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思い出との再会
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二人の幼馴染、夏花と碧生との思い出の続きを妄想するようになって、どちらのことをより考えていたかを比較すると、比重は明らかに夏花のほうが多かった。
おてんばだった性格もあり、そのエピソードが色濃く残っているから、ではない。夏花と俺の母親同士の仲が良かったからだ。
俺が引っ越した後も年賀状のやり取りは行われていたらしく、夏花についてはその後の情報だけは入ってきていた。県下でも有数の偏差値の高校に進学したとか、関東の有名私立大に合格したとかは母親から聞き知らされている。
情報の有無は大きく、俺も関東の大学に出ることになって、もしかしたら偶然どこかで再会することもあるかもしれない、くらいのことは学生時代からずっと考えていた。行動に移せば、もっと早く再会することも可能だったと思う。
今までそれをしてこなかったのは必要に迫られなかったからだ。しかし遊崎の話を聞いた後だともっと早くに再会しておくべきだったと振り返る。
俺たちはもう27歳になっている。中学生までの思い出を抱き続け、その先を妄想するにはさすがに歳を取り過ぎた。
年齢を重ねれば経験を重ねる。人生が、より濃厚なものになっていく。そして昔の思い出はどんどん風化していって、やがては記憶の片隅に追いやられてしまう。
夏花はきっと、俺のことなんて記憶の一片くらいにか思っていない。思い出に囚われているのは俺だけで、その温度差はかなりあるかもしれない。
そんなことは百も承知だ。
それでも俺は――僅かな期待を捨てきれない。
目の前に現れた微かな希望に、手を伸ばすのは罪にはならないだろう?
あとは現実と向き合うだけだ。
仕事を定時で終わらせた俺は、待ち合わせ場所である桜木町駅で下車する。
夏花と再会した日、少しだけ話をした俺たちは連絡先を交換し合った。その日は夏花が舞台の打ち上げがあるので、後日ゆっくり食事をしようということになったのだ。
待ち合わせ場所は、互いの利用する沿線上のどこかということでこの駅が選ばれた。
平日だというのに駅の改札前ではたくさんの人で賑わいをみせている。
待ち合わせ時間の15分前、スマホを見ても夏花から到着したという報告はない。どうやら俺の方が先に着いてしまったようだ。少し離れた場所から、改札を出てくる人の流れを窺う。
それから5分ほど経って夏花らしき人物が改札抜けるのが見えた。グレーのスウェットに黒のレギンスというシンプルな服装は、昔のおてんばなイメージを損なわず、今でも活発な様子が感じられる。辺りをキョロキョロ見回す夏花に近づいて声を掛けた。
「あ、コータ、先に来てたんだ?」
「俺もさっき着いたとこ」
「そっか。私この辺詳しくないんだけど、コータは慣れてる感じ?」
「まあ、学生時代からちょこちょこ来てはいるけど」
「んじゃ、案内よろしくー」
お互い見た目や雰囲気は変わってしまったけど、話し方は自然とフランクな感じになっていた。俺たちにとって、12年の空白なんてあまり関係ないのかもしれない。そう思うと、少しだけ身構えていた気持ちが楽になっていた。
俺は行き先について目星を立てる。
「あっちの方に超穴場のラーメン屋があるんだけど」
「え??? ラーメン???」
少しだけ表情を歪ませた夏花が呟く。
「そう。ワタリガニ一杯丸ごと入ってるんだけど」
「あー……興味なくはないけど、今日はちょっと違うかなあ……」
「じゃあ、どんな感じが御所物で?」
「食べるより呑みたいって感じかな」
「ああ、お酒ね」
ここらへんは個性的な居酒屋が多いから、適当に入ってもよさそうだな。時間もまだ早いし、今なら混んでいて入れないということもないだろう。でも、もう少し的を絞っておきたいところだった。
「とりあえずビール的な感じでいいの? それともサワーとかハイボールとか?」
「私、日本酒好きなんだよね。美味しい日本酒おいてある店ない?」
日本酒……日本酒ねえ。どこにでも置いてあるからあんまり銘柄とか気にしたことないんだよな。あ、でも新人の頃、遊崎と二人で部長に連れて行ってもらった店があったな。
「ヒレ酒とかどう?」
「ええ!? 飲めるお店あるの!!??」
「近くにふぐ料理の店があるからそこなら」
「そこ!! 絶対そこにしよう!!」
目を輝かせた夏花が小刻みに跳ねる。
「分かったよ。確かあっちだったよな」
そうして俺たちは野毛町方面へ歩き出す。上機嫌な様子の夏花は俺の横を歩いていた。
「それにしても……」
ニヤニヤとしながら夏花がこちらを横目で見る。
「……なんだよ?」
「いやあ、初手からラーメン選ぶとか相変わらずだなあ、と思って」
「相変わらずって?」
「うーん……コータ、彼女いないでしょ?」
胸に何かが突き刺さり、そのまま抉り取られるような衝撃を覚える。今の俺にとって、なによりも効く言葉だった。
「……ま、まあ……今は、ね……」
「ふうん。今は、ねぇ」
含みのある言い方で夏花はニヤリと返す。
もちろん今も昔も彼女なんていたことはない。だが、これから先はまだ分からないから決して嘘ではないはずだ。そういう夏花は彼氏とかいるのかよ? と聞き返そうとした瞬間、横を歩いていた夏花の姿が消えた。ふぐ料理と書かれた看板向かって一直線に走っている。
「ここ!? ここだよね!?」
「…………ああ、そこだな」
そうして俺たちはこぢんまりとした居酒屋風な店構えの暖簾をくぐった。
夏花の事情を探るのは後回しになってしまったが、もしかしたら聞かない方がいいかもしれないという戸惑いもある。その答えの先にあるのは、希望か絶望の究極の二択だ。
とにかく話の流れに身を任せよう。あまり深く考えすぎないように頭の中をリセットした。
俺たちはテーブル席に座りメニューを開く。ふぐ料理専門店といっても、店内の雰囲気は大衆向きで、そこまで高級志向のイメージを感じさせない。以前きた時は部長にご馳走してもらったが、値段もそこまで高いとは思わなかったのを覚えている。
「とりあえずこのコースでいいよな?」
定番のふぐ刺しやふぐ鍋、他にも唐揚げやその他もろもろふぐづくしのコースで3500円ほど。居酒屋で飲むのとあまり変わらない値段だった。
「あとあん肝とひれ酒ね!」
「はいはい、相当な酒好き感が滲み出てるな」
ウキウキを隠し切れない夏花をよそに、店員にコースとひれ酒二人分とあん肝を注文する。
そうか。飲み放題付きじゃないから酒代は飲めば飲むほど増えるのか。ひれ酒一杯で終わるとは思えないし、やっぱりそんなに安くは済まなそうだった。
おてんばだった性格もあり、そのエピソードが色濃く残っているから、ではない。夏花と俺の母親同士の仲が良かったからだ。
俺が引っ越した後も年賀状のやり取りは行われていたらしく、夏花についてはその後の情報だけは入ってきていた。県下でも有数の偏差値の高校に進学したとか、関東の有名私立大に合格したとかは母親から聞き知らされている。
情報の有無は大きく、俺も関東の大学に出ることになって、もしかしたら偶然どこかで再会することもあるかもしれない、くらいのことは学生時代からずっと考えていた。行動に移せば、もっと早く再会することも可能だったと思う。
今までそれをしてこなかったのは必要に迫られなかったからだ。しかし遊崎の話を聞いた後だともっと早くに再会しておくべきだったと振り返る。
俺たちはもう27歳になっている。中学生までの思い出を抱き続け、その先を妄想するにはさすがに歳を取り過ぎた。
年齢を重ねれば経験を重ねる。人生が、より濃厚なものになっていく。そして昔の思い出はどんどん風化していって、やがては記憶の片隅に追いやられてしまう。
夏花はきっと、俺のことなんて記憶の一片くらいにか思っていない。思い出に囚われているのは俺だけで、その温度差はかなりあるかもしれない。
そんなことは百も承知だ。
それでも俺は――僅かな期待を捨てきれない。
目の前に現れた微かな希望に、手を伸ばすのは罪にはならないだろう?
あとは現実と向き合うだけだ。
仕事を定時で終わらせた俺は、待ち合わせ場所である桜木町駅で下車する。
夏花と再会した日、少しだけ話をした俺たちは連絡先を交換し合った。その日は夏花が舞台の打ち上げがあるので、後日ゆっくり食事をしようということになったのだ。
待ち合わせ場所は、互いの利用する沿線上のどこかということでこの駅が選ばれた。
平日だというのに駅の改札前ではたくさんの人で賑わいをみせている。
待ち合わせ時間の15分前、スマホを見ても夏花から到着したという報告はない。どうやら俺の方が先に着いてしまったようだ。少し離れた場所から、改札を出てくる人の流れを窺う。
それから5分ほど経って夏花らしき人物が改札抜けるのが見えた。グレーのスウェットに黒のレギンスというシンプルな服装は、昔のおてんばなイメージを損なわず、今でも活発な様子が感じられる。辺りをキョロキョロ見回す夏花に近づいて声を掛けた。
「あ、コータ、先に来てたんだ?」
「俺もさっき着いたとこ」
「そっか。私この辺詳しくないんだけど、コータは慣れてる感じ?」
「まあ、学生時代からちょこちょこ来てはいるけど」
「んじゃ、案内よろしくー」
お互い見た目や雰囲気は変わってしまったけど、話し方は自然とフランクな感じになっていた。俺たちにとって、12年の空白なんてあまり関係ないのかもしれない。そう思うと、少しだけ身構えていた気持ちが楽になっていた。
俺は行き先について目星を立てる。
「あっちの方に超穴場のラーメン屋があるんだけど」
「え??? ラーメン???」
少しだけ表情を歪ませた夏花が呟く。
「そう。ワタリガニ一杯丸ごと入ってるんだけど」
「あー……興味なくはないけど、今日はちょっと違うかなあ……」
「じゃあ、どんな感じが御所物で?」
「食べるより呑みたいって感じかな」
「ああ、お酒ね」
ここらへんは個性的な居酒屋が多いから、適当に入ってもよさそうだな。時間もまだ早いし、今なら混んでいて入れないということもないだろう。でも、もう少し的を絞っておきたいところだった。
「とりあえずビール的な感じでいいの? それともサワーとかハイボールとか?」
「私、日本酒好きなんだよね。美味しい日本酒おいてある店ない?」
日本酒……日本酒ねえ。どこにでも置いてあるからあんまり銘柄とか気にしたことないんだよな。あ、でも新人の頃、遊崎と二人で部長に連れて行ってもらった店があったな。
「ヒレ酒とかどう?」
「ええ!? 飲めるお店あるの!!??」
「近くにふぐ料理の店があるからそこなら」
「そこ!! 絶対そこにしよう!!」
目を輝かせた夏花が小刻みに跳ねる。
「分かったよ。確かあっちだったよな」
そうして俺たちは野毛町方面へ歩き出す。上機嫌な様子の夏花は俺の横を歩いていた。
「それにしても……」
ニヤニヤとしながら夏花がこちらを横目で見る。
「……なんだよ?」
「いやあ、初手からラーメン選ぶとか相変わらずだなあ、と思って」
「相変わらずって?」
「うーん……コータ、彼女いないでしょ?」
胸に何かが突き刺さり、そのまま抉り取られるような衝撃を覚える。今の俺にとって、なによりも効く言葉だった。
「……ま、まあ……今は、ね……」
「ふうん。今は、ねぇ」
含みのある言い方で夏花はニヤリと返す。
もちろん今も昔も彼女なんていたことはない。だが、これから先はまだ分からないから決して嘘ではないはずだ。そういう夏花は彼氏とかいるのかよ? と聞き返そうとした瞬間、横を歩いていた夏花の姿が消えた。ふぐ料理と書かれた看板向かって一直線に走っている。
「ここ!? ここだよね!?」
「…………ああ、そこだな」
そうして俺たちはこぢんまりとした居酒屋風な店構えの暖簾をくぐった。
夏花の事情を探るのは後回しになってしまったが、もしかしたら聞かない方がいいかもしれないという戸惑いもある。その答えの先にあるのは、希望か絶望の究極の二択だ。
とにかく話の流れに身を任せよう。あまり深く考えすぎないように頭の中をリセットした。
俺たちはテーブル席に座りメニューを開く。ふぐ料理専門店といっても、店内の雰囲気は大衆向きで、そこまで高級志向のイメージを感じさせない。以前きた時は部長にご馳走してもらったが、値段もそこまで高いとは思わなかったのを覚えている。
「とりあえずこのコースでいいよな?」
定番のふぐ刺しやふぐ鍋、他にも唐揚げやその他もろもろふぐづくしのコースで3500円ほど。居酒屋で飲むのとあまり変わらない値段だった。
「あとあん肝とひれ酒ね!」
「はいはい、相当な酒好き感が滲み出てるな」
ウキウキを隠し切れない夏花をよそに、店員にコースとひれ酒二人分とあん肝を注文する。
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