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中学編。
きっかけ 4
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ハリスはふと、入学式を思い出した。
麗らかな桜の花びらがふんわりと風に舞う春のあの日。日なたぼっこには最適な昼寝日和に入学式が行われた。暖かな日差しは厳粛な雰囲気で緊張する生徒達を励ました。小学校の卒業式で少し着たあの時よりも、学生服は肌に馴染むが見知らぬ顔もある中で改めて着ると身が引き締まるのか、新入生達は背筋を伸ばして座っていた。
そんな中、ハリスは眠気と戦っていた。昨日は遅くまで監督から頂いた台本を読み耽っていた。役を掴めそうなところで寝落ちしてしまったが。ハリスは寝ても、寝なくても、いくら寝ても眠い、と欠伸を密かに噛み殺した。
(声きれいだな、アマウス役この子がやったら絶対ハマりそう)
ステージの上にあがり、綺麗なお辞儀をすると物怖じする気配を微塵も見せずマイクの前で挨拶する姿を見てハリスの眠気が飛んでいった。
内容は耳に入らず、透明な透き通った声の方にハリスは夢中になった。
映画の撮影で、穢れた人間の世界を嘆いている歌が上手い天使という役があり、一度読み合わせと顔合わせした子役よりも雰囲気と声の質がこの新入生代表の方が合っていると役者と素人を比べてしまった。
新入生代表の挨拶に聞き惚れていたら、「…先輩」と突然聞こえた声は周りを気を使い声を小さく潜めてはいたが、静まり返った体育館に響いて茶髪の男が注目を集めていた。
周囲の視線を集めてしまい、「すみません」と申し訳そうに大きな身体を小さく縮めた。
20代後半。茶髪で今時の若者風だが目鼻立ちは整っている。彼が情にあついのは目元に押し当てられていたハンカチが物語っていた。
小学校を無事卒業し、中学校に入学するまで立派に育ち学生服に身を包んだ凛々しい姿に感激している。顔を真っ赤にさせ涙で瞳が潤ませている姿に視線を集めてはいたものの、非難じみた視線は段々と何だか微笑ましさが含む。
具合が悪そうな蒼白い顔をした男が心配そうな視線を向ける茶髪の男が椅子から腰を浮かせ後を追って来そうな気配を察して手で制すと席を外した。
二人の男が身に纏うスーツは上質の物でそれを着こなしていた。
本来なら母親が座る椅子に茶髪の若い男が座っていた。男は椅子に座り直すと真っ直ぐ湊斗を見つめ新入生代表の挨拶を最後まで聞いた。
入学式が終わると数多くの父兄と新入生が溢れ返る門の前、湊斗が先程の若い男がカメラを構え何枚か写真を撮っていた。
その二人と離れたところに式の途中で席を立った男も居た。桜の木に背を預けて眩しそうに空を見上げている。唇が何故か艶かしく赤く濡れていた。生き血を得た吸血鬼のようだ。顔色が幾分かいい。
空を見るその横顔は今思うと湊斗とそっくりだ。いや、湊斗が父親に似ているという事だろう。
「……佑さん、写真なんて別にいいのに。撮っても後から見たりしませんよ」
中学校入学式の記念写真に乗り気ではない、湊斗。一応敬語だが気安い声から察すると、血の繋がった兄弟ではない。湊斗の父親を先輩と呼んでいたので、湊斗にとっては佑と呼ばれたこの茶髪の男は兄貴分っていうポジションか。
「湊斗君が見なくても俺が見るって。ほら、笑顔。いーち、にー…!」
湊斗の態度に慣れているのか、佑は楽しげな声を出して笑うとカメラのシャッターを押した。それに応えて湊斗は仕方なさそうに口元を『にー』と形を作った。恥ずかしそうな控えめな微笑み。
ひらり、と薄紅色の桜の花びらが三枚ほど湊斗の髪に舞い降りて髪飾りのようになっていた。その光景を印象つかせてハリスの記憶の中に刻まれた。
(……ってか、俺…湊斗に一目惚れしてるんじゃん)
入学式の思い出から戻り、とハリスは気が付いた。一目惚れからの初恋。やたら、この日を巻き戻して何度も思い出してしまうのを納得する。
心がその後もふわふわと浮わついて授業に集中できない。初めての恋にハリスはムズムズとさせた。
もっと、湊斗に近づきたい、と。
*
ホームルームの時間。担任教師が開口一番で湊斗にとって億劫な事を言った。
「3~4人のグループを作って。まとまんなかった、問答無用で出席番号順にするからな」
7月には一泊二日のお泊まり実習がある。
中学生の内から将来何をしたいか、等将来の自分をイメージさせるための行事だ。社会科見学も兼ね添え、2ヶ月間、実習先の事や自由時間で訪れたい施設について調べるのだ。
教室では、ぽつぽつと仲良しグループが出来ている。席を立ってクラスメイト達は『一緒になろう』と声を掛け始めている。
(……面倒臭い。出席番号順でいいのに)
湊斗は義務教育が終了したら働くつもりでいる。
一刻も早く家を出たい。餌を食わせてもらっている家畜の立場から脱して、自立した人間になりたい。
将来の夢、とか、やりたい仕事は特にない。
無資格でも中卒でも雇ってくれるなら何でもいい。
学校では優等生を演じているが、本来の自分は模範的な人間でもないし、本当の本当はいい子でもなんでもない。
自分は無味、だ。何の味もしないガムのような。
ただ噛んでいるだけ。生きているだけ。
(母さんが迎えに来てくれるまで、我慢)
死ぬことを許されるまで、生きないと。
ほとんどの一年生が楽しみにしている最初の行事は湊斗にとって億劫な事の一つでしかない。
建物調べなど準備は熱心に取り組むつもりだ。しかし、当日は風邪で休むと決めていた。
麗らかな桜の花びらがふんわりと風に舞う春のあの日。日なたぼっこには最適な昼寝日和に入学式が行われた。暖かな日差しは厳粛な雰囲気で緊張する生徒達を励ました。小学校の卒業式で少し着たあの時よりも、学生服は肌に馴染むが見知らぬ顔もある中で改めて着ると身が引き締まるのか、新入生達は背筋を伸ばして座っていた。
そんな中、ハリスは眠気と戦っていた。昨日は遅くまで監督から頂いた台本を読み耽っていた。役を掴めそうなところで寝落ちしてしまったが。ハリスは寝ても、寝なくても、いくら寝ても眠い、と欠伸を密かに噛み殺した。
(声きれいだな、アマウス役この子がやったら絶対ハマりそう)
ステージの上にあがり、綺麗なお辞儀をすると物怖じする気配を微塵も見せずマイクの前で挨拶する姿を見てハリスの眠気が飛んでいった。
内容は耳に入らず、透明な透き通った声の方にハリスは夢中になった。
映画の撮影で、穢れた人間の世界を嘆いている歌が上手い天使という役があり、一度読み合わせと顔合わせした子役よりも雰囲気と声の質がこの新入生代表の方が合っていると役者と素人を比べてしまった。
新入生代表の挨拶に聞き惚れていたら、「…先輩」と突然聞こえた声は周りを気を使い声を小さく潜めてはいたが、静まり返った体育館に響いて茶髪の男が注目を集めていた。
周囲の視線を集めてしまい、「すみません」と申し訳そうに大きな身体を小さく縮めた。
20代後半。茶髪で今時の若者風だが目鼻立ちは整っている。彼が情にあついのは目元に押し当てられていたハンカチが物語っていた。
小学校を無事卒業し、中学校に入学するまで立派に育ち学生服に身を包んだ凛々しい姿に感激している。顔を真っ赤にさせ涙で瞳が潤ませている姿に視線を集めてはいたものの、非難じみた視線は段々と何だか微笑ましさが含む。
具合が悪そうな蒼白い顔をした男が心配そうな視線を向ける茶髪の男が椅子から腰を浮かせ後を追って来そうな気配を察して手で制すと席を外した。
二人の男が身に纏うスーツは上質の物でそれを着こなしていた。
本来なら母親が座る椅子に茶髪の若い男が座っていた。男は椅子に座り直すと真っ直ぐ湊斗を見つめ新入生代表の挨拶を最後まで聞いた。
入学式が終わると数多くの父兄と新入生が溢れ返る門の前、湊斗が先程の若い男がカメラを構え何枚か写真を撮っていた。
その二人と離れたところに式の途中で席を立った男も居た。桜の木に背を預けて眩しそうに空を見上げている。唇が何故か艶かしく赤く濡れていた。生き血を得た吸血鬼のようだ。顔色が幾分かいい。
空を見るその横顔は今思うと湊斗とそっくりだ。いや、湊斗が父親に似ているという事だろう。
「……佑さん、写真なんて別にいいのに。撮っても後から見たりしませんよ」
中学校入学式の記念写真に乗り気ではない、湊斗。一応敬語だが気安い声から察すると、血の繋がった兄弟ではない。湊斗の父親を先輩と呼んでいたので、湊斗にとっては佑と呼ばれたこの茶髪の男は兄貴分っていうポジションか。
「湊斗君が見なくても俺が見るって。ほら、笑顔。いーち、にー…!」
湊斗の態度に慣れているのか、佑は楽しげな声を出して笑うとカメラのシャッターを押した。それに応えて湊斗は仕方なさそうに口元を『にー』と形を作った。恥ずかしそうな控えめな微笑み。
ひらり、と薄紅色の桜の花びらが三枚ほど湊斗の髪に舞い降りて髪飾りのようになっていた。その光景を印象つかせてハリスの記憶の中に刻まれた。
(……ってか、俺…湊斗に一目惚れしてるんじゃん)
入学式の思い出から戻り、とハリスは気が付いた。一目惚れからの初恋。やたら、この日を巻き戻して何度も思い出してしまうのを納得する。
心がその後もふわふわと浮わついて授業に集中できない。初めての恋にハリスはムズムズとさせた。
もっと、湊斗に近づきたい、と。
*
ホームルームの時間。担任教師が開口一番で湊斗にとって億劫な事を言った。
「3~4人のグループを作って。まとまんなかった、問答無用で出席番号順にするからな」
7月には一泊二日のお泊まり実習がある。
中学生の内から将来何をしたいか、等将来の自分をイメージさせるための行事だ。社会科見学も兼ね添え、2ヶ月間、実習先の事や自由時間で訪れたい施設について調べるのだ。
教室では、ぽつぽつと仲良しグループが出来ている。席を立ってクラスメイト達は『一緒になろう』と声を掛け始めている。
(……面倒臭い。出席番号順でいいのに)
湊斗は義務教育が終了したら働くつもりでいる。
一刻も早く家を出たい。餌を食わせてもらっている家畜の立場から脱して、自立した人間になりたい。
将来の夢、とか、やりたい仕事は特にない。
無資格でも中卒でも雇ってくれるなら何でもいい。
学校では優等生を演じているが、本来の自分は模範的な人間でもないし、本当の本当はいい子でもなんでもない。
自分は無味、だ。何の味もしないガムのような。
ただ噛んでいるだけ。生きているだけ。
(母さんが迎えに来てくれるまで、我慢)
死ぬことを許されるまで、生きないと。
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