あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出との再会

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 大人しかった碧生の印象としては、なによりも可愛かったというイメージが強い。今まで出会ってきた女の子の中でも間違いなくトップレベル。昔のトレードマークは高い位置で二つに結われたツインテールで背の順も常に一番前のとても小柄な女の子だった。
 再会した碧生は、昔の記憶そのまま大人になった、という感じで髪型は変わっていたが、幼さを残しつつも、とても目を引くような魅力的な大人の女性になっていた。小柄な身長もそのままだとは思っていなかったが。

 18時過ぎに新横浜の駅に着いて、定期入れにしまっておいた名刺を取り出す。改札を出て歩きながら周りを見回すとすぐに小柄な美人を見つけた。俺は近づき声を掛ける。

「ごめん、待たせたかな?」

 俺がそう言うと、碧生は一歩近づいてきて、そっと俺の手を取った。

「ホントに――――久しぶりだね」

 両手で俺の右手を包むように持ち上げ、少しだけ微笑んだような表情で言う。

「――――っ!!?」

 あまりの不意打ちの行動に思わず一歩後ずさる。
 こうして改めて目の前にしてみると、やはり碧生はとても綺麗になっていた。そんな相手に手を握られれば誰だって驚きもするだろう。

 それにどうしても考えてしまう。

 こんなにも美人になったのだから、彼氏くらいは普通にいるんだろうなあ、と。
 夏花の時に学習したからもう驚いたりショックを受けることはないだろう。いや、やっぱり少しショックかもしれない。でも、それでもいいんだ。
 俺は別に碧生とも付き合いたいとか思っているわけじゃない。


 俺の望みは――――また三人の時間を過ごすこと、なのだから。

 
 そんなことを考えていると、どうしたの? と顔を覗き込まれる。顔の距離が近くなって、さらに後ろに身を引いた。

「いや、別になんでもないよ」

 俺は少しだけ視線を逸らす。

「そう?」

 そう言って碧生は俺から手を離した。

「とりあえずどこかに移動しようか?」
「そうだね。こーちゃんが決めていいよ」

 平坦な口調で碧生が言う。

「お酒とか、飲める?」
「沢山は飲めないけど大丈夫だよ」

 それに対しても、先ほどと同じ口調で返した。

「とりあえず適当な店にでも入ろうか?」

 そう言って俺が歩き出すと、小柄な身体も横を付いて歩いた。

「…………」
「…………」

 それからしばらく互いに無言のまま歩き続ける。

 さりげなく横目で碧生の横顔を盗み見ると、淡々とした無表情で真っ直ぐ前だけを見ていた。
 緊張……してるのか? いや、さっきの自己紹介の時の方がよっぽど緊張している様子だったし、少しテンパっていたようにも見えた。どちらかと言えば今は落ち着いているのだろう。

 まだ僅かなやり取りしかしていないが、この様子に少しだけ違和感を覚える。
 確かに碧生は夏花に比べて大人しかった。しかし性格が暗かったといわけではなく、夏花と同じくらいよく笑う子だった。

 しかし今の碧生に、俺はどこか影を感じていた。
 
 俺たちは適当な大衆居酒屋のチェーン店に入り、テーブル席に向かい合う形で席に着いた。
 生ビール二つと焼き鳥や刺身など、適当につまめるものを注文し、商品の到着を待つ。
 さて、雰囲気が以前と違う碧生に、どんな話題から切り出したものか。と逡巡していると、先に口を開いたのは碧生の方だった。

「なんか……ウチの先輩が余計な気をまわしちゃってゴメン。迷惑じゃなかった?」
「いや、別に迷惑ってことはないけど、なんで?」
「その……彼女さんとかに悪いかな、って……」

 それを聞いた俺は小さくため息を吐く。何を根拠に彼女がいる前提で考えていたんだろうか。

「いないよ、彼女なんて。もっと言うなら今まで一度もね」
「そう……なんだ。それなら良かった」

 碧生は少しだけ口元を緩めて言う。

「碧生はどうなの? 彼氏とかいるんじゃない?」

 どうせ知るなら早い方がいい。そう思った俺はすぐに聞き返した。

「わ、私はいないよ! 今まで一度も男性とお付き合いしたことなんてないし……」

 碧生はぶんぶんと首を振って否定する。その様子はまるで小動物のようだった。
 しかしこの事実には予想外に驚いた。今誰とも付き合っていないわけではなく、今まで一度もないとは……。世の男性はなんでこんな子を今まで放っておいたのだろうか?

 そうやって悶々としていると、生ビールとお通しが運ばれてきた。俺たちは小さく乾杯して、もやもやとした気持ちごとビールを流し込んだ。

「あ、あのね……」

 伏し目がちに碧生はそう切り出すもすぐに言葉を切る。そしてビールを一口だけ飲むと、真剣な眼差しをこちらへ向けた。

「実は……私、昔ほど人付き合いが得意じゃないの」
「うん?」
「ゴメン、嘘……ホントは苦手……」

 俺は黙って続く言葉を待つ。

「だからその……彼女さんとかいて、変な揉め事になったら嫌だなって思って聞いただけだから気を悪くしないでね。ホントはお店に入る前に聞けばよかったんだけど、ごちゃごちゃ考えてたら言いそびれちゃって……」

 そうして更に目を伏せ黙ってしまった。そんな姿を見て、俺は思わず吹き出してしまう。

「ぷはっ! 人付き合いが苦手なのに営業なんてやっていけんのか!?」
「むっ……それは……私もそう、思ってる、けど……でも、頑張るしかないかなって」

 碧生は少しだけ頬を膨らませて言う。

「まあ、営業もなんだかんだでピンキリだからな。コミュ力お化けみたいな人もいれば、全然話通じない人もいるし。本人のやる気次第でなんとかなんだろ」
「やる気は、あるよ。私だって、もっとうまく人付き合いを上手にしていきたい、って思ったから敢えて人に関わる仕事を選んだんだし」
「へえ、それは殊勝だな。しかしどうしてまた製薬会社だったんだ?」
「え? まあ……なんていうか……流れ、みたいな?」

 碧生は俺から視線を逸らす。

「流れで入れるような会社じゃねーよ。超大手だ」
「いやあ……一応私、大学の時は経済学部だったんだよね。って言っても特になにがしたいとかもなくて、どうしようって時にMR認定試験ってのを見つけて、取ってみようかなって」
「大学在籍中にMRって……そんな軽いノリでとれるようなもんじゃねえだろ……」

 MRとは医療情報担当者のことで製薬会社の営業担当の人は大体この認定証を持っていることが多いイメージ。確か受験資格には製薬会社の勤務経験か、それ以外の人は講習を300時間受けなきゃいけなかったはずだ。大学の単位とは別に300時間も要するには、それ相応のやる気が必要だろう。

「そんな軽いノリじゃなかったよ! 実際結構大変だったし、頑張って取ったんだからせめて活かす就職口見つけなきゃって思ってたし」
「じゃあ、せめてその大変さが伝わるように言ってくれよ」
「そこはこーちゃん相手だから適当でいいかなって」
「俺に対する誠実さが足りなくない!?」
「うん、やっぱりそこはこーちゃんだから」

 そして俺たちは目が合った後、二人で笑い合った。

 最初に感じていた影は気のせいだったかもしれない。やっぱり碧生は碧生のままだった、と安心する。

「でも、こんなところでこーちゃんに会えるとは思ってなかったなあ……」
「ああ、そうだな。俺も碧生が製薬会社の営業でやってくるなんて思ってなかったよ」

 そう言ってビールのジョッキを空にする。

 そんな様子を碧生は黙って見ていた。俺は近くを通った店員を呼び止め、追加のビールを注文する。そして再び碧生へ視線を戻すと、何かを言いたそうな視線を向けて黙っていた。

「ん? なんだよ?」
「べっつにー。やっぱりこーちゃんはこーちゃんで良かったなあって思ってただけ」
「なんだよそれ」
「なんでもない」


 そして碧生も運ばれてきた料理に手を付け始めた。
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