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本編 絶倫男爵に取り憑かれた王子と見鬼の私

押し倒すど!

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その次の週半ば、およそ一週間ぶりに訪れた此原の部屋で、ハンナはいきなり此原に押し倒されていた。

「やっと来たね、待ちわびたよ」

爛々と燃える瞳が見下ろしている。
ハンナは、向けられた激しい欲望に唾を呑む。

予定が狂った。
絶倫男爵に憑かれていても、これまで紳士な振る舞いを失わずにいた此原だったが、今夜の此原は余裕が無いようだ。
やはり、自慰だけでは解消されなかったか。
ハンナはちらりと、鞄に目を移す。
此原を悩殺しようと持参したスケスケ下着だが、出番は次に持ち越しのようだ。

「すいませんお待たせして。苦しい思いをされたでしょう」
「ああ、とても苦しかった」
「あの、先にシャワー……」
「無理、待てない」

此原はハンナの首に顔を埋め、吸い付く。
シャツのボタンをもどかしげに外す様子を見ながらハンナはポツリと漏らした。

「今夜は私から誘惑するつもりだったんですが……」

はたと手を止め、此原はハンナを凝視する。

「なんだって?」
「際どい下着も持参してみました。お好きか解りませんが」

此原はハンナの上半身を起こし、ガバッと抱きついた。

「広瀬さん……っ!」

ふるふると震える此原の背中に手を回し、ハンナはあやす様にポンポンと叩く。

「どうされました?」

ずびびと鼻水を啜る音が聞こえ、ぎょっとした。

「嫌々僕に付き合ってくれていたのかと……実はもう、来てくれないかとも思ってた」
「えっ、先週高らかに決意を語ったのに」
「気が変わって見捨てられるかと……広瀬さんを怒らせたでしょ、僕」
「見捨てる訳が無いですよ」

此原が身体を離してハンナを窺う。
迷子の子犬のように不安な表情を浮かべる此原に、胸がきゅうと締め付けられた。
手を伸ばし、目元に光る涙をそっと指で拭った。

「不安にさせてすみません。大丈夫、信じてください、最後までお付き合いします」
「広瀬さん……」

此原は顔を伏せたまま訊ねる。

「キスして良い?」

わざわざ訊くなんてどうしたんだろう。

ハンナは頷き目を閉じた。
頬に手が添えられ、柔らかな唇が優しく触れた。
そのまま、何度も啄むように重ねられる。
やがて、そっと離れると、此原はハンナの両手を取った。
目を開ければ、はにかむように笑う此原がいる。

「ごめんね、落ち着いたよ。先に食事をしようか」



「じゃあ、さっそく誘惑されようかな」

ハンナはバスローブの袷を持ってモジモジしていた。

いざとなったら急に恥ずかしくなってきた。
たいしてスタイルが良いわけでもないのに、こんな際どい下着をつけるなど……
身の程しらずな真似をしているのでは。

「やっぱ止めて良いですか」
「えっ?!それは酷いよ、めちゃくちゃ楽しみにしていたのに」
「だって、絶対、場が凍りますよ。良く見たらさほど色っぽくもなけりゃ、面白くもないし」

ハンナは首もとから下着を覗き込む。

「面白さは求めなくて良いんじゃないかな」
「むしろ笑ってくれた方がマシなんですよ!」
「え、それで僕はどうすれば良いの?」

ベッドに入り、既に準備万端だった此原は上半身を起こした。

「マジック貸してください、腹に顔を書きます」
「止めなよ」

此原はベッドから出てハンナの手を取って引っ張る。

「もう良いから見せて、待てないよ」

ベッドに寝かされてバスローブの前をはだけられた。ハンナは頬を染めて顔を横に向ける。

「ああ、綺麗だね、広瀬さんの白い肌を引き立てる色だ。際どい透け具合で……可愛くていやらしい」

具体的に誉めて頂きありがとうございます。

長い指が、薄いレースに包まれた胸を撫でた。

「見えそうで見えないのが……すごくそそるよ」

先端をくるくると刺激され、ハンナは身を震わせる。

とりあえず気に入ってもらえたようで良かった。
ランジェリー専門店の店員が鼻息も荒く選んでくれたイチオシの下着。
薄いブルーグリーンのレース下着。
かなり奮発したのだ。

「せっかく僕のために着てくれたんだから、このまましよっか。汚しちゃうかもだけど」

此原は胸の谷間に舌を差し入れた。

「あ、あ、はあっ!」

ブラの上から先端にしゃぶりつかれ、舌先で刺激される。
唾液でレースが湿り、尖って敏感になった蕾がレースで擦られてもどかしい。
ショーツの隙間から侵入し蜜をかき混ぜる指先が、粒を探り当てて小刻みに揺らす。

「あ、はあっ、お願い、此原さん」

ハンナは此原の腕を掴んだ。

「どうして欲しいの」
「下着を脱がせてっ」
「どうして?似合ってるのに……」
「直に触って欲しいんです!」
「僕に触って欲しいの?」

此原はショーツを脱ぎ取り、ブラに手を掛けた。
ハンナは涙目で此原に手を伸ばした。

「此原さんの舌も指も気持ち良すぎて……もう、おかしくなる」

ハンナの胸に吸い付いていた此原が顔を上げ、息を弾ませて尋ねる。

「今までで一番?」

ハンナは快楽に霞む頭で考える。

なんの順位だろう。

「僕とのセックスが一番気持ち良い?」

ああ、そういうこと。

ハンナは迷いなく答えた。

「此原さんとするのが一番気持ち良いです、こんなの、初めてなんです」
「僕もだ、広瀬さんが今までで一番……」

此原さんのそれは、絶倫男爵の妖気のせいだと思います。

しかし、ちゃんと空気を読めるハンナは口には出さなかった。


触れあう肌が気持ち良い。
舌を絡ませながら、快楽を混ぜ合わせて昂っていくこの時間が堪らなく好きだ。
優しく、時に激しくハンナの身体を撫でる手が好きだ。

「ハンナっ」

行為の終盤に名前を呼ぶ、切ない声も。

「はあああっ!」

侵入してきた固く熱いモノに、身体が喜び震える。
この瞬間、此原の意識はハンナだけに向いている。
此原が望むのは、ただの義務ではない愛あるセックス。
百回も王子の愛を受け取れるなんて、身に過ぎた幸せだ。
とにかく、今は此原との関係を楽しもう。
先のことはその時考えれば良いのだ。



「今日で三十八回……三分の一を越えましたよ、此原さん、この分なら十月には到達するかも」
「ふうん……ちゃんと数えてるんだ」

ハンナは驚いて此原を見た。

「当たり前でしょう、えっ、なに、此原さん、数えてないの?!」
「だいたいは把握してるよ」

だいたいじゃ駄目なんだよ。

きっかり百回が終わった時点で、絶倫男爵は此原から一旦離れる。
祝杯は三日三晩続けられるそうで、その期間中に誰かに媒体(カフス)を譲渡すれば、離れる確率は高まる。ぼやぼやしていたらまた憑かれてしまうかもしれない。

「従兄弟の方とは連絡が取れたんですか?」
「うん、今はイギリスにいるそうなんだけど、ちょうど十月には帰国して暫くこちらで仕事をするそうだよ。カフスを返したいと言ったら了承してくれた」
「本当にその方に返して良いんですか?」

ハンナの髪に顔を埋めながら、此原は答える。

「良いんだよ。昔から節操の無い奴なんだ。ドイツでも随分遊んでいたらしい。最近性欲が落ちて調子が悪いと溢していたから喜ぶだろ」
「へえ……エネルギッシュな方ですね。此原さんの従兄弟だけあっておモテになるんでしょうね。お顔は似てるんですか?」

此原はハンナを背後から抱きしめた。

「興味を持たなくて良い。広瀬さんはそいつには絶対会わないでね、僕がきちんと返却するから」
「ちゃんと取り憑き先が切り替えられたか確認したいんですけど……」
「嫌、駄目」
「遠くで見る分には構わないでしょう」
「……」
「考えておいてくださいね。私はそろそろ帰ります。明日も仕事ですし」

ハンナは此原の腕から抜け出した。
しかし、腰を抱かれてぐいと引き戻される。

「まだ帰らないで」
「こ、此原さん、どうしました」
「……実は……怖いんだ」

此原はハンナの腰に顔をつけて小声で言った。

「男爵が怖い」

ハンナは愕然として此原の頭を見下ろす。

今までそんなこと一言も言わなかったのに。

「大丈夫です、絶倫男爵は性欲を高めるだけで、その他の危害を加えることはありません」
「でも、人じゃ無いものが始終側にいると思うと……特に夜が怖いんだ」
「絶倫男爵は紳士ですよ、髭をカールさせたどちらかと言うとコミカルな雰囲気の。そうだ!省略してゼツダンと呼んでみてください、なんだか親近感が沸きませんか?」

しかし、此原の腕の力は弱まらなかった。
ぎゅっとハンナにしがみついて離れない。
ハンナはベッドサイドテーブルに置いてある時計を見た。
十一時。
これ以上遅くなると、今度はハンナの方が夜道を歩くのが怖くなる。
ハンナは思い悩んだ挙げ句、此原の頭をポンポンと叩いた。

「わかりました。今夜は泊まります」
「ほんとに?」
「その代わり、明日の朝は五時に起こして貰えますか?自力で起きられそうにないので」
「任せて」

此原は顔を上げ、嬉しそうに目を輝かせると、ハンナを抱き寄せる。

「じゃあ、もう一回出来るよね?」
「えっ」
「三十九回目このままする?」
「えっ、いや、あの」
「黙って」

此原はハンナの腰をがっちり押さえたまま、唇を塞いだ。

「今度は広瀬さんの顔を見ながらしたい」

とろんとした瞳で見つめ、不埒な事を囁く王子。
ハンナはまたもやきゅんとし、胸を押さえた。
此原は身体を起こすとハンナの腰を抱え、自らに股がらせる。腕を掴んで首にかけさせた。

「広瀬さん、膝立になって」

甘く命ずる美貌の王子に逆らえる訳もない。

所詮ハンナは庶民。
お慈悲を頂けることに感謝するべきでしょう。

膝立になり、目の前に突き出される格好になった裸の胸に此原がしゃぶりついた。

「ん、あ、はあっ、」

再び身体が熱と疼きに包まれていく。

……完全に王子に取り憑かれた。

ハンナは、この美しい男からどうやって逃げれば良いのか、皆目見当がつかなかった。
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