄酒を煽る。
 楽器を弾いて場を盛り上げる人も居る。
 お嬢様は、皆に挨拶して回っている。
 お嬢様、楽しそう。皆も、祝福しているのが分かる。いい雰囲気だ。
 あ、ジャスティ様がお嬢様の側に来た。何やら話してる。顔が赤い。
 きっと、
「その、に、似合っているのでは、ないか」とか言ってるに違いない。
 ジャスティ様が一番乗りか。あ、クウリィ様もやってきた。ジャスティ様を押し退け、お嬢様の手を取っている。
 あ! お嬢様の手の甲にキスした! さすがクウリィ様! 危険人物!
 おおっと、ジャスティ様がクウリィ様に詰め寄った! 凄い怒っている。
 このまま、喧嘩騒ぎかと思いきや、ジーン様登場だ! お二人を諌めるジーン様! だまるお二人。と、おお! 静かになった二人の隙をついて、お嬢様に近付くジーン様! なかなかの策士だ。優しい微笑みで、お嬢様を誉めているようだ。
「……良かった」
 呟く。
 今日という日。お嬢様は、これからの仲間となられる方達と良好な関係を築かれた。
 お嬢様の苦難に満ちた旅路は、きっと彼らと共に乗り越えられるだろう。
 ホッと息を吐いた時だった。
「……そんな隅で、何して、るの?」
 クリフ様に、背後から声を掛けられてしまった!
 せっかく良い物陰に隠れていたのに!
「か、隠れてます」
 クリフ様に顔が見えないように、私は俯き答える。
「なんで?」
「え、えっと、その……」
 お嬢様にして頂いたお化粧が恥ずかしいから、だなんて言えない! せっかくのお嬢様の好意を無駄にしてしまう。
 私は更に俯く。
「もしかして、体調、悪い?」
「い、いえ! 体調は万全です!」
 クリフ様に心配を掛けてしまった。駄目だな、私。
「だったら、どうして、顔隠すの」
「だ、だって……」
 お化粧、似合っていない気がして……。
「僕、たくさん、探した。なのに、顔隠すの、失礼だよ」
「う……」
 確かにそうだ。人と会話をして顔を逸らすなど、失礼にも程がある。
 私は、おずおずと顔をあげる。ぎこちない動きなのは、仕方ない。うう、恥ずかしい。
「……」
 クリフ様は無言だった。
 うう、分かりきっていたこととはいえ、無言はショックだ。
 気まずい。
「あ、あの、クリフ様?」
「あ……」
 私に話し掛けられ、クリフ様は驚いたようだ。
「びっくり、した……」
「す、すみません。驚かせてしまって!」
「違う」
 慌てて謝る私に、クリフ様は否定する。違う、とは?
「似合って、て、驚いた……」
 と言って、照れたように笑うクリフ様。
「えっ、あの」
 わ、私、誉められた? しかも、クリフ様に?
 どうしよう。嬉しい。
「あ、ありがとう、ございます」
「うん」
 頷くクリフ様。うう、また恥ずかしくなってきた。
 と、その時。広場から軽快な音楽が流れてくる。ダンスが、始まったのだ。
 すっと。クリフ様が、手を差し出してくる。
「あ……」
「ダンス、一緒に、行こう」
 そう言って笑うクリフ様があまりにも眩しくて、私はクリフ様の手を取る。ひんやりとしていて、とても気持ちの良い手だ。
 そのまま、私達は広場へと向かった。
 広場では、皆が楽しそうに踊っている。
 老若男女関係なく、手を取り合い、笑い合う。
 紙吹雪も舞う。視界の隅ではお嬢様を取り合う騎士様の姿。あまりにもいつも通りで、私は笑ってしまう。
 初めて踊るダンスだからか、クリフ様の動きはぎこちない。その姿が微笑ましい。
 音楽は何度も変わる。テンポの早い曲。遅い曲。全てを、私はクリフ様と踊った。楽しくて、楽しくて。笑いが途切れない。
 なんて楽しいパーティーだろう。
 お嬢様も笑っていらっしゃる。なんて素敵な日だろう。
 私は、この日を絶対忘れない。
 ダンスも終盤になった頃、広場にざわめきが広がる。
 皆の視線が、一人へと集まる。
 お嬢様だ。
 天から光が降り注ぎ、お嬢様へと集まっていく。
「女神様の、光じゃ……」
 誰かが呟く。
「女神様の、祝福が……」
 静まり返る広場。
 降り注ぐ光に、淡く光るお嬢様。
 神託が、お嬢様へと下りたのだ。
「神託の乙女よ」
 ジャスティ様、クウリィ様、ジーン様がお嬢様へと膝をおる。
 とても美しい光景だ。
 とても、美しく、そして……。
「泣いてるの?」
 隣に立つクリフ様が、心配そうに言う。私の頬は涙に濡れていた。
「……涙が出るのは、何故でしょうね」
「……」
 涙を流し続ける私の側を、クリフ様は離れないでいてくださった。


 自分が神託の乙女であり、世界の異変を知る為に必要だと分かると、お嬢様は直ぐ様旅立ちの準備を始めた。
 そして、誕生日の翌朝。お嬢様は、ジャスティ様達と精霊の森へと向かわれる事となった。
「無事に帰ってきなさい」
「ええ、お祖父様。精霊の森から、うちの村まで往復で六日よ。心配しないで」
 お屋敷の前で、抱き合うお嬢様と旦那様。
「孫娘のこと、宜しくお願いします」
「ああ、任せろ」
「すーぐ帰ってくるからさ」
 ジャスティ様とクウリィ様が旦那様を安心させるように言う。
「旅の間、お嬢さんは我々でお守りします」
「僕、頑張る」
 ジーン様とクリフ様も、頼もしい。
 お嬢様は、絶対大丈夫だ。
 お嬢様が、私へと視線を向ける。
「お祖父様のこと、よろしくね」
「……はい」
「貴女も、風邪を引かないように」
「はい、お嬢様」
 私とお嬢様は抱き合った。お嬢様にしてみれば、初めての村の外だ。不安で仕方ないのだ。
「お嬢様、私は大丈夫ですよ。だから、お嬢様もお気をつけて」
 私は心からの言葉を伝えて、お嬢様から離れた。
 お嬢様は、ジャスティ様達の元へと行く。とうとう旅立ちの時だ。
 ふと、クリフ様と目が合う。
 私は、クリフ様と過ごした日々を思いだし、目頭が熱くなるのを感じた。
「いってらっしゃいませ」
 私は、深々と礼をする。どうか、皆様ご無事で。
 お嬢様達は、旅立たれていった。

 皆様が居なくなり、がらんとしたお屋敷で、私と旦那様は静かに一日を過ごした。私は、ずっと旦那様の側に居た。
「お前も寂しいのかい」
 と、旦那様は優しく微笑んでいた。
 夜。
 私は、自室のベッドの上で、女神様に祈りを捧げていた。
 どうか、どうか、お嬢様の未来が幸福で満ちていますように。
 祈り、目を開ける。
「……明日」
 明日、私達の村は魔物の群れに襲われる。
 私は、知っていた。そして、その事を隠していた。
 邪神。世界を憎む女神様の双子の姉妹神。
 邪神が、村を……村に住む全ての人間を根絶やしにしようとする。邪神の執着は凄まじい。一度狙われれば、逃れる術は例外を除いて無い。
 だから、私は黙っていた。村の人に話しても、混乱は増すだけ。逃げられないのだから、残酷だ。
 邪神は、予言の乙女──聖なる乙女であるお嬢様の心を傷付けたいのだ。心が深く深く傷付けば、お嬢様は女神様の加護を受け取りにくくなる。それを、狙っているのだ。
 そして、その楔に私達が選ばれた。
 お嬢様が、精霊の森から帰った時に見つけるのは、村の残骸だ。
 お嬢様は、絶望を知るだろう。そして、女神様の加護が薄れてしまう。
 ……その傷は、旅の仲間──ジャスティ様達との絆で癒えていくけれど。
 お嬢様の事を考えると胸が痛む。
「……でも、安心してください。お嬢様」
 私達には、女神様がついています。
 邪神から逃れる為の例外。それは、女神様です。
 私達は、魔物に襲われる前に女神様に救われるのです。女神様がお造りになられた楽園──『永久の楽園』に、私達は召されるのです。
 だから、皆無事ですよ。
 ただ力を使い過ぎてしまった女神様が力を回復なさるのは、旅の終盤でのこと。お嬢様に私達の無事を伝えられるのも、その頃だ。
「皆、無事。だけど……」
『永久の楽園』に召された時点で、外界との接点は失われてしまう。生身で、『永久の楽園』へと触れる事は出来ないのだ。
 皆、無事。だけど、お嬢様とは永遠の別れであることは変わらない。それが、酷く心苦しい。
 お嬢様……。
「私は、幸せでした。貴女と出会えて本当に……っ」
 だから、お嬢様。
 私は、ずっとお嬢様の幸せを願っています。旦那様や村の皆と一緒に。
「幸せで、ありますように」
 私は、願いを捧げ、眠りについた。

 次に目を開けると、私は草原に立っていた。
 さわさわと、穏やかな風が吹く。
「あれ……?」
 私はぼんやりと呟く。私は、どうしていたのだっけ。
「──……」
 誰かが私を呼んでいる。
 視線を向ければ、こじんまりとした一軒家。
 知っている家だ。お屋敷に来る前に私が住んでた家だ。
 家の前に、人影が見える。二つ。
 男の人と女の人。
 あ!
「お父さん、お母さん……っ」
 二人は微笑んでいる。
 私は、二人の元へと走り出した。
 これからは、ずっと一緒に居られる。
 そう確信して。

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