あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出との再会

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 院内の棟を繋ぐ連絡通路で見知った顔を見かけた。その人物はこちらに気付くと、お得意の営業スマイルを向ける。

「あ、どーも。お世話になっております、大外製薬の丸城でーす」

 丸城さんは製薬会社の営業担当者。180以上もある長身の女性で、男性の平均的な身長の俺も少し見下ろされるので少し苦手だった。

「ああ、どうも。お世話になっています。今日は部長、休みですよ」
「ああ、さっき薬剤部行ってきたんで大丈夫ですよ。今日はただの挨拶回りだったんで、特に大事な話もないですし。あ、そういえばこの前出たOD錠はどうですか?」
「ああ、あの降圧剤ですよね? 患者さんの反応はいいですよ。水分管理厳しい人たちもいるんで、水無しでも飲みやすいのは助かるって。他のカプセルもODに出来たりしないんですか?」
「んー、そうですねえ。研究自体はされていると思うんですが、成分的になかなか難しいものもありますからすぐに全部、というわけにはいかないんですよねえ。開発が進めば移行していくとは思うんですけど」
「まあ、そうですよね。あ、そういえば心不全の新薬出るみたいですけど、それのお知らせとかってまだないんですか?」
「はあー、さすが情報早いっすねー。それは先日販売承認がおりたばっかりなんで、まだちゃんとお知らせできる段階じゃないんですよー。販売時期が近くなったらまたお知らせにきますから少々お待ちいただければと思います」

 そのような仕事の話をさらに二、三続ける。すると丸城さんの大きな身体の後ろに人の気配を感じた。そちらを気にしてみると、誰かがずっと後ろに立っていたようだった。丸城さんとは対照的な小柄なようで、気配どころか姿が完全に見えなくなっていた。

「あ、そうだ。今日は新人連れて回ってたんですよ。鷹司さんにも紹介しますねー」

 俺が後ろを気にし始めたせいか、丸城さんがそう言って切り出す。

「ほら、挨拶して」

 丸城さんに促されて、ライトグレーのパンツスタイルのスーツを身に纏った人物が姿を現す。身長は150にも満たないような小柄。ロングストレートの後ろをハーフアップでまとめ、非常に整った顔立ちは切れ長なアーモンドアイの瞳と相まって大人っぽく見える。しかし、どことなくあどけなさも残しており、綺麗さと可愛さを兼ね備えたような女性だった。


 初めて会うはずのその人物を一目見て、ああ――――変わってないな、と思った。


 丸城さんより一歩前に出た女性は少し俯きがちに、小さく呟くように言った。


「……宮藤と言います。よろしくお願いします」


 緊張しているのか、その表情は固い。まるで感情の籠らない人形を相手にしているようにも感じた。事実、丸城さんから「もっと愛想よくしなきゃダメだよー」なんて言われている。

 目の前の女性は、そっと両手で名刺を差し出した。
 俺はそれを受け取り、書かれている名前を確認する。
 大外製薬 営業部 宮藤 碧生――――
 良かった。見間違いじゃなかったみたいだ。

「鷹司昴太と言います。こちらこそ、宜しくお願い致します」

 聞き取りやすいようにハッキリした声で返す。気付いてもらえるようにわざわざフルネームを言った。相手の下に向いていた視線がゆっくり上がってくる。

「え…………たか、つか、さ……こーた?」

 こちらを見る瞳の大きさが増していく。

「久しぶりだね。碧生」

 俺は優しく微笑みかけた。少しキザな気がしたが、冷静さを取り繕うので精いっぱいで、とっさにとった行動がこれだったのだ。

「こーちゃん…………? ――――ウソっ!!??」

 碧生はとても驚いた様子で両手を口元に充てる。

「いや、驚いてるのはこっちのほう。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったよ」
「えっと……ひ、久しぶり?」
「うん、そうだね。12年、くらいかな」
「そっか……」
「…………」
「…………」

 沈黙したまましばらく見つめ合った。
 正直、あまりにも唐突のことで、どう言葉を交わせばいいか思いつかない。するとそんな様子を見ていた丸城さんが割って入った。

「えーっと、二人はお知り合い?」
「ええ、まあ、中学までの幼馴染です」
「はあ、なるほど」

 そう言って丸城さんは左手首を返して時間を確認する。

「宮藤さん、これから病院1件、クリニック1件、薬局2件回ります。多分、18時くらいには回り終えているかなと。私はそこから大学病院の教授にアポを取っているんだけど、ちょっと長くなりそうなので、宮藤さんは最後に回る予定のクリニックで上がってもらって構わないよ。近くの駅は新横浜だからそこで降ろしてあげますね」

 そう言って俺の方を見る。

「いいですか、鷹司さん! 18時に新横ですからね!」

 グイっと身を乗り出して言ってくるから威圧感で思わず一歩引いてしまった。

「じゃあ、時間も押しますから次に行かせてもらいますねー」

 丸城さんはそう言い残して、スタスタと歩き始める。

「あ…………」

 取り残されそうになった碧生は慌ててその背中を追い始めた。しかし少し進んでから立ち止まり、こちらを振り返る。

「……また、後で」

 なんとか聞こえるくらいの声量でそういうと、丸城さんと共に姿を消した。


 その場に立ち尽くしていた俺は、ふうぅぅーーーーーーっと大きく息を吐く。

 
 丸城さんのあの言い方からして、18時に新横で碧生と待ち合わせをしろということなんだろう。唐突の再会にどうしていいか分からなくなっていた二人にわざわざ時間と口実を作ってるなんて、あんまりそういうことをする人には見えなかったんだけどな。

 それにしても……。
 まさかこんなタイミングで碧生と再会することになるとは思ってもみなかった。
 そして、さっきまで消化不良を感じていた感情の正体が少しだけ分かった気がする。


 俺はきっと、昔の思い出の形をそのままにしておきたかったんだ。


 だから夏花に彼氏がいると聞いて、その思い出が少しだけ壊されるような感覚だったんだろう。本当にバカな考えだ。夏花があの頃のまま、何も変わらないなんてことはあり得ないことだって分かっているはずなのに。
 でも今となってはそんなことはどうでもよくなっていた。夏花と碧生、それぞれの人生を歩もうとも、また三人で同じ時間を過ごすことが出来ればそれでいい。
 これは夢や妄想の話じゃない。そうなる未来がすぐそこに迫ってきているんだ。

 そう思うと、残りの仕事がやけに捗った。
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