指輪は鳥居でした

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 はいはい、こりゃどうも。あやかしの世界へようこそ。
 私はここ、白丸神社の奥向きを取り仕切っておりますマリリンと申す者。いえね、親の付けた名前はもっと古めかしい名前でしたけど、こちとら何百年と生きていますとね、あんまり昔の名前というのは時流に合わなくなってしまうんでございますよ。で、少し前に人界に慰安旅行に訪れた際に、テレビでオシャンな女性を見まして。その女性の名前がマリリンでございました。ええ、これだ!とピンときましてねえ。それから私はマリリンと名乗っております、はい。
 姿は戻っても記憶が戻らないのは難儀なことでしょう。
 そんな奥方様に、あやかしの世界を少しばかり説明させて頂きますとね、まあ、ざっくり言って魑魅魍魎が跋扈する世界ですわ。人間にとっては。
 ここにはあらゆる種族のあやかし達が一緒に暮らしているのですからねえ。
 動物のあやかしに物のあやかし。河童やのっぺらぼう、塗り壁なんかの妖怪。こいつらは動物や物のあやかしと違って人を驚かせることが大好きで、よく人界に遊びに行っておりますなあ。
 こちらの世界はねえ、人界のように国で別れてはおりませんで、はい。
 人からすると不思議かもしれませんがね。種族で国を作るにはあまりに多種多様な種族がいるからかもしれませんし、また、子供が産まれにくい質ということや、人間と違い長く生きるのでね、何事にも固執しなくなりますもんで、国を作るのもその為に争うのも面倒くさい、ということかもしれませんなあ。

 こちらの世界ではね、ほれ、真ん中にある大きなお山、あちらに大神様がいらっしゃって、我々あやかしがつつがなく暮らせるようお守りくださっているんでございますよ。だからこちらには貧乏も金持ちも、学校も試験もないんでございます。学びたい者は自らその道の達人に弟子入りするのが、まあ一般的でございますよ。

 さて、そんな一つにまとまった世界ではありますが、実はざっくり四つに分かれていると言えば言えなくもないのです。
 大神様のいらっしゃるお山に通じる門が四つありましてな、その門をそれぞれ守っているのが四つの神社でして。北に黒丸、南に赤丸、東は青丸、西は白丸、とこんなふうにねえ。それぞれにご利益が違うので皆、自分のその時どきに合わせ参拝するんですが、それとは別に、自分が好きな神社の氏子になるわけでして。

 こちらの白丸神社は宮司である主殿が白狐ということもありまして、商売繁盛や金運に大変御利益があると評判で、氏子の数も多い方ではありました。
 ですが、奥方様と婚姻されてからはあれよあれよと言う間に氏子の数が増え、四つの中でも断トツで人気の神社と相成りました。
 なぜって。そりゃあもう、奥方様は兎様ですからねえ。
 兎様は兎様ですよ。
 大神様の御使いである兎様がお山から降りてきて下さったのです。
 まあ、初めてお会いした時には私らもたまげましたけれど、奥方様だからなのか、兎様だからなのか、まぁ、玉の如く光り輝くお美しさで!
 参道には美容の御利益祈願に娘たちが列をなしましたものでございますよ。
 そして兎様といえばやはり子宝、安産と評判になったからでございます。
 先程も申した通りあやかしはなかなか子宝に恵まれませんでの、奥方様がすぐにお蝶様を授かったこともありまして、あやかりたいと氏子の数がどんどん増えていったのでございます。
 は?男は子を産めない?
 いえいえ、あやかしは男も女もそこは関係ありませんで。妻側が産むことが多い、というのはありますがのう。
 また主殿と奥方様の中が、まあ、たいそうよろしくて。
 夫婦円満の御利益もあると、更に評判になったのでございます。
 
 十八年前のことですか、それに関しては何があったのか私らもよくわかりません。憶測で物を言うなと主殿から戒められているのもありますが。
 ある日、ふ、と煙のように奥方様が消えてしまわれた。わかるのはそれだけでございます。   
 私らはただ、母を恋しがって泣くお嬢様をなんとかお慰めしようと、やれ抱っこだ、おんぶだ、腹踊りだと必死になっておりました。
 主殿といえば奥方様を探して探して、ろくに眠らず何年も。大神様にも助力を願い出て、・・・まぁ、当たりをつけたところがありましたようで、そこに立ち入る許可をどうにか取ろうと難儀しておりました。
 奥方様がいらっしゃらない間のここ、白丸神社は、紛うことなき闇でございましたよ。ええ。
 このままでは主殿が悪鬼になってしまわれるのではと皆が心配しとりまして、はい。
 なんとか説き伏せましてのう、代わりに鳥居に行ってもらった次第でございます。
 ええ、鳥居。
 神社の入口、門である鳥居でございます。
 ──はて、不思議な話ですがのう。あれは奥方様が嫁いで来られてどれほど経った頃か。
 白丸神社の九十九ある朱い鳥居から、ある日ぽこりと生まれて奥方様の周りに集まりましての。はい、うちの神社だけに起きたことでございますよ。
 まぁ、今では皆、なあんとも思っておりませんが、その当時はえらい騒ぎになりました。だけども、そこはやはり奥方様は神の御使いである兎様、ということで、こんなこともあるかもしれんなあ、と奥方様だけに懐く鳥居たちを見て皆が納得したわけなんで。
 鳥居たちはどうやら遠くへ行くと鳥居本体ごと動くようで、奥方様を探しに行った一の鳥居は消えまして。鳥居が消えるとは一大事。ご利益もなくなるだろうと世間では言われましたが。ですが、氏子達の数は特に減りもしませんで。奥方様のお戻りをもう皆で待っていたという次第でございまして。
 ですが、戻ってもいまだ一の鳥居は元の場所に戻りませんなあ。奥方様がまだ本調子ではないと離れたくないのやもしれませぬ。
 ほれ、その左手の薬指。
 指輪に擬態して側におりますよ。知っておりましたか。
 奥方様を追い込んだ元凶を成敗出来れば、きっと記憶も力も戻りましょう。
 そうしたら、また昔のように何の憂いもなく、楽しく過ごせますからねえ。
 
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