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いつものように朝早くからバイト先のパン屋で働き、午前のおやつの時間ごろに家に帰ると、我が家の執事であり従者であり護衛であり時には庭師にもなる、要はなんでも屋のエンが父の書斎に向かうよう告げてきた。
「父様、もう帰ってるの?今日休みじゃなかったよね?」
職場からもらってきたパンを我が家の唯一のメイドであり料理人であり、もう家事全般をこなしてもらってるドナに渡しながら聞くと、エンは困った顔で頷きながら、「奥様もご一緒です」と言う。
ますます不思議だ。
うちの両親は書斎で畏まった話をするような人たちではないのだ。
「なんだろう。急ぎの用事なの?」
無駄に広くて長い廊下を歩きながらエンに訊くと、後ろを付いて来ながら、苦しそうに顔を歪めた。
嫌な予感がする。
身代の傾いた侯爵家のうちには、もう贅沢をするお金はこれっぽちもないのに、文官勤めをしている父のもとにはお金の無心をしてくる貴族が後を絶たない。
やれ生活が苦しいので家にある絵を買ってくれまいか、やれ事業を始めるから少しばかり投資してくれまいか、等。
我が家の財政が傾いていることを知ってるはずなのに話を持ちかけてくる性悪な貴族ども!そして、それを真に受け話に乗る父よ!
跡取り息子が毎朝こっそりパン屋で働いて生活費を稼いでいるというのに。ちなみにパン屋の仕事は楽しいしやりがいがある。ドナが知り合いのパン屋さんを紹介してくれたのだ。
「父様、入ります」
ノックをし、書斎に入ると応接セットの三人掛けのソファに両親が揃って座っていた。
顔色を悪くして、手と手を取り合っている二人の姿を見ながら向かいのソファに腰を下ろす。
「父様、我が国には購入して一週間以内なら返品できるという制度があります」
また口車に乗って高額なものを買わされたのだろうと先に言わせてもらう。返品などプライドが許さない等の戯言は聞く耳持たん。
「いや、ラブラドライトよ・・・」
「ちなみに領地経営に関しては土地改良が功を奏し、今年はぶどうの出来が良いそうです。順調にワインを出荷出来れば来期の損益は黒字になるかと」
学園を卒業してから本格的に乗り出した領地経営は3年目でようやく実を結びそうな気配だ。
「うう・・お前は小さい頃から優秀で、私達にはもったいない息子だよ。すまない、ラブラドライト・・・」
「父様。謝らないで下さい。私に頭を下げたところでもう一錢も我が家からはお金は出せません。それに、もう我が家にお金を貸してくれるところなど、どこもありません」
厳しい現実と向き合うがいい。
更に顔色を悪くする父と母に少しばかりかわいそうになるが。
「私のこわいい、いえ、可愛いラブラドライト」
今度は母が口を開く。
「じ、実はお前に・・・え、えん、・・ぐっ」
「ど、どうされたのです母様!」
古風なドレスに身を包み(何代も前からのドレスしか残っていない。古すぎて逆に値打ち物)、きつく寄せて締められた胸の辺りを押さえて苦しそうに息をする母。
「そういえば母様まで正装されてどうしたのです?早くにお客様でも?」
普段ならゆったりしたワンピースで過ごしてることの多い母なのに、今日はコルセットを着て色々なところを締め付けなければいけないドレスだ。
「実はな、お前に縁談の話があってな」
ぱくぱくと口は動くが声の出ない母に変わり、また父が話し始めた。
「──縁談、ですか」
貧乏だが、腐っても侯爵家。小さい頃から縁談は多く持ち込まれたが、どれもまとまることはなかった。
貧乏はやはり嫌われる。
今ほど生活は困窮していなかったのだが、子供心にそう悲しんでいたらどうやら真相は違ったらしい。
縁談の話が進んでお互い顔合わせのお茶会を開くと、相手側の少女がオレの顔を見て嫌がるらしいのだ。自分より綺麗な顔の夫はイヤだと。
どうやら母譲りのブロンドヘアと明るいエメラルドグリーンの瞳を持つ派手な顔が破断の理由らしいと知り、10才を前に結婚に対する淡い夢は消えた。
年頃の少年らしく、少女と手をつなぎ仲良く微笑み合いたかったのに。
「一体どこからの縁談なんです?」
「あ、ああ、リゲル伯爵家からの・・・」
「リゲル伯爵家、ですか?かなりの資産家ではないですか!うちの内情を知っているんですよね?でしたらぜひ嫁いで来ていただきましょう!」
「そ、そうか?お前がそう言うならば」
「ええ。伯爵家ならばうちとの家格差もそれほどありませんし、何より手広く商売をしていて、しかもどれも成功を納めていると聞きます。向こうは名が欲しく、うちは実が欲しい。これぞ名実共に、というやつですよ。これを逃したら二度とこんないい縁談は来ないかもしれません」
「そ、そうなんだ。実は先日買った株がちょっとあれでな、リゲル伯爵に肩代わりしてもらったのだよ。いや、一時的な処置ですぐに返そうとしたのだがなかなか当てがなくて・・・」
なるほど、金ではなく娘を侯爵家に嫁がせろときたのか。なかなかに計画的な匂いがするが、そっちがそうならこっちだって渡りに船だ。
いつまでも独り身というわけにもいかないのだし、どうせ愛の無い結婚ならば、リゲル伯爵家はまたとない家だ。
「あのね、ラブラドライト、向こう様はあなたのお相手に・・・」
「まあまあ、愛しい人、それは会ってからのことでいいんじゃないか?ラブラドライトも乗り気のようだし」
両親の言葉は耳に届かなかった。久々にやる気が漲っていた。
この縁談、どうあっても成就させるぞ!
「父様、もう帰ってるの?今日休みじゃなかったよね?」
職場からもらってきたパンを我が家の唯一のメイドであり料理人であり、もう家事全般をこなしてもらってるドナに渡しながら聞くと、エンは困った顔で頷きながら、「奥様もご一緒です」と言う。
ますます不思議だ。
うちの両親は書斎で畏まった話をするような人たちではないのだ。
「なんだろう。急ぎの用事なの?」
無駄に広くて長い廊下を歩きながらエンに訊くと、後ろを付いて来ながら、苦しそうに顔を歪めた。
嫌な予感がする。
身代の傾いた侯爵家のうちには、もう贅沢をするお金はこれっぽちもないのに、文官勤めをしている父のもとにはお金の無心をしてくる貴族が後を絶たない。
やれ生活が苦しいので家にある絵を買ってくれまいか、やれ事業を始めるから少しばかり投資してくれまいか、等。
我が家の財政が傾いていることを知ってるはずなのに話を持ちかけてくる性悪な貴族ども!そして、それを真に受け話に乗る父よ!
跡取り息子が毎朝こっそりパン屋で働いて生活費を稼いでいるというのに。ちなみにパン屋の仕事は楽しいしやりがいがある。ドナが知り合いのパン屋さんを紹介してくれたのだ。
「父様、入ります」
ノックをし、書斎に入ると応接セットの三人掛けのソファに両親が揃って座っていた。
顔色を悪くして、手と手を取り合っている二人の姿を見ながら向かいのソファに腰を下ろす。
「父様、我が国には購入して一週間以内なら返品できるという制度があります」
また口車に乗って高額なものを買わされたのだろうと先に言わせてもらう。返品などプライドが許さない等の戯言は聞く耳持たん。
「いや、ラブラドライトよ・・・」
「ちなみに領地経営に関しては土地改良が功を奏し、今年はぶどうの出来が良いそうです。順調にワインを出荷出来れば来期の損益は黒字になるかと」
学園を卒業してから本格的に乗り出した領地経営は3年目でようやく実を結びそうな気配だ。
「うう・・お前は小さい頃から優秀で、私達にはもったいない息子だよ。すまない、ラブラドライト・・・」
「父様。謝らないで下さい。私に頭を下げたところでもう一錢も我が家からはお金は出せません。それに、もう我が家にお金を貸してくれるところなど、どこもありません」
厳しい現実と向き合うがいい。
更に顔色を悪くする父と母に少しばかりかわいそうになるが。
「私のこわいい、いえ、可愛いラブラドライト」
今度は母が口を開く。
「じ、実はお前に・・・え、えん、・・ぐっ」
「ど、どうされたのです母様!」
古風なドレスに身を包み(何代も前からのドレスしか残っていない。古すぎて逆に値打ち物)、きつく寄せて締められた胸の辺りを押さえて苦しそうに息をする母。
「そういえば母様まで正装されてどうしたのです?早くにお客様でも?」
普段ならゆったりしたワンピースで過ごしてることの多い母なのに、今日はコルセットを着て色々なところを締め付けなければいけないドレスだ。
「実はな、お前に縁談の話があってな」
ぱくぱくと口は動くが声の出ない母に変わり、また父が話し始めた。
「──縁談、ですか」
貧乏だが、腐っても侯爵家。小さい頃から縁談は多く持ち込まれたが、どれもまとまることはなかった。
貧乏はやはり嫌われる。
今ほど生活は困窮していなかったのだが、子供心にそう悲しんでいたらどうやら真相は違ったらしい。
縁談の話が進んでお互い顔合わせのお茶会を開くと、相手側の少女がオレの顔を見て嫌がるらしいのだ。自分より綺麗な顔の夫はイヤだと。
どうやら母譲りのブロンドヘアと明るいエメラルドグリーンの瞳を持つ派手な顔が破断の理由らしいと知り、10才を前に結婚に対する淡い夢は消えた。
年頃の少年らしく、少女と手をつなぎ仲良く微笑み合いたかったのに。
「一体どこからの縁談なんです?」
「あ、ああ、リゲル伯爵家からの・・・」
「リゲル伯爵家、ですか?かなりの資産家ではないですか!うちの内情を知っているんですよね?でしたらぜひ嫁いで来ていただきましょう!」
「そ、そうか?お前がそう言うならば」
「ええ。伯爵家ならばうちとの家格差もそれほどありませんし、何より手広く商売をしていて、しかもどれも成功を納めていると聞きます。向こうは名が欲しく、うちは実が欲しい。これぞ名実共に、というやつですよ。これを逃したら二度とこんないい縁談は来ないかもしれません」
「そ、そうなんだ。実は先日買った株がちょっとあれでな、リゲル伯爵に肩代わりしてもらったのだよ。いや、一時的な処置ですぐに返そうとしたのだがなかなか当てがなくて・・・」
なるほど、金ではなく娘を侯爵家に嫁がせろときたのか。なかなかに計画的な匂いがするが、そっちがそうならこっちだって渡りに船だ。
いつまでも独り身というわけにもいかないのだし、どうせ愛の無い結婚ならば、リゲル伯爵家はまたとない家だ。
「あのね、ラブラドライト、向こう様はあなたのお相手に・・・」
「まあまあ、愛しい人、それは会ってからのことでいいんじゃないか?ラブラドライトも乗り気のようだし」
両親の言葉は耳に届かなかった。久々にやる気が漲っていた。
この縁談、どうあっても成就させるぞ!
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