あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出との再会

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「そういえば、コータは薬科大に行ったって聞いてたけど、結局薬剤師になったの?」

 料理の到着を待つ途中、夏花が切り出した。親同士の情報交換で、俺のこともある程度は知っていたらしい。

「まあ、それしか選択肢がなかったからな。今は市立病院で働いているよ」
「え? 薬科大行ったら薬剤師にしかなれないの?」
「そういうわけじゃないんだけど、俺自身がそのつもりだったから」
「ちゃんとなりたいものがあって、しっかりそうなるなんて偉いね……」

 夏花はしみじみとした様子でいう。

「そういう夏花はなんで舞台役者やってるんだよ?」

 これは、夏花の名前を検索した時から抱いていた疑問だった。母親から聞いていた話だと夏花が行ったのは早稲田大学。高校も偏差値の高いところへ行っていたみたいだし、もう少しエリート感がある職に就いているものだと思っていた。

 これは俺の勝手なイメージの押し付けだが、今まで再会するために行動してこなかったのは自分との格差があるんじゃないかと思っていた部分もある。舞台役者だから格差を感じなかったというわけではないんだが、やはり想像していたものとは違ったというのは拭えない。

 そんな俺の質問に対し、夏花は視線を逸らしていた。

「えーっと……学生時代に舞台にハマっちゃったんだよねえ。宝塚とか有名どころも含めて、色んなところを頻繁に見漁ってさ…………それで…………」

 夏花は肩を落とし言葉を濁す。俺は黙って続く言葉を待った。

「気付いたら……「舞台役者になりたい!!」って大学中退してました……」
「……なるほどね」
「親には反対されたけど、どうしても役者になりたかったんだよね。だからちゃんと卒業して、資格取って、就職もしてるコータは偉いって思うよ」

 そう言ったタイミングで注文していた小鉢やサラダととひれ酒が運ばれてきた。夏花はひれ酒の入っている器の蓋を取ってグビっと一口飲む。

「でも私は後悔してないんだ! やりたいことやってるって充実した人生だよ!! っていうかひれ酒うまああああああああ!!!!」
「まあ、形だけでも乾杯くらいはしておこうな」
「あ、先に飲んじゃった。ごめーん。はい乾杯」

 そう言って夏花は俺の器に自分の器をコツンと当てる。

 こういう我先にどんどん進んで行く感じ、昔とあまり変わってないなと懐かしみながら、俺もひれ酒を一口飲んだ。炙ったひれの香ばしさと独特の風味が口の中いっぱいに広がる。普通の熱燗よりも口当たりがマイルドになって飲みやすいんだよな。

「ねえ、コレおかわりしていい?」

 そういう夏花は空になったひれ酒の器を差し出してきた。

「乾杯一気するビールじゃねえんだよ。もっと味わいながら飲め」
「飲みやすくておいしすぎたから……つい」
「…………ほどほどにしておけよ」
「りょーかーい」

 それからどんどん運ばれてくるふぐ料理ゆっくり味わいながら堪能する。といいたいところだったが、やはり12年ぶりの再会ともあって意識は会話の方に重点が置かれていた。

 会話は終始夏花のペース。なかなか俺のターンはやってこない。夏花の質問に対し俺が答えるというようなやり取りが続いていた。内容についてもどうでもいいような俺の近況についてのことばかり。休日は何をして過ごしているか、なんて今する話なのだろうか。イメージとして近況はそこそこで、もっと昔話に花が咲くものだと思っていたんだが……。

「あ、あとさ……少し気になったんだけど……」

 すると、先ほどまで怒涛の勢いで質問を重ねていた夏花が言葉を濁す。

「なんで……私の舞台を観に来たの? 演劇自体に興味がある……わけでもないんだよね?」
「舞台の興味に関しては以前、裏方を手伝っていたこともあるから全くないわけでもないぞ」

 母親が昔アマチュアの演劇で音響やっていて、少し手伝っていた時期があった。かじったように知った知識もそこで聞いたものである。

「でも、普段から観に行ったりしているわけじゃないよね? 大きい舞台ならまだ分かるけど、あんなマイナーな小さな舞台をなんで観に来たのかなあ、と思って」

 なるほど。休日の過ごし方を聞いてきたのはこの質問をするために探りを入れていたのか。確かに舞台に関心がなければわざわざ夏花が出ていた公演に足を運ぶことはないだろう。だとすると、夏花の疑問は真っ当だと思う。

「あの日は……夏花を観に行った」

 特に誤魔化す理由も思い浮かばなかったので、ここは正直に話すことにした。

「え??? 私を………???」

 夏花は本当に驚いたように口をぽかんと開けている。

「そうだよ。ちょっと昔を思い出すことがあってさ。なんとなく夏花の名前を検索してみたら舞台役者をやってる情報を見つけたから、ちょっと観に行ってみようと思っただけ。本当は言葉を交わすつもりまではなかったんだけど、まあ……流れでこんな感じになっちまったな」
「へえ、コータ私のこと、恋しくっちゃった感じ?」

 夏花はニヤニヤしながら両手でひれ酒の器を持った。

「いや、恋しくなったわけじゃない……けど」
「けど?」

 一瞬、言うかを躊躇った。これは12年間積もり続けた後悔の一つ。
 口にすれば絶対に未練がましい奴だと思われるだろう。
 しかしそう思われてでも、やっぱり言葉にするべきだと思った。

「俺は……夏花に謝りたかった」
「私に? 謝る?」
「ああ……あの時、付き合って欲しいと言われて、ちゃんと答えを出せなかったことを後悔していた。そして、そのことを謝ることもできずに引っ越してしまったことも。本当に今更だけど、あの時は……ごめん」

「…………」

 俺の言葉に、夏花は黙ってひれ酒の入った器を見つめた。


 静かな沈黙が二人の間に流れる。


 そして夏花は残っていたひれ酒を飲み干すと、明るい笑顔を向けていった。

「なーに、そんなこと? 私は全然気にしてないし、本当に今更だね!」
「いや……謝りたかったから会いに行ったわけではないんだけど、なんか今、言っておかなきゃいけない気がして」
「ふーん、じゃあ今度は私を選んでくれる気になったんだ?」

 にやにやと冗談めいた言い方で夏花は言う。

「いや、そんな単純な話じゃないだろ」
「まあそうだね。私今彼氏いるし」
「……へえ、そうなんだ」

 俺は静かにそう返すと、半分くらい残っていたひれ酒を一気に飲み干した。

「あ、ちょっとショックだった?」
「はあ? んなわけねえだろ」

 ぶっきらぼうに返したあと、追加の飲み物で生ビールを注文する。

「あ、私の分のおかわりもお願ーい」
「もう5杯目だろ? そこらへんにしておけって」
「えー?? 私は全然平気だよ?」
「本当に平気そうだから質が悪い……意外と酒豪なんだな……」
「あーよく言われる。夏花とサシで飲むのはツライ! って!!」

 そんなことをサシで飲んでる俺に向かってけらけらと笑う。
 俺は軽くため息を吐いて、運ばれてきた生ビールを勢いよく流し込んだ。

 動悸が激しく、指先なんか小刻みに震えている。
 ちょっとショックだった? そんなわけねえだろ! かなりショックだよ!!
 選んでくれる気になったんだ? と聞かれて、夏花さえよければ。なんて言わなくて本当に良かった。遊崎に釘を刺されていなければ言っていたかもしれない。

 いや、分かっていた。こうなる可能性の方が圧倒的に高いだろうということは予想していたし、縋っていたのはほんの僅かにも満たないような希望だってことくらいは覚悟していた。
 でもやはり、現実を突きつけられるとツライ。割とマジでちょっと泣きそうだ。

 でもダメだ。ここでしっかり切り替えていかないと。
 こうなることを予想はしていたからこそ、次に繋がる第二案も用意してあるんだ。
 俺が縋ることの出来る希望の光は、一つだけじゃない。

「そ、そういえばさ。碧生は今、何してるのかって知ってる?」

 俺の言葉に、夏花は一瞬眉をひそめる。

「あー……アオイねえ……今何してるかは分からないなあ……」
「でもお前たち、あれからも仲良かったんだろ?」
「うん……中学までは、ね。高校は別だったからそれ以来、全然連絡とってないんだよねえ」
「まあ、そんなものか……」

 中学まで仲が良くても高校に入ればその距離が離れる例はよくあることだろう。同中でも高校が違えば、どうしても会う時間が減ってしまう。それは同じ高校やバイト先の友人との時間が増えてしまうからだ。そしてそのまま大学進学で上京したともなれば、そのまま音信不通になっても仕方がないだろう。

 でも少しだけ違和感を覚える。

 昔から親友同士だったあの二人が、別々の高校に行ったくらいで連絡をとらないことがあるのかと。

 しかし今はそんなことを聞いている余裕はない。できる限り碧生の情報を引き出すことで頭がいっぱいだった。

「あとさ、一つ聞きたいんだけど……碧生って、名字何だっけ?」

 碧生に限らず、転校前の友人たちをフルネームで記憶している例はそんなに多くなかった。記憶の中にあるのは呼び名や愛称ばかりで、名字までは余程印象が強くないと覚えていない。小学校の卒業アルバムあは引っ越しの時にどこかに行ってしまった。碧生とも付き合いは長かったが、どうも名字は思い出すことができなかった。

 だから夏花のようにネット検索の手段が取れなかったというのもあるし、碧生の方は親同士の交流もなかったため、今に至る情報が皆無だった。

 俺の質問に夏花は少し渋る様子を見せたが、ひれ酒を一口だけ飲んで呟くように言った。

「アオイの名字は……宮藤だよ」
「ああ……確か宮が付いたような気がしてたんだよな。そっか……宮藤、ねえ」

 答えを聞いたのにイマイチピンとこない気がする。やはり最初からちゃんと覚えていなかったんだろう。

 宮藤碧生みやふじあおい

 それが、俺のことを好きだと言ってくれた、もう一人の女の子の名前だった。
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