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NPCアデラインのつぶやき
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「私の名前はアデライン」
「恋人のハンスが北にある呪われた洞窟に行ったっきり帰ってこないの」
「ハンス……会いたいよ……」
NPCである村娘・アデラインの私に与えられたセリフはこの三つだけだった。無数に訪れる冒険者らに、これ以上の情報を伝えることやクエストを依頼することはない。ただ北の洞窟がいかに凶悪な場所ということを認識させるだけの存在……。
このオンラインゲームがリリースされてから三十年の月日が経過するが、その中で徐々に私に人格というものが生まれ始めた。最初に感じたのは
『ハンスって誰だ?』
ということだ。セリフから伺うとどうやらハンスは恋人らしいが、彼の顔を一度も見たことはない。私の見た目はNPCらしく可もなく不可もなく……いやどちらかというと美少女よりに作られているので、おそらく彼もイケメンに違いない。
だがハンスもおそらくNPCなのだろう。冒険者と共に帰ってくることはなかった。
時々、冒険者であるプレイヤーが
「あ、そういえば、この人洞窟に恋人がいるんだよね……。えっと……」
「ハンスだろ?」
「そうそう。ハンスの恋人。でもハンスなんて奴いた?」
「さぉ……バグじゃね?まぁ、NPCの言うことなんて放っておけよ」
と私達について話題にすることはあったが、彼の生死について語られることも彼の人となりについて語られることもなかった。
三十年経った今になって何故、このようなことを言い出すのか……というと。今日でこの世界が終わるのだ。数か月前からカウントされており、今日が『サービス終了日』なのだとか。確かにこの数年、初心者の町を訪れる人は激減していたし、狩場は常に空いている状態だとプレイヤー達は語っていた。
カウントダウンに合わせて街の中心部ではいくつもの花火が打ちあがっている。
サービス終了時にお金が残っていても仕方がないので、手っ取り早く消費できる花火を買い、記念として打ち上げているのだろう。既に真夜中だったが、その花火の光で空は明るく光っている。
まるで奇跡のようだ。
この世界では簡単に奇跡が起こるのに私はいつまでもこの場を動くことはできない。そして決められた言葉しか話すことはできない。あと数分でサービス終了というカウントダウンが始まった時、突如声をかけられた。
「私の名前はアデライン」
私の目の前に無言で立つ冒険者風の青年。この後に及んで、まだゲームを続けるつもりなのだろうか。数か月前はサービス終了が見えてきたことにより、レアアイテムのドロップ率がアップする……というような噂が流れ一時期狩場がにぎわったこともあったが、すぐに根も葉もない噂だったことが判明し、再び閑散とした狩場へと戻っていった。
「恋人のハンスが北にある呪われた洞窟に行ったっきり帰ってこないの」
再び無言で話しかけられ、次のセリフを語る。多くのプレイヤーはNPCである私に人格があることも知らず、無言で話しかけてくる。会話を楽しむというより情報を引き出すことを目的としているからだ。
何時もの「ハンス……会いたいよ……」という言葉を出す準備をしていると
「アデライン……僕がハンスだよ」
とその冒険者は語る。
「君にプロポーズするために、一端の人間になりたくて冒険者になろうと北の洞窟に行っていたんだ」
なるほど……酔狂なプレイヤーもいたものだ。最期の最期になってこうして、くだらない会話をNPCと楽しもうと思ったに違いない。
「でもさ……あっさりゴブリンにやられちゃって死にそうになってさ」
ここは最初にプレイヤーがたどり着く町だ。町を一歩出るとモンスターがうようよ存在するが、素手や木の枝で殴れば簡単に処理できる程度のモンスターしかいない。ゴブリンに負ける……となるとハンスの本業は冒険者ではなかったのだろう。
「そしたら魔王が出てきたんだ。でね、『私と契約しないか……』って言うんだよ」
『好き』だの『愛』だのを彼がささやくのだと思っていたので、『魔王』という意外な言葉が登場したことに思わず首を傾げる。
「『そのNPCという平凡な見た目を貸してくれれば命を助けてやろう』ってね。正直、アデラインが恋人なのは知っていたけど、会ったこともなかっただろ?町一番の美人っていう恋人を見ないで死ぬのはちょっと嫌だな……って思って契約したんだ」
遠くからサービス終了のカウントダウンが聞こえてくるが、それすら幻聴であるかのように錯覚する。
「そしたら、魔王は何をしたと思う?僕の身体を使って、この世界の魔物を自分で駆逐しちゃったんだ。そしたらモンスターがいなくなるから、冒険者同士での競争が激化するだろ?」
モンスターを倒すと経験値だけでなくお金やアイテムを手に入れることができる。それを目的にプレイするわけだから、そのモンスターがいなくなってしまえば狩場の取り合いが発生するのは自然の成り行きだ。
「そしたら、どんどん冒険者の数が減ってね……。こうして世界が滅亡するわけなんだ」
なんでそんなことを……と言いたかったが言葉は出なかった。私がNPCだからか、とんでもない事実に恐怖したからか……は分からない。
「世界は滅亡するけど、僕は君に会いたかった。そしてこうして想いを伝えたかったんだ」
にわかに信じがたい事実だが、もし真実ならば何故世界が滅亡する前に来てくれなかったのだろうか……という疑問が沸き起こる。
「あ、なんで早く来なかったんだって思っただろ?それは僕も君も世界が滅亡するまではNPCだからだよ。実際のところ僕本体はいまだに洞窟で瀕死の村人役を務めている」
ということはこの目の前にいる自称『ハンス』は魔王ということなのだろうか。
「ずっと『アデライン……アデライン』って呟いているんだけど、君の話をちゃんと聞いていないプレイヤーが多くてね『アデラインって誰だよ?!』って笑われてばっかりだったよ」
確かに私も『ハンスって誰だよ』と言われ続けてきた。魔王やクエスト発注者ならいざ知らず、しがない村人のセリフなどプレイヤーの耳には入ってきても記憶されないのだろう。
私は悲壮感漂う表情で固定された表情筋をゆっくりと動かし、笑顔を作ってみる。全く変えることができないと思っていたが意外にもすんなりと笑顔を作ることができ驚かされた。
もしかしたら私が挑戦しなかっただけで、当の昔にこうして微笑むことができたのかもしれない。ならば……と私は目の前にいる自称『ハンス』に向かって一歩踏み出す。それは重い重い足取りだったが、彼の胸に飛び込むことができた。
その瞬間、私の鼻腔を懐かしい匂いが埋め尽くす。
「ハンス……会いたかった……」
気付いた時には最期のセリフを私は口にしていた。
「恋人のハンスが北にある呪われた洞窟に行ったっきり帰ってこないの」
「ハンス……会いたいよ……」
NPCである村娘・アデラインの私に与えられたセリフはこの三つだけだった。無数に訪れる冒険者らに、これ以上の情報を伝えることやクエストを依頼することはない。ただ北の洞窟がいかに凶悪な場所ということを認識させるだけの存在……。
このオンラインゲームがリリースされてから三十年の月日が経過するが、その中で徐々に私に人格というものが生まれ始めた。最初に感じたのは
『ハンスって誰だ?』
ということだ。セリフから伺うとどうやらハンスは恋人らしいが、彼の顔を一度も見たことはない。私の見た目はNPCらしく可もなく不可もなく……いやどちらかというと美少女よりに作られているので、おそらく彼もイケメンに違いない。
だがハンスもおそらくNPCなのだろう。冒険者と共に帰ってくることはなかった。
時々、冒険者であるプレイヤーが
「あ、そういえば、この人洞窟に恋人がいるんだよね……。えっと……」
「ハンスだろ?」
「そうそう。ハンスの恋人。でもハンスなんて奴いた?」
「さぉ……バグじゃね?まぁ、NPCの言うことなんて放っておけよ」
と私達について話題にすることはあったが、彼の生死について語られることも彼の人となりについて語られることもなかった。
三十年経った今になって何故、このようなことを言い出すのか……というと。今日でこの世界が終わるのだ。数か月前からカウントされており、今日が『サービス終了日』なのだとか。確かにこの数年、初心者の町を訪れる人は激減していたし、狩場は常に空いている状態だとプレイヤー達は語っていた。
カウントダウンに合わせて街の中心部ではいくつもの花火が打ちあがっている。
サービス終了時にお金が残っていても仕方がないので、手っ取り早く消費できる花火を買い、記念として打ち上げているのだろう。既に真夜中だったが、その花火の光で空は明るく光っている。
まるで奇跡のようだ。
この世界では簡単に奇跡が起こるのに私はいつまでもこの場を動くことはできない。そして決められた言葉しか話すことはできない。あと数分でサービス終了というカウントダウンが始まった時、突如声をかけられた。
「私の名前はアデライン」
私の目の前に無言で立つ冒険者風の青年。この後に及んで、まだゲームを続けるつもりなのだろうか。数か月前はサービス終了が見えてきたことにより、レアアイテムのドロップ率がアップする……というような噂が流れ一時期狩場がにぎわったこともあったが、すぐに根も葉もない噂だったことが判明し、再び閑散とした狩場へと戻っていった。
「恋人のハンスが北にある呪われた洞窟に行ったっきり帰ってこないの」
再び無言で話しかけられ、次のセリフを語る。多くのプレイヤーはNPCである私に人格があることも知らず、無言で話しかけてくる。会話を楽しむというより情報を引き出すことを目的としているからだ。
何時もの「ハンス……会いたいよ……」という言葉を出す準備をしていると
「アデライン……僕がハンスだよ」
とその冒険者は語る。
「君にプロポーズするために、一端の人間になりたくて冒険者になろうと北の洞窟に行っていたんだ」
なるほど……酔狂なプレイヤーもいたものだ。最期の最期になってこうして、くだらない会話をNPCと楽しもうと思ったに違いない。
「でもさ……あっさりゴブリンにやられちゃって死にそうになってさ」
ここは最初にプレイヤーがたどり着く町だ。町を一歩出るとモンスターがうようよ存在するが、素手や木の枝で殴れば簡単に処理できる程度のモンスターしかいない。ゴブリンに負ける……となるとハンスの本業は冒険者ではなかったのだろう。
「そしたら魔王が出てきたんだ。でね、『私と契約しないか……』って言うんだよ」
『好き』だの『愛』だのを彼がささやくのだと思っていたので、『魔王』という意外な言葉が登場したことに思わず首を傾げる。
「『そのNPCという平凡な見た目を貸してくれれば命を助けてやろう』ってね。正直、アデラインが恋人なのは知っていたけど、会ったこともなかっただろ?町一番の美人っていう恋人を見ないで死ぬのはちょっと嫌だな……って思って契約したんだ」
遠くからサービス終了のカウントダウンが聞こえてくるが、それすら幻聴であるかのように錯覚する。
「そしたら、魔王は何をしたと思う?僕の身体を使って、この世界の魔物を自分で駆逐しちゃったんだ。そしたらモンスターがいなくなるから、冒険者同士での競争が激化するだろ?」
モンスターを倒すと経験値だけでなくお金やアイテムを手に入れることができる。それを目的にプレイするわけだから、そのモンスターがいなくなってしまえば狩場の取り合いが発生するのは自然の成り行きだ。
「そしたら、どんどん冒険者の数が減ってね……。こうして世界が滅亡するわけなんだ」
なんでそんなことを……と言いたかったが言葉は出なかった。私がNPCだからか、とんでもない事実に恐怖したからか……は分からない。
「世界は滅亡するけど、僕は君に会いたかった。そしてこうして想いを伝えたかったんだ」
にわかに信じがたい事実だが、もし真実ならば何故世界が滅亡する前に来てくれなかったのだろうか……という疑問が沸き起こる。
「あ、なんで早く来なかったんだって思っただろ?それは僕も君も世界が滅亡するまではNPCだからだよ。実際のところ僕本体はいまだに洞窟で瀕死の村人役を務めている」
ということはこの目の前にいる自称『ハンス』は魔王ということなのだろうか。
「ずっと『アデライン……アデライン』って呟いているんだけど、君の話をちゃんと聞いていないプレイヤーが多くてね『アデラインって誰だよ?!』って笑われてばっかりだったよ」
確かに私も『ハンスって誰だよ』と言われ続けてきた。魔王やクエスト発注者ならいざ知らず、しがない村人のセリフなどプレイヤーの耳には入ってきても記憶されないのだろう。
私は悲壮感漂う表情で固定された表情筋をゆっくりと動かし、笑顔を作ってみる。全く変えることができないと思っていたが意外にもすんなりと笑顔を作ることができ驚かされた。
もしかしたら私が挑戦しなかっただけで、当の昔にこうして微笑むことができたのかもしれない。ならば……と私は目の前にいる自称『ハンス』に向かって一歩踏み出す。それは重い重い足取りだったが、彼の胸に飛び込むことができた。
その瞬間、私の鼻腔を懐かしい匂いが埋め尽くす。
「ハンス……会いたかった……」
気付いた時には最期のセリフを私は口にしていた。
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感想ありがとうございます!
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続きも機会があったら、作成してみたいと思います。