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思い出との再会
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「まず、お前の脳内には色んな前提がすっぽ抜けている。その子は現在交際相手がいるのか? 好意を寄せている相手がいるのか? いや、実はもう結婚しているかもしれねえ。このいずれかであった場合、鷹司がその子と付き合える可能性は限りなく低くなる。
そうでなくても鷹司はその子に幻想を抱きすぎている節があるな。現在完全フリーであったとしても、今までもずっとそうだったとでも思っているのか?
高校、大学、社会人を含めた12年間。こんな青春真っ只中に鷹司以外の誰かを一度も好きになったことがないとでも? いや、そんなことはあり得ねえ。
何人もの男を好きになってきただろうし、何人もの男と付き合ってきただろうし、何人もの男と寝てきただろう。まあ、何人もといえるほどの人数はいないかもしれないし、付き合う以上の関係は経験ない奴もいるだろうけど、そういうもんだと思っていた方がいい。そういうリアルな現実と向き合った上で聞かせてもらう。鷹司は、どうしてもその子と恋人同士になりたいと思っているのか?」
言われて俺は押し黙る。
遊崎の言う通りだった。確かに俺は、色んな前提を考慮せずに話を膨らませていた。
今の話は理解できるし、さすがに俺もそのくらいのことは気付けているはずだった。
でも――――無意識のうちに考えないようにしていた。
「やけに現実的じゃねーか……ラノベ脳のクセに」
俺は思わず悪態をつく。
「確かに俺はラノベ脳だが、現実との分別は付けている。あれは物語を楽しむものであって、現実に持ち込んでいいもんじゃない」
「くっ……まったく、その通りだよ……」
「それで、本当のところはどうなんだよ?」
「俺は…………」
先を話すのを躊躇って言葉を濁す。
しかし遊崎の真剣に俺の話に向き合っている表情を見て、ここで話さないのは真摯じゃない気がした。
「俺は……今まで恋愛なんてしてきたことがないんだよ。単純にモテなかったし、俺からもどうしていいかわからなかったからな。正直、逃げてきたと言ってもいい。
今までも何度か恋愛に踏み出そうと思ったことはあるんだ。でもその度に思い出の二人のことが頭から離れない。俺は思い出に縛られている。遊崎がいう事も分かるんだ。でも俺には、二人との未来しか描けないし、それしか考えてこなかったんだ。
だからそういう前提全部すっ飛ばしてでも、目先に飛び込んできたチャンスに縋りつくしかねえって思ったのが正直なところだな……」
話していてどんどん恥ずかしくなってきた。顔全体が熱くなっているのが分かる。ちょっとぶっちゃけ過ぎたか? さりげなく横目で遊崎の方を見る。
すると遊崎はアホみたいに口をポカンと開けて固まっていた。
「……なんだよ……笑いたきゃ笑えよ」
俺はさらに恥ずかしくなって遊崎から視線を逸らす。
「いや……笑わねえけど……鷹司にも本気で恋愛願望があったことが驚きだ」
「……そうだよ。悪いか」
自分から始めた話だが、これ以上は恥ずかしさの上塗りみたいになるから、もうこの話題を切り上げたくなった。やっぱり慣れない話題の相談なんてするんじゃなかったと後悔する。
「いや、悪くもないけど……だとしたら、前提がひっくり返るんだが?」
「はあ? どういう意味だよ?」
「もし例えば、その幼馴染の二人以外にお前のことを好きだという子が現れたらどうする?」
「今まで一人もいなかったんだ。今後もそんな物好き現れねえよ」
「なるほど。お前の抱える問題は、思い出に縛られていることじゃねえ。お前が本当に気付くべきことは――――」
「あー、鷹司さん!! ここにいた!!」
勢いよくそう言いながら入ってきたのは、先日送別会で一緒に幹事をした白石さんだった。
「白石さんお疲れ様。俺に何か用?」
「はい。午前中の処方箋持ってきました」
そう言って白石さんはニコニコしながら俺に処方箋の束を手渡す。
「いや、わざわざ俺に渡さなくても……他の人でいいんじゃないか?」
「えー? ダメですよぉ。鷹司さんは西病棟三階の専属薬剤師なんですから」
「そんなものはない。勝手に捏造するな」
そう言いながら俺は処方箋の束で軽く白石さんの頭を叩いた。
「あれ? ……もしかして、私専属でした?」
白石さんは唇に指を当て、悪戯っぽく言う。
「はいはい。要件はそれだけか?」
「……ええ、まあ、要件はそれだけですけどぉ……」
白石さんは口を尖らせながら頬を膨らませている。適当に流しておかないと調子に乗って助長するからな。彼女のこういう冗談は業務に支障が出るから少しだけ悩みの種だった。
そういえばこの前も……と既視感を覚える。
「あー……今朝の回診、先生誰だった?」
「今日は飯塚先生ですけど?」
それを聞いて、俺は処方箋の束をぱらぱら捲った。
「……これと、あ、これもだな」
そう言いながら数枚の処方箋を作業台の上に並べた。白石さんはそれを覗き込む。
「この湿布薬とか軟膏、使用部位まで書かないと処方できないんだよね。腕とか腰とか。飯塚先生いっつも書き忘れるから、看護師さんの方でちゃんと指摘しないと二度手間になっちゃうよ……って、この前も言ったばかりだよね?」
「あー……うっかりしてました。てへっ」
白石さんはわざとらしく下を出す。
「はあ……今日のところはこっちで確認しとくから、次は気を付けて――――」
最後まで言い切る前に、白石さんは並んでいた処方箋を勢いよく回収する。
「これは私の責任ですから、ちゃんと私が確認してきます」
「いや、内線で確認するだけだから、処方箋まで持っていかなくても……」
「それじゃあダメです。ちゃんと書いてもらってきます。そしたらまた持ってきますね」
「だから別にダメじゃないって……」
白石さんの持っている処方箋に手を伸ばすと、避けるように一歩後ろに下がった。
「また会いに来ますから、待っていて下さいね!」
眩しいくらいの笑みを浮かべながらそう言うと、白石さんは薬剤部から去っていった。
「電話一本で済む話なのに……なんでわざわざそんな面倒なことを……」
俺は呆れながら呟いた。
そんなやり取りを見ていた遊崎が大きなため息を吐く。きっと遊崎も白石さんの無意味な行動に呆れ果てたのだろう。
「なあ、鷹司……ひとつ聞いていいか?」
「なんだよ?」
「なんでお前、自分がモテないと思ってんの?」
せっかくいい感じに話題が切れたと思ったのにまた掘り返すのか。まあ、でもそのくらいなら答えてやらないでもない。
「なんでってそりゃあ……18年以上、誰からも『好き』って言われてないからな」
「はっはっは。面白いな、お前」
遊崎は渇いた笑い声を上げる。
今何か面白いことを言っただろうか?
そうでなくても鷹司はその子に幻想を抱きすぎている節があるな。現在完全フリーであったとしても、今までもずっとそうだったとでも思っているのか?
高校、大学、社会人を含めた12年間。こんな青春真っ只中に鷹司以外の誰かを一度も好きになったことがないとでも? いや、そんなことはあり得ねえ。
何人もの男を好きになってきただろうし、何人もの男と付き合ってきただろうし、何人もの男と寝てきただろう。まあ、何人もといえるほどの人数はいないかもしれないし、付き合う以上の関係は経験ない奴もいるだろうけど、そういうもんだと思っていた方がいい。そういうリアルな現実と向き合った上で聞かせてもらう。鷹司は、どうしてもその子と恋人同士になりたいと思っているのか?」
言われて俺は押し黙る。
遊崎の言う通りだった。確かに俺は、色んな前提を考慮せずに話を膨らませていた。
今の話は理解できるし、さすがに俺もそのくらいのことは気付けているはずだった。
でも――――無意識のうちに考えないようにしていた。
「やけに現実的じゃねーか……ラノベ脳のクセに」
俺は思わず悪態をつく。
「確かに俺はラノベ脳だが、現実との分別は付けている。あれは物語を楽しむものであって、現実に持ち込んでいいもんじゃない」
「くっ……まったく、その通りだよ……」
「それで、本当のところはどうなんだよ?」
「俺は…………」
先を話すのを躊躇って言葉を濁す。
しかし遊崎の真剣に俺の話に向き合っている表情を見て、ここで話さないのは真摯じゃない気がした。
「俺は……今まで恋愛なんてしてきたことがないんだよ。単純にモテなかったし、俺からもどうしていいかわからなかったからな。正直、逃げてきたと言ってもいい。
今までも何度か恋愛に踏み出そうと思ったことはあるんだ。でもその度に思い出の二人のことが頭から離れない。俺は思い出に縛られている。遊崎がいう事も分かるんだ。でも俺には、二人との未来しか描けないし、それしか考えてこなかったんだ。
だからそういう前提全部すっ飛ばしてでも、目先に飛び込んできたチャンスに縋りつくしかねえって思ったのが正直なところだな……」
話していてどんどん恥ずかしくなってきた。顔全体が熱くなっているのが分かる。ちょっとぶっちゃけ過ぎたか? さりげなく横目で遊崎の方を見る。
すると遊崎はアホみたいに口をポカンと開けて固まっていた。
「……なんだよ……笑いたきゃ笑えよ」
俺はさらに恥ずかしくなって遊崎から視線を逸らす。
「いや……笑わねえけど……鷹司にも本気で恋愛願望があったことが驚きだ」
「……そうだよ。悪いか」
自分から始めた話だが、これ以上は恥ずかしさの上塗りみたいになるから、もうこの話題を切り上げたくなった。やっぱり慣れない話題の相談なんてするんじゃなかったと後悔する。
「いや、悪くもないけど……だとしたら、前提がひっくり返るんだが?」
「はあ? どういう意味だよ?」
「もし例えば、その幼馴染の二人以外にお前のことを好きだという子が現れたらどうする?」
「今まで一人もいなかったんだ。今後もそんな物好き現れねえよ」
「なるほど。お前の抱える問題は、思い出に縛られていることじゃねえ。お前が本当に気付くべきことは――――」
「あー、鷹司さん!! ここにいた!!」
勢いよくそう言いながら入ってきたのは、先日送別会で一緒に幹事をした白石さんだった。
「白石さんお疲れ様。俺に何か用?」
「はい。午前中の処方箋持ってきました」
そう言って白石さんはニコニコしながら俺に処方箋の束を手渡す。
「いや、わざわざ俺に渡さなくても……他の人でいいんじゃないか?」
「えー? ダメですよぉ。鷹司さんは西病棟三階の専属薬剤師なんですから」
「そんなものはない。勝手に捏造するな」
そう言いながら俺は処方箋の束で軽く白石さんの頭を叩いた。
「あれ? ……もしかして、私専属でした?」
白石さんは唇に指を当て、悪戯っぽく言う。
「はいはい。要件はそれだけか?」
「……ええ、まあ、要件はそれだけですけどぉ……」
白石さんは口を尖らせながら頬を膨らませている。適当に流しておかないと調子に乗って助長するからな。彼女のこういう冗談は業務に支障が出るから少しだけ悩みの種だった。
そういえばこの前も……と既視感を覚える。
「あー……今朝の回診、先生誰だった?」
「今日は飯塚先生ですけど?」
それを聞いて、俺は処方箋の束をぱらぱら捲った。
「……これと、あ、これもだな」
そう言いながら数枚の処方箋を作業台の上に並べた。白石さんはそれを覗き込む。
「この湿布薬とか軟膏、使用部位まで書かないと処方できないんだよね。腕とか腰とか。飯塚先生いっつも書き忘れるから、看護師さんの方でちゃんと指摘しないと二度手間になっちゃうよ……って、この前も言ったばかりだよね?」
「あー……うっかりしてました。てへっ」
白石さんはわざとらしく下を出す。
「はあ……今日のところはこっちで確認しとくから、次は気を付けて――――」
最後まで言い切る前に、白石さんは並んでいた処方箋を勢いよく回収する。
「これは私の責任ですから、ちゃんと私が確認してきます」
「いや、内線で確認するだけだから、処方箋まで持っていかなくても……」
「それじゃあダメです。ちゃんと書いてもらってきます。そしたらまた持ってきますね」
「だから別にダメじゃないって……」
白石さんの持っている処方箋に手を伸ばすと、避けるように一歩後ろに下がった。
「また会いに来ますから、待っていて下さいね!」
眩しいくらいの笑みを浮かべながらそう言うと、白石さんは薬剤部から去っていった。
「電話一本で済む話なのに……なんでわざわざそんな面倒なことを……」
俺は呆れながら呟いた。
そんなやり取りを見ていた遊崎が大きなため息を吐く。きっと遊崎も白石さんの無意味な行動に呆れ果てたのだろう。
「なあ、鷹司……ひとつ聞いていいか?」
「なんだよ?」
「なんでお前、自分がモテないと思ってんの?」
せっかくいい感じに話題が切れたと思ったのにまた掘り返すのか。まあ、でもそのくらいなら答えてやらないでもない。
「なんでってそりゃあ……18年以上、誰からも『好き』って言われてないからな」
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遊崎は渇いた笑い声を上げる。
今何か面白いことを言っただろうか?
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