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思い出との再会
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更衣室でユニフォームに着替え、最後に薄水色の白衣に袖を通す。水色なのに白衣という名称に違和感を覚えないでもないが、当院では白の白衣は医師のみが着用することになっている。
俺の仕事は、市立病院に勤める薬剤師だ。
薬剤部に足を運び、同僚たちと朝の挨拶を交わす。
昨夜の夜勤帯に出た処方箋のチェックをして、在庫の残数を確認する。次に入院患者の定期薬を一包化作業に移った。その量の多さに思わずため息が漏れる。
「手伝おうか?」
別作業していた同期薬剤師の遊崎が声を掛けてきた。
「ああ、頼むわ」
「オッケー」
それだけ言葉を交わし、互いに黙々と作業を始める。
薬の一包化とは複数処方された薬を一回投与分毎に袋へ一まとめにすることだ。
患者はシートから一つ一つ薬を出す手間が省けて楽だと言うが、実際は飲み忘れや飲み間違いの起こらないようにするという意味合いが強い。
つまり今、俺たちがやっている作業は、処方薬を全てシートから出して、一回投与分ごとに袋に詰めてさらにパックする、という地味極まりない作業だった。
効率化の機会があれば薬を自動パックしてくれるので幾らか楽にはなるが、そんな高価な精鋭機器などあるはずもなく、こうやって一つ一つ手作業でパックを行わなくてはならなかった。
「なあ、少し聞きたいことがあるんだけどいいか?」
一室で男二人での作業。遊崎には前から聞きたかったことだが、周りの目や耳が無くて、今が丁度いいシチュエーションだった。
「ん? 鷹司が相談なんて珍しいな。言ってみろよ」
「相談ってわけじゃないんだが、そうだな――これは例えば……の話になるんだが」
そう言って、俺は一拍息を入れる。
「例えば――昔、自分のことを好きだと言ってくれた女の子が、今でもまだ好きでいてくれることってあるのかな?」
すると遊崎はピタっと作業を止め、歪んだ顔でこちらを見た。
「……なんだよ、その顔は?」
「お前こそなんなんだよ、その質問は」
「だから例えば、って言っただろ」
「例えであろうが、お前の口から女の話が出たことが一番の驚きだよ。普段から自分は全く興味がないです、みたいな顔しやがって」
「興味がないわけじゃない。縁がないだけだ」
俺はモテないし、自分から女性に近づく気概もない。普段の話題に女性のことが上がってこないのは当然だろう。
「あーなるほど。まあ、お前テンプレ主人公っぽいしな」
「なに意味分からないこと言ってるんだよ。それで、質問の答えはどうなんだ?」
すると遊崎はうーんと唸る。
「まず二つ、ハッキリしないとなんとも言えないな。一つは目その昔っていうのがどのくらい前かってこと。二つ目は現実の話か、二次元の創作物の話か、ってことだな」
「昔って言うのは大体12年くらい前で、現実の話だが」
「それ、絶対お前の話だよな!?」
「…………はあ? チガイマスケド?」
「くっはぁー!! なんだよソレ!? 女に全く興味がないと思っていた同期が、実は鈍感系主人公で、結婚を約束した昔の幼馴染との再会!! とかどんだけラノベのラブコメ的展開なんだよ!!?」
そこまで話してないのに、あながち間違っていないのが末恐ろしい。なんなんだコイツは。いやしかし、ここは肯定するわけにはいかない。
「飛躍しすぎてその話は本当に違うな。お前のラノベ脳で全てを語るんじゃない」
「ラノベのラブコメはいいぞ!!」
「ったく……いい大人になってもラノベとかで騒いでるんじゃねえよ」
そもそも俺はラノベ自体読まないから、こいつの例え方が良く分からない。
「男はいつまでも少年の気持ちを忘れちゃいけないんだよ!! 俺は60になってもジャンプやラノベは読み続けるぞ!!」
「クソ……なんでこんな奴に彼女がいるっていうのに俺にはいないんだ……」
遊崎の彼女は同じ病院に勤務している看護師だ。しかも超美人。
「まあ、俺のラノベ脳は否定しない。だからこそ鷹司の話がラノベの話であった場合、その答えはイエスだ。いいじゃねえか、主人公のことを思い続けるヒロイン。そんなの時間の長さは関係ねえ。大事なのは昔約束した内容や想いの強さだ。もうその設定だけで、その女の子は主人公のことが今でも好きであって然るべきなんだよ!!」
遊崎は熱くこぶしを握りながら語る。おい、作業の手が止まってんぞ。
「うん、まあ、そこらへんは良く分からねえんだけど、じゃあ現実だとしたらどうなんだ?」
「絶望的にあり得ないだろうな」
遊崎は一言バッサリと切り捨てる。
「……そんなに?」
「なんだ? 少しでも可能性があるとでも思っていたのか? だとしたら俺以上のラノベ脳だと言われても仕方ないぞ」
「い、いや……でも可能性が0ってことはないだろ?」
「はあ? 0どころか絶対零度すら通り越したマイナスだわ。12年も前ってそのころ俺たち中学生だろ? 忘れられている可能性のほうが高いくらいだ」
「いや……思ったよりちゃんと覚えていたみたいなんだけど……」
すると遊崎は、はぁ~っと深いため息を吐く。
「やっぱりお前の話なんじゃねえか。どんな状況なのかちゃんと説明しろよ」
「悪い。そうだよな……。最初からちゃんと説明すればよかったな」
本当最初から夏花のことを相談するつもりでいたのに、何故かこんな濁すような曖昧な聞き方になってしまった。普段から恋愛相談なんてしたこともなかったから、こんなところからどうしたらいいか分からないんだろう。俺は周りが結婚し出して孤独感を感じ始めたところから、二人の幼馴染がいることを踏まえて順を追って遊崎に説明した。
「それで、今日その子と二人で夕飯を食いに行くことになってる、と」
「そんな感じ」
「で、お前はその子に何を望んでるわけ?」
「よくわからん」
「あわよくば付き合いたいとか思ってるわけじゃねえよな?」
「ないとは言い切れん」
「本気で言ってる?」
「わりと本気」
「いやいやいや、おかしいだろ」
「何がおかしいんだよ?」
「はあ……まさか大の大人にこんなこと説明することになると思わなかったが、鷹司は本気で分からねーようだから俺が教えてやる。いいか、良く聞けよ」
遊崎の真剣な表情に俺は生唾を飲み込んだ。
俺の仕事は、市立病院に勤める薬剤師だ。
薬剤部に足を運び、同僚たちと朝の挨拶を交わす。
昨夜の夜勤帯に出た処方箋のチェックをして、在庫の残数を確認する。次に入院患者の定期薬を一包化作業に移った。その量の多さに思わずため息が漏れる。
「手伝おうか?」
別作業していた同期薬剤師の遊崎が声を掛けてきた。
「ああ、頼むわ」
「オッケー」
それだけ言葉を交わし、互いに黙々と作業を始める。
薬の一包化とは複数処方された薬を一回投与分毎に袋へ一まとめにすることだ。
患者はシートから一つ一つ薬を出す手間が省けて楽だと言うが、実際は飲み忘れや飲み間違いの起こらないようにするという意味合いが強い。
つまり今、俺たちがやっている作業は、処方薬を全てシートから出して、一回投与分ごとに袋に詰めてさらにパックする、という地味極まりない作業だった。
効率化の機会があれば薬を自動パックしてくれるので幾らか楽にはなるが、そんな高価な精鋭機器などあるはずもなく、こうやって一つ一つ手作業でパックを行わなくてはならなかった。
「なあ、少し聞きたいことがあるんだけどいいか?」
一室で男二人での作業。遊崎には前から聞きたかったことだが、周りの目や耳が無くて、今が丁度いいシチュエーションだった。
「ん? 鷹司が相談なんて珍しいな。言ってみろよ」
「相談ってわけじゃないんだが、そうだな――これは例えば……の話になるんだが」
そう言って、俺は一拍息を入れる。
「例えば――昔、自分のことを好きだと言ってくれた女の子が、今でもまだ好きでいてくれることってあるのかな?」
すると遊崎はピタっと作業を止め、歪んだ顔でこちらを見た。
「……なんだよ、その顔は?」
「お前こそなんなんだよ、その質問は」
「だから例えば、って言っただろ」
「例えであろうが、お前の口から女の話が出たことが一番の驚きだよ。普段から自分は全く興味がないです、みたいな顔しやがって」
「興味がないわけじゃない。縁がないだけだ」
俺はモテないし、自分から女性に近づく気概もない。普段の話題に女性のことが上がってこないのは当然だろう。
「あーなるほど。まあ、お前テンプレ主人公っぽいしな」
「なに意味分からないこと言ってるんだよ。それで、質問の答えはどうなんだ?」
すると遊崎はうーんと唸る。
「まず二つ、ハッキリしないとなんとも言えないな。一つは目その昔っていうのがどのくらい前かってこと。二つ目は現実の話か、二次元の創作物の話か、ってことだな」
「昔って言うのは大体12年くらい前で、現実の話だが」
「それ、絶対お前の話だよな!?」
「…………はあ? チガイマスケド?」
「くっはぁー!! なんだよソレ!? 女に全く興味がないと思っていた同期が、実は鈍感系主人公で、結婚を約束した昔の幼馴染との再会!! とかどんだけラノベのラブコメ的展開なんだよ!!?」
そこまで話してないのに、あながち間違っていないのが末恐ろしい。なんなんだコイツは。いやしかし、ここは肯定するわけにはいかない。
「飛躍しすぎてその話は本当に違うな。お前のラノベ脳で全てを語るんじゃない」
「ラノベのラブコメはいいぞ!!」
「ったく……いい大人になってもラノベとかで騒いでるんじゃねえよ」
そもそも俺はラノベ自体読まないから、こいつの例え方が良く分からない。
「男はいつまでも少年の気持ちを忘れちゃいけないんだよ!! 俺は60になってもジャンプやラノベは読み続けるぞ!!」
「クソ……なんでこんな奴に彼女がいるっていうのに俺にはいないんだ……」
遊崎の彼女は同じ病院に勤務している看護師だ。しかも超美人。
「まあ、俺のラノベ脳は否定しない。だからこそ鷹司の話がラノベの話であった場合、その答えはイエスだ。いいじゃねえか、主人公のことを思い続けるヒロイン。そんなの時間の長さは関係ねえ。大事なのは昔約束した内容や想いの強さだ。もうその設定だけで、その女の子は主人公のことが今でも好きであって然るべきなんだよ!!」
遊崎は熱くこぶしを握りながら語る。おい、作業の手が止まってんぞ。
「うん、まあ、そこらへんは良く分からねえんだけど、じゃあ現実だとしたらどうなんだ?」
「絶望的にあり得ないだろうな」
遊崎は一言バッサリと切り捨てる。
「……そんなに?」
「なんだ? 少しでも可能性があるとでも思っていたのか? だとしたら俺以上のラノベ脳だと言われても仕方ないぞ」
「い、いや……でも可能性が0ってことはないだろ?」
「はあ? 0どころか絶対零度すら通り越したマイナスだわ。12年も前ってそのころ俺たち中学生だろ? 忘れられている可能性のほうが高いくらいだ」
「いや……思ったよりちゃんと覚えていたみたいなんだけど……」
すると遊崎は、はぁ~っと深いため息を吐く。
「やっぱりお前の話なんじゃねえか。どんな状況なのかちゃんと説明しろよ」
「悪い。そうだよな……。最初からちゃんと説明すればよかったな」
本当最初から夏花のことを相談するつもりでいたのに、何故かこんな濁すような曖昧な聞き方になってしまった。普段から恋愛相談なんてしたこともなかったから、こんなところからどうしたらいいか分からないんだろう。俺は周りが結婚し出して孤独感を感じ始めたところから、二人の幼馴染がいることを踏まえて順を追って遊崎に説明した。
「それで、今日その子と二人で夕飯を食いに行くことになってる、と」
「そんな感じ」
「で、お前はその子に何を望んでるわけ?」
「よくわからん」
「あわよくば付き合いたいとか思ってるわけじゃねえよな?」
「ないとは言い切れん」
「本気で言ってる?」
「わりと本気」
「いやいやいや、おかしいだろ」
「何がおかしいんだよ?」
「はあ……まさか大の大人にこんなこと説明することになると思わなかったが、鷹司は本気で分からねーようだから俺が教えてやる。いいか、良く聞けよ」
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