α上司の最善ではない恋

空気綺麗

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はじまりは偏見から

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 司馬さんの下で働き、早くも1ヶ月あまりが経過した。
 毎日が目まぐるしくて、気がつけば週が終わっているような日々だ。

 まず驚いたのは、俺の中にあった“営業”のイメージとのギャップだった。
 1日に何社も飛び込みをかけ、商品の売り込みをする――そんな姿を想像していたけど、実際の仕事はまったく違った。

 基本的に取引先は既存顧客が中心で、新規営業はかなり少ない。
 むしろ訪問そのものより、提案資料を作ったり、要件を整理したり、社内の技術チームとすり合わせたりする時間の方がずっと長い。

 SIerの営業は、できあがった製品を売るのではなく、顧客ごとにゼロから仕組みを組み立てて提案する仕事だ。
 だからこそ、相手の要望を深く理解し、丁寧に信頼関係を築く必要がある――らしい。

 ある日の営業でのことだ。
 その日の営業先は、従業員が100名にも満たない中小の物流会社だった。
 社長は70近く。今まで受注から発送まで全て手作業で回していたが、人手不足と従業員の高齢化により限界を感じている――という相談だった。

「いっそのこと、管理は全部AIに任せたいんだよね。
 最近はカメラで勝手に管理してくれるのもあるんだろ?
 配送もアプリで位置情報見られるんだろ?
 社員の動きもAIに把握させて、効率的な配送計画を自動で作ってほしいんだよ」

 正直、あまりに漠然とした夢物語に、俺は内心「どこから突っ込めばいいんだ」と混乱していた。  
 だが司馬さんは、そんな社長の言葉にも真剣に耳を傾け、冷静に言葉を返していく。

「確かに、社長のAIで全てを管理し効率化したいというお考えはごもっともで、人員削減にはとても効率的なアイデアだと思われます。
 ですが、一度社内の現状に立ち戻ってみましょう。
 先ほどのアイデアで減らすことが出来るのは、管理部門の社員です。
 ですが、今御社で足りていないのはドライバーではないでしょうか。
 でしたら先ほどのアイデアでは、管理部門に対しては解雇の危機となり、ドライバーに対しては効果の薄いアイデアとなってしまいます。
 さらに、一度に大量の新システムを導入すると、社員の混乱を招きます。
 ですので、重要なところから、一つ一つ変えていくのが大事です。
 まずは、ドライバーの困りごと解決から考え始めませんか?御社のドライバー不足の原因を、着実に対処しましょう。
 検討の結果、システム導入の必要がなければ弊社と契約していただかなくて構いません。
 御社の将来について、一緒に考えさせてください。」

 司馬さんに否定された時、ムッとした表情をした社長だったが、話を進めるにつれ司馬さんの話に引き込まれていた。
 “契約していただかなくても構いません”  。
 一見すると、自社の利益にならなそうな一言が、社長の表情を明らかに変えた。

 その日の帰り、電車内で司馬さんがこう話した。

「SIerの営業は、お客様の“やりたいこと”をいかに具体的な形に落とし込むかが勝負なんだ。
相手はITの専門家じゃないから、要望が漠然としていたり、逆に複雑になりすぎていたりする。
でも、こっちから“それは無理です”とか“こうした方が効率的です”と一方的に言い切ってしまうと、お客様の想いが削がれる。
だから大切なのは、“味方”として寄り添いながら、本当に求めているものをお客様自身で言語化出来るようサポートすることだ。
せっかくオーダーメイドで作るんだから、理想通りと納得してもらえるものにしたい。」

 ……まるで営業じゃなく、カウンセラーのようだなと思った。

 司馬さん準備は、準備も怠らない。
 提案前には、相手の業界・業務フロー・過去の導入事例まで徹底的に調べて資料を作り込む。
 俺も何度か分担を任されたが、司馬さんのレベルには到底及ばない。

 さらに、日々の業務の合間にも、技術トレンドや制度改正の情報に目を通し、どんな質問にも即答できるように準備している。
 知識量だけで言えば、もうほとんどエンジニア並かそれ以上だ。

 司馬さんの仕事っぷりを間近で見て、俺は逆に、どんどんと遠くに感じるようになっていった。
 絶対に追いつけない、そんな存在だと。

 だって、もともと能力の高いαが、人一倍努力までしているんだ。
 ――こんな人に、誰が勝てるっていうのだろう。

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