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第一章 さようなら日本、こんにちは異世界
第29話 この場に相応しくない者
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池内直樹の通夜の翌日に極近しい親族だけが集まり、告別式を終え火葬場へと向かうと火葬場にいるのに不似合いな格好をした女性がスマホを操作しながら立っているのが見えたが、守はそれを「妙な人がいるな」と不審に思うに留めるだけだった。
霊柩車が火葬場の正面玄関に停まり、棺に入った直樹を親族達の手を借り、ストレッチャーの様な台車に棺を載せたところで、先程の妙な格好をした女性が近付いて来る。
「あ~やっぱり、池内さんですよね? ってことは、その棺に直樹君がいるんですね。ちょっと写真撮ってもいいですか?」
「な、なんですか! あなたは!」
「非常識にも程があるでしょ!」
「出て行きなさい!」
「え~そんなこと言われてもぉ私も困るんですけどぉ~」
美千代は川村の顔を見たことはあるが、今はハンカチで顔を押さえているため、この騒動にも気付かず、守達と一緒に棺の側に立っている。橋口は、守達に見られなかったことを安堵しながら、川村とその態度に憤っている親族達との間に割って入ると「川村さんですよね」と声を掛ける。
「そ、そうですけど?」
「私は、池内様の代理人を務める弁護士の橋口と申します」
「は、はぁ」
橋口は懐の名刺入れの中から、名刺を一枚取り出し川村へと渡す。名刺を渡された川村はボ~ッとした顔で名刺と橋口の顔を交互に見詰める。
『え~何、このイケメンは! 三流企業勤めのアイツとは全然違うんですけどぉ~もう、これも何かの運命よね。私の運もまだ捨てたもんじゃないってことよね!』
川村がそんなとんでもないことを胸中で考えていることなど歯牙にも掛けず橋口は、軽く嘆息してから川村に対し幼い子供に言い含めるようになるべく静かに話し出す。
「川村さん。昨日もお話しましたが、池内家への直接の接触は控える様にとお願いしたと思いますが、ご理解されてもらえなかったようですね」
「え~だってぇ私も困っているんですぅ~だから、池内君のお父様にちょっとお願いしたいことがあってぇ~」
「この……」
「キャッ!」
川村の態度に親戚の男性が我慢ならずに手を振り上げようとしたのを他の親戚に止められる。橋口はその様子を見て『その気持ちは分かります』と気を取り直して川村に向き合う。
「そのお願いとやらがなんなのかは私の知るところではありません。それに昨日は直樹君のご葬儀に参列したいということでしたが、その格好はこの場に相応しい装いなのでしょうか。私には到底看過することは出来ません。今日はお引き取り下さい。そして、日を改めて私の方へご連絡願います」
「えっいいんですか?」
「ええ、私は池内家の代理人ですので」
「じゃあ、この後って空いてますか?」
「「「はぁ?」」」
川村のこの態度には橋口だけでなく周りで様子を窺っていた親戚達も揃って呆れてしまう。
「こんなのが担任じゃぁな」
「直樹も可哀想に……」
「不幸になればいい!」
「え? どうしたんですかぁ?」
「ハァ~」
橋口は左手で自分の頭を掴むように顳顬を揉みほぐしながら嘆息する。
「あなたは教職者ですよね?」
「ええ、そうですよ。やっぱり、女教師って言った方が響きがいいですかぁ?」
「ハァ~」
橋口は目の前にいる直樹の担任である女性が別の生き物に思えてしょうがない。大体、直樹の父親である守に何をお願いしに来たというのかが全く想像出来ない。もし想像出来たとしても「常識的に有り得ない」と考え得る項目から真っ先に除外するだろう。
橋口は再度嘆息しながら、川村に対し「お引き取り下さい」と繰り返すと共に「あなたとは個人的に会うことは有り得ません」と付け加える。だが、当の川村はそれに堪える様子もなく「じゃあ、後でこの番号に電話しますね」とだけ言うと、踵を返し火葬場から去って行く。
「「「……」」」
川村が去った後、橋口を含めその場にいた者達は開いた口が塞がらないといった状況にただただ驚くしかなかった。そして親戚の一人が橋口の肩をポンと叩き「弁護士の先生も大変だな。あんなのも相手にしなきゃいけないんだからな」と労ってくれたので橋口はそれに対し素直に頭を下げる。
一騒動を終えた橋口らが守達の元へと向かうと、諸々の説明が終わり「最後のご挨拶を」と火葬場の職員に言われているところであった。
親戚達もそれぞれに直樹との最後の挨拶を済ませると、職員が炉の扉を開き棺を中へと押し出して炉の扉を閉める。
職員が炉の扉が閉まっているのを確認しスイッチを入れると守達に軽く頭を下げ「一時間半ほどかかりますので」と機械的に告げ去って行く。
「では、あちらで休みましょう」と橋口の部下の一人が守達を火葬場内の休憩施設へと案内する。
やがて時間になり、骨だけになった直樹の姿に美千代やまだ幼い子供達は泣き崩れてしまうが、守は涙を流しながらも「これが直樹にしてあげられる最後のことだから」と半ば無理矢理に家族に箸を渡す。
「直樹ぃ~」
「兄ちゃん……」
「お兄ちゃん……」
家族がそれぞれの思いを胸に残された遺骨を拾い上げ骨壺へと納めていく。
ある程度の遺骨を拾い終わると職員の手により骨壺の蓋が閉められ丁寧に木箱に収められる。そして木箱を白い布で包み喪主である守に渡す。
守はその骨壺が納められた箱を受け取り「こんなに軽くなるんだな」と最近、直樹と遊んだりしていなかったことを後悔する。そして火葬場の外に出ると「天から俺達を見守ってくれな」と家族で高い空を見上げるのだった。
『ほら~どうするんですか! あれ絶対にあの子が天国にいるって信じちゃってますよ! 今更、「あなたのお子さんは異世界でヒャッハーしています」って言えない雰囲気じゃないですか!』
『そんなこと、言わなければ分からないでしょ』
『そうは言いますが、これから納骨や何かの度に「あの子を感じる」とかって思うんですよ。でも、その度に我々は「異世界に行かせてごめんなさい」って思うことになるじゃないですか!』
『だから、そんなこと気にしなければすむ話です』
『でも、そうは言いますが、そう遠くない未来に池内家の人達も旅立ちますよね? その時に「先に来ているハズのあの子がいない」って騒ぎ出したら、どうするんですか!』
『その時はその時で「もう転生しました」でいいじゃないですか。実際に転生しているのだから』
『……ミルラ様ってやっぱり、邪神の類ですよね』
『さあ、それはどうかしら?』
『もう、やだぁ~』
霊柩車が火葬場の正面玄関に停まり、棺に入った直樹を親族達の手を借り、ストレッチャーの様な台車に棺を載せたところで、先程の妙な格好をした女性が近付いて来る。
「あ~やっぱり、池内さんですよね? ってことは、その棺に直樹君がいるんですね。ちょっと写真撮ってもいいですか?」
「な、なんですか! あなたは!」
「非常識にも程があるでしょ!」
「出て行きなさい!」
「え~そんなこと言われてもぉ私も困るんですけどぉ~」
美千代は川村の顔を見たことはあるが、今はハンカチで顔を押さえているため、この騒動にも気付かず、守達と一緒に棺の側に立っている。橋口は、守達に見られなかったことを安堵しながら、川村とその態度に憤っている親族達との間に割って入ると「川村さんですよね」と声を掛ける。
「そ、そうですけど?」
「私は、池内様の代理人を務める弁護士の橋口と申します」
「は、はぁ」
橋口は懐の名刺入れの中から、名刺を一枚取り出し川村へと渡す。名刺を渡された川村はボ~ッとした顔で名刺と橋口の顔を交互に見詰める。
『え~何、このイケメンは! 三流企業勤めのアイツとは全然違うんですけどぉ~もう、これも何かの運命よね。私の運もまだ捨てたもんじゃないってことよね!』
川村がそんなとんでもないことを胸中で考えていることなど歯牙にも掛けず橋口は、軽く嘆息してから川村に対し幼い子供に言い含めるようになるべく静かに話し出す。
「川村さん。昨日もお話しましたが、池内家への直接の接触は控える様にとお願いしたと思いますが、ご理解されてもらえなかったようですね」
「え~だってぇ私も困っているんですぅ~だから、池内君のお父様にちょっとお願いしたいことがあってぇ~」
「この……」
「キャッ!」
川村の態度に親戚の男性が我慢ならずに手を振り上げようとしたのを他の親戚に止められる。橋口はその様子を見て『その気持ちは分かります』と気を取り直して川村に向き合う。
「そのお願いとやらがなんなのかは私の知るところではありません。それに昨日は直樹君のご葬儀に参列したいということでしたが、その格好はこの場に相応しい装いなのでしょうか。私には到底看過することは出来ません。今日はお引き取り下さい。そして、日を改めて私の方へご連絡願います」
「えっいいんですか?」
「ええ、私は池内家の代理人ですので」
「じゃあ、この後って空いてますか?」
「「「はぁ?」」」
川村のこの態度には橋口だけでなく周りで様子を窺っていた親戚達も揃って呆れてしまう。
「こんなのが担任じゃぁな」
「直樹も可哀想に……」
「不幸になればいい!」
「え? どうしたんですかぁ?」
「ハァ~」
橋口は左手で自分の頭を掴むように顳顬を揉みほぐしながら嘆息する。
「あなたは教職者ですよね?」
「ええ、そうですよ。やっぱり、女教師って言った方が響きがいいですかぁ?」
「ハァ~」
橋口は目の前にいる直樹の担任である女性が別の生き物に思えてしょうがない。大体、直樹の父親である守に何をお願いしに来たというのかが全く想像出来ない。もし想像出来たとしても「常識的に有り得ない」と考え得る項目から真っ先に除外するだろう。
橋口は再度嘆息しながら、川村に対し「お引き取り下さい」と繰り返すと共に「あなたとは個人的に会うことは有り得ません」と付け加える。だが、当の川村はそれに堪える様子もなく「じゃあ、後でこの番号に電話しますね」とだけ言うと、踵を返し火葬場から去って行く。
「「「……」」」
川村が去った後、橋口を含めその場にいた者達は開いた口が塞がらないといった状況にただただ驚くしかなかった。そして親戚の一人が橋口の肩をポンと叩き「弁護士の先生も大変だな。あんなのも相手にしなきゃいけないんだからな」と労ってくれたので橋口はそれに対し素直に頭を下げる。
一騒動を終えた橋口らが守達の元へと向かうと、諸々の説明が終わり「最後のご挨拶を」と火葬場の職員に言われているところであった。
親戚達もそれぞれに直樹との最後の挨拶を済ませると、職員が炉の扉を開き棺を中へと押し出して炉の扉を閉める。
職員が炉の扉が閉まっているのを確認しスイッチを入れると守達に軽く頭を下げ「一時間半ほどかかりますので」と機械的に告げ去って行く。
「では、あちらで休みましょう」と橋口の部下の一人が守達を火葬場内の休憩施設へと案内する。
やがて時間になり、骨だけになった直樹の姿に美千代やまだ幼い子供達は泣き崩れてしまうが、守は涙を流しながらも「これが直樹にしてあげられる最後のことだから」と半ば無理矢理に家族に箸を渡す。
「直樹ぃ~」
「兄ちゃん……」
「お兄ちゃん……」
家族がそれぞれの思いを胸に残された遺骨を拾い上げ骨壺へと納めていく。
ある程度の遺骨を拾い終わると職員の手により骨壺の蓋が閉められ丁寧に木箱に収められる。そして木箱を白い布で包み喪主である守に渡す。
守はその骨壺が納められた箱を受け取り「こんなに軽くなるんだな」と最近、直樹と遊んだりしていなかったことを後悔する。そして火葬場の外に出ると「天から俺達を見守ってくれな」と家族で高い空を見上げるのだった。
『ほら~どうするんですか! あれ絶対にあの子が天国にいるって信じちゃってますよ! 今更、「あなたのお子さんは異世界でヒャッハーしています」って言えない雰囲気じゃないですか!』
『そんなこと、言わなければ分からないでしょ』
『そうは言いますが、これから納骨や何かの度に「あの子を感じる」とかって思うんですよ。でも、その度に我々は「異世界に行かせてごめんなさい」って思うことになるじゃないですか!』
『だから、そんなこと気にしなければすむ話です』
『でも、そうは言いますが、そう遠くない未来に池内家の人達も旅立ちますよね? その時に「先に来ているハズのあの子がいない」って騒ぎ出したら、どうするんですか!』
『その時はその時で「もう転生しました」でいいじゃないですか。実際に転生しているのだから』
『……ミルラ様ってやっぱり、邪神の類ですよね』
『さあ、それはどうかしら?』
『もう、やだぁ~』
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