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第一章

☆2

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「きょうは、ぱん、かしら?」
「おにぎり、も、おいしいですわよ、ティアちゃん」
「そうね、ティア、おにぎり、も、すきよ」

ティアはお喋りが好きだ。声の調子と表情をくるくると一人で変える。頭の中には女の子の友達がたくさんいる。今はお淑やかなルミテルがティアの相手をしてくれていた。この子は、お嬢様だけど下働きの者を大切にしてくれる。声は、最初つんとしているけど、段々と会話をするうちに柔らかくなる。ティアはその子の声真似をしているのだ。実際に会って話したい女の子達がたくさんいる。だけど、化け物!と怯えられるのは嫌で、塔から出ようとは思わない。男の子は、乱暴な言葉を使うから苦手で声を積極的に聞こうとは思わなくなった。

「あら、きょうは、ぱん、ですわ」

『愛しの第一王女ここに眠る』四角い石にそれだけ書かれた石碑の前に置かれた箱を開けた。そこには美味しそうなパンが二個と、ミルク、りんごが入っていた。ティアはぽん、と軽く手を合わせてにっこりと頬笑む。

「ぱんと、ミルク、さいこうの、くみあわせね」

ティアの親である王妃は、名前を与えなかった。実の子を気味悪がり名前すら考えたくないと拒絶したのだ。すぐに新しい生命を王妃のお腹の中に宿った。今度は王子で立派なライオンの半獣だった。王妃は息子を溺愛している。それも悲しくて、男の子を避ける一つの要因になっていた。
パンを手に取り、顔をあげると銃声が聞こえた。そして、男の呻き声。ティアの鼻がひくひく、と動く。血の匂いがする。人間の血の匂いだと、本能的に知る。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
ティアは耳を押さえて踞る。苦しげな男の息遣いが聞こえる。『すまない、俺は、帰れそうに、ない』男の悲しい声が耳に届く。今にも事切れそうな弱々しい声。
(だれか、が、まっているなら、かえしてあげないと)
ティアは決心する。顔を隠すために布を巻いて、男のもとへと駆け出した。その姿は美しい白い毛並みの一匹の獣である。血を出して男は倒れていた。ティアは男の傷口を舐めた。口の中で鉄の味が広がり顔をしかめるが、舐め続ける。ティアには癒しの力があり、怪我や病を治せるのだ。

「おにいさん、だいじょうぶ、だからね」

血の気を失い気を失っている男に声を掛けると、ティアはよいしょと小さな自分の背中に男を背負った。ティアは力持ちなのだ。
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