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中学編。
なくしたもの 2
しおりを挟むご近所の主婦達に、あら、湊斗君お帰りなさいと決まって声をかけられる。湊斗は軽く頭を下げて、ただいまと返す。井戸端会議中のエプロン姿の女性の前を通り過ぎる。それは一人で下校して帰ってきた湊斗を近所の人が見守ってくれているということだ。小学校からの日常的な光景だった。
家に辿り着くと立ち止まり古ぼけた犬のキーホルダーを学生鞄から取り出す。小さな鈴が犬の人形の首元についていて、チリンと微かに鳴った。臍を押すときゅんと鳴く。手土産として貰った当日は物珍しくてきゅんきゅんと何度も人形の臍を押して鳴かせていたが、今はその機能があることすら湊斗は忘れてた。
鍵を開けて玄関のドアを開くと直ぐにカレーの香ばしい匂いが鼻を擽る。匂いがスパイシーで刺激を受けたのかくしゃみが出た。
靴を脱ぐと揃えて置き、スリッパに履き替える。塩尾家の家は年季が入り床が冷たい。冬など足の裏が床とくっついてしまうような感覚になる。
寒がりの湊斗は幼い頃から夏でもスリッパを愛用している。暑がりの佑は裸足で平気な人である。信じられない。ちなみに洋介もスリッパを履く。
帰宅したら直行で洗面台に向かう。下に鞄を置いて手洗いうがいをする。外の埃が喉にへばりついている気がするし、バイ菌がたくさんついている気がして気持ちが悪いからだ。
コップは幼稚園の時、近所のスーパーで買って貰ったキャラクターのもので数少ない湊斗の子供らしさを残す私物の一つだ。
鞄を置き去りにして一旦、台所に顔を出す。
「湊斗君、お帰り。今日はチキンカレーだよ」
佑はスーツのシャツの長袖を腕捲りをしてカレーの鍋をお玉でかき混ぜていた。白いものを身に付けてカレーを作るとは、すごいと変なところで感心する。
湊斗が近寄る音に気がつくと振り向いて明るい声で晩ご飯のメニューを言った。
「……ただいま。カレーだってのは匂いで分かるよ。父さんは?」
「先輩はまだちょっと仕事。 19時には帰ってくると思うよ」
ふうん、と興味ない声で返事をして顔を引っ込めて洗面台に置き去りにした鞄を掴むと自分の部屋へと行く。制服を脱いでパーカーと短パンというラフな姿になる。
そのまま勉強机に向かった。
佑とは長い付き合いで、特に近寄って話すという感じではない。遊びに来てもトランプ等して遊ぶ、なんてことはしない。家族といっても同じくらい。変に気を使わなくていい存在だ。
机の電気をつけて鞄から教科書とノートを開く。義務に縛られた固い顔で宿題に取り掛かった。
勉強をしている間は無心になれる。余計な事を考えなくていいから。頭を悩ます問題でも、答えは用意されている。それを探り当てる、同じような問題を解いてヒントを得る、調べる、等々の行為は嫌いではなかった。
こんこん、とドアのノック音が静かな部屋に響いた。集中していた思考の世界から引き戻される。
「湊斗君、先輩が帰ってきたし飯にしよう」
「…今行く」
腕を伸ばしてはぁ、と息を洩らす。頭を使ったので妙に冴えている。この状態で残りの宿題を済ませたかったが、働いて腹を空かせて帰ってきた洋介を待たせるのは忍びない。
(餌を食わせてもらっている家畜ってのは本当の事だ。早く、大人になってこの家を出る)
何度も心のなかで浮かんで、コチコチに固くなっている意思が疼いた。
リビングに行くと洋介が椅子に座っていた。
軽くシャワーを浴びてしっとりと髪が濡れている。紺とグレーの部屋着に着替えていた。
「……お帰りなさい」
「ああ」
父と子供の会話はこれで終わる。短くてそっけない。昔はもっと父親に話すことがあった。今より幼い自分だったら、きっと日曜日、クラスメイトと動物園に行くことを楽しそうに話していただろうと、湊斗は思った。そして、父親もよかったな、楽しんでこいよと頭を撫でてくれただろう。
(あの頃の僕と父さんは母さんと一緒に死んだんだ)
湊斗はぼんやりと思った。
お茶をコップに注いだり、スプーンを出したり湊斗は佑の手伝いをする。
準備を整えると漸く二人は椅子に座った。いただきます、と手を合わせてカレーを食べ始める。
「湊斗君、学校楽しい?」
佑は湊斗を見て問い掛けた。
「…普通」
嘘ではない言葉。普通。いじめられてもいないし、なに不自由なく学校生活を過ごせている。
「普通くらいが丁度良いな」
佑は二人の親子の関係が以前とは違うと気がついている。しかし、二人とも声をあげない。
原因はみな子が天国へと旅立ってしまったことだと明白で、ズカズガと踏み込めない。
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