星の誓い〜異国の姫はアイスブルーの騎士に溺愛される〜

４．マリカの実-3

「お嬢さん、その実に手を触れてはいけません」


カリーナは驚いて手をひっこめる。
そして、改めて自分の置かれている状況に気づいた。

勝手にこんな奥まで入り込んだ上に、王宮所有のものに勝手に触れようとしている……

一国の王女にあるまじき無作法な行為だ。


「も、申し訳ありません」


謝ってみたが、はて、声の主はどこにいるのだろう。
確か上から聞こえたような気がしたが……


「いえ、咎めている訳ではないのです」


カリーナは声を追って側の大木を仰ぎ見た。

カリーナの背丈２つ分ほど上にある太い枝に何者かが腰かけている。
逆光になって良く見えないが、若い男性のようだ。そして、ガルシア王国の高位の衣装を身に付けている。

どっと汗が噴き出した。
カリーナは後退りながら釈明をする。


「勝手に入り込んでしまったこと、お詫びいたします。どうかお見逃しください」


言い捨てて踵を返したところで、地面から振動が伝わった。
男が枝から飛び降りたのだ。
慌てて足を踏み出したところで、腕を掴まれる。

「待って下さい」

男の声を間近で聞いて、カリーナの心臓が跳び跳ねた。

「逃げないで」

カリーナは何故か振り向くことができず、男に背を向けたまま数回頷いた。

「怖がらせてしまったかな？ 貴女が手を触れようとしたあの木には刺があるのです。それに……」

――知っている。

マリカの実を生食するにはちょっとした技術を要するのだ。そのまま口に放り込めば必ず後悔する。

「教えようとしてくださったのですね、ありがとうございます。……初めて見る果実でしたので、つい興味が湧いてしまいました。未知なるものに触れる時は慎重にならねばなりませんね」

カリーナは食いぎみに早口で答えると 振り返ると同時に頭を下げ、すぐに回れ右をする。
しかし、男は腕を離さない。

……え、ちょっと、結構な力で引っ張ってくるじゃないの。やめてよ。

カリーナは恐怖と焦りに襲われながらも、どうしたら逃げられるかと頭を巡らす。
しかし、そんなカリーナの心中を想像もしないだろう男は、穏やかな声で話しかける。

「せっかくなので、お召し上がり下さい。僕が採って差し上げましょう」


カリーナは諦めた。

ここで無理に去っては印象が悪い。
ジスペインの衣装は特徴があるから、どうせ正体などすぐばれてしまう。
好意に甘えてしまうのが得策だろう。

「それでは、ご馳走になりますわ」


カリーナはうつむき加減に振り向いた。
ベールがあるから、カリーナの顔ははっきりとは見えないはずである。

男は熟したマリカの実を選んでカリーナの掌に乗せてくれた。
カリーナはそっと正面の男を見上げる。

艶やかな黒髪と長い睫毛が見えた。

視線を感じたのか、顔を上げた男と目が合う。

瞳の色は明るい夜空のようなネイビーブルーだった。 

そう、まるで、あの日2人で見上げた夜空のような……