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勝ち目しかない勝負
④
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少し間を置いてから、司馬さんは続けた。
「私は……Ωのフェロモンが、苦手なんだ。」
司馬さんは、俯いたままゆっくり言葉を選んでいた。
「もちろん、普段はあそこまでひどくない。仕事でもΩがいても問題なく働けてるし……気分が少し悪くなる程度なんだけど、昨日は……お酒が入ってたし、触られたこともあって、ダメだった。」
「そんな体質もあるんですね。αなのに。」
俺は、無意識にそう呟いてしまった。
その瞬間、司馬さんの表情が少しだけ曇った。
「……ああ。」
短く答えたその声には、ほんのわずかな悲しみがにじんでいた。
まずい、ちょっと楽しんでいることを隠さないと。
「あっ、すみません。そんな、“αだから”とかって意味で言ったんじゃなくて!Ωと付き合ったりするときに、大変なんだろうなって、そう思って……。」
俺が慌てて弁解すると、司馬さんは苦笑して、首を小さく振った。
「気にしなくていいよ。その通りだから。」
哀しそうに、司馬さんは呟いた。
ようやく少しだけ明かされた、司馬さんのプライベート。
先ほどまでは、知れて嬉しいはずだった。
探していた弱点を知れて、勝った気になれたから。
なのに、苦しそうに、弱々しく話す司馬さんの姿を見て、悲しいような、悔しいような気持ちになった。
例えるなら、ようやく打ち返せたと思った球が、実はピッチャーが怪我をしていたせいだった、みたいな――そんな虚しさがあった。
……もはや、勝負にすらなっていない。
悔しさだけが、心の中に溢れていた。
お互い、何も言えない時間が流れる。
体感では1時間、でも実際には、ほんの2、3分だったかもしれない。
――このままじゃいけない。何か話題を出さなきゃ。
「……あっ、そうだ!
司馬さん、家でもビジネス書とか読んでるんですね。
プライベートでも勉強するなんて、やっぱりすごいです!」
なんとか繋いだつもりの言葉だった。
けれど、司馬さんの表情は逆にどんどん曇っていった。
「……そうだよな、部屋の中、見たんだよな。
汚くてごめん。人を入れるつもりなんて、なくて……。」
そう言ってから、司馬さんは目線を落とし、ぽつりと続けた。
「本だって、真面目に勉強してるわけじゃない。
僕、プライベートは何もできない駄目な人間だから。
せめて仕事だけはちゃんとしないとって、そうやって……取り繕ってるだけなんだ。
……幻滅、しただろ?」
絞り出すようなその声に、悔しさが湧き立ってくる。
お願いだから、自分を卑下しないでくれ。
――顔を上げて、俺を見てくれ。
「――幻滅なんて、してないです!」
言葉が口から飛び出した。
「確かにびっくりはしました。
でも、司馬さんにも苦手なことがあるってわかって……親近感が湧いたっていうか……」
言葉がうまくまとまらない。
なんとか司馬さんの思考を否定しようと必死だった。
「取り繕ってるだけって言いましたけど、それってすごいことだと思うんです。
俺や会社の人たちにその取り繕いを“見せない”っていうのは、ちゃんと毎日頑張ってるってことだと思うから……」
俯いていた司馬さんが、こちらを窺うようにゆっくりと顔を上げた。
目線が合い、動揺したが、少し息を吸って、司馬さんをまっすぐ見つめた。
――そうだ、そのままこっちを見続けろ。
「だからつまり、俺は、余計に司馬さんのこと、すごいって思いました!」
「私は……Ωのフェロモンが、苦手なんだ。」
司馬さんは、俯いたままゆっくり言葉を選んでいた。
「もちろん、普段はあそこまでひどくない。仕事でもΩがいても問題なく働けてるし……気分が少し悪くなる程度なんだけど、昨日は……お酒が入ってたし、触られたこともあって、ダメだった。」
「そんな体質もあるんですね。αなのに。」
俺は、無意識にそう呟いてしまった。
その瞬間、司馬さんの表情が少しだけ曇った。
「……ああ。」
短く答えたその声には、ほんのわずかな悲しみがにじんでいた。
まずい、ちょっと楽しんでいることを隠さないと。
「あっ、すみません。そんな、“αだから”とかって意味で言ったんじゃなくて!Ωと付き合ったりするときに、大変なんだろうなって、そう思って……。」
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「気にしなくていいよ。その通りだから。」
哀しそうに、司馬さんは呟いた。
ようやく少しだけ明かされた、司馬さんのプライベート。
先ほどまでは、知れて嬉しいはずだった。
探していた弱点を知れて、勝った気になれたから。
なのに、苦しそうに、弱々しく話す司馬さんの姿を見て、悲しいような、悔しいような気持ちになった。
例えるなら、ようやく打ち返せたと思った球が、実はピッチャーが怪我をしていたせいだった、みたいな――そんな虚しさがあった。
……もはや、勝負にすらなっていない。
悔しさだけが、心の中に溢れていた。
お互い、何も言えない時間が流れる。
体感では1時間、でも実際には、ほんの2、3分だったかもしれない。
――このままじゃいけない。何か話題を出さなきゃ。
「……あっ、そうだ!
司馬さん、家でもビジネス書とか読んでるんですね。
プライベートでも勉強するなんて、やっぱりすごいです!」
なんとか繋いだつもりの言葉だった。
けれど、司馬さんの表情は逆にどんどん曇っていった。
「……そうだよな、部屋の中、見たんだよな。
汚くてごめん。人を入れるつもりなんて、なくて……。」
そう言ってから、司馬さんは目線を落とし、ぽつりと続けた。
「本だって、真面目に勉強してるわけじゃない。
僕、プライベートは何もできない駄目な人間だから。
せめて仕事だけはちゃんとしないとって、そうやって……取り繕ってるだけなんだ。
……幻滅、しただろ?」
絞り出すようなその声に、悔しさが湧き立ってくる。
お願いだから、自分を卑下しないでくれ。
――顔を上げて、俺を見てくれ。
「――幻滅なんて、してないです!」
言葉が口から飛び出した。
「確かにびっくりはしました。
でも、司馬さんにも苦手なことがあるってわかって……親近感が湧いたっていうか……」
言葉がうまくまとまらない。
なんとか司馬さんの思考を否定しようと必死だった。
「取り繕ってるだけって言いましたけど、それってすごいことだと思うんです。
俺や会社の人たちにその取り繕いを“見せない”っていうのは、ちゃんと毎日頑張ってるってことだと思うから……」
俯いていた司馬さんが、こちらを窺うようにゆっくりと顔を上げた。
目線が合い、動揺したが、少し息を吸って、司馬さんをまっすぐ見つめた。
――そうだ、そのままこっちを見続けろ。
「だからつまり、俺は、余計に司馬さんのこと、すごいって思いました!」
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