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第二章 遺跡

第6話 夢のマイホーム(コブ付き)

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商業ギルドに入るとソルトとエリスはアリサを探す。
「ソルト様、エリス様、お久しぶりです」
「アリサさん、お久しぶりです」
「お久しぶり」
「誰?」
「レイ、商業ギルドの職員さんに誰はないだろ。お前も世話になるんだから、挨拶しとけ」
「そうね。私はレイよ。よろしくね」
「はい、アリサといいます。よろしくお願いします。それで今日のご来店の目的をお伺いしても?」
「あ、そうでした。今日は前に話していた家の事で伺いました」
「では、家の購入を前向きにご検討されると言う事ですね」
「はい、そうなります。出来るだけ早く入居可能なのと、前の条件のベッドルームの数を二つから三つにして欲しいんです」
「そうですか。では、三人での入居という事ですか?」
「はい、そうです」
「それですと、以前にお渡しした物件では条件が合いませんね」
「はい、すみません」
アリサが集めた物件情報をダメにしてしまったことをソルトが素直に謝る。

「いえ、お客様が悪い訳ではありませんので。ですが、そうですね。条件に合う物件となると、幾つかあるのですが……」
「どうしました?」
「いえ、お部屋の数が多くなるのと、その分、お値段の方も多少高くなりますので」
「そうですか」
『ソルトさん、多少古くてもリペアが使えれば新築同様になりますよ』
「あ、そうか。そうだよね。あ、でも……」
『大丈夫ですよ、リペアは無限倉庫に入れなくても出来ますよ』
「分かった。ありがとう」
独り言を話していたソルトをアリサ達が不思議そうに見ているのに気付いたソルトが気まずそうにする。
「ソルト、本当に大丈夫なんだよね?」
「う、うん。大丈夫だから。それで、アリサさん。古くてもいいから安い物件とかあるかな」
「う~ん、そうですね。そういうのなら、あまりお勧めは出来ませんが一つだけありますね。確か、この辺に……あ、ありました。これです。築年数も相当なので、ほぼ土地代という感じですね」
「へ~いいですね。補修はなんとかなるし、紹介してもらえますか?」
「え、いいんですか? 結構、補修が必要ですよ」
「ソルト~お姉さんもこう言ってるし、考え直したら? 安いからって古いのに住むことないじゃん」
「橋の下よりマシだとは思うぞ」
「橋の下……そ、そうだよね。古い家って、ノスタルジーってのがあるんだよね。わあ、楽しみ」
「ねえ、ソルト大丈夫なの? あまり古いのもどうかと思うよ」
「でも、エリスより若いんだからいいでしょ」
「そ、そうね」
「と、いうわけで紹介して下さいね」
「はい、分かりました。では、準備してきますので、少々お待ち下さい」
「「「はい」」」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お待たせしました。では、参りましょうか」
「はい、お願いします」
商業ギルドの前でアリサと待ち合わせ、目的の物件を目指す。

「そこって、遠いの?」
「いえ、それほど離れてはいないと思いますよ。ですが、お庭が広いので、そのお連れしているペットさん達にはいいと思うのですが、馬車とかあった方がいいと思いますよ」
「馬車か」
「ねえ、ソルト。ボード使っちゃだめ?」
「どうした、レイ」
「だってさ、不動産屋の『すぐ近く』は当てにならないって、昔なにかで見た記憶があるんだけど」
「まあ、それもそうだね。よし、そうしようか。って、事でアリサさん。このハンドルに捕まってもらっていいですか?」
「はい?」
ソルトが無限倉庫から出したボードにアリサに乗ってもらいハンドルとしっかりと握ってもらうと、その背後からアリサを抱えるようにハンドルを握り、ボードを浮かせる。
「ひゃっ、え? 浮いてる?」
「じゃ、アリサさん道案内をお願いしますね。まずはどっちでしょう」
「は、はい。まずはこのまま真っ直ぐで……」
「真っ直ぐね。じゃ、行きますね」

アリサを前に乗せたソルトがゆっくりとボードを進ませる。

「これって、最近噂のアレですか?」
「そうみたいですね」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「意外と遠かった……」
「ふふん、私が言った通りでしょ」
「レイもたまには役に立つわね」
「すみません。でも、これでも馬車だとすぐなんですよ」
「まあ、俺達にはボードこれがありますから。そんなに気にしないでください」
「お気遣いありがとうございます。それで、目的の物件がこちらになります」
アリサが目的の物件がこちらですと指した先は立派な門構えのお屋敷だった。

「ねえ、ソルト。本当にここに住むつもり?」
「今からでも考え直さない。資金なら私も少しは出すからさ」
「まあ、とりあえずは見てみようよ。金額は聞いてないけど、土地代だと思えばお買い得かもしれないよ。ね?」
「まあ、ソルトがそういうなら」
「そうね、まずは確認してからね」

「いいですか? 入りますよ? 引き返すなら今ですよ?」
「引き返すって?」
「あ、失礼しました」
「もし、いい忘れたことがあるのなら今の内に言って下さいね。この時点からなにかある度に評価査定は下がっていきますからね」
「お、お手柔らかにお願いします」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリサの説明で屋敷内を見て回ったソルト達一行。
屋敷の間取りは問題なく、元は貴族か商家の屋敷らしくお風呂も整備すれば使えそうな感じだった。トイレとかの補修は必要だけど、その辺りはなんとかなりそうだなと、ソルトは考えている。
エリスやレイも最初は乗り気じゃなかったが、広い屋敷を探検する内に自分の部屋はここがいいとか好き勝手に話している。
「家主は俺なのに」
ソルトがそう言うも全く聞こえていないようだ。

「アリサさん。希望価格を聞いてもいいですか?」
「そうですね。もう、お屋敷は価値がないものと考えて、土地だけの値段として……二千万で、どうですか?」
「二千万ですね。ちょっと待って下さい。『ゴルドさん、ちょっと来て貰える? 今? 今は商業ギルドを出てから、ほぼ真っ直ぐ進んだあたりのボロ屋敷の前にいるんだけど。うん……うん……そう、その辺り。分かる? で、すぐ来れそう? はい、分かりました。じゃ、待ってます。は~い』」
「えっと、随分と長い独り言でしたが?」
「うん、ちょっと待ってて」

お屋敷の前に出て、待つこと数分。遠くからこちらに向かってくるゴルドのボードが見える。
「おう、待たせたか。で、どんな理由で俺を呼びつけた?」
「え~とね、この屋敷の購入を検討中なんだけど、土地だけの値段として、二千万って提示されたんだけど、どうかな?」
「二千万? この土地が?」
「そう。で、ゴルドさん的にはどうかな?」
「それは高いか安いかってことか?」
「そう。土地の値段とか知らないし」
「そうだな。ここは広いが、中心からは離れているし、正直言うと……高いな」
「ふ~ん、だそうですよ。アリサさん」
「ですが、これだけの広さの土地だと、かなりお手頃な価格といいますか……」
「でも、そうは思っていても、実際にはまだ空き家なんでしょ?」
「……」
「手頃とかいいながら、まだ空き家ってことはなにかあるんでしょ? そんな物件を土地代だけとか言いながら、高い値段をふっかけるの?」
『ソルトさん。どうやら、霊的な物がいるっぽいですよ。昼間は大人しいようですが』
「なるほどね。なら、アリサさん。夜にもう一度案内してもらえませんか?」
「ヒィ、そ、それだけは出来ません。ごめんなさい」
「なら、もう少し安くしていただけますね」
「……」
「どうです?」
「分かりました! 一千万で。これ以上は、正直こちらも赤字になりますので、どうかこの値段で!」
「ゴルドさんは、どう思いますか?」
「本当なら、更地で欲しいところだろうが、まあ、あまりイジめてもしょうがないしな。いいんじゃねえか?」
「分かりました。じゃ、手続きを進めて下さい」
「はい、分かりました。では、一度、商業ギルドの方までいいですか?」
「分かりました。では、また「ちょい待ち!」なに? レイ」
「お姉さん、私の前にどうぞ。ほら、早く!」
「は、はい。お願いします」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
商業ギルドの商談スペースに入り、アリサが用意した書類を確認しながら手続きを済ませる。
ソルトがサインをする前にゴルドとエリスにも、おかしなところがないかを確認してもらう。
もちろんルーにもソルト達が気付かない点を補完してもらうのは忘れない。

「以上で、あのお屋敷、土地はソルト様の所有となります。それとお屋敷の鍵と門の鍵がこちらです」
「はい、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございました」

ソルト達が商業ギルドを出ると、あのちょび髭がアリサに近付くとうまいことやったじゃないと呟く。
「そうですね、あの曰く付きの物件なら、取り壊すことも出来ずにすぐにどうにかしてくれと、泣きついてくるでしょうね」
「そして、買取は当然、安く買い叩くから、差額と手数料は丸儲けってね。相変わらずうまいわね」
「師匠が優秀ですから。ね、師匠」
「ふふふ、今度は何日保つでしょうね」
「賭けます?」
「賭けになんかならないわよ」
「そうですね」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
商業ギルドを出てから、ゴルドも一緒にお屋敷まで戻り門を開け中に入る。
「ねえ、ソルト。さっきアリサさんもいつ時に屋敷の前で独り言を言ってたでしょ? あと、夜に確認したいって言ったら、アリサさんが凄い嫌がっていたのも気になるんだけど?」
「レイは気付かなかったの? ショコラは反応していたよ。な、ショコラ」
『はい、ビンビンに感じてました。今もですけど』
「ビンビン? それって、妖気アンテナみたいな?」
「そうだよ。浄化しないとね」
「なに涼しい顔して言ってんの! なに高いお金出して、お化け屋敷を買ってんの!」
ソルトが曰く付きの物件を購入したことに対しレイが不満をぶつける。

「なに怒ってんの?」
「そりゃ怒るわよ。なんで高い家賃まで払って、お化け屋敷に住むのよ!」
「そんなのレイの聖魔法で浄化出来るからじゃない。自分のスキルを忘れた?」
「え? そんなことまで出来るの?」
「出来るよ、多分ね。失敗しても聖魔法を使った人に憑くだけみたいだし」
「憑くって背後的なアレ?」
「そうかな。肩が重くなるみたいな」
「ちょ、ちょっと待って。なんで私に憑くのよ。憑くなら購入者のソルトじゃないの?」
「だから! 失敗しなけりゃいいだけの話だって。な? 簡単なことだろ。ほら、さっさとやっちゃって!」
「ちょ、ちょっと押さないでよ!」
「内見の時にはなにも気にしていなかったじゃない?」
「そりゃ、いるなんて思わなかったから……」
なかなかレイがやる気にならないので、ソルトがしょうがないと家の外壁に手を付けると『リペア』と唱えると廃屋で倒壊寸前だった屋敷が新築当時の姿に戻る。
「うん、新築だね」
「「「……」」」
「ソルト、なにをした?」
「なにをしたって、このままじゃ住めないので新築当時の姿に戻してみました。で……」
「「「で?」」」
「新築当時にしたら、霊が怒って出てくるかな~って」
「出てきたらどうする?」
「そこは、霊にはレイでしょ。あ、別にシャレじゃないからね」
「誰もウマイなんて思わないわよ! バカソルト! えっ?」
急に背中に冷たいものが走る。

『ビンビンビンです。レイお姉ちゃん!』
「お、ショコラも感じたみたいだね。ってことで、出番ですよ! レイ!」
「もう、だから、どうすればいいのよ! 相手も見えないのに! って、見えてる? あれ? どうして?」
「見えたのなら、祓えばいいじゃない」
「だから、どうすればいいってのよ、ソルト!」
「手に魔力でも込めて、殴ってみれば?」
「そんなことで、成仏するとでも?」
『ヒャハハハ』
「うるさい!」
レイがすぐ側を漂っていた霊に裏拳を放つと、その霊が浄化されて天に昇っていく。
「出来た……の?」

「じゃあ、その調子でお願いね」
「ちょっと、ソルト! 一体、何体いるのよ!」
「ねえ、あのもやっとしたの地下から出て来てない?」
「それっぽい、ゴルドさん。この屋敷って、地下で虐殺してたとか噂話でもあるのかな?」
「さあな。少なくとも俺はここの屋敷でのそういった犯罪の話は聞いたことはないな」
「なら、もう一つの可能性で屋敷のどこかに隠されている物が周辺の霊を呼び寄せていたりとかね」
「虐殺がないのなら、そっちの可能性が高いかもな」
『ルー、地下室とかあるかな?』
『ありますよ。それと、ソルトさんのお探しの物もそこに置かれています』
『ありがとう』
ソルトがルーに礼を言うと、屋敷の中に入ろうと皆に言い、玄関を開くと中へ入る。
「暗いね」
ソルトはそう言うと光球をいくつか出して、ソルト達の周りを照らすようにする。

『ルー、道案内よろしく!』
『はい! あ、そこの階段横の扉が地下室の入口です』
『そう、ありがとう』

ソルトがルーに教えられた扉を開くと、一気に浮遊霊が飛び出してくる。
「レイ、当たりだよ」
「うぇ、本当に虐殺現場とか、夢に見そうなんだけど……」
「まだ、虐殺と決まった訳じゃないし」
ソルト達が階段を下り、地下室への入口に辿り着く。

「さて、なにが出るか。よっ!」
ソルトが勢いよく地下室のドアを開くと部屋の中央に魔法陣らしき模様と、その中央になにか異質な感じの像が置かれている。

不思議に思ったソルトが鑑定してみる。
『吸霊石』(持主:アリサ)
「うわぁ真っ黒! 念のために、もう少し詳細に鑑定してみるか」
『吸霊石』(持主:アリサ 前持主:ピヨーネ)
「ん、出たね。これって、もしかして、もしかするかも」
『ええ、ソルトさん。あのちょび髭です』
「そう、ふふふ。楽しくなってきた。あれ? でもリペアを掛けたのに、なんでこの魔法陣みたいなのは消えてないんだろう? 元々あった? それとも地下室と上は切り離された物として、認識されているのかな? まあ、いっか。その内、分かるかも知れないし」
ソルトが吸霊石を手に持つが、まだ霊をあちこちから呼び寄せている様で、気は進まないが無限倉庫に収納する。
「で? ソルトはそれをどうするつもりだ?」
「そうだね。ゴルドさんはこれをどう思う? 俺は詐欺だと思うんだけど」
「ほう、そう思う根拠は?」
「さっきの石ね。あれ『吸霊石』って名前だった」
「『吸霊石』か。ってことは、原因はそれだったのか」
「そうみたいね。あの魔法陣も解析すればなにか分かるんだろうけど、不愉快だし、あまり人を入れるのも嫌だから消しちゃうね」
「まあ、それは構わんが、一応メモくらいは残したいんだが」
「どう見ても十分で終わる内容じゃないよね」
「そうだな。魔法陣を写し取るだけでも、十人は超える連中が入り込んでくるだろうな」
「でしょ。だから、これで勘弁して」
「ソルト、これは?」
「『転写』してみました。それで十分でしょ? 余分にいるなら、はい」
床の魔法陣を転写した紙を十枚ほど、ゴルドに渡す。

「まあ、ここまで用意されたのなら、これはこれでよしとするか」
「じゃ、消すね」
ソルトが土魔法で魔法陣の表面を削り取り、表面を滑らかに加工する。

「それで、ソルトはこの後、もちろんいくんだな?」
「当然、このまま騙されたままってのは嫌だし、忘れ物はちゃんと、持主に届けないとね。それとも警備隊に預ける?」
「いや、うちでは落とし物は扱っていないんでな。じゃ、行くか」
「その前に上で、少し休もうよ」
「そうじゃな、だが茶もないんだろう」
「水でいい?」
「ああ」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ソルトが野営用にと用意したソファセットをリビングに出すと、土魔法で作ったグラスに水を満たし皆に配る。
「ホント、こういうとこチートよね」
レイがグラスの中の水をグイッと一気に飲み干す。

「俺とゴルドさんは商業ギルドに忘れ物を届けに行くから、エリスとレイは家具屋によって、必要な家具を注文して来て。あ、伝票は俺に回してね。後、変な物を買っても払わないから。そこんところは注意してね」
「げ、先を越された」
「後、とりあえず二、三日分の食糧をお願い。それと調味料も欲しいね。はい、これ」
ソルトが銀貨が詰まった革袋をエリスに渡す。
「また、エリスに渡す」
「ソルトから、どれだけ信用されているかの差ね。ふふふ」
「あ、エリス。後で、なにをいくらで買ったかは教えてね」
「あら、どうやらあまり信用されていないみたいよ。エリスさん?」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゴルドさんと一緒に商業ギルドへと来たソルトはアリサの姿を見つける。
「あら、ソルトさん。なにかありました?」
「ええ、とても素敵なことがね」
「そうですか。ですが、買取となると例え一日経過していなくて買い戻しは七掛けとなりますので、その辺はご了承願います」
「いえ、買取の話じゃありませんよ?」
「え? でも出るんですよね?」
「出るって、やっぱり隠していましたか」
「あ! いえ、そんなことは……」
「まあ、いいです。出てくるのもある物に惹かれて来ていたので、それさえどうにかすれば収まりました」
「そうですか」
「ですが、忘れ物なので、餅主さんにちゃんと返すのが人として、当たり前のことだと思い、お持ちしました」
餅主さんに返すことが出来て、よかったとソルトが言ってアリサの手を取ると、その上に『吸霊石』を乗せる。
「え?」
「アリサさんのですよね? お忘れ物です」
そう言って、ソルトがアリサの手ごと『吸霊石』をグッと握りしめる。
「な、なにをするんですか?」
「なにをするとは、いただけないですね。俺はこうやって忘れ物を届けに来たというのに。誰もあなたが詐欺を働いたなんて、一言も言ってないですよ?」
ソルトが発した詐欺という単語に周りのギルド職員や商談中の客がアリサに注目する。

「な、なにを根拠にそんなことを」
「だって、アリサさんは、俺が買取希望だと思って、急に買取の手続きを進めようとしたでしょ? 俺がなにが原因で買取を希望しているかを把握していたみたいに。それに結構、手慣れてましたね。今までも何人も騙して来たんでしょ? あの屋敷を使って。だって、商業ギルドに契約のことを報告しないままでも二、三日もしない内に買取希望で現れるんですから、七掛けで買い戻したとしても三割はアリサさんの懐ですもんね。あ、俺の契約はちゃんと報告されて、持ち主は変更されてますか? ちょっと、そこのお姉さん、確認してもらえますか?」
「私? はい、少々お待ち下さい」
ソルトの話に耳を傾けていた人が、そう言えば確かと口々に話し出す。

「あ、ピヨーネさん。どこに行くんです? もう少しこの場にいてもらえますか? ゴルドさん、ピヨーネさんが退屈しないように相手していて下さいね」
「ああ、わかった。ちょっと、一緒に座って話そうか?」

「なんだ、なにがあった? 騒々しい!」
「あ! ギルドマスター、実は……」
「そうか、分かった」
奥の部屋から現れた巨体を揺らしながら出てきた男が商業ギルドのギルドマスターらしい。

「うちのアリサが面倒を掛けたようで、申し訳ありません」
ソルトにギルドマスターが頭を下げるが、ソルトはなにも反応しない。

「……」
「あのお客様。アリサも反省してますし、今日はどうかこの辺でお引き取りを」
「まだ、確認していない」
「あの、なにをでしょうか?」
「俺は今日、このアリサさんから紹介された屋敷を購入し、金を払い、契約を交わした。だけど、詐欺師の彼女がちゃんと持ち主を俺に変更したのかを確認していないから、別の人に確認を頼んでいるところだ」
ギルドマスターがアリサの顔を見ると、アリサが申し訳ありませんとギルドマスターに頭を下げる。

「そうですか。おい、それで確認は済んだのか?」
「いえ、まだです」
「なんでだ?」
「それが、そのお客様の契約された屋敷の書類が見当たらないんです」
ソルトはお姉さんからの報告を聞くと正面に座るアリサの表情を確認する。

「お姉さん。アリサさんの机とか引き出しとか改めてもらえますか?」
「ちょっと、それってどういうこと!」
「だって、実際に変更しなくてもすぐ買取要請に来ることが分かっている金の卵を他の人の目に付くところに置いていたら、本当に売れちゃうじゃないですか。そうなると困りますよねえ」
「ぐっ」
「いい。私が許す。改めなさい」
「ちょ「いいから、やりなさい!」」

お姉さんが一番下の引き出しを改めるとすぐに目的の書類が見つかった。ソルトの予想通りにまだ契約上は持ち主として変更されていなかった。
「さて、どういうことか説明してもらえますか? 早くしないと夜になりますよ」
「夜になるとどうなるんだ?」
「それはアリサさんが良く知っているはずです。その手に持っている物のことをね。それと、そこのピヨーネさんもね」
「なに?」
ギルドマスターがピヨーネの関与も知り、驚愕するが本当に大丈夫なのか、ここのギルドはとソルトは不信感のゲージが上がりっぱなしだ。

「あ、ご心配なく。ピヨーネさんの横に座っているのは警備隊の人なので」
「そうか。確信があったのだな」
「ええ、その二人が師弟コンビというのもね」
「そうか」
「それで、商業ギルドとしては、どうするつもりですか?」
「どうとは?」
「これだけの詐欺を働いて、担当の首を切って関係なしですか?」
「ぐっ……それは……」
「それにそのアリサさんの引き出しの中、ピヨーネさんの所にも今までの被害者の情報が残されているはずですよね?」
「ちょっと、その書類を見せてもらえますか?」
「いや、でも当事者以外は……」
「もう、十分当事者だと思いますが、しょうがない。ゴルドさん、そっちは適当に捕縛してから、こっちの書類を証拠品として押さえてもらえますか。後、誰か警備隊の詰所に行って下さい」
「いや、それは困る!」
「困っているのはこっちです。お願いします! 誰でもいいですから!」
「よし、俺が行ってこよう。そのちょび髭には恨みもあるしな」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゴルドさんが証拠書類を預かると、ソルトが確認する振りをして、無限倉庫に一瞬で収納しコピーすると、手元に戻す。他の人の目には一瞬だけ書類が消えたようにしか見えないだろう。
これで、商業ギルド内で隠蔽しようとしても、無駄に終わるだろう。

その一方で、ギルドマスターはどうやって、この場を収めればいいのかと頭をフル回転させる。
まずはあの小僧を黙らせないといけないとなにも進まないことは理解している。ならば、まずはあの小僧の契約書類を処理して、持主変更を迅速に行い、この場から去ってもらうしかない。
「ちょっと、そこのあなた。この契約書類を即急に処理するように。そして、持主変更が終わったら、私まで報告するように。以上!」
「はい!」

ソルトはギルドマスターが急に働き出したのを不審に思い、その動きを観察する。
『どうもソルトさんがいるのが都合が悪いようですね』
「どうやら、そんな感じだな。でも、警備隊の人と話すまでは帰らない方がよさそうだな。ゴルドさんも全部を理解している訳じゃなさそうだし」
「なにをまた、こんな時に独り言を」
「ねえ、ゴルドさん。あのピヨーネの書類も処分される前に確保しといてよ」
「そうだな。ちょっと行って来るから、その書類頼むぞ」
「うん、いいよ」

しばらくしてゴルドさんが箱に入った文書を抱えて戻ってくる。
「あいつは勤続年数が長い分、悪事も多そうだな」
「そうだね」
ゴルドが持ってきた文書をソルトは少しずつ無限倉庫でコピーしつつ警備隊の到着を待つ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆
やがて、警備隊の人達が到着するとゴルドさんに気付き説明を求める。
「詐欺ですか。わかりました。それが証拠書類ですね。被疑者はその二人ですか? 他に事情を知る人は?」
「ああ、ソルトが被害者だ。まあ、実際の被害は一応未遂扱いになるのか。ここのギルドマスターが代わりに処理してくれているようだからな」
「そうなんですね。では、処理が終わるまでお話をお聞かせ願えますか」
「いいですよ。ことの発端は……」

ある程度の詐欺のカラクリとアリサが手に『吸霊石』を持っていることを話す。

「『吸霊石』ですか?」
「聞いたことがない感じですね」
「すみません。聞いたことないです」
「要は、この辺の浮遊霊を集めて、脅しに使っていたようなんです。ただ、今は『吸霊石』の下に書いてあった魔法陣も解析してないし、どんな働きをするのか分からないんですけどね」

すると、ソルトの話を聞いていたピヨーネが慌てる。
「お前、その魔法陣をどうした?」
「どうしたって、消したよ。当たり前じゃない。あんな得体の知れないものなんて」
「消しただと? お前、あの魔法陣を消したのか?」
「なにか不味かった?」
「ふふふ、どうせ俺も終わりだ。なら、お前達も道連れだ」
「ソルト、どうもやな予感しかしないが」
「奇遇だね。俺もそう」
あの魔法陣が『吸霊石』を制御していたものだとしたら、あの『吸霊石』は暴走するのかも知れないとソルトは考えるとアリサの持つ『吸霊石』を無限倉庫へ放り込む。

「これで多分大丈夫でしょ」
「お前なぁ……さっきまでの緊張感を返せよ!」

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